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第93話 研究室突入

「ひっ!」

 突如、拘束がまだだった研究者の一人が楓の隙を見て奥へと逃げ出す。

「あ、こら!」

 三島と研究員の一人は拘束済みなので、床に転がして楓はその後を追う。

「楓にい、こっちの見張りはしておくー!」

 美冬の声を聴きながら、その場を2人に任せて走り出すと研究員は、扉が開けっ放しの一室に猛然と走って行く、入り口の角に身体を強く打ち付けているがその痛みに気が付かないようだ。

「待て!」

 シグザウエルを油断なく構えながら、その部屋に入ると血と薬品の混じった形容し難い悪臭が楓の鼻を衝く。

 幅20メートル、奥行きが40メートルほどの広い部屋には布を掛けられたストレッチャーが8台並んでいて、そのうちの5台は何かの物体に布を掛けている状態になっている。

 その先には血塗れの空の手術台が2台設置されており、壁には薬品棚が数台置いてあるようだ。

 ストレッチャーの物体は形状からして人体か、それに準ずるものだろうとアタリを付けて楓は照準を研究員に合わせる。

「近づくな!この研究は、教主様へ届ける!」

 奇声を上げている研究員がかじりついているディスクトップPCのディスプレイには、どこかへのファイルを送っているプログレスバーが表示されている。

「!」

 それが何を示すか分からないが、研究員のやっている事を完了させてはならないと感じた楓は咄嗟にその本体へと銃弾を送り込む。

 バチバチッという音がして、PCがシャットダウンするとディスプレイに残像として残っていたプログレスバーはあと91%で止まっている。

 どの程度の情報が送られたか不明だが、画面の隅に表示されている企業ロゴを見て背筋に冷たい汗が流れる。

 しかし先に怒りに歪んだ表情で、リボルバーを向けて来る研究員の対処が先だ。

「ガキが!邪魔しやがって!」

 そう言い終わる寸前に、弾丸が発射されて楓を襲うが回避に成功する。

 見かけ通り銃器の扱いには慣れていないようだ、反動でかなり身体が持ってかれている。

「!」

 楓は慎重にかつ素早く狙点を研究員の肩、足先へと合わせて引き金を引く。

「うぐあぁぁぁ!」

 甲高い咆哮を上げて、研究員が血を吹き出しながら転倒しのたうち回る。

 無秩序に振るわれた手足がストレッチャーを揺らして、いくつかの布がめくれて行ってしまう。

 そこから見えたのは、粗末な検査着を着せられた男女のエルフの肉体だった。

 見かけ上無事なものが2体あるが、それ以外は検査着がはだけていたり、その肉がこそげ取られたり腹部が切開されたものが楓の目に映る。

「何をやっていたのか、想像出来たぜ・・・くそったれが!」

 そう吐き捨てて研究員を拘束しようと動いた楓の耳に、姉と妹の声と近づいて来る足音が届く。

「楓?銃声がしたけど大丈夫?」

「怪我してないー?」

 すぐそこに来ている事を認識した楓は、言葉を飾らずに大声を上げてしまう。

「こっちは大丈夫だ!近づくな!!!」

 ビリビリと薬品棚のガラスが震えるほどの大音声を耳にした姉と妹はその場で止まったが、なおも話しかけて来る。

「楓、酷いものを見たの?あたし達なら大丈夫だから手伝うから」

「いや、それは無理だ。絶対に見ないでくれ、お願いだからさ・・・これから拘束した奴を連れて行くので止血を頼む、俺は先行してここの証拠集めと分析を行う、俺達では手が足りないから美夏ねえか美冬はドローン経由で作戦本部に連絡をしてくれ、現場保存をしたうえでギルドと警察には連絡をするが、まずHSSで必要な情報を取っておきたい」

 そこまで一息で言うと、もう一度息を深く吸い込む、視界がチカチカするからどうやら酸欠気味になっているようだ。

「あとHSS本部にも連絡が必要だ。真っ先に伝える事はこの事件はシャイネン化粧品の残党が関わっている。そして、エルフ連続誘拐と殺害事件の犠牲者の可能性がある身体を確認したと団長に伝えてくれ」

 そう言って、片手で気絶をした研究員を引きずって凄惨な状態の部屋から廊下に出る。

 10メートル先に楓の姉と妹が佇んでいて、美夏は鋭い目で楓の様子を見ており、美冬は心配と哀しみが混じった表情で見ている。

「負傷者はその人だけ?中に居る人を助けられるかもよ?」

「確かにな・・・美夏ねえの感知した生命反応の人数は8だから2人は生きている可能性がある。それじゃあ、俺が無事そうなエルフを連れて来るから、連絡が終わったら生死の診断をしてくれ」

 どさっと研究員を床に置いて感情を押し殺した声で楓が言う。

「え、それって・・・」

「中には5人の遺体と思われるものがある。俺はできるだけ連中が何をしていたかの情報を調べる。2人は捕虜の拘束と監視、そして救助者の見守りを頼む。せっかくやり返したと思ったら、もっと酷い事に気が付くとは・・・くそ・・・情報魔法は解除しておいてくれ、魔力の消耗を避けよう」

 そう言って踵を返すと、楓の右手を柔らかくヒヤッとする感触が包む。

「楓にい、一人で抱え込もうとしないでね。何があったか、捕虜の対処が終わったらあたし達も見るから、絶対に楓にいだけに背負わせないからっ」

 ポタっと暖かい涙が美冬の大きい目から零れ、楓の手の甲に落ち続ける。

 その暖かさを感じながら、その手を握り返して頭を撫でる。

「こら、戦闘中だぞ?涙は禁物だ・・・二人ともありがとな。だが、今は入るな」

 優しく美冬の手を外し、だが強い言葉で2人をその場に居るように言うと楓はそのままさっきの部屋へと戻って行く。

「先越されちゃったね」

 手を握るのに一瞬出遅れた美夏が苦笑を美冬に見せた後、その表情を引き締める。

「じゃ楓の言う通りにしましょ。美冬とは情報魔法を繋ぐわ、捕虜と救助者の引き渡しまで楓の邪魔になる事はしないわよ?」

 そう言って、自分に肉体強化の魔法を使い、楓の連れて来た研究員を引きずって捕虜の元に戻ると、無事な研究員が侮蔑の表情を浮かべて話しかけて来る。

「劣等民族のエルフ風情が、俺達人間を拘束するなどおこがましい!さっさと解放しろよ!」

 その名札を見ると、上席研究員・小間洋こまひろしと書いてあるのに美夏が気が付く。

「お前らは我々人類の進化のために作られた存在、ゆえに創造主の人類に歯向かうのか!ああ!?」

「そのエビデンスは誰も知らないじゃない、エルフの出現について分かっているのは人類かエルフのカップルから生まれる事ぐらいでしょ?ファーストエルフと言う一部のオカルト界隈で言われている、何も無かった所から出現した始原エルフなんて存在すら立証されていないじゃない?上席研究員という割には、言っている事がステロタイプなのね」

 馬鹿にした口調で美夏がそれに答える、感情はこの人間とは話したくないと言っているが楓があの部屋に入るな、と言っているのでこちらは尋問で情報を引き出すつもりだ。

 ただ、自分はともかく美冬に悪い影響が及ばないように気を付けて、と尋問のゴールを美夏は決める。

「美冬、さっきの吹き抜けの所から通信をお願い。内容は楓が言ったものでいいわ」

「うん、わかったー」

 とてとてと言った歩き方で吹き抜けに着いた美冬を見ながら、なにやらわめいていた小間に向き直る。

 油断なく三島も見るが、もう抵抗力を全て失ったようだ項垂れていて身動きすら起こさない。

 呼吸をしているようなので、虚脱しているのだろう。

「おい、聞いているのか!?お前達エルフなんて、人類の進化のための実験動物になるためにこの世界に現れたに過ぎない、人に認められている権利など無い、それをエルフ保護法で認めた事で人類が不老不死の存在へと進化する道を閉ざしてしまった!人類がさらに高次生命体になる機会を奪ってしまったのだ!」

「ねえ、あなたは自分の立場を分かっていないのかな。ここは議論の場でもあなたのSNSのスペースじゃないいのよ。あたなはその劣等種と言うエルフ達によって、拘束されて無様に床に這いつくばっているじゃない?それに、あなたが研究していたあの不格好な生物に殺される所を助けてあげたのよ?それにね、あなたは犯罪者だから何をここでしていたかを話して」

 そう冷たく言い放ち美夏は魔力を練り上げて行く、指の先に光で出来た鏃が生まれると、それを保持したまま指先を小間に近づけていく。

「拷問には屈しないぞ、それにジュネーブ条約で捕虜への虐待は禁止されているはずだ!」

 拘束されて不自由な状態で、ずりずりと動いて行く小間だが背中が壁に着いたところで顔色が悪くなる。

「これは拷問なんかじゃないわよ。拘束した犯人が未だに抵抗の意思を見せているから、自衛のための魔法を使っているだけ。ねえ、この子達に何をしたの?こんな状態にあなたがしたのなら、それをHSSに素直に話してくれないかしら。まあ、喋らなかったらあたしより厳しい弟が聞くだけよ・・・どうするの?」

 目の前の小柄なエルフの少女から異様な迫力を感じた小間は、なおも口を開こうとしたが未発に終わり変な呼吸音を出すにとどまる。

 ばじゅっ!

 なにかが溶ける臭いと音に気が付いた小間は、恐る恐る右を見るとコンクリート製の床が高熱で溶けて煙を上げていた。

「次は当てるかもよ?」

 無表情で言うエルフの少女の行動に、本能的な恐怖を感じた小間の精神的な防壁がガラガラと崩れ落ちる。

 何かを喋らないと、自分はこの床と同じ運命をたどるに違いない。

 法を守る側にいるHSSの団員がそんな事をしない、と理性が微かに警告をするが恐怖の感情が小間の心を覆っていく。

(もう一押しね)

 美夏が思っていると、援軍要請の通信を終えて近づいて来た美冬が情報魔法を通じて美夏に何かを伝えようとする。

 情報魔法のインターフェイスに、美冬が使おうとする魔法の精神漸減(スピリットスクレイプ)が表示されるのを見て美夏は美冬を見て強く頷く。

「じゃ、やるねー。闇の精霊(シェイド)よ、我が呼びかけに応じよ・・・」

 それを見た美冬は地下の闇に向かって話かけ闇の精霊魔法である精神漸減(スピリットスクレイプ)を発動させると、闇の球体が小間をすっぽりと包み込む。

「これは何だ・・・暗い!」

「あなたが素直に話せば消してあげるわよ」

 そう冷たく美夏が言い放つ様子を見て、美冬が少し引きながら一言だけ「や、やり過ぎないようにねー」とだけ伝える。

 闇の精霊であるシェイドは、それに触れるだけで精神を削る効果がある、これは魔法を始めとした精神活動に対してかなりの効果を発揮する。

 また人は暗闇の中に長く置かれだけでも精神力を削られる事が多い、体に傷を負わせずに尋問をする方法として戦闘状態では行使が許されている使い方だが、乱用は嫌われる傾向にあるので諸刃の剣ではある。

 そうして10分後に闇が解除されると、さっきは美夏に噛みついていた小間が打って変わって恐怖によってこけた頬を必死に動かせて、美夏に知っている事を洗いざらい話し始めたのだった。

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