第90話 大川町防衛戦1
頭痛から立ち直った楓は、その内容を苦労して読み解いていく。
要約すると遠征隊が7時半には着く事が書いてあり、予定の部隊に加えて第2捜査隊長の栗原もとか、楓の担任である柊がバイク等に乗れない隊員の送迎のため、マイクロバスを運転しているとメールには書いてある。
「如月のお兄さん、おはようー。あたし達は着替えてくるねー」
廊下の水道で顔を洗って来た瑠華とレナが挨拶をしてくる。
そのまま2人は、別の教室の更衣室に行って着替えをしに行ってしまう。
楓は手早く着替えを終えて、美夏と美冬に返信を入れてから立ち上がって装備を身につける。
窓から外を見ると、天気は薄曇りで気合の入っていない太陽がうっすらと空に浮かんでいる。
「この地域の時空振動予報は、45%か・・・結構迷うな」
50%を越えれば来訪者戦の準備をする決断が出来るが、微妙過ぎる確率にため息をつく。
「如月のお兄様、お待たせしました」
今日の双子は、宝翔学園の制服の上にタクティカルベストを着た軽装だった。
腰のホルスターには、グロッグが収められているので、これがサブアームだろう。
昨日の不思議な形状の装備の事は、後で聞こうと思って楓は2人に話しかける。
「俺は遠征隊を出迎えに行く、2人はここで荷物番をお願いできないか?」
それに頷いた2人を置いて校門へと向かう。
朝もやの中、通りの奥からバイクとマイクロバスがこちらへ向かって来るの見て、それに手を振って合図をする楓。
「楓にい!」
目の前でマイクロバスが止まると、ドアが開いたと同時に美冬が出て来て楓に抱き着く。
顔色は良くなっていて、魔力減少の影響は無いようだ。
「おいおい、皆がびっくりするだろ?」
そんなたしなめると、美夏がやって来る。
他の隊員は?と見ると窓から興味深そうに兄妹の再会を観察しているようだ。
「ほら、野次馬が見ているぞ?」
そう言うと美冬は、名残惜しそうに離れる。
「ま、美冬は一昨日の魔力枯渇を気にしちゃっているから、ずっと自分を責めていたのよ。反動で甘えたいみたいね」
美冬の後に出て来た美夏が、苦笑混じりに説明をするのを聞いて、楓は事情を理解した。
「話は聞いているけど、楓は良く頑張ったわね。あの“嫌な予感”はどうなったの?」
「少し薄れたけど、まだ続いている・・それに人を食うゴブリン達を《《また》》倒したけど、正直同じ事をここでも味わう事になるとは思わなかったよ。ちゃんと防衛体制が整っていれば、そんな事は起きなかったのに。それと孤児のミラージュエルフが、ここで酷い扱いをされている事も聞いたよ」
そう話す楓の黒い瞳の奥に燃え上がる昏い色を見て、美夏は警戒感を覚えて長い耳を下げる。
責任感のある楓の事だ、ここで起きている事に怒りを覚えているのだろう。
そして、美夏が心配したようにその怒りには、憎しみが色濃く入ってしまっている。
「それじゃ、あたし達でそれを打ち祓いましょ。その為に来たのだから」
美夏が敢えて明るく言ったその言葉に、楓は自分より30センチは小柄なエルフの姉をじっと見つめる。
弟の目から見ても可憐な姉は、楓の前で不敵に微笑んでいた。
その桜色の唇が言葉を紡ぐ。
「ここの町の多くの人達は、子供達やミラージュエルフの犠牲の上に良い思いをしてきたようね。それを許す事は出来ないわ。それについては、作戦会議をするから詳しくはそこで話すからね」
そこで言葉が途切れ、美夏の微笑みが不敵な笑みへと変わる。
それは妖精が小悪魔に変化したと思えるような急な変化だった。
「ここからは、ペイバックタイムよ」
◇◇◇
HSSが大鷹高校に到着した後、遠征に慣れた第1捜査隊の3小隊(15人)を中心に着々と防衛体制の復旧が進んでいた。
戦闘要員は疲弊した防衛隊に代わり、索敵と警戒を行い、その間は防衛隊に休息をさせて疲労と士気の回復をさせていた。
そして同行している整備班(5名)が、故障や損傷している装備の修復を進めていて、午後までに中破程度の装備まではほぼ修復が完了し、今は銃器の修理とボディーアーマーの修復をメインにしている所だ。
その様子に自分達が見捨てられたという不安を持っていた防衛隊や、大鷹高校の生徒は徐々に希望の色を顔に表していっている。
物資だけはHSSの手持ちの物資を持ってきているが、必要量にはまだ足りていない。
なお、使った物資は状況によるが大川町を担当しているブレイカーギルド支部に請求する事が決まっている。
これについては、栗原もとかが「ちょっとブレイカーギルドと調査をするねー」と言って町内へと出かけたので、上手く行けば解決するかもしれない、と言った状況だった。
合流をしたHSS団員は一様にこの状況を生み出した大川町の上層部、県警鹿谷署、ブレイカーギルド鹿谷支部への不信感と同時に怒りを感じていた。
そして、15時過ぎに防衛隊詰所において、HSS主導での作戦会議が開かれた。
「では、防衛戦の作戦会議を始めます。進行は俺、泉龍之介が行う」
赤い髪を短く刈り、がっしりとした体格の泉がスクリーンの傍で開始の挨拶をする。
その場には、防衛隊からは三島、鷹田と始めとした5名が参加、HSSからは第1捜査隊の3名、特殊遊撃隊の3人が参加していた。
マイクロバスを運転してきた柊教師が、何故かそのまま大鷹高校に残ってこの会議に参加している事に違和感があるが、来訪者調査のためという事を周知したため、受け入れられている状態だった。
「まず、防衛戦は偵察の結果、現在の人員では街区をカバーする事は不可能という結論に至った。その為、来訪者の出現箇所を把握して戦力を把握後に、街区へ来訪者を引き込んで戦闘を行う。この方針だが、防衛隊の意見はどうだろうか?」
「街区へ引き込む、というのは家屋や建物がダメージを受けるという理解でいいか?」
三島が焦った様子で聞くのに、泉は首肯する。
「それは困る、家屋に被害が出れば町民の批判が我々に集中する。町に入る前に撃破をする事を我々は希望する・・・なんだ?鷹田」
きっぱりと希望を言う三島の横で、鷹田が身じろぎをする。
「俺が発言していいのか?・・・なら言うが、今までの戦闘でそう言われて俺達は町の外で戦闘を行った、その結果遮蔽物が乏しい場所での戦闘で多くの被害を出したのをまた繰り返すのか?」
「なっ!何を言うんだ。町に被害を出せば補助金や支援が得られない、それは説明しただろ?」
「あのな、その補助や支援が約束通りにされなかったから今の状態になっているんだろ?三島、目を覚ませよ」
舌鋒鋭く鷹田が言い放つ、たまらず立ち上がって睨みつける三島へ背後から声が飛ぶ。
「では、三島隊長。そんなに町の被害を良しとしないのであれば、現在のリソースで人員への被害を最低限に抑える方法があるのか?反対をするのであれば、代案を提示して欲しい」
冷静な口調で泉が三島に言うと、分かりやすく三島の顔が赤から青に変化する。
「防衛隊の半数以上が負傷状態で、まともに戦闘に耐えられる状態ではない。我々HSSが合流した事で、前と同じような戦いが出来ると思っての発言であれば、それは勘違いというものだ。我々は被害担当をするためにこちらに来たのではない、出来る限り被害を受けないように来訪者を殲滅する事が第1の目標ですよ」
「第1という事は、それ以外の目標があるのか?」
代案とは別な事に食いついた三島の様子に、泉はため息をつく。
「・・・どうやら、作戦への代案は無いと判断していいみたいですね」
「いやっ。それだったら、君達の支援など要らない!」
幼児のように言い募る三島、その様子を見るHSS団員も防衛隊のメンバーの視線は冷え冷えとしたものだった。
「三島、お前はもう隊長にふさわしくないよ。なにしろ言っている事が無茶苦茶だ。防衛隊の総意として、お前の隊長の権限を解除するよ」
鷹田がそう言うと、三島がカッとなって鷹田の方を振り向くがその動きは、防衛隊隊員の無言の圧を受けて止まる。
「防衛隊の8割以上の同意があれば、該当の隊員の地位を即時停止出来ると決めてあるのは知っているよな。もう、保健室にいる連中もここに居る連中もお前の指揮には従えないってさ。ま、俺は隊長っていうガラじゃないが、誰かにおしつけ・・・じゃない引き継ぐまでは頑張るさ」
「くっ」
そう呻いたと思うと、三島は歯を食いしばった表情のまま詰所を出て行く。
追いかけようとした者は居なかったが、美夏が通信機へと向かって短く言葉を継げる。
「もとか?今三島隊長が飛び出していったわ、後はよろしく」
淡々とした美夏の声が消えると同時に、咳払いをした泉は立ち上がる。
「色々あったが、作戦会議を再開する。とはいえ作戦はさっき方法で・・・良いみたいだな。それで、防衛隊には最終防衛ラインを守ってもらいたい、前線はHSSが担当する」
「え、それじゃあそっちに被害が出るんじゃ?さすがに防衛隊としては、それは悪いと思うんだが?」
あっけにとられた鷹田が泉に言う。
「これは合理的な理由もあるんだよ」
さっきまでは口調が改まったものだったが、泉は口調を年相応のものに変えて鷹田と防衛隊のメンバーに答える。
「HSSは、まだこの町の構造に詳しく無いんだ。だから町の地形や建物の配置を知っている大鷹高校防衛隊には、町を利用した防衛戦闘を頼みたい。負傷している隊員が居るのであれば、建物を防壁に使っての防衛戦闘を任せる。俺達は町の外郭部で来訪者を削るという役割を任せて欲しい、もちろん出来るだけ来訪者を倒すからそちらへの負担は最小限にするつもりだ」
プロジェクターに表示された戦域マップに、HSSと防衛隊の動きを表示して説明をする泉。
「ここにあるように“壱”と書かれたものは、俺達第1捜査隊の動きと思っていい。今回は第2捜査隊も居るのでそっちには“弐”を割り振っている。それで、特殊遊撃隊は“遊”を当てようと思ったんだが…」
「い・ず・み君?また、あたしとやり合いたいの?」
ジトっとした目で美夏が泉を睨む。遊は意味は分かるが、遊んでいると思われる事が美夏の気に入らないポイントだった。
「いや、あはは。冗談だよ冗談」
「ふう、特殊遊撃隊は“特”の文字を当てているわ。ただ、決まった動きはしないで戦線の手当てをメインにするつもりよ」
「えっと、君は楓のお姉さんなんだよな?」
「ええ、そうよ?」
「いや、昨日は楓君に世話になったんでな。隊長はああなっちまったが、防衛隊を代表して礼を言わせてもらう。ありがとう」
そう一礼をする鷹田を見て、美夏は微笑む。
「それはご丁寧にどうも。でも楓も役目を果たしただけよ?さて、泉隊長。作戦についてはもういいかしら?あたしからこの町の防衛隊の皆さんに聞きたい事と頼みたい事があるんだけど」
「ああ、その話があったな」
そう泉が言って、司会を美夏に譲る。
「楓がドローンで捉えた画像の中に、バイオ工場?の画像があったんだけど、その工場の詳しい情報を知っている人はいるかしら?」
そう言って、防衛隊を見渡す。
「いや、俺もバイオ工場じゃないか?というくらいしか聞いてないんだ。なにしろ、ガキんちょの時に近づこうとしてもおっかない警備員や、当時の町長とかに怒られて無理だったんだ」
警備員はともかく町長も?という点に楓は引っかかるものを覚える、と美夏を見ると同じ事を思っているようで目くばせをしてくる。
「そう・・・なら、時間が空いている時に町の大人とかに、HSSがあの工場の事を知りたがっていると話をして、情報を集めてくれないかしら。できれば、ここにいる間に調査したいって言っていたと伝えてくれていいわ」
「ああ、それくらいならいいが」
「じゃ、お願いしますね」
ぺこりとお辞儀をして、美夏は椅子に座る。
「あ、ちょっとあたしも話していい?」
そう挙手をしたのが、蒼い髪を持つエルフの少女のリーサリアだった。
作戦会議の途中から、少し落ち着きの無い様子だったのを楓が見ていたが、今は追いつめられた表情をしている。
「リーサリア?なんだ?」
そう怪訝そうに聞く鷹田に答える余裕も無く、両手が真っ白になるくらいに握り締めてHSSの面々・・・特に美夏と楓を見ている。
「カナンちゃんには、いつ会えるのっ?総合病院や孤児院の施設長に聞いても、はぐらかされるだけなのよっ!死んだとは聞いたけど、一目見るまで納得出来ない」
その双眸から、激情に駆られて吹きこぼれた涙が筋を作る。
「リーサリアさん、カナンさんとは知り合いだったのか?」
「そうよ、楓君。カナンとは同じ孤児院で育った幼馴染だったの、前の戦闘で行方不明になったと聞いていたんだけど、死んでいたなんて・・・あんまりよっ」
それを聞いた楓は、リーサリアがカナンにこだわっていた理由を知り、その心に去来する哀しみを思いやる。
「カナンさんを連れ帰ったのは俺だけど、今は会わない方が良いと思うよ」
それを横で聞いていた美冬は、楓がリーサリアと言う女子生徒に気を遣って、死者であるはずのカナンという少女の遺体に対して「回収」ではなく「連れ帰った」と言っている事に気が付いていた。
「そんな事分かっているわよ!でも、でも…」
そう言い募って、過呼吸気味になるリーサリアを別の隊員が支える。
「作戦が終わったら俺も病院に掛け合うから、今は抑えてくれないかな」
そうすまなそうに言う楓をリーサリアが涙で濡れた目で見つめる、その目の前に美冬が立つ。
「リーサリアさん、それ以上呼吸を乱すと気絶しちゃいますよ。ちょっとゴメンなさい・・・。万能なるエーテルよ、この者に平静をもたらせて・・・精神安定」
ポッと美冬の人差し指の先が光り、それがリーサリアの頭に吸い込まれるとリーサリアの呼吸が落ち着いて来る、それを見届けて美冬が脈を見ながら優しく語り掛ける。
「貴女の思いは分かりました、カナンさんの件はHSS特殊遊撃隊が責任をもって対応します。ですから、今は抑えて下さい」
「はぁ・・・はぁ・・・ごめんなさい」
リーサリアが落ち着いた事で、場の緊張感が徐々に霧散していく。
「リーサリアさんは休んでいてくれ、俺達の誰かが負傷をしたら治療を頼むよ」
このままではリーサリアが思い詰めてしまうと懸念した楓は、意識してやんわりとした口調でリーサリアに作業を依頼する。
「うん、他の人の救出もお願いね」
「ああ、頼まれた」
「さて、この地域の時空振動が極大化するのは明日の午後予定だ、偏差はプラスマイナス2時間だから、今のうちに準備を済ませる。シールド系の防御魔法を使える人は如月隊長に同行して、虚無のいる箇所にシールドを掛けてくれ。その結果、移動をしたのかを報告をよろしく。では、防衛作戦開始!」
「応!」
主に男子隊員の野太い応答を締めとし、一同は動き出す。
明日の来訪者の来襲予定時間までに、防衛線の構築や防衛隊の立て直しが終わるかは微妙だが、それに不満を述べるタイミングではない事はHSS全員が理解している。
その様子を頼もしく思いながら、楓は美夏と美冬の後を追いかけたのだった。




