第89話 闇切丸との会話
「なるほど。本部の皆が動いてくれていたんだな」
瑠華とレナから事情を聞いた楓は軽く安堵の息をついた後に口を開く。
どうやら、自分が意識せずに緊張感に支配されていたらしい。
3人は総合病院から大鷹高校に戻っており、HSSにあてがわれた校舎4階の教室で休息を取っている。
コンビニ弁当をメインにした夕食が終わり、3人はシャワーを浴びて1日の汚れと垢を落としていた。
1つの教室に男子と女子が居る状態を、最初は楓が気にしたが双子が異口同音に「大丈夫よ(です)」と言ったので、一緒に寝る事にしたのだ(さすがに布団は別々)。
「・・・それで、ここの状況は油断が出来ないと思うんだ。寝るのは3交代制にしたいんだが、どう思う?」
「そうですね、私は大丈夫です」
「あたしもー」
「それじゃ、俺が真ん中の時間帯に起きるから」
「えっ。それは悪いよ。じゃんけんで決めよう!」
夜間の見張りは真ん中の時間帯は、睡眠が十分に取れにくいため忌避される事が多い。
「いや、水月さん達は救援に来てくれたし。ここは年上の俺が真ん中の時間帯をやる方がいいだろう。魔法を多用したレナさんもそうだけど、瑠華さんもスナイピングで神経をすり減らしているだろう」
「それはそうだけど、なんか気を遣われ過ぎてないかなーと思ったんだけど」
自分の金髪に櫛を通しながら瑠華が口を尖らせて言う。
「そりゃあ、飛行魔法を使えるチームのコンディションを優先したいのは確かだよ。俺は戦闘単位としては歩兵だ。空中戦闘力を持つユニットの方を優先した方が、部隊としての生存率を上げやすいからさ。納得してくれたかな?」
「うーん」
そう言われた瑠華はまだ納得がいかない表情をしていたが、まっすぐな黒髪を瑠華と同じように櫛で梳いていたレナが口を開く。
「姉さま。私が魔力減少の状態も確かですし、ここは如月のお兄様の言葉に甘えさせてもらいましょう?」
「んー。んー・・・分かった」
「納得してくれて嬉しいよ、俺はもう寝るから見張りの順番は任せる」
そう言った楓はすぐに布団を被って寝息を立て始める。
「もう寝ちゃった。随分と肝が据わっているのね」
「ええ、今までにどんな経験をしているんでしょうね。それで私は見張りは最後がいいんですけど?」
「うん、いいよ。それじゃ、レナちゃんお休み!」
シュタッと片手を上げた瑠華に微笑んでレナも布団の中に入る、それを見て瑠華は教室の電気を消したのだった。
◇◇◇夜半◇◇◇
「お兄さん、起きてー」
深い眠りの底に居た楓は、ゆさゆさと揺られるた事と声によってすぐに覚醒をする。
寝乱れた髪を撫でつけながら身を起こすと、目の前には瑠華が居た。
「あー・・・。瑠華さんお疲れ。見張り交代だよな、今までありがとな」
「ううん、それじゃ寝るねー」
そう身を翻して布団に向かった瑠華から、ぷんという湿布の臭いが漂って来る。
瑠華は対物ライフルの射撃で生じる衝撃で、体の各所に軽い怪我をしていたのだろう。レナも回復魔法を使うらしい。
しかし、飛行魔法を多用する事が考えられるので、極力レナの魔力を残す方針にした。
この為、瑠華は医薬品を使って体の各所の痣や打ち身の治療をしていた。
無理をさせた事に、ちくりと心を針で刺されたような痛みが走る。
「ああ、ありがとう。お休み」
「あ、そうだこれ使ってねー」
むくっと起きた瑠華が、手に持ったナイトビジョンゴーグルを差し出す。
「ああ、ありがたい」
そう礼を言うと、瑠華は微笑んですぐに寝てしまう。
「ふう」
そう息をついてゴーグルを傍らに置いて、闇切丸を掴んで胡坐をかく。
徐々に精神を研ぎ澄まさせていくと、様々な音や気配が自分の感覚に捉えられる。
その中から不要なものを除外し、必要なものを意識上に載せて行く。
(マスター。話をいいか?)
1時間過ぎたところで、闇切丸が心話を送ってくる。
(なんだ?警戒態勢だから、意識を割きたくないんだが)
(それほど長くはならない。気配の察知なら我も協力出来る)
(お前は戦闘用魔剣であって、感知系はほとんど出来ないはずじゃなかったよな)
(そうだな、先日我が言った事を覚えているか?我は進化出来るとな、先の戦いでゴブリンどもを倒しただろう?それで我が忘れていた力を思い出したのだ。今までは我も確証が取れなかった故、言い出せなかった)
それを聞いて楓は驚愕の声を上げそうになったが、双子を起こさないようにギリギリで耐える。
(思い出した?今まではそんな事が無かったのに、どういう風の吹き回しだ?)
(からかうな。全ては先の戦いで邪音を仕留めた事にあるのだ。あ奴を屠った事で我の力が戻って来ているのは確かだ、この先邪音の仲間を倒せば同じ事が起きると思う)
(・・・続けてくれ)
(ああ、以前の力を取り戻すと思うのだが、まだ記憶に靄が掛かっているのでその先はどうなるかわからんのだが。しかし来訪者を喰らう事で力を戻すのは確かだ、しかし今は感知能力が戻ったに過ぎない。そして、その力はマスターと共で無いと使う事ができぬ。だから、その使い方を教えよう・・・いいか?)
(美夏と美冬を守る事に繋がるんだな?)
(それはマスターの心次第だ、我を正しく振るえばそうなる事も出来るだろう。しかし、悪の方へそれを使うのであれば、マスターもそれ以外の者の命を害するだろう。覚悟はあるか?)
(一つだけ聞かせてくれ)
(なんだ?)
(その問いは、今までのマスターに必ずしていたのか?それで滅びた者もいたのか?)
(ああ、そうだ。そして滅びた者共が邪音達なのだ・・・次は全て滅ぼす)
(分かったよ。それでは、お前の新しい能力の使い方はどうすればいいんだ?)
(まず、刃を一寸ほど抜いてくれ、そうして体内の魔力を練り上げて刃に流すようにしてくれ、その後にマスターの感覚を広げるのだ。一朝一夕で出来るものではないから、修行あるのみだ)
(・・・確かに難しいな。美夏の感知魔法に近い能力を持てればいいんだがな)
刃に魔力を流すまでは出来るが、感覚を広げる事に魔力を載せる事が上手くできない。
(それはマスターの才能次第だ、全てを行える者な過去のマスターでもおらんかったよ。自分の能力で、出来る出来ないを知った者が生き残れたのだ。決して万能を目指そうとするな)
(ありがとな。やってみる)
(ああ、我は魔法の制御に専念する、またな)
そう闇切丸の声が薄れて行くと、楓は言われたように感覚を広げる訓練をその場で行っていく。
幾度となく失敗を続けた後、魔力が低下したため今回の訓練は終了する。
「はあ。中々魔力を使いこなすのは難しいな。また美夏と美冬と訓練してみるか・・・お礼にケーキでも奢るとするか」
ため息をつきつつ闇切丸を鞘に戻した後、楓の見張り時間はそれ以上何も起きずにレナに見張りを引き継ぐ。
そして朝、目覚めてすぐに携帯端末を見た楓は、50通を超えるメールを見て頭痛を覚えて双子に心配されたのだった。




