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第86話 数時間前のHSS本部にて

時は少し遡る――――


2055/5/18(月) 正午、HSS本部


 楓からの通信を終えた神代は、苦笑しながらヘッドセットをティスに返す。


「団長、面白そうね?」


「ああ、そうだな。ここまで言って来る後輩は久しぶりだから、なんか嬉しくてな」


「どこに行くの?」


「ああ、アイツにも言われたから俺達も気張らなくてはいけないな。ちょっと岩戸市警察とブレイカーギルド支部に言って来る、マナも一緒に来てくれ」


「いきなり?まあ、団長のブレイカーランクと肩書ならギルドマスターや警察署長でもアポ無しで大丈夫ですけど。先に一報入れた方がいいわよ?」


 いわゆる社会のマナーを守った方が、後々スムーズに話が進むという事をティスが示す。


「わかっているよ、変に悪意を覚えられたら事だしな。まずはギルドに電話を入れてから、すぐに出る」


「何かあるの?」


 首を傾げた拍子にティスの髪がひと房はらり、と垂れたのを左手でかき上げて質問をする。


「まあな、如月が現場で頑張ってくれたので、大川町の状況が見えて来た。俺の役目は政治的に動く事だろうからそれで支援するのさ。ティス、柚月先生に連絡をして岩戸市総合病院経由で大川町総合病院のレセプト(診療報酬明細書)を手に入れて、さっき楓が報告をしてくれた学生の防衛隊の診療記録と、診療報酬の突き合わせをしておいてくれ。差分の数と内容を纏めてもらって欲しい」


「わかったわ、後は?」


「県警の大川町周辺の県警の展開状況を俺の端末に送ってくれ、こっちはブレイカーギルド経由で手に入る・・・情報管制レベル3までのものでいい」


「あくまでも来訪者迎撃部隊の情報まででいいのね?了解したわ」


「それに公表されている迎撃部隊の情報を突き合わせてくれ、それでズレたものがあれば不正規活動をしている可能性がある。分かり次第知らせてくれ、俺がギルドにいるうちが望ましいから、30分以内に出せるか?」


「うーん、情報の規模によるけど・・・。厳しい」


 出来る、出来ないをティスはしっかりと伝える。


 無理なものは無理、と言う事を神代は理解している団長なのでティスははっきりと言う。


「そうか、それなら到着時間を調節するから45分でどうだ?」


「それならいけるわよ、佐原君にも手伝ってもらうけどいい?」


「許可する。それじゃ、よろしくな。俺に用事がある人が来たらこちらから連絡し直すと言っておいてくれ。マナ行くぞ」


「ええ、了解よ。武装レベルは?」


「通常装備でいい、気がかりな事があるのか?」


「ううん、大丈夫。ティスさん、スルーシを置いておくから通信を使わないで知らせたい場合は、この子に話しかけて」


 そう言って、マナは使い魔の猫であるスルーシを猫掴みで捕まえて、テーブルの上に乗せる。


 当のスルーシは大きな欠伸をして、丸くなって眠ってしまう。


「了解、その時は起こしていい?」


「いいですよ。よろしくです」


 そう言ってマナは、銀髪を煌めかせながら装備を取るために団長室へと入る。


 団長室に入ると、将直が自分の魔剣と制服の上に魔道具を仕込んだ薄いコートを羽織っていた。


 既に初夏の気配がしている時期だが、魔力を流す事で冷却が出来るのである程度は我慢が出来る。


 マナは強力な魔法が込められた、魔法文字がビッシリと刻み込まれた水晶球をはめている杖を持つ、全長が170センチに及ぶので杖の方がマナよりかなり大きい。


 そしてネオケブラー繊維を編み込んだ薄手のローブを羽織って、フードを後ろに流して準備完了。


「マナ、行けそうか?」


「うん、大丈夫。それで出る前にさっきティスさんに出した指示について聞きたいんだけど?」


「ああ、そうだな」


 それに嫌な顔をせずに机に体重を預け、腕を組んで将直は言葉を続ける。


「レセプトは、楓の情報から大川町総合病院は診療報酬不正をしている可能性がある、一般市民優先である事、負傷をした防衛隊の治療のメインが、何故か大鷹高校の保健室になっている事から、防衛隊に支払われる増加報酬を不正受給している可能性がある。県警の部隊展開の情報については、大川町付近の県警の行動に不審な点があるからだ。いくら何でも来訪者の取り逃がしと、防衛隊との連絡の不備を見るだけでも現地の部隊に何らかの事態が起きているのは間違いない。軍はそれなりの根拠が無ければ介入は無理だから、まずは県警から当たってみよう」


 深々とため息をつく将直にマナは近づき、ちょっと背を伸ばしてその頭を手で撫でる。


「よしよし、将直は頑張っているわよ」


「あのなぁ・・・嬉しいけど」


「それなら、素直にこの時間だけあたしに甘えなさいよ」


「ああ、そうする」


 そうして弛緩した空気が少しの間、団長室に漂う。


「・・・よし、リセット出来た。行くぞマナ」


「続きは家でね」


ニコッと微笑んだマナに、将直は苦笑気味の表情で答える。


「ああ、それで俺達はギルドへはバイクで行く。時空振動予報は30%だが、もし戦闘になったら耐えられるか?」


 体調と魔力が十分かを将直がマナに確認する、魔法を使う戦闘の前にこの確認をしなかったため事故をしたケースが巷に溢れているのでこの確認は重要である。


 それを聞いたマナは数秒間、視線を虚ろにさせて俯くと顔を上げる。


「うん、魔力はほぼ満タンだから大丈夫よ」


 この満タンという根拠は、その魔法使いの感覚に寄る事が多い。


 とはいえ、魔力欠乏になると顔色や体調不良になるため、魔法使い以外でもある程度は客観的に魔力の残量を観察する術はある。


「それは重畳、それでは出撃する」


「ええ、了解したわ」


 2人が将直のバイクに二人乗りをして出発したのは、それから5分後だった。



 13時30分 ブレイカーギルド岩戸支部



 将直とマナがブレイカー岩戸支部の中に入り、ギルド職員に案内されるまま支部長室に入る。


 応接セットのソファには、既に支部長の宮岡玄(みやおかげん)が座っていた。


 黒髪を軍人のように短く刈っていて、彫りの深い容貌の宮岡は現役時代にAランクのブレイカーとして名声を得ており、前線から後方へと身を引くと同時にブレイカーギルド本部の要請で、Dゾーンに位置する岩戸支部長に就任した経緯を持つ。


 年齢は50歳を越えたところだが、今でも鍛錬を欠かさないため小柄ながらがっしりとした体躯をしており、たまに現場に出る事があるので、秘書の職員の頭痛の種となっている。


 挨拶もそこそこに将直が大川町で起きている事を伝えると、宮岡は重々しく頷いて口を開く。


「用向きは分かった、実は俺の方でも鹿谷しかがや支部から大川町への支援が上手く行かないと相談を受けている。状況としては、ギルドが防衛隊へ戦闘支援をしようとすると、管轄の警察が出張っているから手を出すな、と言われていて手が出しにくい状況らしい。物資の支援はなんとか出来ていたが、医療支援になると大川町総合病院の横槍が入って回復魔法使いや医師免許を持ったギルド員の投入が出来ていないとい事だよ。まさかそんな事になっていたとはな」


 そう言って目の前に出されていた緑茶をグイっと一気飲みをする。


「戦闘状況は、戦闘詳報で把握していたつもりだったが、それに虚偽の可能性があるとしたら別だ。裏が取れ次第、鹿谷支部と連携して介入する必要がありそうだな」


「そうですね、自分達が来なくても動くつもりだったようですね」


 宮岡が考えていた事と、ほとんど同じ事を相談しようとした将直は苦笑気味に答える。


「いや、決心がついたのは神代君の情報があったからだよ。正直、どう手を出すかで手詰まりだったのは事実だ、裏が取れていない状態で人員の限りがあるギルド職員を出すのはこの街を危険に晒す可能性がある」


「HSSとしても、今日遠征をしている1人の隊員がここまで状況に食い込んだのは意外だったんですよ。それで、状況の共有は終わったので大川町で起きている、もしくは起きつつある悪い状況の打開策を話し合いたいと思うのですが、いいですか?」


「ああ、そうしよう。それと県警と連携する方法も考えたいんだろう?」


ニッと男臭い笑みをたたえながら宮岡が切り込んで来る。


「お見通しでしたか。まず通常ならほぼ毎日上がっていたはずの戦闘詳報の提出が遅れていた件、そしてその内容に大鷹高校防衛隊の中でも食い違いがある件・・・これは来訪者との戦闘で、犠牲者を減らすために必要な情報をクラウドネットワークにアップする事が義務付けられています。その情報に虚偽もしくは遅延がある事は、重大な法律違反となる事は周知されているのに、何故そんな事が起きたか?その原因を探る事をきっかけにしてみませんか?」


「そうだな・・・。ただ根拠としては弱いと言わざるを得ない、あと1つか2つ材料ががあるといいのだが。そう言えば県警への対処はどうするつもりだ?」


「大鷹高校に行っている隊員によると、戦闘詳報や各種通信をアップしていたサーバーが数日前に県警に取られた、まあ交換させられたと言っていました。規模に寄りますが数日ではサーバー内の情報を新しいサーバーに移し替えたり、各種設定が出来るとは思えません、何故そんな事をしたのかを岩戸署が把握しているかを、副署長あたりに聞きに行く予定です。この情報へのリアクションで何かわかるはずです」


「ふむ・・・俺の方で探りを入れられるが?」


「ええ、それは俺達のアクションが不発に終わった時にお願いします。県警の動きが分からないので、サーバーを確保した県警の部隊の情報、そして現在大川町に展開している県警の部隊の情報が欲しいです。その部隊が何かをしようとしても、どんな対処をするか照準を定められないので」


「君がそう言っているのであれば確度は高そうだな?」


 それに対して、将直が答えようとするとマナが割り込む。


「宮岡支部長、話に割り込んですみません。将直、緊急連絡よ」


 マナは目を閉じて、MLPの杖を強く握っている、これは魔法に集中している状態だ。


「何だ?」


「スルーシの目の前に、ティスさんが手書きの紙を置いたから読み上げるわね『緊急、如月使用のドローン墜落。状況分析に入る、ログ解析の第一報は5分後』・・・だって」


「ウチの仕様でカスタムをしたあれが墜落?ログの解析を待たないといけないが、嫌な感じがする。宮岡支部長すみませんが緊急事態になると思いますので、相談はここまでにしましょう。岩戸署の様子はあとで共有します」


「いや緊急事態であれば、私が岩戸署に当たってみよう。鹿谷支部に対して、県警が干渉をしているかを聞いてみるよ。もし、何らかの県警の不正が見られれば介入をする」


「そうですね・・・ありがとうございます。マナ?」


 話を切り上げようとした将直の袖をマナが強く引っ張る。


「追加情報よ『如月隊員との長距離通信が途絶、妨害の可能性有り。通信ログの一部解析完了・・・ジャミングプロトコルの痕跡は、県警の使用しているタイプに酷似』よ、スルーシの集中が切れるから通常の通信に戻るにゃ・・・ぅんん!」


 語尾が不自然に猫口調になったマナは、それに気が付いて咳払いをする。


「そうか、分かった。通信回線を開くぞ」


 何も無かったかのように、将直が任務の話をしようとすると宮岡がそれを台無しにする言葉を放つ。


「にゃ?とはなんだ?」


「ううー」


 俯いたマナが唸る、表情が見えないが耳が真っ赤になっているので恥じらっているのは一目瞭然だった。


「・・・使い魔との接続を切ったのですが、言語中枢が猫の干渉を受けたようです。気にしないで下さい」


 きっぱりと将直が答える様子に、宮岡が年相応な2人の様子に微笑む。


「わかったわかった、貴重な事を教えてくれてありがとう。この借りを返すという事で、俺が岩戸署とギルドの件を当たるのでどうだ?」


 真面目くさった口調だが、頬が軽く痙攣をしているのを見るとツボにはまったらしい、将直は抗議を上げようとするが、取引の内容を聞いてその言葉を飲み込む。


「はい、それでいいですぅ・・・将直、早く本部に戻りましょう」


 副団長のマナが勝手に返事をした状況だが、それについて突っ込むものはこの場に居なかった。


「それで、さっき聞いた妨害電波のプロトコルの情報は使っていいのか?無理にとは言わないが」


「ええ、大丈夫です。追加情報がありましたら、宮岡支部長の端末に入れますが?」


「そうだな・・・間に合えばいいが、情報がある事に越したことはないから頼む」


「了解、それでは失礼します」


 そう将直とマナが退出した後、宮岡は部屋の中で堪えていた笑いの衝動を解放したのだった。

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