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第85話 病院側の理不尽な抗議

「如月のお兄様、お待たせしました。これが依頼の遺体袋です」


 飛行魔法を解除したレナは、とんと言う音を立てて広場に降り立つと異臭に眉をひそめる。


 この年代の少女であれば、この臭いだけで呆然自失してもおかしくないはずだが、目の前の黒髪の少女は眉をひそめた以外は怜悧な表情をたたえた顔を楓に向けている。


 そう言ったレナは、いつもの戦闘用防具ではなく、体の要所要所をチューブ状のパックに覆っている異様な形状の防具にヘルメットを被っていた。


「助かった、すぐに収容するので周辺警戒を頼む」


「了解」


 そうレナの返答を待たずに、ボックス型ハウスの中へ入り遺体の収容を始める、レナを待つ間に収容しやすいようにまとめていたので、収容はすぐに済む。


 夕闇でほとんど明かりがない状態のため、現時点では残りの箇所を探すのは無理だと見切りをつけ、レナにジッパーを上げた遺体袋を渡すと、レナの右の眉がピクリと上がる。


「すまない、汚れが付かないようにしたんだが」


 外の微かな明かりに照らされて、血などで汚れた自分の姿に気が付く楓だった。


それにすまなそうに楓が謝ると、レナは首を左右に振る。


「いえ、気を遣わせてすみません。汚れではなく…軽いです。随分と苦労された方の遺体なんですね」


 中学2年生の少女では、20キロ弱ともいえども十分な重量だが、それを軽いという感覚に楓は戸惑う。


「私の飛行魔法は、他者に影響を及ぼす事が出来るタイプなので、よく前線から救急搬送をする事があるんですよ。その時の生きている方に比べて軽いと思ったんです。HSSでは死者が出る事は稀ですので」


「そうか、詳しくは後で聞こう。俺は地上から戻るからレナさんは瑠華さんの所に戻ってくれ。バイクを回収してから合流する」


 瑠華の通信で見つけたホブゴブリンの位置、推測される移動速度を考えるとそれはかなり近い所にいるだろう。


「それであれば、バイクの場所まで飛行魔法で送ります。遭遇戦のリスクを考えると、飛行をした方がいいです。重量を換算しても、私の飛行魔法の維持に必要な魔力は、バイクの所で楓さんを降ろし、総合病院まで行くのであれば持ちます」


 それに抗弁しようとしたが、楓の耳に近くの木々の枝が折れる音が届く、ホブゴブリンやその配下が迫って来ているようだ。


「…分かった」


「では、魔法の受け入れをお願いします。そして大丈夫でしたら、私の手を握って下さい」


 他者の魔法を受け入れるためには、精神の力を抑える事が必要になる。それをしないと、対象者の精神が反射的に魔法に抵抗をしてしまって魔法の効果が減少や無効にしてしまう事がある。


「OKだよ」


 楓がそう言ってレナの手を握ると、ひんやりとしたレナの体温を感じる。


「それでは、行きますね。アクセス。万能なるエーテルよ我に疾風と重力の枷を打ち消す力を与えよ、フライト!」


 詠唱が終わった瞬間、遺体袋を抱えた楓の身体は徐々に速度を増して空中に浮き上がって行く、木々の上に上昇しきるとグッと背後から自分達を押す力を感じると、眼下の風景がぐんぐんと後ろへと流れて行く、さっき自分が地上から潜入した時の速度を遥かに超えた速度に、楓は驚きの表情を浮かべる。


 レナは飛行魔法と言っているが、これは飛行魔法の高度版の高速飛行(ホークフライト)の速度と言っていい。


 高速飛行(ホークフライト)はその名の通り、最大時速30キロの飛行(フライト)に比べて使い手の能力によるが、最大時速150キロでの飛行を可能にする。


 今はかなりの荷重があるので、速度は時速40キロを超えたくらいだがレナの魔法能力に楓は舌を巻いていた。


 そうしていると、遠くから轟音が響き楓達の左側を銃弾が超高速で走り抜け、背後で派手な着弾音を立てる、首を回してみると森の土が巻き上げられている状況が目に入る。


「瑠華姉さまの支援射撃です。来訪者を刺激する可能性もありますが、報告通りであれば楓お兄さまと私達、防衛隊の残存勢力が防衛に徹すれば凌げるでしょう」


 そうレナが説明する、さすがに魔法の連続使用が堪えているのか額に汗が流れている。


「そろそろ着きますよ。着陸後に私は姉さまの所に行きます」


「了解、着陸はいいよ。地上すれすれで速度を維持したまま俺を落としてくれ、魔法のかけ直しで魔力が無駄になるのを避けよう」


「怪我しますよ?」


「大丈夫、自衛軍の空挺の真似事ならやった事があるから…。そろそろ落としてくれ」


 地面から1mくらいの高度になった時点で、レナから手を離すと楓は足から着地して地面を転がって速度を殺した後に立ち上がる。


 すぐにバイクを見つけてエンジンを点火して、彼方に「大川町総合病院」と強い明かりに照らされた看板を目標にスロットルを握る。


 森の方へ向けた3発の射撃の音を聞きつつ数分走った時点で、瑠華からの通信が入る。


『如月のお兄さん!今どこ?』


「病院にあと5分の距離だよ、屋上までは順調に行って10分弱だと思う。どうしたんだ?」


 瑠華の苛立った声を聴いて、何かがあったのを感じ取る。


『遺体の霊安室への収容をした後、医院長に抗議されているの!町を守るために戦った人に酷い扱いだわ!』


 その返答に楓はバイザーの中の顔をしかめる、昼間の事と言い楓の堪忍袋を刺激する事がこの町に多いようだ。


 その緒が切れる残りの長さは、残り2割程度なのを自覚する。


「全国の医療機関、特に地域の中核病院は地域の防衛隊、ブレイカーの負傷者や遺体の受け入れをしなければならない義務があるはず、それに抗議するとはね」


『連中は戦闘での遺体は穢れていて、病院の患者へと悪影響があるって。それとお前達がここに来るのは予定外だって言ったけど、なんなのかしら?』


 最後のくだりは分からないが、何か引っかかるものを感じる。


 予定外という言葉は、姉と妹が一緒に来ていないのでHSSは自分1人という事を言っているのか、とも思ったがそれで喉に引っかかった違和感が払拭できなかった。


『如月、今の話は本当か!?』


 別の声が通信に交じる、そう言えば防衛隊の周波数で話しているので、自分達の会話は防衛隊に筒抜けだったと思う。


 ただ、瑠華はともかくレナは伝えるべきではない情報のより分けをするイメージがあるので、敢えて瑠華の言葉をこの通信に乗せたとも思える。


「ええ、これから確認しに病院まで行きます。鷹田先輩、病院には防衛隊の入院者、またはエルフが入院しているか分かりますか?」


 鷹田ではそれを把握していないだろうな、と思いながら聞く。


「俺はわからん。ただ負傷者を治療に向かわせても、数時間で帰らされているんだ。治療は不十分なんだけどなっ」


 この情報は保健室で村上から聞いた内容と合致する、そうすると病院が防衛隊やエルフを入院している事にしている場合、いくつかの法律に違反しているだろう。


「こちら村上です。如月君の心配の通りよ。今は総合病院に入院や治療を受けているのは人類しかいないわ。学校で治療している状態は、君が午前中に見たとおりよ」


 ノイズ混じりの村上の声に濃い疲労が滲んでいる、死者が出た事で衝撃を受けてしまったのだろうか?


 それに気が付く前に、楓は病院についてバイクをバイク置き場に止める。


「こちらは病院の外にいる、すぐにエレベーターで屋上に上がる」


 そう通信機に言って、病院のロビーに入ると事務員と思われる中年の女性に止められる。


「困ります、そんな不潔な姿で病院に入らないで下さい」


 両手を腰に当てて、通せんぼという姿勢で楓の前に立って居るのを見て、楓は強い口調で話しかける。


「来訪者と交戦したので、汚くなっているのは当然ですね。それにこの病院は、来訪者と戦った防衛隊を治療した事があるはずですよね?その時は、一刻を争う状態なのに病院に来る前に綺麗に着替えさせてから治療をしたんですか?それに、治療体制を取っていればその後の洗浄は病院の責任でやる事が法律で決まっていますし、それをするための補助金も出ているはずですよね?ここで自分を止める理由は無いですよ」


「それは、今は関係ないでしょう?」


「いえ、関係ありますね。仲間が来訪者の被害者のエルフの遺体を運び込んだ事で、そちらの院長に理不尽な抗議を受けている様子。これはHSSとしては緊急事態と考えています、早く現場に行きたいので…どいて下さい」


 ゆっくりと距離を詰めて行くと、その事務員は徐々に顔色が悪くなっていく。


 ゴブリンの体液の痕や、エルフの血液が体のあちこちに着き、かなり強い異臭を放っている楓は客観的に見て、あまり近づきたくない状態だ、それに加えその目は底冷えするような圧力を発している。


「エレベーターを使います。法律に従って俺の動線の洗浄をお願いします」


 楓に圧倒された事務員が、脇に避けたのを見て屋上行きのエレベーターのボタンを押すとすぐにやって来た。


『こちらレナ。状況は理解していますので、お待ちしています』


「それじゃ、2分で行く」


 屋上のエレベーター建屋を出ると、そこに居た水月姉妹と医院長だろうか?数人の病院職員と警備員の視線が楓に集中する。


 楓はその視線に動ずることはなく、体を病院関係者へと向けて口を開く。


「HSS特殊遊撃隊の如月です。来訪者戦の犠牲者の遺体収容に、異議があるという事はどういう事ですか?民間防衛法に反していますよ」


 状況は瑠華に聞いていたが、まず正論を伝えて反応を見る。


「君もHSSですか。そこの女子生徒に伝えたように、その遺体は来訪者のいる地域に置かれていたそうじゃないか。そんな場所にあった遺体は、どんな菌に汚染されているか分からない、この病院の患者への防疫上の危険と、精神衛生に悪い影響がある事を説明していたのだ」


 病院長はこの町では大きな権勢があるのだろう、尊大な態度で楓に話しかける。


「それに、遺体に来訪者にトラップをしけられている可能性もある。君はそんな事に気が付かないのか?」


 医院長と代わって若い警備員が口を開く、楓がちらと見るとブレイカーのドッグタグを首から吊るしていて、その縁取りの色を見るとDランクブレイカーだという事が分かる。


「自分達の食べ物に、トラップを仕掛ける馬鹿はいないでしょう」


 そう楓が言った事で、その場の空気が攻撃的なものから困惑へと変わる。


「食べ物?」


「ええ、遺体に来訪者に喰われた痕が著しく残っていました、見たところ体の半分近くが食べられていました。ゴブリンどもはまだ食べ続けるつもりのようで、餌場に置いてあったんですよ。…あなた達は人類の肉の味を来訪者が知った、この重大性に気が付いていないのか?ブレイカーギルドでも教えている事ですよ?」


「いや、聞いたことが無いな」


「不勉強ですね。俺はCランクブレイカーですが、その危険性は飛騨地方のギルド支部で聞いていますよ?この世界に定着した来訪者は、動物などの餌を獲る事は知られています。ただ獲物が少ない、人類に執着している場合は人類を殺して、その肉を食らいます。その味を覚えればさらに人類狩りを行う事になる、この町の人類を連中は食料、と見なしていると考えざるを得ないんですよ」


「そんな事を言っても、防衛隊へ命に代えても町を護れと言っている、突破される事は無い」


「防衛隊は既にほぼ壊滅状態ですよ、満足な治療も行われず武器弾薬の供給もほとんど無い、これで次の襲撃を凌げると考えるには楽天的過ぎますね。そう言えば警備員さんのMAC10Vはずいぶんと綺麗ですね、弾薬も十分にありそうだ」


 警備員のブレイカーがホルスターに収めている、真新しいサブマシンガンを見て楓が言う。


「何を言いたい?」


 警戒するように目を細めた、警備員を見据えて楓は答える。


「ブレイカーギルドから防衛隊に行く支援物資、それが足りていない事を知っていましてね。どこで止まっているかを調べているんですよ…どうやら行き先が分かったようです」


 そうカマをかけると、警備員の顔色が微かに青くなる。


「それについては、別な時に話しましょう。で、院長は事態を理解してもらえましたか?次の襲撃時に防衛隊が動ける補償はありません、どう病院を守るかご自身で考えて下さい」


 そこで言葉を切る。


「もし、収容したカナンさんの遺体を粗雑に扱ったら、今後HSSの支援が受けられなくなる事をお忘れなく」


「子供が生意気な事を…」


「その子供に、今まで守ってもらっていたのは、どこの誰ですか?そして満足な治療もせずに、負傷した隊員を防衛隊に戻していた事も知っていますよ。それに今回の犠牲者はエルフです、エルフ保護法違反の可能性もありますね」


 楓がそう話を切り込んだところで院長が反論に口を開く寸前、背後で対物ライフルの発射音がする。


 衝撃波が広がり、すぐに屋上がもうもうとした土埃に包まれる。


 そこにいる全員がそれに包まれてしまったため、院長はまともに口の中に土埃を摂取したため未発となる。


「げほっ!げほげほ!」


「これ以上、HSSの作戦行動を妨害しないで下さい。町役場からの依頼で来た我々へ、特別な理由が無い抗議は妨害と見なします。それに対してブレイカーの規定を元に対応します。これは警告です」


 楓は対物ライフルの発射後に衝撃で土埃が舞い上がる事を知っていたので、咄嗟に口と目を手で抑えたので院長と警備員ほど被害を受けなかった。


 装備や服は土色になってしまったが。


「くっ」


 ほぼ土色に染まった白衣を見て、悔しそうに歯ぎしりをする院長と警備員がエレベーターで下に向かっていくのを見送って、楓は水月姉妹の所に行く。


 院長の可哀そうな状態に目もくれず、瑠華はスコープを覗いて索敵していた。


 いくら楓より年齢の低い少女と言えども、スナイパーとしてのプロ意識はあるのだろう。


 その横ではレナが高倍率の双眼鏡で周囲警戒をしていたが、近づいて来た楓の傍に来る。


「如月のお兄さま、説得ありがとうございました」


「あれは説得と言うのかな」


 院長達が引き下がったのは、対物ライフルのカーミラの発射によるものだったので楓は苦笑する。


「気にしないでくれ、こちらも救援助かった」


 そう言って長く息を吐く。潜入、戦闘、脱出が続いたのでかなり緊張をしていたのを理解し、緊張をほぐすように腕を軽く回す。


 関節が軋む音がするのでかなり精神的、肉体的疲労が蓄積しているようだ。


 そして付けっぱなしだった通信機をオフにしていると、瑠華が話かけて来る。


「如月のお兄さん、妨害を受けていた長距離通信が徐々に回復しているよ。あと10分もすれば本部と話せるはず…ここで打ち合わせをする?それとも大鷹高校に行く?」


 そう瑠華が聞いて来ている言葉の中に「妨害」という不穏な言葉がある事に気が付きながら、顎に手を当てて考えた楓は口を開く。


「いや、本部への連絡が終わるまでここの射撃地点を維持しよう。瑠華さん敵の動きはどう?」


「ホブゴブリンは撃破か行動不能にしたよ。視界が悪いから確定は無理。あとは牽制射撃にゴブリンやゴブマジをやれていたら儲けものって感じ。森林地域から来訪者は出てこないみたいよ。情報にあったオーガは姿が見えないので今は居ないと判断しているよー」


 50ミリ弾の入った大きなマガジンを交換しながら、瑠華が詳細な情報を伝えてくれる。


「分かった、それで2人がここに来た理由を教えてもらえないか?」


「そうだねー。やっぱり気になるよね。レナちゃんお願い!」


「姉さま、そろそろ説明するクセをつけて下さい。それはですね―――」


 そうレナが説明するのを、楓は聞き始めたのだった。

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