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第84話 潜入、そして最悪な事態に足を突っ込んだ事を知る

 バイクで農道を進み森林との境界でバイクを降り、大鷲高校防衛隊へ短距離通信を入れる。


「こちら如月、これより森林地域に入る。こちらから通信を入れるまでは通信を入れないで下さい」


『ああ、分かった。気をつけろよ!』


 鷹田の声が聞こえて通信が切れる、三島が出ない事に首を傾げながらバイクのロックを掛ける。


 森林に足を踏み入れると消えかけた獣道が奥へと続いている。


 足跡は消えているのは分からないが、来訪者の遺留物が見当たらないのでここは進行ルートではないのだろう。


 目標のドローン墜落位置へと物音に気を付けながら歩みを進める、予想より下草や間伐がされていないのか細い木々がかなり視界を遮っている。


 この状態はどちらに有利とも言えないが、その領域で過ごしている事で土地勘がある側が有利になる事が多い。


 ここに居る来訪者のうち、一番の古株は2週間前からここを知っていると仮定し今までの来訪者研究で分かっているゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンマジシャンの知能を予測の要素に入れて楓は考える。


 ゴブリンとホブゴブリンの論理的思が出来る知性は人間換算で10歳程度が多く、ゴブリンマジシャンは20歳とされている。


 見てくれは化け物だが、集団になると知性の上昇が見られ人類に対して残虐行為をする事が知られている。さらにゴブリンマジシャンといった指導者に率いられた場合は警察レベルの戦力では手を焼く存在となりうる。


 今回はゴブリンマジシャンに率いられた集団、ホブゴブリンに率いられた集団がいると仮定をすると、後者は偵察の概念を持ち周辺の知識がある可能性がある。


 これから目指すドローン墜落地点の近くの広場に居るのは、ホブゴブリンに率いられた集団。


 それらは知性があっても、残虐性に比率を振る行動をするため偵察より目の前に来た人類を殺戮する戦闘力は高いが、偵察などは行わない可能性が高い。


 しかし、とそこで楽観思考を止める。


 もしホブゴブリンの集団、ゴブリンマジシャンの集団が連携している場合は知性が高い動きをするだろう、そこで敵の偵察の範囲は広場周辺100mまでと仮定しあと200m進んだ付近から警戒度を上げて行動する、と決める。


 拳銃をホルスターから引き抜き、中古のサプレッサーをつけて速足で木々の中を進んで行く、既に夕方になりつつあるので森林の中は先に闇が這い寄って来ているので見通しがさらに悪くなっている。


 暗視装置は持ってきていないので目測で50m毎に5感を研ぎ澄ませて来訪者の気配を探る。


 それを続けて5回目になった時、既に仮定した敵の哨戒範囲に踏み込んだ楓の聴覚にゴブリンの話声、嗅覚にそれらの体臭が届く。


 自分の気配を消し、匍匐前進で藪の中を進んで行くと、木々の葉の隙間から広場とその奥の木に引っかかったドローンの一部が見えた。


 予想よりかなりドローン墜落地点が近いので、広場のゴブリン達を片付けないと見つかる可能性がかなり高い、いくら隠形をしていても無理だと楓は結論づける。


 そのままの位置で広場を観察し敵の規模を探る、ゴブリンの個体は似通っているが観察をすれば傷や身に着けているものである程度の判別が出来る。


 そうして、ゴブリンを観察するとここには少なくとも5体のゴブリンがいるようだ、と思った時6体目のゴブリンが目に入った時、楓の顔色が変わる。


 そいつは、明らかにこの世界の衣服と分かるものを身に着け、誇らしげな様子で仲間のゴブリンに話しかけていた。


 その衣服は、大鷹高校の制服の上着一部である事はさっきまで大鷹高校に居た楓は覚えていた、防衛隊が身に着けているボディーアーマーは見当たらない。


 そしてそれに血の後が付いて居るのを見た楓は、一瞬逆上し声が一言だけ小さく漏れてしまう。


「くそが…」


 そう感情を声に出したことで、冷静さを取り戻した楓は拳銃をホルスターに仕舞って闇切丸の鯉口を切る。


 こういった場合、以前は人類側の軍隊や警察は銃器で来訪者を蹂躙する事は可能だった。


 しかし、一部に物理耐性を持つ個体が居る事でその戦術は多くの戦場で通用しなくなっていた。


 物理耐性は個体差があるため一概にはどの程度の耐性があるかは感知魔法や精密なセンサーが無いと事前に把握は難しい、それが無い場合や魔法使いが居ない場合、弾丸1発で倒せる来訪者に10発以上の弾丸を叩き込み、強引にその防御を破って倒すという方法がメジャーだ。


 それが出来るのは戦力に余裕のある戦場になるので、現代兵器だけで来訪者の集団を倒せる場面が減ってしまっている原因の一つになっている。


(俺だけじゃ、やれる事は限られるな)


 心の中で、自分が美夏と美冬と一緒では無い事で自分の無力なところをボヤく。


 もし2人が居れば感知魔法で、敵の防御能力を把握できるしそれで危険を減らす事も出来る。


 多少、強引な方法をとっても回復魔法で戦線復帰が早まるだろう。


 今の自分の状況に当てはめると、5体1の状態でもし物理耐性持ちのゴブリンが混じっていた場合は銃弾不足に陥る事や再装填に手間取っている間に、反撃を受ける可能性がある。


 そこで有効なのは、魔道具の一つである魔剣だ。


 安定した供給ルートや使い手を選ぶが、魔剣であれば魔法的な攻撃で物理耐性を易々と破り物理的な攻撃も出来る、そして楓は裏上泉流の中伝という腕前を持っている、不意打ちをすれば勝算は十分にある。


 もちろん、自分の持つ魔力量に依存するため、ずっと魔剣を使っていると魔剣が使えなくなり戦力が激減する事もあるので、魔剣を使うタイミングを見極めないと危機に陥る。


 あとは戦端を開くタイミングだが、ゴブリンがこちらに背を向けた状態かどれかの個体が近づいたときに不意打ちを仕掛ける、そう決めた楓はそれほど待たずにその瞬間が迫ったのを悟る。


(マスター。我が感知の能力を持たずにすまんな)


 そう零す闇切丸の柄をトントンと指で叩いてなだめた後に魔力を流すと闇切丸は切れ味増加の魔力に変換をして刃に魔法を纏わりつかせていく。


「ギャウ、ギュルウ」


 そうゴブリン語のような言葉を発しながら、ゴブリンの1匹が楓の隠れている藪のすぐそばに来た瞬間、闇切丸が藪から突き出され、その喉をかき切った瞬間そのゴブリンは絶命している。


 仲間が倒れ込んだ事に気が付いた2匹のゴブリンまでの距離は5メートルほど、その距離を2歩で詰めて迎撃態勢を取りつつあった左側の1匹の腕を掬い上げの一撃で斬り飛ばし、3匹目のゴブリンには脳天からの垂直の切り落としでその頭部を半ば切り割る。


「はぁっ!」


 鋭く息を吐いて4匹目の腹へ突きを放つと軽い抵抗を腕に感じたがそのまま押し込む。


 その手ごたえにこの個体は物理耐性を持ったものだったと結論づける楓。


「グヒュ」


 一言だけ悲鳴を上げて崩れ落ちるゴブリンから闇切丸を引き抜いて、復讐に燃えて襲い掛かって来る5匹目のゴブリン・・・あの制服の一部を身に着けた個体に相対する。


 そいつは、楓の袈裟懸け斬りを手に持ったショートソードで受けて意外な力で楓と鍔迫り合いの状態になる。


「ギュウル!」


 そのまま押し込めると判断したのか、力を込めて来たショートソードに合わせて手首を捻って力を逸らせ、ゴブリンのバランスを崩すと楓の意図通りに前のめりになったそいつの腹を斜め下から切り裂く。


「グプゥッ」


 腹からおびただしい血液を吹き出しながら倒れたゴブリンは地面に伏した時には瀕死の状態になっていた。


「これは返してもらうぞっ」


 止めを刺した後に、ボロボロになった大鷹高校の誰かの制服をそいつからはぎ取る。


 これは持ち帰り身元を確認するために必要だと判断した結果だった。


「オールクリアか?」


 周囲の気配を探り残敵が居ない事を把握した楓は、闇切丸についたゴブリンの体液をウエスで拭きとり、抜き身のままドローンの引っかかっている木に近づく。


 その木は、偵察時に見つけた朽ちたボックス型ハウスの傍にあるのでそれを足掛かりにすれば上りやすいだろう。


 そうボックス型ハウスに近づいた楓は、風向きが変わった事でその中からむっとする強い異臭が漂ってきているのを感じ取る。


「見るしかないか」


 闇切丸を構えたまま、開きっぱなしの入り口に近づき生命の気配が無い事を感じ取って一気に踏み込む。


 中に入るとさらに強い臭い・・・刺激臭と言っていい程の臭いが鼻を衝く。


「くっそ!」


 ほぼ闇に飲まれつつあるそのボックス型ハウスの中は、ゴブリンが残した獣の死骸や血で汚れ切っていたがその奥の壁に一体の人間の死体が壁に背中を預けて座った状態で置いてあるのを楓は視認した。


 小型のライトを取り出し、死体を照らすと無残な状態である事が分かった。


 衣服はボロボロになっており、腹や腕にとどまらず足の肉の部分がごっそりと切り取られたのだろう、ほとんどが残っておらず血まみれの白骨がライトの光に浮かび上がる。


「こいつら、食いやがったのか・・・っ」


 来訪者襲撃の中で最悪に近い危険なケースに当てはまってしまった事と、犠牲者の無念を思い毒づいてしまう。


 だが、時間が惜しい。


「遺品は・・・これは生徒手帳か」


 血に汚れたそれを遺体の傍から見つけ、血糊に苦労しながら個人情報の書かれたページを見る。


「カナン・島田。1年生のミラージュエルフの女子か」


 よりにもよって、と心の中で毒づきながら、バックパックに制服の一部と生徒手帳を入れて立ち上がり、任務の優先度を自分の中で変更する。


 この遺体を見る前はドローンの回収最優先目標だったが、少女の遺体を回収しないとさらにその死が辱められる事になる可能性が高い。


 回収部隊が居る状態や支援部隊が居れば回収は可能だろうが、ここにいるのは楓一人。


 遺体袋を持ってきていないのでこの状態の遺体を運んで離脱する事は困難だろう。


 防衛隊も半壊した状態では支援は無理だ、下手をすると来訪者を刺激して無理な戦闘が起きる可能性がある。


「この周辺にいる奴らを全部サイレントキル・・・やるか」


 そう言うと楓の目に怪しい光が灯る。


(マスター。それは姉に止められているだろう?我は止めるぞ?)


「じゃあ、何の方法があるってんだよ」


 闇切丸の指摘にイラついた言葉を返してしまう。


(姉が言っていただろう?味方を頼れと)


「その味方が居ないんだろうが」


 そう毒づいていると、耳に付けていた通信機にノイズと共に小さく声が聞こえて来た。


『・・・さん?・・・こえ・・・かー?』


 通信機の本機を見ると、大鷹高校の使っている短距離通信のようだ。


 防衛隊からの通信は声で自分の位置がバレる可能性があるため、送らないようにと釘を刺したつもりだったがその声に聞き覚えがあったのでマイクに向けて口を開く。


「こちらHSS特殊遊撃隊の如月」


『あー!やった繋がった!如月のお兄さん、水月瑠華でーす』


 通信機の向こうから、明るい女子の声が聞こえて来る、しかしそれはここに居るはずの無い声だった。


「水月さん?なんで?」


『それは後で、お兄さん。援軍はいりませんかー?今ならスナイパーとスポッターの計2名がいますよー』


 それを聞いた時、八百万の神々に思わず感謝した楓はすぐに返事をする。


「ああ、頼む」


『支援の指示ありますか?』


 通信に瑠華の妹のレナの声が混じる、相変わらず感情の起伏が少なく怜悧な声だが楓にはそれが頼もしく感じた。


「ああ、瑠華さんの展開位置はどこだ?」


『お兄さんが送ってくれた画像にあった、総合病院の屋上にいるよー』


 どうやらテスト飛行の時に、スナイプをされる場合に備えて射撃位置を何枚か画像に撮っていた事を有効活用してくれたらしい。


「分かった、俺の位置を送るから敵を視認したら支援射撃をしてくれ、ホブゴブリンかオーガが居たらそれを優先に」


『らじゃ』


「レナさんは飛行魔法の余力はある?」


『ええ、私単体であればあとじゅうご・・・20分は飛べます。人が増えた場合は体重によって変動します。如月さんを運べばいいんですか?』


「いや・・・。これを聞いている大鷹高校防衛隊、ショックな事を伝えるから3秒で心を凍らせてくれ・・・。敵の展開区域でカナン・島田さんの遺体を発見、損傷が激しいため俺では運べないが・・・レナさん、遺体袋を調達してすぐに来てくれるか?」


 そういうと、通信機から息を吞む音や嗚咽が聞こえて来る中で、レナの冷静な声がそれを遮る。


『わかりました、すぐに向かいます・・・どの程度の重さかわかりますか?』


 一瞬、声を止めたレナの心情を思いやりながら楓が答える。


「推測だが20キロは行かないと思う、それ以外の遺品は俺が地上から運ぶ。それでは俺はこの位置で警戒態勢に入る、近づいたら通信を入れてくれ」


 その通信の意味を防衛隊の誰かが気が付いたのだろう、再び嗚咽が聞こえたがマイクが乱暴にオフされた音がした。


『はい、こちらHSS第2捜査隊水月チーム。任務了解、これより出撃します』


 レナからの通信が終わると瑠華が再度話して来る。


『こちら瑠華、ホブゴブリンを発見したわ。お兄さんから東方面に200メートルくらい、60メートルに入ったら支援射撃をするわ』


「了解した、頼む」


 そう通信を切って楓は周囲、空を見渡してレナの到着を待つ。


 鋭い風切り音を立てながら、遺体袋を抱えたレナが飛行魔法を使ってやって来たのはそれから2分後だった。

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