第80話 大鷲高校に迫る危機の影
防衛隊詰所のドアをノックすると、中から応答があり楓はその中に入ると書類などで散らかったロ型に並べられたテーブルが見え、PCの前に一人の男子生徒が座っていた。
楓を見る表情には濃く疲労が出ており、あまり休めていないようだと楓は見て取った。
「初めまして、HSS特殊遊撃隊の如月です。あなたはここの隊長ですか?」
キビキビと挨拶をした楓と対照に、男子生徒はノロノロと立ち上がり口を開く。
「ああ、俺は大鷲高校防衛隊の隊長の三島だよ。ようこそHSSの如月君、今日は3人が来る予定だったと聞いていたが?」
「情報が古いようですね、昨日の18時にこちらへ向けて1人が先行する連絡を入れていたはずですが?」
ここでも情報が遅れている、懸念を覚えた楓が情報の差分について探りを入れる。
「ん、本当か?…ちょっと待ってくれ」
三島がキーボードを叩いて何かを調べているのを見ながら、室内を見渡すと出撃後に脱いだそのままになっているボディーアーマー、刀や槍を中心にした武器、破損した装備などを見つける。
整備が行き届いていない所を見ると、事前の情報よりここの脅威度は高いのかも知れない。
「如月君、その連絡のメールが見つからないんだ。わかる範囲でいいから、こっちに来る部隊の情報を教えてくれないか?」
「わかりました」
楓が自分の知っている情報を伝えると、三島が眉をひそめていた。
「うーむ、情報がどこかで遮断されている気がする。少なくとも半日くらいは遅れているようだが、何が原因か分からない」
「ここのインフラはどこが担当なんですか?」
「NTS(日本通信産業株式会社)だよ、岩戸市も同じじゃないか?」
「そうですね…これはHSSにも伝えておきます。それで状況を聞いていいですか?俺達には大鷹高校の戦闘詳報が5日前のものしか来ていないんです」
「ああ、それは…迎撃で忙しくて情報を上げられていなかったんだよ。すまない」
「それでは、今状況を聞いてもいいですか?」
「ああ、質問はそっちから頼めるか」
「ええ、ではここ5日間に出現した来訪者の種類と数と襲撃位置、討ち漏らしたものの種類と数、そして防衛側の損害と建物などの損害、あとは…装備や備蓄の残量を教えて下さい」
「かなり大量だな。説明に時間がかかるがいいか?」
具体的な項目を提示されて目を白黒させる三島に楓は強く頷きを返してから言う。
「幸い授業までは時間があります、三島隊長を休息させたいのですが情報不足のため協力をお願いします」
「ああ、分かった。俺のPCを見ながらでいいか?情報を出力する時間が惜しい」
それに対して楓が頷いて、三島の隣の席に着く。
「出現をした来訪者は、ゴブリンの一団がメインだった。最終的に把握したものはゴブ20匹、ホブゴブ5匹、ゴブマジ…ゴブリンマジシャン3匹。オーガが3匹という所だ。オーガとゴブは連携をしていなかったが、俺達人間を見た瞬間からこちらに攻め込んで来た。出現位置は町の外周の畑、野原と森のようだ。虚無が住宅街に来そうだったが結界で防いだ結果、結界の出力がガタ落ちになっている。その結果、討ち漏らしはゴブ3匹、ホブゴブ2匹、ゴブマジ2匹、オーガは1匹だった。大型を殺るにはこっちの戦力が足りないから、討ち漏らしに追撃が出来ていない事、森林にその後に時空振動で何かが出現したのは確かだが調査は出来ていない」
「ゴブマジが2匹逃亡ですか…連中を残すとゴブの集団が強化される傾向がありますね」
「ああ、だが防衛側は54人のうち10名が重傷、中等傷が8名、軽傷が20人、建物や防壁の被害は中破が3カ所、工事業者が避難しているため修理が追い付いていない。装備は刀剣や槍などの構造が単純なものはそれほどダメージは無い、銃器は6挺のうち半数が故障を抱えていて、弾薬の充足率は半分を切っている」
そこまで説明を聞いた楓の背中にチクチクと刺激が走る、想像を超えてやばい事を感じた時の楓の生理現象である。
「防衛隊はほぼ半数が怪我ですか…治療は出来ていますか?」
「標準の治療はまだ出来ているよ。魔法治療は治癒魔法使いがダウンしたのでここ2日は出来ていない」
「怪我人の収容はどこですか?」
「総合病院が一般市民の収容で手一杯だから、あぶれたものは保健室周辺に寝かせている」
「どの程度の傷かを見たいので、保健室に行っていいですか?」
「…そうだな許可する。治療が出来るのか?」
「俺は応急処置までしかできません、後から来る部隊に情報共有をしたいんです。ここ5日間の戦闘詳報を上げられていないので、今の情報をHSSに共有をします、まだこの時間であれば補給や治療の態勢が整えられるはずです」
厳しい表情になった楓を三島が見て、少し目を見開く。
どうやら最初の印象とは別の顔になっているのを見て驚いているのだろう。
そう楓と三島がやりとりをしていると、ドアが勢いよく開けられてボディーアーマーを着込んだ男子生徒が課は言って来る。
「おはよ!三島!今日も来訪者を狩ろうぜ!」
その声の主は楓より背が高く、一目で筋骨隆々とした体格の男子生徒だった。
背中にはアサルトライフルのM-4カービンエンハンスを背負い、腰にはマチェット(鉈)と拳銃を装備している、メインアームを見たところガンナーだろう。
ちら、と腰の拳銃のホルスターの動きが軽いのを見て、楓はその事を後で指摘しようと思う・
「一彦、朝から叫ぶな。それにHSSの団員が来ているから挨拶をしろ」
「おう分かったぜ。俺は鷹田一彦、高2でこの防衛隊のガンナーをしている。よろしくな!」
そう言われた一彦という生徒は、同じようなテンションで自己紹介をする。
このテンションで、さっきまでこの部屋に漂っていた重い雰囲気が吹き飛んでしまった。
「俺は如月楓です。アサルトライフルを持っているという事はガンナーランクはBですか?」
「おお!良く分かったなお前もガンナーか?」
「本職は魔剣使いです、銃も使えますよ」
そう言って、拳銃を収めているホルスターを左手で叩く。
「拳銃かー!アサルトライフルを使っていたら弾丸を融通してもらえると思ったんだけどなー」
「銃弾は足りないんですか?さっきから三島隊長に状況を聞いていたんです」
「ああ、ブレイカーギルドからの支援が減っているし県警もここの支援はあまりやれていない。今の備蓄ではあと1.5回の襲撃を凌ぐのが限界だろうよ。三島、ギルドと県警からの物資補給はどうなってるんだ?」
「ああ、朝一で問い合わせたが、準備中だから待ての一点張りだよ。ギルドの補給は明日に来るが、食料と医療品がメインで弾丸などは少ないはずだ」
渋面の三島が答える。
「おいおい、それじゃあ行方不明者も捜索できないじゃんかよ!もう2日は経って居るぜ?県警もギルドも何をしているんだ!?」
そう鷹田が強い口調で言った言葉に楓がピクッと反応をして、三島と鷹田を見る。
三島は分かりやすく「しまった」という表情を見せ、鷹田はきょとんとした表情になっている。
「行方不明者が居て、捜索が2日間出来ていないですか?三島隊長、その情報は聞いていませんよ」
「おい、三島。なんで黙っていたんだ?HSSは救援に来てくれているんだろう?」
「理由、聞かせて、もらえますか?」
楓が三島の目をまっすぐに見て、一句ごとを区切って言う。
「…」
見るからに苦悶の表情を浮かべて黙り込む三島を見て、何か裏があると直感をした楓は別の方向からアプローチをする。
いつもはこういう交渉は美夏がやってくれるが、それを真似するしかない。
「県警か、もしかしらた軍が干渉しているんですか?それは、県警と軍のサボタージュに近い行動とつながっているのでは?」
「おい、三島。黙っていないで何か言えよ」
鷹田も噛みつくが、三島はそれでも口を開かずに黙りこくってしまう。
「三島隊長、HSSと共同戦線を張るなら情報の出し惜しみはしないで下さい、我々の安全にも関わりますので」
そう切り込むと三島の表情にヒビが入り、重々しく口を開く。
「…県警…今はこれしか言えない…すまん」
「はぁ。しょうがないですね。これより俺は自分の判断で行動を開始します、黙っている対価にこの学校での行動の自由を保障してもらえますか?それを各所へ連絡をお願いします」
「お、おい如月。俺達と一緒に戦うんじゃないのか?」
「もちろん戦いますよ、鷹田先輩。現時点では不確定要素が多いので明日本隊が来るまでにモヤをはらっておきたいんです、今日に襲撃があった場合はご一緒しますので心配しないで下さい」
そう言って、バックパックから9ミリパラベラム弾が入ったケース取り出して鷹田の前に置く。
「まずは、これが協力の一歩と考えて下さい。そのホルスターのシグには弾が入っていないと思うので、補充しておいてください」
「おう、分かったぜ。助かる!」
嬉々として自分のシグ・ザウエルP226Aを取り出して、空のマガジンに弾を補充し始める鷹田を見て、その戦意に楓は頬を緩める。
「俺は学校内を回ります、授業はここで受けていいですか?」
「ああ、許可する」
「放課後に色々と案内するぜ、如月!」
そう答えた防衛隊の2人に向かって礼をして楓は防衛隊詰所から退出する。
「まずは、被害程度の調査をしてから美夏ねえと本部に連絡だな」
今日の時空振動の予報を見て、現在地付近の確率が上がっているのを見て表情を厳しくしながら。
「多分、今日の授業はほとんど受けられないなぁ」
授業の遅れを心配する少年の表情になって、楓は保健室に向かって速足で歩み出した。
◇◇◇補足◇◇◇
文中のシグザウエルは、現実にもありますがオリジナル要素として銃身の延長と、ロングマガジン、アンダーレイルを造設をして運用しているタイプです。




