第78話 出撃前日の急転
遠征を控えた前日の放課後、楓は特殊遊撃隊詰所の作業机の上に遠征で使う装備を広げて、順次整備をしていた。
闇切丸、自前のボディーアーマーの整備は終わり、目の前には2日前に手に入れた拳銃のシグ・ザウエルP226Lとマガジン、実弾が並べられていた。
来訪者の出現後、海外の各国は軍や警察がその襲撃件数の増加に耐えられなくなった結果、個人武装の許可の緩和を行っていた。
しかし、日本においては1985年以前の銃器の使用許可の厳しさの伝統をある程度引き継いでいるため、ライセンス制にした事でやっと民間でも実用的な銃器を持てるようになっている。
なお、銃器ライセンスのランク分けはFランクから始まって、無制限に使用可能になるSSSランクまで存在する。
ちなみに楓の銃器所持Cランクは弾丸の購入は9ミリ弾では1000発/月まで、そして使用できる口径の制限をされている。しかし、それ以下のランクに比べてかなり自由度が上がっている。
もちろん制限を超えているケースがある、ただ命を預ける武器に対しての制限は生存率に関わるため、さすがに現在ではよほどの事が無い限りそれを理由に逮捕などの処分は起きなくなってしまっている。
その慣習は強硬な銃器反対派の政治家、官僚達自身や家族が来訪者の襲撃で死傷する事が増加した結果という、血生臭い歴史の上に立っている。
結局、自分事にならないと来訪者の脅威を分からないんだろうな、と楓はそんな事を考えながらマガジンに9ミリ弾を装填し、銃本体にマガジンを装着する。
この拳銃は篠塚屋から購入した中古のものだが、出来るだけ整備と動作確認をした結果、不具合は無くなっていた。
「如月君、すまない!新品は県警と陸軍が抑えているからこれが一番いい奴なんだ」
そう篠塚に謝られた事を思い出して、警察と軍の体質に苦々しいものを感じながら右太ももに付けたホルスターに入れる。
魔剣使いである楓のメインアームは闇切丸なので、それをメインに使う事を体を使いながら考えた結果バランスを崩さずに闇切丸を振るえる位置として、銃のホルスターの位置を決めた結果だった。
(マスター。久しぶりの銃器の感覚はどうだ?)
「ああ、良い感じかな。あの時より体が成長しているから、収納位置に手間取ったがこれで良さそうだよ」
(ふむ…。もし我が追っている昏き者を倒し続ければ、マスターの役に立てるやも知れぬ)
「へえ、そういう事をお前が言うのは珍しいな」
(マスター…からかわないでくれ。我自身も先日の戦いで邪音を倒したことで思い出したのだ)
闇切丸が言いよどむ気配を感じて楓が腰の刀剣ベルトに差した闇切丸に目を向ける。
(そなたにはこの事を伝えてもいいだろうと判断した。ただ我がこの事を伝えたマスター達はその後、苛烈な戦いに身を投じた者も少なくないから迷っていたのだ)
「そうか、お前なりに気を遣ってくれていたのか?」
(ああ、心身ともにまだ未熟であった以前のマスターには伝えられなかったが、この地に来た事で成長しているそなたには伝えなくてはいけない)
「分かった、今からでいいなら聞こうか」
(ああ、それは…)と闇切丸が言おうとした時に、楓の通信機と学園内のスピーカーから警報音と音声が流れる。
『岩戸市外郭の六光町付近に、有力な来訪者集団が出現します。HSS各隊は出撃をして下さい』
「話は後だ」
(分かった、ただ一つだけ伝えておく)
「ん?」
(マスターがイーターと呼ばれる魔剣使いであるのは理由がある、それは我を手に取った事に関係しているのだ。マスターは我の力を取り戻すため、如月の血筋からの呪いを受けているとも言えるのだ)
「そうか、ならその呪いの解除方法はあるんだろうな?」
(ああ、ただ過去のマスターも成し遂げられなかった事だ)
「聞かせてくれ」
淀みの無い返答に闇切丸は、ため息のような思念を発する。
(分かった、それはにこの刃に来訪者と昏き者の血を多く吸わせてくれ。我の渇きが癒えた時マスターの呪いは解けるだろう)
「そうか、まあ戦えって事だなわかったよ。詳しくは後でな」
そう言って立ち上がり、サスペンド状態だった隊長用のPCを立ち上げる。画面が息を吹き返すと、感知班と呼ばれる生体レーダーの役割をする団員の魔法と物理的なレーダーから得られた索敵情報が岩戸市のマップに表示される。
画面右下に映像通信のリクエストが神代から来ているのを確認し、それをクリックする。
『楓君か、美夏隊長はどうした?』
「購買に買い出し中、もう戻って来るはずです。作戦指示ですか?」
『ああ。特殊遊撃隊は、第3の4番隊の支援を頼む。吉永の抜けた穴は埋めたが連携に不安要素がある。4番隊の展開場所は敵前面だ』
「リスクが高そうな場所ですね、何故です?」
『4番隊は今日の即応部隊の当番だったんだ、だから後詰めの部隊が来るまでは前面に出るしかないんだ』
「分かりました、美夏隊長と美冬と合流次第出撃します。使用武器の制限などはありますか?」
『特に無い、おっと美夏隊長が来たようだな』
そう言われて楓が振り向くと、美夏と美冬が詰所に入って来ていた。
急いで走って来たのだろう、少し息を切らしている。
「団長、ウチへの指示は楓に聞けばいいかしら?」
『ああ、頼む。最後に目的は第4隊の損害を防ぐことをメインにしてくれ、団長から以上』
「了解。準備が出来次第出撃するわ。美冬、作戦位置までの時間はどれくらい?」
「うーん、外郭部だから25分は欲しいー」
「団長、20分で向かうわ。情報共有よろしく」
『分かったぜ、じゃあ頼んだ』
そう将直が言うと、映像通信が途切れる。
「これじゃあ、バイクで来れば良かったわね…。楓は準備出来ているようだからアシの準備をお願い。美冬はあたしの分の装備を出してきて」
「はーい」
美冬の返事を聞いた美夏は、PCの画面を見て自分達の作戦を立て始める。
それに慣れている楓と美冬はそれぞれ準備を始める、そうして5分後に準備を整えた3人は迎撃態勢を取るHSS団員や一般生徒で慌ただしく動く学園内を抜けて学園前の県道に出る。
向かう方向に煙が上がっているのを楓は見て、ペダルを漕ぐ足に力を入れて走り出した。
3時間後
学園に帰投をした楓達は、保健室へ直行していた。
比較的短時間の防衛戦だったが、担当戦域で重傷、重体者が出たため美冬が回復魔法をほぼフルに使った結果、魔力枯渇を起こしてしまい酷い頭痛が起きてしまったからだった。
「うう…楓にい、ホントごめん…」
保健室のベッドに横になった美冬が謝罪をする。
「気にするな、前線の別部隊が損耗に耐え切れずに撤退、その結果俺達がフォローしていた4番隊への圧力をかかった事は仕方ないさ。外郭地域にこちらに不意打ちを与えるくらいの来訪者の小部隊が複数居たのは意外だったよ」
オーガの斬撃から、4番隊の隊員を守った時に出来た自分のボディーアーマーの破損を修理しながら、楓が答える。
「そうよ、犠牲者が出ていても仕方がない状態だったけど、それを防げたのは美冬のおかげよ。気にしないで」
自らも鎮痛剤、マナポーションを摂取した美夏が顔色が相当に悪くなっている美冬のフォローをする。
「美夏ねえは調子はどうだ?」
「あたしは、そろそろ魔力が回復状態になるはずよ」
「分かった、柚月先生の診断だと美冬は今日明日は休養する事が必要という事だ。だからしっかりと休んでくれよな」
「でも、明日は遠征予定じゃなかったっけ」
「ああ、そうだけど。俺が先行するから2人はしっかりと休んでから合流してくれ」
「えっ。でも、楓も疲労が溜まっているじゃない」
「まあな。でも、遠征する地域から感じる嫌な予感がまだ消えないんだ。それに先方も合流する俺達の戦力を頼りにしている可能性があるから、士気を下げたくないんだ」
「…楓の予感は当たるからね。でも、あんた自身に何かが起きる、という予感かもしれないのよ?」
美夏が紅の瞳に懸念の色を濃く宿して楓を見つめる。
「可能性はあるな。大鷲高校の防衛隊の出方によるが、襲撃があったとしても防衛に徹すれば俺だけでもなんとかできるはずだよ。明日だけソロの時の勘を取り戻すだけだよ」
「それって…。楓にいは危険な事を考えているんじゃない?」
美冬も美夏と同じように楓を見つめる。
「無事に2人と合流するために父さんに訓練してもらった技術を最大限に使うだけだよ。そんなに心配しないでくれ。ただいくつかフォローを依頼するためにギルドと実家に連絡するけどな」
そう言って、楓は保健室を出て行く。その背中を見送って美夏がため息をつく。
「母さんとギルドにフォローしてもらうって事は、口止めだけだったらいいんだけど。こうなったら、あの子の戦闘に向けた作戦を含めた思考はあたしを超えるわ。そして、もう一人で戦っている状態になっているはず」
それを聞いた美冬が、ハッとした表情をして身を強張らせる。
「美夏ねえ、もしかして楓にいはあの時の楓にいに戻っちゃうの?」
「そう、かもね。でもあの子をもう止められないから、そうならないように祈るしかないわ。なるべく早く合流を目指すわよ、でも美冬の魔力枯渇の状態も危険だから、そこは無理をしないできちんとあたしに話してね。あの子があたし達を守ろうとしていることはわかるけど、あたし達もまたあの子を守れるのよ」
そう決意を秘めた表情を美冬に向けた美夏は、話はこれで終わりというように自分のタブレット端末を取り出して書籍サイトへと接続をしたのだった。
その日、岩戸市のブレイカーギルド、飛騨地域のブレイカーギルドとある神社と間で暗号通信が飛び交った事は関係者しか知らない事だった。
シグ・ザウエルP226Lは、そのまま実在のシグ・ザウエルP226の改造版という立ち位置です。
ロングマガジンを装備しているので、ブレイカーギルドではそう呼んでいます。
他にはドットサイトは装備しています。




