第73話 もとかと再会、そして会議へ
過去エピソードより今回より下記変更点があります。
■用語変更
・捜査室→捜査隊
・室長→隊長
・捜査隊の隊のトップを小隊長に変更
※団長、副団長は変わりません。
■エピソードタイトル
通しの数字を〇〇話に変更します。
改変にご理解いただけますと幸いです。
過去のものは徐々に直していきます。
「こんちー!あ!カイヤじゃん、美夏さんも!!」
その雰囲気を簡単にぶち壊したのは、底抜けに明るいもとかの声だった。
「おっそいよー!何してたのさ」
自分の心に広がった怖気を振り払いながら、いつもより元気強めにカイヤは親友に話しかける。
それに対して、ニコニコと笑ってもとかがカイヤの隣の椅子に座る。
「やほー。2人とも何話してたの?」
もとかが退院をしてから、既に1週間近くが過ぎているその間に如月兄妹はもとかとその両親から心のこもった感謝を何度も受けているので、最初に会った時のような距離感で付き合えるようになっている。
「あたしは会議の事を聞いていたのよ。何しろ初めて参加するから」
それを聞いてアレッとした表情をもとかが見せる。
「そうだったっけ?」
「うん、何しろあたし達兄妹がHSSに入ってから、一気に状況が動いていたから全員がそろっての作戦会議はホントに初めて。なんか感慨深いわね」
もとかの左隣の椅子にすとん、と腰を下ろしてぼやくように言う。
「あーそうか…確かに。カイヤもあの時は遠征していたし、聖典旅団への作戦も緊急事態だったからほとんど団長が指示していたから。全員揃っての会議は美夏さんは初めてね」
「そんな運用もあるのね」
そう言っていると、神経質な雰囲気で眼鏡を光らせたエルフの男子生徒が会議室に入って来て席の1つに座る。
「彼は?」
「ああ、兵站班の班長のサイラス君よ、しっかりと物資調達と配備をしてくれる頼れる班長さんなんだけど…」
そう言いよどむカイヤ、視線をそわそわとさせている所を見ると相当に言いにくい事なのだろう。
「それは凄い。あたしは来訪者と戦うにあたって、一番気にするのは補給関連なのよ。歴史上補給が切れて負けた軍隊は居たけど、補給が十分で負けた軍隊は居ないと言うのがあたしの持論ね」
美夏は感嘆の声色でもとかとカイヤにそう言うと、美夏の視線の隅でサイラスが微かにぴくっと体を震わせたのに気が付く。
「そうなんだ、どうもHSSで一部の団員は兵站とかを軽視する人もいるから、美夏さんがそうじゃなくて良かったわ」
「うちの弟と妹も同じよ、兵站を軽視なんかしないから。後で挨拶をしておこうかな」
「うん、それが良いよ。サイラス君は本部以外だと…大体は図書室にいるから」
「わかったわ」
3人の少女が話していると、HSS団長の将直とマナが事務班の3人を伴って会議室に入って来る。
それを見て、その部屋に居た団員が立ち上がった。
「皆、お疲れ様。これから作戦会議を始める。ま、座ってくれ」
そう言って、将直とマナが椅子へ座るのを見て、美夏達は腰を下ろす。
「議題は送ってある通り、通常活動とは別の特別活動をHSSとしては5年ぶりに再開する。それについての話をしたい、ただこの方針の撤回はしないから、そのつもりでいてくれ。なお、理事会を含めた関係各所の許可を取っている」
その言葉にザワッと部屋の空気が動く、それだけ将直の言った事が異例なものだという事が分かる。
「特別活動…?」
美夏はここ数週間で頭に入れていたHSSの過去の活動記録を思い出しながらつぶやく、その脳裏には5年前を境に行われなくなった特別活動の情報がいくつも浮かんでいた。
HSSが当初行っていた活動は多岐に渡っていた、エルフ、魔法使いの保護がメインで来訪者への対処、そして敵対組織や人物の排除、地域の治安安定のための地域制圧など、だがそれは状況が安定しつつあった10年前から規模が縮小されて5年前からは行われなくなっていた。
「皆も耳にしているように、ここ1年は岩戸市周辺で徐々にEゾーンに近い来訪者の出現が増加傾向だった、そしてエルフの行方不明者数の微増があった。そして、俺がこの決断をした決定打となったのは2週間前の聖典旅団の攻撃によりHSS要員への打撃、未遂に終わったがエルフ居住区への拉致を目的した襲撃を許してしまった事がある。それによる損失はここに表示してある通りだが」
そこで言葉を切り、プロジェクターで表示したHSSの損害や立て直しにかかったコストの図表をレーザーポインターで指す。
「このまま対応をしない場合、学園が決定的なダメージを受ける可能性が高まっていると判断した」
図表が切り替わり、対処をした場合のランニングコストと対処をしなかった場合の損害や立て直しのコストが表示される。
「対処をせずに打撃を受け、立て直し中にさらなる打撃を受けた場合は相当の人的、金銭的コストがかかる可能性は高い。ただ、俺達はあくまでも岩戸市を中心にした防衛組織の側面が強いから攻勢作戦は苦手だと思わざるを得ない。ただそうだとしても、手をこまねいて居られる状態じゃないと思う。先手を取れなくても後の先を確実に取れるような状態に徐々に持っていくのが俺の構想だよ」
そこで一度言葉を切って、将直は会議室全体を見渡す。
幾人かが反論を口に出そうとしたが、そのプレッシャーで口をつぐんでしまう。
「特別活動の内容は、大きく分けて3つ。1つは防衛能力の増加、2つは敵対組織への先制攻撃をする体制づくり、3つ目は魔法技術と魔道具技術の向上だな。それに必要な道筋は今配った記録媒体に記載してある。簡単に言うと1については今までと変わらないが、実戦経験を多くの団員に積んでもらう事になる、その中には近々広がりつつあるEゾーン化している地域への攻勢も入る。2については諜報能力の増強に伴うブレイカーギルドとの連携の強化。3は言うまでも無いが1の活動で手に入れたノウハウや魔道具を使える人員を強化すると言う所だ。今日のところは、皆がそれに参加するか否かを教えて欲しい」
「参加しなかった場合、どうなるんだ?」
そう第3捜査隊隊長の東が太い腕を上げて挙手をする。
「不参加は認められない、参加できないか消極的参加であればその捜査室への予算配分などが減る事になる」
「それって、あんまりじゃあないですか?」
間髪入れずに、眼鏡を光らせた神経質そうな第4捜査室の佐々木が抗議の声を上げる。
「まあ、そうだろうな。だから、徐々にと言ったんだよ。さっきの3点についての各隊の活動方針は任せる。だが、遅くても1年後にはHSSが大きく変化をしている事が俺と理事会の構想なんだ」
「いくら何でも指示がトップダウン過ぎます。先に相談をしてもらっても良かったじゃないですか」
「…先日の聖典旅団との戦い、あの事態に俺は下手を打っていたと反省している。正直、犠牲が出てもおかしくなかったくらいに対応が後手に回っていたのは事実だよ。結果として負傷者と物資の消耗だけで済んだ、それは各自の努力もそうだが、各所からの支援があったからでもある。ただ、それは貸しを今後も作り続ける事になるんだ、それはHSSとしての独立性を失う事に繋がると考える。HSSは安定していたと言われていが、俺達を取り巻く状況は水面下で動いていたんだよ」
「しかし、今までHSSは各捜査隊長と団長、副団長との合議制のような仕組みで上手く行っていたじゃないですか!?」
「佐々木と同じような事を思っている団員が居る事を否定はしない。だが、状況は今までの同じでは無いんだよ。状況は既に危険なものになっていると俺が判断した、ここで俺達が変わらないと負ける」
負ける、という言葉は指揮官が言う事ではない。HSS最強と言われている神代将直がそう言う事を怯懦と言う者が出てくる事で、将直が侮られる可能性があるがあえてそれをこの場で言った事に、美夏は将直という人物の真摯な思いを受け取った。
「団長、あなたが負けると言うのは…団員の無駄な動揺を生む言葉じゃないですか」
そう言い募る佐々木の言葉が途切れた時、美夏が口を開く。
「確かに負けると言うのは嫌ですね。でもあたし達は勝つため、未来を拓くためにここに来ました。様々な状況を考えて団長が負ける可能性を言ったのであれば、そうならないようにあたし達特殊遊撃隊は全力で協力するわ。先日の聖典旅団との戦いに栗原隊長やあたし達が奴らと戦いました、報告書に書いた通りですが来訪者と違った強さがあったのは事実、敵対組織を叩く能力を持つことは必要だと思いますね」
そう言って、じっと佐々木を見つめる。
「コホン、HSSに入ったばかりの如月隊長は、この街を取り巻く状況や特殊性に知見が足りないから、そう言えるのでしょう。ここ10年はこの街の様々な組織やしがらみと上手くやって来れたので、HSSは活動出来てきたんですよ。波風を立たすことはHSSの存続を危うくします。わかりますか?」
はす向かいの席の佐々木は身長差もあって、美夏を見下ろすような視線と態度で見つめてくる。
「そうだなー。整備班の立場から言わせてもらうと、本格的な攻勢をやるとしても整備の手が足りなくなる可能性がある、自前でやれるにはちょっと厳しいと思うんだけど」と本田が言う。
「それについては、私が答えますね。整備であふれた分については、市内の鍛冶屋の協力も取り付けます。今は交渉中ですが近日中にはまとまる予定です。今後は対人戦闘も考えられるので、押収した武器の使用有無についても県警と交渉中ですね。ただ、県警も軍も銃器や魔法武器は優先してあの手この手で押収するでしょうから…なんとかしますね」
そう言いながら、輝く銀髪を揺らしながら副団長の塔依代マナが答える。
「バックアップ体制は、徐々に整うわけネ…。ワタシはそこまでしてくれるなら、いいわよ。賛成」
カイヤが手を上げて賛意を示す。その瞳はこの状況を楽しんでいるかのようにキラキラしている。
「…わかった、第3も賛成だ」
その巨躯に似合う重々しい声で、東も同意する。
そうして、明確な賛意を見せなかったのは残り2人、美夏はそのうちの一人の栗原もとかがどう言うかがかなり心配だった。
「栗原隊長っ。あなたは前回、瀕死の重傷を負ったのでしょう?体制が変わるとしても情報を集める第2の危険性は上がると思います。反対はしなんですか?」
旗色が悪くなった事を感じて、焦り気味の佐々木が俯いているもとかに話しかけている。
今のはもとかの失敗を無意味に思い起こさせるものだ、その意図無くてももとかは嫌な記憶を思い出させるだろう美夏はもとかを見る。
そう水を向けられてもとかが顔を上げて会議室の面々を見渡す、その表情は微笑みと静かな決意を秘めたものだった。
「確かにあたしは死にかけたわ。あのもう死ぬんじゃないか、っていう記憶はまだ記憶から消えないわ。正直、同じ思いはしたくない…でもね、あの時わたしを危険を冒して助けて来てくれた人がいる。その敵を追いかけてくれた人もいる。その人たちにまだ恩は返していないし…それに、これからの危機にあたしと第2の皆が必要なら、HSSに協力するわよ。それにね、佐々木君?」
「…なんだ?」
「団長、副団長が言う事は事実よ。あたしが復帰した後に調べたんだけど、Eゾーン化の進行とそれに合わせた敵対組織の動きを第2は感知している、何もしないわけには…もういけないのよ」
そうもとかに畳みかけられて、佐々木は絶句をしたまま立ち直れないようだ。
これからの第4捜査室の活動が心配になるレベルだが、そこは自分で立ち直るかなんとかして欲しいと美夏は思っていた。
「話はほとんどまとまったようだな。各自は自分達の持っている特性やスキルに合わせてどの作戦に参加できるかを、捜査室に持って行って図ってくれ。明後日までに結論を出して、それを元に編成をする。もちろん回答は早ければ早い方がいいから頼む。事務系で情報が必要であれば、ティス達にまず相談をしてくれ」
そう将直がまとめにかかると、それぞれ返事をして会議室を出て行く。
美夏は自分の携帯端末が強めの振動をしたので、素早くその表示を見ると会議室を出ようとしていた東に急いで声を掛ける。
「如月隊長、なんだ?」
「そっちの4番隊が特殊遊撃隊の詰所に来て、騒ぎを起こしているみたい。一緒に来てくれないかな?早くしないと怪我人が出るかも」
「マジか!?ウチの連中がすまない、すぐに向かおう」
美夏の“怪我人が出る”の言葉を、配下の隊員が特殊遊撃隊の隊員を傷つけると変換する東。
「あたし達も行こうか?」
「ありがたいわ、よろしく。団長、小隊長が騒ぎを起こしているので同行願えますか?」
「分かった、ただ俺達は少し用事を済ませてから行く」
「団長らしいわね。東君も分かった?」
もとかが東に将直の真意が分かったか?という意味を込めて話しかけると、重々しく東が頷く。
「外に出たら、速度増加の魔法を使うから、受け入れをお願いね」
これは異物と言える魔法という存在を体に入れる時は人間、エルフ、魔法使いに関わらず無意識に抵抗をしてしまい効果を下げる事がある。
意識的に緊張を解くなどをすればそれを止められるので、事前に魔法の受け入れを頼むと魔法の効果の発揮がスムーズに行く。
そう美夏が言うと3人は力強く返事をしてくれたのだった。




