72 カイヤとの初対面
「今日はねみぃ・・・」
朝に慌ただしくに穢れを落とすお祓いをした日の放課後、楓達3人は特殊遊撃室詰め所で三者三様の睡眠不足の顔を突き合わせていた。
エルフである美夏は、日の光を浴びると活性化する体質のためそれほど眠気は残していないが、楓は作業用の机に突っ伏している。
美冬に至っては、何度も船を漕ぎ頭をガクッと傾けたタイミングで目を覚ますのを繰り返している。
「ふーむ、これじゃあ出動がかかってもきつそうね」
「いや、さすがにそうなったら対処するから大丈夫だけどな」
「そんな事言っても、パフォーマンスは落ちているのは確かよ。自分で行けると思っても体がそれを裏切る事になるし」
そういう美夏も、眠気覚ましにブラックの缶コーヒーを飲んでいたりする。
「今日、HSSで各室の室長との作戦会議があるから、あんた達は休んでなさい。油断はしないようにね」
携帯端末の時計表示を見て、美夏は立ち上がる。
「会議って何が議題なんだ?」
「うん、これからの方針を決めるんだって連絡が来ている。聖典旅団の件で来訪者への対応と別の対応をするんじゃないかな。もし、そうじゃなかったらあたしが考えている事を言うけどね」
傍に立てかけてある杖型MLPを持ち、制服のブレザーの上にネオケブラー繊維を織り込んだ魔法使い用のローブを羽織る。
学園内でも油断はしない事を3人で示し合わせているので、その物々しい姿を見ても違和感を覚えない楓と美冬だった。
「じゃ、留守番よろしく。出撃や任務の要請があったらまず連絡して」
そう美夏が詰所を出て、中庭を経由してHSS本部のある校舎へ向う道すがら、いくつもの視線を感じるがそれに目を向けた瞬間に霧散した。
(敵意感知を使うまでも無く、敵意は無いわね。興味かな?あたし達の行動が派手に噂になっているみたいだからそれかな)
魔力を限界まで使った反動として自分の銀髪が白髪になっていたのは、クラスメイトの話ではかなり目立っていたと聞いている。
HSSだけではなく、自分の魔法技術に興味を持つ人の注目を受けている可能性は高そうだ。
(ただ悪い事じゃないこの興味を操作して、あたしと美冬のアレから目を逸らすかしらね)
そういくつかの腹案を考えながら、HSS本部の大会議室へと入る美夏へ室内に居た者の視線が集まる。
それに物おじせずに、美夏は紅の瞳を細めて笑みを浮かべて口を開く。
「お疲れ様、特殊遊撃室は到着しました。…何でしょうか?」
その声に、パラパラと挨拶や会釈を返してくれる所を見ると、こちらに敵意がある感じでは無さそうだ。
視線の先に、顔見知りの整備班の本田達を見つけてふっと心が軽くなる。
美夏は楓の影響で人の組織は完全に一枚岩ではないと思っている、どんな組織でもその裏切り者は居るものだ、それは先日の聖典旅団の侵入を見て分かっている。
自分達に何らかの悪意を持つ団員もいるんだろう、とは考えている事が他人が知ったらシビア過ぎると思われるだろうが、美夏は気にしない。
「こんこん、アナタがもとかを救ってくれた如月さんね!」
不思議な挨拶をしながらそう声をかけたのは、褐色の肌に金髪の大柄な女子生徒だった。
「アタシはカイヤ・ファリエ。第1捜査室の室長をしているわ、遠征に出ていた顔を合わせていなかったけど、ヨロシク」
制服を着ているがメイクやネイルをバッチリとやっているところから、ギャルっぽい印象を受けるが、どこか上品さを覚えるのが不思議な魅力だろうか?と美夏は素早く観察をする。
「どういたしまして、HSSの義務を果たしただけです」
「真面目なのね。面白いわぁ。あ、タメ口で構わないわよ」
「面白くても、いじり対象にしたら弱めのエネルギーボルトが飛ぶかもしれないのでお気をつけて」
そういたずらっぽい仕草でウィンクをする。
「あはは」
「それで、会議の出席者はこれだけ?」
初対面だが、悪い人物でなさそうだと思い会話を続ける。
「そうね、各捜査室と班のトップが来るからもう少し増えるね。第1~第4の室長で4人、整備班、回収班の班長で2人、団長と副団長で2人、兵站班から1人、事務班から3人で・・・えーと12人かな」
ちらりと美夏が室内を見ると、7人程度は揃っているので集まりは良さそうだ。
「隊長格は来ないのね」
「うん、会議中に不測の事態が起きると対応が遅れるから、最低でも隊長が率いる1部隊を待機させているのよ。まあ、ここでの決定には従う事になるから問題は無いわ」
「そうですか、反対とかは無いの?」
「まあ、そう思っていたとしても表立って行動を起こした場合は解任されるから可能性は低いわね」
唇に指を当てて、視線を上に動かしてカイヤが説明する。
「それなら、安心と言っていいのかしらね」
「ただ、会議中は室長が居ないとちょっと騒ぎを起こす人が出るのよね。自分の隊を強化したいから他の捜査室の人へのアプローチとか。もちろん禁止にしているけど、こういう日常だといくら処分があっても、自分達が来訪者との戦いで死にたくないから、それを守れない人も出てくるのよ」
そうカイヤの言葉を聞いて、美夏の胸中に嫌な予感がよぎる。
「だとしたら、ウチの遊撃室にちょっかい掛ける人が居そうですけど。絶対に後悔すると思いますよ」
ニコッと美夏が笑顔を見せるが、カイヤは軽い警告で言った事に後悔をした。
その表情の奥に、冷え冷えとした戦意を感じ取ったからだ。
(ウチの捜査室に、この会議中だけではなく絶対に特殊遊撃室に手を出さないように厳命しないといけないわ)
豪胆なカイヤにそう決意させる程に、目の前のエルフとその兄妹に正体を知れぬ恐れを抱いたカイヤは口を閉じる、今言葉を発すると声が震えると感じたからだった。
もし、配下の第1捜査室の誰かが特別活動にちょっかいを掛けたら・・・その後の事を想像する事は何故か憚られた。




