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71 美夏と霞

 ピンポーンと言う、自宅マンションのエントランスにあるインターフォンの音が如月家に響き渡る。

楓が通話ボタンを押すと、目の前のディスプレイに霞の上半身が映る。

『如月楓君かな、さきほど連絡をした霞だが』

 そう音声が聞こえてくるが、楓はその霞の様子に数瞬思考が止まる。

顔にべっとりと付いた来訪者の体液もそうだが、髪もゴワゴワになっているので想像以上にドロドロな状態だったのだ。

「ええ、合っています。霞さん、すぐにそちらに迎えに行くのでちょっと待っていて下さい」

 早朝に近い時間のため、もしこの状態の霞の姿を誰かに見られたら確実に警察あたりに連絡されるだろう。

 その可能性に思い立って、楓は大きめのバスタオルを持ってエントランスに急ぐ。

すんなりとエレベーターが来てくれたので、3分もせずにエントランスに到着しそこに待っていた霞に出会う。

「ああ、迎えに来てもらってすまないな」

「いえ、気にしないで下さい。その姿では完全に不審者なのでこれを被っておいて下さい」

そう言ってバスタオルを渡す。

「わかった」

 霞は素直にもそもそと漆黒の巫女装束の上からバスタオルで体を覆う。

それを見て、楓はエレベーターへと誘う、そして居室のある階について通路を歩くが運よく誰ともすれ違わなかった。

「どうぞ、床にはシートを敷いているので、その上を通ってお風呂にお願いします」

「霞さん、こんばんは?お勤めお疲れ様ですー」

楓を手伝って、霞を迎える準備をしていた美冬が挨拶をする。

「ああ、急にすまない。やはり穢れが気になるか?」

眉をひそめた美冬の表情に気がついた霞が、少しすまなそうに言葉を紡ぐ。

「あー…正直、かなりの穢れを感じるので圧倒されただけです。装束はお持ち帰りできるように特別な袋に入れておいて下さい。お着換えを用意しているので、お風呂から上がったらそちらに着替えて下さいー」

「ふむ、百合のようにわかるのかな。それではお言葉に甘えさせてもらう」

 霞が脱衣所のドアを閉めた後、すぐにシャワーの音が微かに聞こえて来たので、楓と美冬はほっと息をつく。

「ねぇ、2人とも何をやっているの?ふわぁ」

 その後ろから、不機嫌半分不審半分の美夏の声が聞こえて来て、びくっと2人は振り向く。

「あ、美夏ねえ…」

 朝に弱いという事は、寝ているところを起こされるとかなり不機嫌になる美夏なので、結構剣呑な目つきになっているので慌てて美冬が事情を話す。

「はあ…それじゃ、しょうがないわね。ふーむ…美冬はあたしと交代して、すぐに二度寝しなさい」

「え、でもあたしは大丈夫だよー?」

「寝・な・さ・い」

ずしっとした圧力で美夏が言葉を被せる。

「ハイ…。じゃ、おやすみー」

すごすごと美冬が自室に去っていく、その様子を美夏は見送る。

「…で、霞さんの件は分かったけど。この様子だと、相当な数の来訪者を倒したっぽいね」

 くん、と鼻を動かして廊下の匂いを感知した美夏が呟く、まだ消臭処置もしていないため濃厚な来訪者の体液の匂いが漂ってきている。

 それを見て、楓が素早く換気扇をフルパワーにして、消臭剤を噴霧する。

「楓ありがと。ロハじゃないけど神社同士の付き合いもあるから、こっちは協力しないとだけよね」

 眠気が抜けないのか、美夏はダイニングテーブルにほぼ突っ伏した状態で話すので若干聞きにくい。

「美夏ねえは起きてこなくて大丈夫だぜ?」

「そりゃ、2人がゴソゴソしているからね、さすがのあたしも起きるわよ。ふわぁ」

 ぼやいている美夏の前に、氷の入った水のコップを差し出す楓。

「あーありがと。ふう…でもちょうどいいわ、何があったか霞さんに聞き出せそうだしね」

「これから聞くのか?睡眠時間が相当削られるんじゃないか?」

「うん、だから事情を聞く約束だけしておくの。今夜のお手伝いを貸しにしてナマの情報をもらえるように確約するように言うわ」

 そう話していると、楓用の道着に着替えた霞が髪を拭きながら脱衣所から姿を現す。

 風呂上がりだからだろうか、いつもより険しさの抜けた雰囲気は、普通にどこにでも居そうな大人の女性と言った雰囲気だ。

「ああ、美夏さんか夜分すまない」

「いえ、日向神社さんとの取り決めですから大丈夫です」

さすがに身を起こして美夏が霞の礼に応える。

「君達の家はすごいな、下着はともかくサラシは用意しているのだな。正直助かった」

「まあ、実家の教えでそこらへんの物は常備しています…まあ、こんなに早く役に立つとは思いませんでしたね。えっと汚れている装束はお祓い済みのザックに入れてありますから、禊をするのは神社に帰ってからにしてくださいね。それと、今日のような事を霞さんは頻繁にやっているんですか?何でそうしているのかを今は詳しくは聞きませんが、今日明日に話してもらえますか?」

「ああ、夜の討伐はそれなりの頻度でやっている。今夜の事は詳しく情報交換を後日するという事か?」

「ええ、今回の協力の対価としては釣り合うと思います。それと今夜の事だけではなく、何故こういったお役目があるかですね」

 くいっっと楓が美夏の袖をテーブルの下で引っ張るがそれを一瞬一瞥した後にじっと美夏が紅色の瞳を細めて霞を見る、その静かな圧力に対して表情筋を少しも動かさずに霞が見返す。

「分かった、約束しよう。()()()()()()()()()()()()までも伝える方がいいか?」

「言っている意味がわかりませんが?」

「そうか、なら」と言いかける霞に美夏が言葉を被せる。

「貴女があ()()()()()()()()()()()()()()()言って下さい」

 その言葉にいつも通り冷静な様子を崩さない霞が、キョトンとした表情を見せる。

「…すごいな、君達は」

「地元で色々と経験していますから」澄ました表情で美夏が答える。

「なるほど、どうやら私の想像以上の経験をしているようだな。今度、その話も教えてくれ。それではそろそろ失礼するが、今夜の事についていくつ話していいか?」

「ええ、お願いします」

「私のお勤めは、この街がEゾーンに接している境界地域の物の怪の討伐だった。打ち漏らしの個体やEゾーン内で増えたと思われる個体を相当数討伐した。その中で気になった点がいくつかある。私が最後に戦ったゴブリンはどうやら変容していた、連中は率いるボスがいなくなれば烏合の衆となるが、今回は違っていた」

「変容ですか…それは?」と楓。

「その群れを率いていたボスは、ホブゴブリンでは無かった。見たところ通常のゴブリンが大型化したよう特徴をしていたな。来訪者と言われる物の怪は、この世界に出現をしてから多くは駆逐されるが、長期間この世界で生き残った者は変容もしくは進化をするのかもしれない」

「その情報、かなり重要ですよね。日向神社で独占すれば良かったんじゃないですか?上手く立ち回れればこの地域で優位に立てられるでしょうし」

「私が指示されたのは、物の怪の討伐だけさ。指示されていない事については私の判断が優先されるから、この情報は君達に教えておいた方がいいと判断した…さてそろそろ失礼する」

 自分の神剣を帯剣ベルトに差し込み、ザックを背負う霞は一礼をして玄関へと向かって行く。

この短時間では、強化繊維製の履物は洗浄できなかったので渇いた来訪者の体液でガビガビとした肌触りになっているが、新しい足袋を履いた霞はそれを気にせず霞は足を通す。

「貴重な情報ありがとうございます。お気をつけて」

 そう霞に美夏が声を掛けると、それに対して一礼をしてドアを開けてその姿が美夏と楓の視界から消える。

「…エントランスまで見送らなくて良かったのか?」

「うん、急いでいるようだったから、大丈夫。あの人が黒巫女だったらここから神社に帰るくらいは心配いらないわよ」

「ああ、母さんを見ればわかるけど。本当に黒巫女だったみたいだな、あの人」

「そうね、さすがに深夜にハードだったわ…。朝まであと数時間だけど、しっかり寝ておきましょ」

 大きな欠伸を手で隠しながら美夏が言う。

「さっきの情報について、考えなくていいのか?」

「うん、緊急性はそこまで無さそうだし。睡眠不足で考えてもいい事ないから、楓もお疲れ様だったわね。助かったわ、片付けや本格的なお祓いは朝になってからにしましょ」

そう言った後、美夏は簡単な祝詞をあげ、最低限の祓いを行う。

「今のところはこれで大丈夫」

ニコッと笑みを楓に向けた後、美夏は自室へと戻って行く。

(マスター、我がここを見張るから休んでくれ。この程度の穢れであれば、我が居れば活性化はすまい)

 美夏の言葉に従おうか迷っていた楓の心に闇切丸の声が届く。

(今の体調では、日中の活動に支障を来たす。我に任せてくれ)

「ああ、分かったよ。頼んだ」

 そう答えると、無視をしていた眠気が襲って来る、気を張っていたものが闇切丸の言葉でぷつんと切れたようだった。

(任された。我をテーブルの上に置いてくれ)

 その言葉どおりにして、楓は自室のベッドに潜り込むとすぐに深い眠りに落ちていった。

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