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68 放課後の戦後処理(おかたづけ)3・やっぱりスプラッターだった

「そう言えば、特殊遊撃室の討伐した魔石とかは受け取っているのか?」

 解体室へと向かう途中、本田が聞いて来る。

「なんです、それ?」

 美夏が首をかしげて聞き返す、その仕草に一瞬気を取られた本田はすぐに立ち直って。

「あー。やっぱり情報が行ってなかったか…。HSSでは、誰がどれだけ来訪者を討伐したのかをある程度追跡できるんだ。戦闘中に回収作業はほとんど出来ない、だから戦闘記録と照らし合わせて誰が倒したかを追跡できるようにしているんだ。解体班からリストを預かって来ているから、特殊遊撃室でそれを確認をしてくれないか?解体班…というかこの建物の中にそれなりの額の魔石を預かったままだから、落ち着かなくてね」

「それは分かりました。でも、誤認とかあるんじゃないですか?その場合の…取り合いになったりした時はどうしているんですか?」

「まあ、そこは話し合いが基本だけど。まあ、レアなものがそうなった場合は訓練とか試合で白黒つける事になる」

 物騒な事を言う本田。

「そうですか、まあ魔法にしろ武器にしろ精神的に未熟な十代の学生が持つとなるとそうなる事も多いんですね」

「達観してるなぁ」

「いえ、これは未成年に防衛を担わせているオトナが悪いと思ってますから、正直腹が立ちますですが受け入れてますよ?」

 ニッコリと笑顔を見せる美夏だが、その笑顔は美夏が怒りを覚えている時のものであると知っている楓と美冬はうっすらと背中に冷たい汗が流れる。

「まあ、その時はその時で対応をしてくれ。もし俺達で手伝う事があれば言ってくれて大丈夫だしな」

「ええ、お願いします」

 そうして4人は整備班の区画と解体班の区画を隔てている鉄扉を開ける。

 整備・解体実習棟は整備班と解体班の区画を分け合っている作りになっている。

 どっちの班もそれなりの空間を使うので、4階建ての校舎を分けて使っているがその区画分けはそれぞれの班の特性が反映されている。

 整備班は3階までは1フロアぶち抜きで作業室を配置しており、魔道具や装備を扱う4階は暴走の危険性があるため細かく区画を分けている。

 それに対して解体班は、大型の来訪者の解体を行う事もあるので3階までの吹き抜け構造の作業室を配置し、4階は作業の指示を行う部屋や事務作業のスペースを用意している。

「う、ちょっと匂いがする」

 通路は汚れていないが、美冬がハンカチを取り出して鼻に当てる。

「必要だったら、魔法を使って防いでもいいけどな。解体室に入る時に防毒マスクを借りると良い、今日は有毒の来訪者の解体はしていないから、ゴーグルまでは必要無いはずだよ」

 自分の端末を見て、本田が請け合う。

「ありがとーございます」

「中に入るより解体班長を通路に呼び出せばいいか。強化ガラスの窓から中を覗けるから見たかったら見てくれ」

 そう言った本田の好意に甘えようか楓は悩んだが、ふと解体室の窓に興味を持ってそこを覗く。

楓の目に作業室の中央に、金属製の台に載せられた巨大な一つ目を持つ来訪者の頭部が映る。

 少し離れた所には、その頭部と同じくらいの大きさの粗末な作りの金属製の兜が置いてあるので、多分このサイクロプスが被っていたものだろう。

 その頭部の周囲には、小型チェーンソーや大型の刃物を持って作業をしている学生が6人いる。

「あれは、サイクロプスか?」

「そぉね。前の戦闘で撃破の報告があるから、そのうちの1体じゃないかしらね」

 自前のタブレット端末から情報を引き出しながら美夏が答える。

「出現した総数は5体、うち3体は水月さんが仕留めて、残り2体はブレイカーギルド、警察のMSATが倒したわね。HSSが仕留めたもののうち2体は現地で解体、残り1体はここで研修用に引き取った感じね」

「サイクロプスは、最低でも全高3メートルはあるのに、ここに運び込めるもんなんだな…。地元だとその場で解体足場を組んでやっていたのにな」

「まあ、見たところある程度分解して持って来たようだけど…良く腐敗を防いでいるわね」

「うー…あの個体に冷却系の魔法をかけているみたいよ。何もしていないと48時間は持たない体組織だけど、その魔法のおかげで損傷はあまりないみたい」

 解体の様子に眉をひそめながら美冬が言う、こういった生物学的な見方は美冬が一番わかるので、楓も美夏もそれに異論を挟まない。

「あのサイクロプスをワンショットか、水月さん達は相当ヤるんだな」

 無意識に闇切丸の柄に片手を掛けながら楓が独り言ちる。

「楓、その癖は回りを不安にさせるから止めなさい。対物ライフルと魔剣では用途が違い過ぎるから、比べるだけ無駄よ?」

 楓の左手を抑えながら美夏が言う、そのひんやりとした感触に楓はどうやってサイクロプスを倒すか、と言う思考から我に返る。

「悪い」

「まあ、いいけど…気をつけなさいね。美冬、もう観察はいいから無理しないでそこから離れなさい?」

「はーい」

「ずい゛ぶん゛とくわしいのね゛え゛ー」 

 そういったやり取りをしている三人の背後から異様な声が聞こえて来た。

「!!?」

 ビクッと楓がそちらに向くと、目の前には大柄で顔全体を覆うガスマスクと全身をオリーブグリーンの防護服に身を包み、大型の鉈を左手にぶら下げている人物が居た。

「きゃあああ」

 あまりの怪しい人物に、美冬が悲鳴を上げる。

 楓はそれを知覚すると同時に美夏の情報魔法のウィンドウが楓の視界に表示をされるを見て、楓は動揺を押さえつけて冷静に状況を判断する。

 まずした事は、魔力枯渇の状態で魔法を使っている美夏を止めるためにの背中のくすぐったいツボを刺突する事する。

「美夏ねえ、落ち着け」

「うっきゃあぁぁ!?」

 ビクンッと身体をこわばらせた後、へにゃっとへたり込む美夏。

「魔力がほとんど無いんだから、魔法は使っちゃダメだろ。美冬、この人はかなり怪しいけど殺気は無いから、戦闘態勢は解いてくれ」

 数メートル離れた位置に移動をして、MLPを取り出そうとしてる美冬を抑えにかかる楓。

「あーすまん、驚かせちまったな」

 本田がかなり、気まずそうな表情で謝ってくる。

「いえ、基本的に大丈夫です」

 何が基本なのだか、楓自身もわかっていないが場がまとまらなくなるのでそう答える。

「まあ、コレが解体班の班長の佐伯だよ…。おい、佐伯いい加減にマスクくらい外せ。解体鉈は俺が持つから」

 そう本田が言うと、佐伯と呼ばれた人物は防毒マスクを外す、その下から艶やかな黒髪を背中で切りそろえた少女の顔が出てくる。

 顔立ちは切れ長の瞳が印象的だがやや幼い雰囲気を持っており、耳には通信機を付けているのが見て取れる。

「あたしは、高2の佐伯アンナ。よろしく」

 目の前の3人の様子を全く気にしないていないような仕草で、小脇に防毒マスクを抱える。

 その頃には、美夏と美冬は持ち直しており、楓達は自己紹介をする。

「あー。あなた達が如月姉弟なのね、入学してすぐに活躍しているのを聞いているわよ。特に剣士の弟さん、キミの倒したオーガを解体させてもらったけど、いい所をズバスバッと切ってくれたおかげで、作業が凄く簡単だったわー!」

「それはどうも…。俺達は解体班に挨拶しに来たんですけど」

「で、で、あなた達は来訪者の解体に興味があるのかしら?」

 どうやら、話をあまり聞かない質らしい、それが班長をしている解体班とは何だろうと楓は一瞬、思考を手放したくなる。

「佐伯は悪い奴じゃないんだが、解体作業をしていると人が変わっちまうんだ」

 フォローのつもりか、本田が口を挟む。

「ええ、よっく分かりました」と、防護服についたサイクロプスの体液が嫌なのか楓の後ろに隠れながら美冬が答える。

「すみませんが、俺達は“壊す”専門なので解体よりそっちを優先したいんです、スカウトしてもらってすみません」

「あら、残念…。本田君そろそろマチェットを返してもらって大丈夫よ。それにしても、いつもは嫌がっているのに良く持ってくれたのね」

「前もって、解体班のレポートを見てよかったよ。このサイクロプスには未知の菌類や毒は無かったんだろ?汚れるくらいだから、洗浄すれば大丈夫だろ」

「あーそっかー。知っていたかー残念」

 本田から差し出されたマチェットを受け取って、佐伯がカラカラと笑う。

「はあ、お前さんのタチの悪い冗談に引っかかるからな…。と、俺は整備の時間だから、これで戻るぜ。特殊遊撃室は解体について聞きたい事があったらこの後、佐伯に質問してくれ」

「わかりました、先輩ありがとうございます」

「それじゃあなー」

 片手をひらひらさせて、本田が去っていく。

「コホン、佐伯先輩。質問いいですか?」咳払いをして楓が口を開く。

「いいわよ、そっかー解体には興味が無いのかーそうなのかー」

 口では了解の言葉を紡ぎつつ、態度は完全に拗ねている。

「俺達が聞きたいのは、いくつかありますが…。学園で処理できる来訪者の規模、俺達の地元で取って来た来訪者のデータが必要かという事、最後に本田先輩から魔石を預かっているという事の3つです」

「えっ!別の地方の来訪者データがあるの!?どこの!?」

「飛騨地方の来訪者データです、解体出来たのものはそのデータまで、幽体や非物質系の解体は出来なかったので、ひととおりのデータはあります」

「うっわー!めっちゃ助かるわ!フフフ…あたしの解体の歴史がまた1ページ!」

 かなりのオーバーアクションで両手を真上に上げて喜ぶ佐伯。

 あ、ちょっと気が合うかもしれない、と美夏は密かに思っていた。

「外部へ出せるそれらのデータと引き換えに、解体班にお願いしたいのは“解体時の魔石の入手記録の閲覧”と“来訪者の解析情報の共有”です。どうですか?」

「うん、いいわよ」

「えっ、そんな即決でいいんですか?班員とのすり合わせは?」

「ここでは、あたしがトップだから問題ないわ、それよりそのデータを見せてもらえるかしら」

 両手をわきわきと動かしながら、佐伯は楓ににじり寄る。正直、体液まみれの防護服で近づいて欲しくない。

「佐伯先輩?データはこちらにありますから…ちょっと弟から離れてもらえます?」

 ベチャッという音を立てて、美夏が佐伯の防護服に右手をあててその動きを止める、小柄な美夏だが頭二つ分くらい身長の違う佐伯の動きを止めていた。

「あらら、ごめんなさいね」

「はあ、いいですけど。このマイクロ媒体に入れているので、学校で使用している端末かOSで見て下さい」

「わー。あ…どうしよう」

 さすがにサイクロプスの体液まみれのグローブでは取るのを止めようとする佐伯に手早く厚手のビニール袋に媒体を入れて渡す美夏。

「ありがとっ。それじゃ、質問に答えるわね。まずここの規模では全高10メートルまでの来訪者の解体が出来る、それ以下のものは残りの解体スペースによって相談ね。また、解体班から狙って欲しい来訪者が居る場合は依頼を本部経由で出すわ」

「え、依頼があるんですね」

「そりゃあ、あるわよ。文部省の解体学のガイドラインに沿った来訪者のサンプルが足りてない時は、こっちも困るので需要があるわよ。ギルドよりは報酬額は下がるけどそこは、作戦支援をしているって事で理解は得ているわ。ま、回収をあたし達がやるから、その手間賃を吸収している感じかな」

「なるほど、その時は依頼を見ておきます」

「それで、君達が倒した来訪者の魔石は預かっているわ。班員に持ってこさせるからちょっと待ってね」

 そう言って、通信機を使って誰かに連絡をする。

「金庫から出すけど、すぐに来ると思う。それにしても、あの数を3人で倒したのー?」

「どの戦闘の事を言っているかわからないですけど、入学してすぐの戦闘ですか?」

「ああ、そっかー。その戦闘から、エルフ居住区付近での戦闘のものまでよ、総数は20体を超えていたわー」

「…そのくらいは倒してますね」

 記憶にある撃破数と照らし合わせて、あまり乖離が無い事を確かめて楓は内心ホッとする。

 たまに出会う悪徳回収業者と違って、嘘はついてないようだ。

「オーガも含めて、それくらいの来訪者集団を倒せるのは凄いわー。これは、この地域に出る来訪者の情報を渡すだけの価値はある部隊みたいねー」

「え、情報をもらえるんですか?」

「そりゃあ、そうよー。来訪者の特性や弱点を知っているか知っていないかで生存率が違うんだし。そもそも、解体班はそれを知る為に作られたのよー。戦闘をする…私達は戦闘班と勝手に言っているけど、それを担う団員には積極的に情報を渡すわよ」

「それは助かるわね。共有の方法は媒体?座学?」

 サイクロプスの体液が付いた手を、ハンカチで拭き清めつつ美夏が言う。

「媒体でもいいけど、一番頭に入るのは解体現場での直接な観察がオススメかなー」

 その言葉に、美冬からどんよりとした思念を感じるが一旦そこを美夏は無視をする。

「なるほど、実学主義なのね。まず媒体を欲しいわ、それと今後の解体で異常な特性を持つ個体が居たら教えてもらえるかしら?」

「あはは、貪欲だねー。でも、そういう姿勢は好きよ」

 そう佐伯が言った時、解体室のドアが開いて防護服に身を包んだ男子生徒が姿を現す。

 防毒マスクは既に外しており、やや細いフレームの眼鏡が神経質そうなイメージを持たせる容貌をしている。

「班長、魔石を持ってきました」

「あ、藤崎君ありがとー」

 そう魔石の入っていると思われるケースを受け取る佐伯。

「この眼鏡君は、班員の藤崎君、内部進学の高校1年生で中学の頃から解体班にいるから、腕は確かなのよー」

 そう言われた藤崎は、明るい茶髪を揺らしながら一礼する。

「藤崎真吾です、よろしく」

 それに対して3人は自己紹介をする、それが終わると藤崎は佐伯に向き直って口を開く。

「班長、ちょっと作業が押しているから、そろそろ戻って来て下さい。作業が遅れると副班長に怒られますよ」

「あー…。うん、後が怖いからすぐ行くー」

「それじゃ、忙しいようなのであたし達は失礼します。来訪者の情報はオンラインで送れるものは特殊遊撃室に送って下さい」

「はーい、これからよろしくねー」

 そう言って、佐伯と藤崎はガボッという音を立てて防毒マスクをかぶり直す。

 やっぱり怪しい人に見えるわ、と美冬が思ったが口に出さない。

「はぁ、なかなか強烈だったわね。でも、ああいう人たちが後ろを守ってくれているようだから安心だわ」

 出口の方に歩き始めながら、美夏が言う。楓と美冬がついて来ているのを背中に感じながら続けて口を開く。

「今日は、これから詰所に帰って魔石の鑑定をしましょ。それで業務は終わりにして帰ろうね」

 美夏と同様に新しい情報や強烈な個性を持つ人物の姿を見せつけられて、精神的にいっぱいいっぱいになっていた楓と美冬に異論はなく3人は特殊遊撃室詰所へと戻って行った。

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