67 放課後の戦後処理(おかたづけ)2・整備班に挨拶する
整備と来訪者の解体をする校舎は、空から見て8つの頂点を持つ星形要塞の形状をしている宝翔学園の北東にある。
隣には利便性を意識したのか、倉庫棟と呼ばれる大型の建物が併設されていた。
なお、特殊遊撃室詰所は、学園の一番北の頂点のあたりにある。
そこに5人が近づくとギュイーン、ガリガリ、ゴリゴリといった工作機械の音などの騒音が聞こえてくる。
「うっわ、凄い音。あ、中に入る時はまず事務室に来てって書いてある」
騒音に眉をひそめていた美冬が目ざとく、壁に貼られた案内版を見て言う。
「それなら、事務室に回ろう」
そう楓達は『事務室』と書かれたプレートが扉に貼ってあるドアをノックする。
ほどなくして、ドアが開き中からはややぽっちゃりとした体形の男子生徒が顔を出す、身長は楓と同じくらい。
「おう、君らが特殊遊撃室か。初めましてだな、俺は整備班班長の本田厚だ、よろしく」
学園指定ジャージの上に、汚れを防ぐためか厚手のつなぎを着ている少年が声を掛けてくる。
ジャージのカラーは赤、高校3年生という事がわかる。
美夏が5人を代表して、挨拶が遅れた事を謝罪しつつ楓達が自己紹介をする、
「ああ、配属してすぐに活躍している事を知っているから気にしていないぜ。まあ、報告書は軽く見たが大変だったな…」
しみじみと言われて、自分達がどう思われているのか不安になる楓だった。
「それで、今日は顔合わせだけか?」
「主目的はそうですけど、いくつか相談事があるので。今から少しお話いいでしょうか?」
と美夏。
「まあ、ちょっと忙しいが良いぜ。ま、立ち話も疲れるから座ってくれ」
「ありがとうございます。事務所は作業場と違って静かで片付ているんですね」
事務室から整備室の様子がよく見えるように、ガラス窓がはまっているので狭い部屋だが解放感がある。
ちらっと覗くと剣や槍などの近接武器、そして奥では銃器を整備しているところが見える。
「まあ、解体班の副班長が怖いから、ここだけは綺麗にしているんだ」
「…そうですか」
しおしおとした雰囲気を醸し出しているのを見て、解体班との力関係をなんとなく察した楓だった。
「それは良いとして!まずは整備班の構成と作業内容を説明するぜ」
「お願いします。質問はあとで纏めてでいいですか?」
「ああ、それで頼む」
そう言って、本田は手近にあるホワイトボードの前に立ってマーカーを手に取る。
「整備班は、班長の俺。その直下に副班長がいる。その下には第1班から第7班までが居てそれぞれの適正に合わせた物を整備しているんだ。もちろん、班長の上はHSS団長の神代になる。そして、1班は物理的な武器の刃物から打撃武器、遠距離系の整備を主にしている。2班は物理系統の防具全般の整備が主だな。3班は銃器の整備をしている。4班は魔法武器の整備、5班も魔法武器の整備だが、こっちは遠距離系のものがメインになる。6班は魔法防具の整備、7班は魔法道具の整備をしているんだ。それぞれの班では、整備する物については知識を蓄積しているから、整備と研究を一緒にしているという事になる」
「結構、組織を分けているんですね。人員はどれだけ居るんですか?」
「1班につき5人を基準にしている、増員や欠員はあるから今は総勢40名だな。また、スキルが専門的になり過ぎないようにしている。具体的にはメインの班以外にサブの班を決めて知識の共有をして個々のスキルにつぶしが利くようにしている」
「なんか、ギルドみたいなやり方ですね」
「そうだな。ブレイカーギルドはHSSをベースにして作られた組織だが、今は別物の組織になっているからな。HSSもギルドのいい所を取り込んでいるんだよ」
「なるほど、理解しました…。ちせは、魔道具に興味があったんだっけ?」
「え、うん。そうね」
急に水を向けられたちせは、虚を突かれた様子で答える。
「へえ、整備班に興味があるのか。女の子が来てくれると嬉しいぜ」
「本田先輩…」
「如月さん、我々は健康な思春期の青少年だ。女子と一緒に整備をするシチュエーションにあこがれるのは当たり前だよ」
ジトっとした目で美夏が本田を見るが、当の本人は気にせず…というより胸を張って言い張る。
「あー…はい、ソウデスネ」
面を向かって言われると、美夏はそれ以上突っ込む気力がなくなる。
「ま、それは良いとして。力仕事が多い班にはあまり女子は居ないが、研究メインの班には女子は居るぜ。まあ、HSSの捜査室よりは比率は少ないんだけどな」
「えっと、本田先輩。研究も整備班でやっているんですか?」とちせ。
「ああ、持ち込まれたもののうち、元々この世界にあった武器防具はあまり研究の余地がないんだが、魔法武器、防具、魔道具の研究は続けている。俺達の目標は魔法と機械の融合をして魔道具の使い勝手を簡単にする事、そして世界魔法学会で論文などを発表する事だよ。珍しい魔道具を持ってきてくれれば、とても嬉しいんだぜ」
「それは凄い目的ですね。でも、魔法と機械の融合はかなり技術的なハードルは高いのでは?それに宝翔学園は全日本魔法学会の論文大会に出ている年もありますよね?今の学園の規模を考えれば十分な成果だと思います」
魔法技術の研究に対して、アンテナが高い美夏が言う。
「まあ、そうなんだけどな。目標は高いに越したことはないだろう?特に魔法技術は新しい魔法関係の道具などが発見されたら、一気に研究の第1人者になる事も出来るくらいフロンティアが残されているからな。俺達のような学生でも夢物語ではないと思うんだよ」
「結構野心家なんですね、でも良いですねそういうの」
歴史(戦史)研究が好きな美夏がそれに同調する。
「そりゃどうも。とはいえきちんと整備の仕事をしたうえだけどな」
そう言い切るという事は、ちゃんと仕事はこなしているんだろう。
「それを聞いて安心しました。ちせさん、ここは研究も出来そうだけど?」
「それはありがたいとは思いますが…」
「どうしたいか迷っているなら、HSSに入ってみて色々な経験をしてからでもいいと思うんだ。その中で魔道具の研究をするならそれでもいい、また整備スキルを磨いて捜査室専属の整備員になれば、もしかしたら研究を中心にやる事が出来るかもしれないな」
「そういう方向もあるんですね、教えていただいてありがとうございます」
ぺこり、とちせがお辞儀をする。
「アリシアさんはどう?」
次にアリシアへ美夏は水を向ける。
「…あたしは、自分の回復魔法を磨きたいので…。超常現象研究部かHSSの治療班がいいかも、と思ってます」
「あっはっは、それだと難しいだろうな。ハッキリ言ってくれて助かるぜ」
おずおずと言ったアリシアに、本田は裏表のない笑顔で答える。
「それじゃあ、本題に入るけどいいですか?」と楓。
「ああ」
「自分達の装備の整備も頼みたいんですが、そこら辺の依頼方法を教えてもらえますか?」
「お、新しい仕事だな。整備班は優先度を決めて整備を行うんだ、具体的には所属している捜査室、武器の破損具合、その装備のレア度などを掛け合わせて判断は行われる」
「例えば、次の戦闘までにあまり時間的余裕が無く、さらに破損が酷い場合は優先されると?」
「簡単に言えばそうだな、ただ俺達だけでは直せない場合は業者へ紹介する事もある。それで、修理費はHSS支給のものはほとんど無料、自前のものは破損具合によって変動…まあ、自己負担の場合もあるんだ」
「なるほど、整備スキルはどの程度かは定量化されていますか?」
「うーん、細かい数値は出ないが、得手不得手とどの装備の修理にどれくらいかかるかは、各整備員のスキルに合わせた資料はあるぜ」
「それは凄いですね。例えばこれの修理はどうなりますか?」
聖典旅団の異端制裁官に破壊された、脇差型の魔剣『兼松』を本田に差し出す。
「おお、魔剣か!これは…何を食らったんだ?」
嬉しそうに受け取った後に、破損個所を見てから指で触ったり、小型の金づちで叩いたりした後、表情を厳しく引き締めた本田が聞いて来る。
「敵の浸食の魔法を食らいました、直りますか?」
「あれかぁ。それの影響が刀身のかなりの範囲に広がっている。このままだと、魔力を込めると刀身が崩壊する。腕の良い業者に持ち込んだ方がいいぜ、紹介しようか?」
「それは嬉しいんですが、篠塚屋さんを知ってますか?そこに持ち込もうと思ってるんですけど」
「ああ、あそこなら間違いないよ。知り合いだったのか?」
「ええ、ちょっと店を探している時に知り合いました」
「なるほど、本田からよろしくと伝えてもらえば少しは安くなると思うから。次に行ったときに試してくれよな」
「助かります」
「それ以外に質問が無ければ、解体班に用があるなら取り継ぐぜ?」
「ええ、助かりますね。ちせさんとアリシアさんはどうする?もし来訪者の解体をしているのであれば、結構慣れていないとキツイと思うわ」
そう美夏が2人に注意を促す。
「あーそうね、アレは慣れないと厳しいかも」
実はあまり解体の現場に慣れていない美冬が、眉をひそめて言う。
敵性生物の来訪者とは言え、生物を解体している現場に慣れるのは個人差があるので仕方のない面があるので、どうしようもない事を美冬は理解していた。
解体現場が苦手な美冬でも戦闘時は容赦なく魔法で来訪者を切り刻んだり破壊すると言う事をしているが、それは戦闘時のアドレナリンの分泌などで抑えている感じだ。
「あたしは、ちょっと遠慮します…ちせちゃんもそうよね?」
アリシアが焦った様子で言う、どうやら苦手らしい。
「…ごめん、解体の様子は苦手だからやめておくかな」
「ああ、無理強いはしないよ。明日、今日の事を共有するか?」と楓。
「さすが楓君、頼んだわ。あたし達は帰るから、ありがとうございました」
そう、ちせとアリシアが感謝を伝えて事務室を出て行く。
「それじゃ、回収班のところに行くから付いて来てくれ」
2人を見送った後、本田がそう言って先に立って事務室を出て行く、それを追いかけながら楓は(今日は盛沢山だな)と心の中で呟いていた。




