61 それぞれの夜その1
お風呂でござる
現場保存をしていた楓達の通信機にピピッと着信音を立てて、将直から通信が入る。
『こちら神代、特殊遊撃室に指示を出す。その場はギルドとウチの交代部隊が揃ったら学校に帰投してくれ。そして、今日から3日間の任務は基本的に無し、来訪者の襲撃があっても積極的に迎撃はしないでくれ、重要なのは休養をとる事だ。以上』
「こちら特殊遊撃室了解したわ」
美夏が代表をして答える。
『何か質問はあるか?』
「そうですね。後続部隊やギルドの調べた情報は、あとで教えてくれるのかしら?あとは、任務が無しってどういう意味かしら?」
何かやらかしたのかな、と少し心に引っかかりを覚えている美夏。
『いや、激戦をした部隊はそのまま任務や迎撃を行わせると疲労がたまってしまって、いわゆる“すり減った”状態になっちまうんだよ。その為、第二線休養という措置をウチでは取っている。その間に英気を養ってくれ、もちろん通学はしてくれよ?』
「理解しました。それではそのように動きますね。特殊遊撃室の詰所にいるのは大丈夫かしら?」
『ああ、それは構わないが。分からない事があったらティスに聞いてくれ』
「了解」
そうして、30分後に合流をした第1捜査室の部隊、ブレイカーギルドの小隊が現れたので楓達はその場を託して学校へと帰投した。
学校では、美夏と美冬の髪が白髪へと変化をしていた事から、本部やクラスでかなりの騒ぎや心配をされたが、その後は恙なく学校生活を終え、3人は帰宅したのだった。
・・・
今日の夕食は、魔力を消耗している美夏と美冬のためを考えたメニューだった、86インパクト後の魔力の素と言われているエーテルという物質が地球上に出現して以降、作物や生物がその影響を受けた結果、魔法使いの魔力を回復する能力のあるものが増えていた。
食卓には、一見は唐揚げとサラダ、汁物といった普通の食事が並んでいるがいくつかは魔力を回復しやすいものが使われている。
「あー。身体に染みるー」
幸せそうな表情で、唐揚げを口にしている美冬。
今夜のメニューは、蘇生魔法を使った美冬の希望を優先したものだ、楓は好き嫌いは無いし唐揚げは好きなので次々と口に運んでいる。
「そう気持ちよく食べてくれるなら、作った甲斐があるわね」
美夏が微笑みながら味噌汁を飲んでいる。
「やっぱり唐揚げは、自衛海軍のレシピが一番ね」
手元に置いてある「最新☆自衛軍メシ!」と大げさなフォントで書かれたレシピ本が置いてあったりする。
やがて、夕食が終わり食器を食洗機に片付けた後、楓は「少し鍛錬してくる」と闇切丸を持ってこのマンションの屋上へと向かう。
残された2人は、疲れを癒すために予習をした後に入浴の準備を進めて行く。
「美夏ねえ。今日は、一緒に入っていい?」
自室で寝間着用のスウェットを用意していた美夏に、ドアから顔を覗かせた美冬が言う。
「ん?いいわよ」
美冬は蘇生魔法を使った日は、その反動で過度に人恋しくなる事があり、放置すると良い事にならない。
それに美夏も、もとかの魂魄の固定をする際にその記憶を見ていたため、今でもその恐怖が抜けていない状態だった。
少し気を抜くとその記憶がフラッシュバックをし、震えが出てきてしまうので美冬の提案に即答する。
2人が浴室に入ると、シャワーから湯を出した所で美冬が美夏に抱き着いて来た。
美夏よりやや身長が低い美冬の髪が、美夏の腕をくすぐる。
「怖かった…もとかさんを助けられなかったらって今も思っちゃって…怖かったの」
「でも助かったじゃない、美冬はよくやったわよ」
美冬の顔を自分の胸に埋めつつ湯が当たっている背中を優しく撫でながら、美夏が褒める。
「それに、今回も美夏ねえにも負担かけちゃったし…。あたしが蘇生魔法を完全に使えればいいのに」
ぐすぐすと泣き出した美冬を落ち着かせようと、色が変わってしまった髪を撫でる。
「それは仕方が無いわ、まだそれには完全に研究された魔法じゃないし、あっても公開する人はいないから手探りなのはしょうがないのよ。それを補助するのが私の役目なら、美冬が壊れないように助けるのは当然よ」
「うう…ごめん、ごめんね…」
「いいわよ、まず洗いましょ?」
「うん、それにしても…」
「何?」
「あたし、美夏ねえの年になったら胸がそこまで大きくなるかな」
羨ましそうに自分の控えめな双丘を見て、美夏のボリュームのあるそれを見つめる。
「あんたはまだ、中学生でしょ?まだまだ成長するから大丈夫よ」
クスクスと笑った美夏を、ジトっとした目で見て美冬は髪を洗い始める。
魔力枯渇で髪色が変わるくらいの変化を受けた場合、きちんとケアをしないと枝毛などで大変な事になるので、念入りにコンディショナーを使わないといけない事を美夏はリマインドする。
そう言われてから、もそもそと髪を洗いだした美冬を見て、美夏は同じように髪や体を洗いだしたのだった。
…
すっかりと身を清め終わった2人が、湯舟に身を落ち着ける。
広めの湯舟は小柄な2人が入っても十分な広さがある、そこに向い合せに座る、体が温まったので美夏の長い耳朶は先まで赤くなり、美冬も頬が紅潮している。
その頃には美夏も、心の奥底にあったもとかの死の瞬間の記憶の恐怖も湯に軽くなっていた。
ただ、いつでもフラッシュバックする気配はあるので、しばらくは精神安定剤の服用が必要になるだろう。
「ねえ、美夏ねえ」
「ん?」
「美夏ねえがあたしは羨ましい」
「いきなりね、なんで?」
タオルで汗を拭きながら美冬の言葉に答える。
「だって、美夏ねえは楓にいと結婚できるでしょ?」
「へ?」
いきなりの衝撃の言葉に、ポトリと美夏のタオルが湯に落ちる。
「な、なにをいきなり言ってるのよっ」
徐々に頬が熱くなってきているをの感じながら、美夏は早口になって美冬に突っ込む。
「だって、エルフは遺伝子が違うから近親婚にならないっていうじゃん。あたしは楓にいがいくら好きでも、結婚できないんだもん」
拗ねた口調で口を尖らせる、だがその表情はいつもどおり(・・・・・・・)真剣だった。
「あのね、美冬。それでも楓とあたしは家族なのよ?血縁的には近親婚になっちゃうから無理って言っているでしょ?それに、母さんからも言われてるでしょ?楓にあこがれるのは分かるけど、こっちで視野を広げてみろって・・・。それにまだ結婚は先でしょ?」
「うー・・・。そうなんだけど、また梶谷の叔父さんから事前お見合いのメールが来たのよ。恋人がいないならうちの親類をどうだーって」
「ああ、あのアホおじ・・・」
クラクラするのは湯に当たったわけでは無いだろう、すこし頭を押さえて呻く。
蘇生魔法の事は親類には知られていないが、その回復魔法の能力については知られている。
医療としての最後の救急手段として、回復魔法が期待されている事もありその能力がある人材を手元に置く事は都市部より地方では権力を持つことに繋がっている。
それを狙った親類が、美冬へ近づこうとしている事に如月家ではかなり気を使っている。
「あとで、そのメールを渡してね。それじゃ、上がりましょ?」
絶対にとっちめてやろうという決意と、心にもやもやしたものを持ちながら、美夏が脱衣所で向かう。
「美冬、楓がまだ戻ってこないから屋上に迎えに行ってもらえる?これじゃ、オーバーワークになっちゃうわ」
多分、今日の戦いの一人反省会をしているのだろうと当たりを付けた美夏は、下着を身に着けている美冬にそう言って、自分は台所へ向かって行った。




