58 轟音の正体
―――もとかの蘇生が完了する数分前
既に人の姿を成していないザイツェフは、腰椎から生やした金属の足で天井近くに跳躍し、そのまま作業通路からダクトへの逃げるところだった。
「ヒュッ・・・ヒュヒュヒュッ」
既に呼吸音が人のそれでは無くなっていた。
生意気な少年から銃撃を受けた際に、10発程度が命中し体の機能が相当に落ちている影響だと自己診断が告げている。
聖典旅団の中枢へ戻るにあたり、自分をこの状態に追い込んだ生意気な少年とその連れの姿を記憶に残すため下に目を向ける。
この距離であれば、情報端末のクリハラモトコの回復に無駄な努力をしている魔法使いの注意はこっちに向いておらず、遠距離武器を持っていない連中の攻撃は届く事は無いだろう。
ニィッと嘲りの笑みが自然と零れ、下に目を向けたザイツェフの目に自分のサーベルが回転しながら飛んで来る様子が映る。
「ヌッ!」
それを避け、別の梁に飛び移ろうとした瞬間、外側への衝撃波と大音響が発生し、屋根がサーベルの当たった付近を中心に破裂する。
空中に飛んでいたザイツェフは、それに対抗できずに外へと吹き飛んだ形になり、屋根へと叩きつけられる。
(我が魔剣をもう使いこなしているだと?)
魔剣は程度に寄るが、それに込められている魔法を上手く使うには修練が必要なはずだが楓と呼ばれている少年は、自分の魔剣を使っただけでなくこの場面に合わせた使い方をしていた。
それは、あの少年が魔剣使いとしての高いセンスを持っている事を把握し、もうこの場に居る事は危険だと思考に警報が鳴る。
(ここは退くしかない)
屋根から飛び降りようと縁に近づいた時、轟音が響いてその身体に衝撃が走り空中へと飛ばされる、
地面に叩きつけられる前に、2発目の12.7mm弾がその身体を貫く。
「射撃だと!?」
さっきから聞こえていた轟音の正体に気が付いたザイツェフは、残った脚で必死に遮蔽物となる別の工場へと走って行く。
水月瑠華は、敵車両の破壊の後からまんじりともせずに敵拠点を監視していた。
長く感じる時間が過ぎ、敵拠点の屋根が吹き飛んだのを楓からの「合図」と理解してスコープに異形の敵の姿を捉える、どうやらそいつの意識はまだ建物の中に向いているようだ。
「っ!」
躊躇わずにカーミラの引き金を引く、轟音と共に銃弾が敵へと突き刺さる。
セミオート式のため、次弾が自動的にが装填されると同時に吹き飛んだ敵に照準を合わせる、着弾で起きた土埃の中に煌めく金属の光から、敵の位置を割り出して引き金を引く。
土埃の中から、敵の身体が吹き飛んでいきスコープの視界から外れる。
「姉さま、敵は70メートル奥へ移動し遮蔽物へ。射界が取れません」
「逃がしたわね。あのダメージで動けるなんて何者なの」
「不明、見えた限りですがロボットでは?」
「あの工場を貫いて射撃はきついわね、下手すると別の被害を起こすわ」
マガジンを交換しながら瑠華は次の手を考える。
「私が偵察しましょうか?」
「ううん、ここは再開発地域だし敵は今までに見たことのない奴だわ。リスクが多すぎる」
「このままでは、こちらの情報を持ち帰られます。それもリスクですよ?」
そう抗弁するレナに、スコープから目を離さずに瑠華が口を開く。
「今は感知魔法で、敵の逃げた箇所を探査して。本部への連絡はその後」
「はい。アクセス!エーテルよ、生命の息吹を我に伝えたまえ」
レナが感知魔法を発動し、その知覚を伸ばしていると先ほど取り逃がした敵の反応が空中にある事を発見する。
「姉さま!距離350、11時方向、高度約30にあの敵っ!」
その情報に不自然なものを感じながら、瑠華はスコープをその位置に向ける。
最後にスコープに捉えた状態では、そんな曲芸は出来ないくらいのダメージを負っていたはず。
それがどうして、そんな位置に出現するのかが意味不明だ。
「姉さま!」
レナの声に反射的に引き金を引く、着弾と共にその敵は四散する。
ガゥン・・・ガゥンとその破片へも射撃を続ける瑠華。
マガジンを打ち切った時、連射で受け流せなかった衝撃であちこちの筋肉に軽い断裂が起きているため、体中に痛みが走るがそれに構わずにスコープを見てマガジンを交換する。
「・・・敵、完全に破壊しました。動き、生命反応ありません・・・。お疲れ様です姉さま」
そう観測手のレナの報告を聞いた瑠華は、スコープで周囲を確認した後に自分が撃ち倒した聖典旅団の化け物に向けて一言呟く。
「ばーか」
何をしたか分からないが、瑠華はあのような姿になってまで悪さをしてくる連中に吐き気という不快感を覚えた。
その心情を素直に口にしたら出た侮蔑の言葉、それがこの事件の表向きの終結を告げる一言だった。
ちょっと短かったです・・・。




