56 蘇生魔法
数分前、楓に先行をさせていた美夏と美冬は楓のハンドサイン見て即座に行動を開始した。
美冬が駆け寄り、先ほど捕えていた風の精霊を解放、それと同時に楓の背中向かって真っすぐに空気の塊を打ち出す。
「エア・ブースト!」
風の精霊に命令をし、飛び込む態勢をとっていた楓をそのまま部屋の奥に打ち出す。
「真なるエーテルよ、始原の力を持ちかの者を穿て…」
美夏は楓に続いて部屋に入り、敵の姿を視認する。
そしてエネルギーボルトを5つ周囲に浮かべて、さらに魔力を込めて行く。
「ラプア・ボルト!」
鋼板をも穿つ魔力の矢が敵へと向かい、それを思考で誘導を始めるが。
「美夏、美冬!支援はもういい、もとか先輩を頼む」
その言葉を聞き、誘導を切って20メートル程離れたもとかの元へ走って向かう。
「美冬!どう?」
すぐに美冬がもとかの状態を看て診断を始める、その表情が見る見るうちに曇って行き口元に手鏡を当てたあとに強力な光を出すペンライトを取り出し、瞳孔反射を確認する。
「生命感知」
そう魔法を唱えてもとかの額に手を当ててから首を振る。
「美夏ねぇ。ダメだった間に合わなかった」
「くっそ!」
思わず罵倒が美夏の口から洩れる。
「腹部に深い致命傷、挫創っぽいけど…あいつが手でやったみたい。残留魔力をあの手から感じるから」
目線だけで無造作に置かれたもとかの臓器を示す。
「内臓を抉ったのね…酷いわ。死んでからの時間は5分以内よね」
「うん、それでこの横にある肉体を見たんだけど。ほとんどもとかさんと同じ肉体よ。いまのもとかさんより3カ月くらい若い肉体ね」
「どういう事なの…」
そう困惑した美夏の耳に楓とザイツェフの声が聞こえてくる。
「ループ…情報収集体…」
その言葉と、目の前のもとかに似た肉体を見て思考を電撃のように走らせる。
「戻す…いや、繰り返し。回収…?まさか?不確定だけど今はそれを考えている時間はない」
その横で美冬は集中をして、体内の魔力濃度を上げて行く。
美夏の指示待ちになるが、これから先で使う魔法の難易度は自分で分かっている、それには今の自分がもつ最高度の魔力が必要になる。
そうしながら、もとかの遺体に触れその冷たさに恐怖を覚えながら、隣に置いてあるもとかに似ている肉体にも触るとある確信を覚えた。
「接触分析。粒度は遺伝子スキャンまで、バイタル有り、血液型は同じ…。臓器位置、同じ。遺伝子は…ほぼ同じ」
そうしてから美冬はため息をつく、そしてスキャン情報を美夏に伝えるとその瞳が驚愕から納得の色に染まる。
「美冬、情報ありがと。これではっきりしたわ。このもとかさんに似ている体は、すこし若いけどもとかさんそのものと言っていいわ」
苛立ちからギリっと歯を食いしばる。
「美冬、このままだと聖典旅団の思う通りになるかも。あいつらはもとかさんを今、死亡させる事で何かをしようとしていたことはわかるわ。だからその目論見を潰してやるわ。蘇生魔法を使ってちょうだい、あたしも手伝うわ」
「うん…。わかった。今までの蘇生より、このもとかさんと同じ遺伝子情報を持つ体があるから難易度は下がるはず。先にこの体ともとかさんのリンクは確保したから、私は肉体の回復をするから美夏ねぇは散ったもとかさんの情報…魂をつなぎ止めと捕獲をお願い」
「わかった、いくわよ!」
そうタクティカルベストのポケットから先の尖った20センチほどの木の枝に細い縄と祝詞を書いた紙を巻き付けたものを6本取り出し、その先端に魔力を込めて床に突き刺す。
上から見ると綺麗な円形に突き刺されたそれに、美夏が魔力を流すと六芒星が床に描かれてそこから半円形に障壁が展開される。
「ガード用の結界の展開完了。次は…」
ダッフルバックを開き、中に入っていたたくさんの魔石を床にばら撒く。
「情報魔法展開。感知レベルを増加…」
魔法を展開すると、一気に自分の感覚が鋭くなり広がって行く。
同時に魔力がぐんぐんと自分の中から失われる感覚を覚えると、1つの魔石を視線に捉えるとそれがバキッという音を立てて砕けて行く。
「くぅ、この感覚は気持ちいいんだけど危険な快楽よね」
魔石が壊れた事で、その魔力が自分の中に入り込む感覚に背筋がぞくぞくする感覚を覚える美夏。
「感知…見つけたもとかさんの魂魄情報!」
蘇生とはどういう事だろうか?と美冬はこの魔法を使える時からずっと考えている。
この魔法を始めて使った時に、肉体の欠損の回復だけでは意識が戻らなかった肉体を見て美冬はその悩みを美夏や母に打ち明けた事がある。
その結果、肉体はそれだけではヒトとして在るのではなく、魂という多くの宗教で信じられている概念が実際に在る事を知った。
死が訪れた時、活動を終えた肉体から時間とともに世界に拡散してしまうもの、それが魂。
だが、美冬の魔法能力では感知は出来ても、拡散したそれを集める事も世界に溶けてしまったものを切り離す事は出来なかった。
だが、美冬の悩みを聞いた美夏が自分の感知魔法の修行をした結果、美冬が必要としていたレベルの感知魔法と情報魔法を習得した事で蘇生魔法が使えるようになった。
だが、蘇生魔法は地球上で公式に認められていない魔法、また本当にそれが出来れば自分達に危機が訪れる事が分かった美冬達の母は様々な手を打っているため、今までは隠蔽が出来ていた。
そのため、完全な自分達の都合であるが、もとかを蘇生させるために倫理に反していようとも、同じように隠蔽を行う事を決めている。
「美夏ねぇ、魂魄を集めるにはあと何分?」
「あと3分、そっちの準備はどう?」
感知魔法の威力を上げているので、無駄な情報に当てられて脂汗を流しながら美夏が答える。
「わかった、こっちは…この肉体を使えるからあと5分・・・つ」
もとかの遺体と、もとかに似た肉体に魔力を流す。美夏が撒いた魔石が次々と破裂して枯渇しつつある美冬の魔力を回復させていく。
その時、天井の破裂音と轟音が聞こえ、2人の元に楓が戻って来る。
「楓、黄泉返しの発動まであと5分。その後の魂の定着、最終治癒まで…プラス6分よ」
そう話していると、周囲が昏くなり刺すような気配、吐き気のする気配が満ちて行く。
靄のようなものが、美夏と美冬に触れようとするが結界に焼かれて消滅する。
「わかった、あとは任せてくれ」
そう楓が立ち上がると、周囲の昏い気配が視線の先に徐々に集まって行く、そして様々な声が無秩序に辺りに響く。
「あァ…生き返りたイ」
「俺に、その命をよこせ」
「あたしはまだ生きるはずだったのに」
「そんな女より、ワシを生きかえラせぇぇぇぇ」
5メートルの高さ、幅10メートルくらいに成長した昏い塊の表面に100以上の瞳が出現をして、美夏と美冬を見つめている。
それを楓は鋭い目で見据えて口を開く。
「ここ周囲の亡者の類か。美夏と美冬の邪魔を指せない、妄執に満ちたその思いを断ち切ってやるよ」
一度鞘に収めた闇切丸を抜くと、その刃はさっきまでの白刃ではなく、漆黒の刃になっていた。
その黒さは目の前の昏い亡者の塊より濃い闇を纏っている。
「闇切丸、この中にお前が追いかけている昏き者はいるか?」
(ああ。欠片だが居る。この者の名前は邪音今度こそ我が滅ぼす)
「分かった。亡者ども姉と妹には指一本触れさせないぜ。対黄泉平坂の剣技を味わえよっ!」
その言葉が終わると同時に、黒い触手が数十本殺到してくる。
「シッ!」
一部を避け、回避できないものは闇切丸で薙ぎ払う。
「グァァァァ」
斬られた触手は、そのまま空中に霧散していくのを見て、一気に接近をした楓は本体に切りかかる。
本体を斬るとその塊は、少し小さくなっていく。
楓が宣言をした、対黄泉平坂戦とは楓の剣技を対人戦から代々霊的防御を担ってきていた実家の剣術の裏の剣技の事である。
人の形をしていれば対処がしやすいが、人の枠内に入らない妖魔を倒すために編み出された剣技は幾度となく楓達を救って来た。
(マスターそのまま、こいつの核に近づいてくれ。この中にいる陰陽師の死霊がこいつを形成している)
「ヌォォ、調子に、乗るな!」
怪しく瞳のいくつかが光ったと思うと、そこから闇色の光線が発射される。
「シャァァ!!」
刃を傾けて、それらを反射し残りは一寸の見切りで避けていく。
黒い光線が楓のアーマーの装甲に触れると、その部分が消滅していくのでかなりの威力がある事がわかる。
「コァァァ!」
数舜、昏い塊の身体が縮んだと思うと、目そのものが20個程度発射される。
それは周囲をバウンドして楓を翻弄する。
「くっそ、面倒な」
この目玉も被弾するとヤバそうな奴だと見て、楓は左手に灼光を持つ。
二刀流にして手数を増やし、飛びかかって来る目玉や触手を次々と切って行く、いくつかが体を掠めていくのを感じながら本体を切り刻む。
「ふぅっ」
回避、攻撃、回避、攻撃、防御、大振り攻撃、小技、連撃のセットを続けて行くと、邪音の表皮がいきなり割れて中から血にまみれた陰陽師の服を来た骸骨が出てくる。
(そいつが本体だ)
「にゃろっ!」
手を組んで何かの印を結んだ後に、雷撃が楓を襲うが咄嗟に灼光を投げて、雷撃をそれに誘導させる。
「ぉぉぉぉぉ!」
再び印を組もうとした邪音に肉薄をして、楓は袈裟懸け、切り上げ、横切りの連撃を繰り出して邪音の肉体を破壊する。
(マスター!それを破壊しろ!)
崩れ落ちた邪音の身体から、赤い石が飛び出すが闇切丸の指示を聞いた楓の精神統一をして放った一撃が破壊する。
「ぁあぁぁ、我を今一度、この世にぃぃぃ…あぁ…ぁ」
呪詛の言葉が楓の耳に届くが、もう一度闇切丸を振るうとそれも消えて行く。
(見事だった。マスター、感謝する)
「まずは1体か。こいつらは、美冬の蘇生魔法に惹かれてくるんだな」
(ああ、奴らはマスターの妹の出す生命のエネルギーを食らう事を目指しているようだ)
「なるほどな。っと美夏と美冬をフォローする」
時計を見ると、既に戦闘開始から9分が過ぎていた楓が2人を振り返ると蘇生魔法がまさに佳境を迎えようとしていた。




