54 もとかの危機
「これは失敗したかな」
自らが指揮をしていた、1番隊の隊員と引き離された状態でもとかは独り言ちる。
後方では急に現れた敵戦闘員と、1番隊が戦っている音が聞こえている。
合流するか、と考えるが何故か焦燥感が沸き上がってしまい、心は先へと進むように自分の肉体に命じている。
「なんなのよっ」
頭を振ってその衝動を抑えようとするが、それはどんどんと強くなって来ているようだ。
「この先に何があるの…?」
1番隊に合流しないといけない、という理性とは別に足は先へと進んで行く。
そう葛藤しながら、閉じられた両開き式の鉄扉の前に立つと慎重に隙間を開けて中を見ると聖典旅団の司祭服を着た1人の中肉中背の男が棺のような箱を抱え上げながら、奥の扉を閉じた所だった。
様子を見ていると、その男は棺を工作機械に立てかけてその蓋を開けていく。
ザァッとかなりの量の液体が床にこぼれ落ちる音がし、その奥から宝翔学園の制服を着た女子生徒の身体が倒れ込んで来た。
それを抱きかかえ、大切そうな仕草で近くにあった台へと横たえる。
(あれは…。あたし・・・!?)
遠目に見て液体でずぶ濡れの状態だが、その女子生徒の姿は自分が良く知っているもとか自身の姿をしていた。
どういう事だか、全く分からない。
しかしあの女子生徒が何であれ、HSSとしての自分は救助する事が優先される。
「っ」
鉄扉の蝶番に潤滑油を流し込んで、ゆっくりと開け自分の身体が入るギリギリの隙間を開けて中に入る。
腰に差した大振りのナイフを抜いて、逆手に持ち司祭服を着た人物へと忍び寄って行く。
そいつは台に乗せた女子生徒の横に、ペンチやメス、薬品瓶のようなものを並べる事に余念がないようだ、もとかに気が付く様子はない。
「動くな」
そのまま近づいたもとかは、男の背中の肝臓の位置にナイフを突きつけて警告をする。
「下手な動きはしない方が良いわ。そのままこっちの質問に答えて」
ビクッと震えた司祭服の男の身体が震える、恐怖を覚えていると判断したもとかは言葉を続けた。
「お前は誰?そしてその生徒はウチの生徒よね?拘束するから膝を突いて頭の後ろに手を回せ」
そうして、頭の後ろに手を回した司祭服の男にさらに膝を突くようにナイフを少し押し込んでプレッシャーをかける、その刃先から奇妙な震えが伝わるの見て、もとかは怪訝な表情を浮かべる。
「クククッ」
笑い声をあげた司祭服の男の膝裏を、かかとで踏み抜いて転ばせようと体重移動をした時。
「ああ、久しぶりだな。クリハモトコ…いや、いまはモトカか」
「なっ?」
あまりの意外な言葉に動きが止まる、そこに裏拳が飛んでくるのを咄嗟にナイフで受け止めると強烈な衝撃で5メートル離れた背後のコンテナに叩きつけられる。
「がっ…がふつ」
身に着けていたライトアーマーでも防げなかったダメージが身体中を駆け巡り、口に鉄の味を感じる。
「ハハハ。お前は私達の情報端末だろうが、なぜ抵抗するのだ?」
「何…何を言ってるの」
そう呟いて、ナイフを逆手に持ち距離を詰める。
左右に刃を振って、司祭服の男の隙を作り腹を狙って刃を突き出していく。
ビリッとナイフが司祭服を切り裂くと、その下にホルスターに収められたサブマシンガンが目に入る。
特殊遊撃室から報告のあった、東ロシア連邦製のビゾンだ。
距離を下手に離すと、射撃を受ける可能性が高い事を認識したもとかはそのままナイフの突きを連続して繰り出して行く。
「ふんっ」
その刃をグローブで掴んだ司祭服の男は、そのまま握りつぶしていく。
「!」
「そう言えば、何者だ?と言っていたな。俺は藤原という聖典旅団の司祭のザイツェフ。役目はお前のような情報収集体を回収し、新たな情報収集体を配置する事だ」
「はぁ!?さっきから勝手にあたしの事を情報収集体って、馬鹿にしないでよ」
ナイフの柄を捨ててアーマーのホルスターから予備のナイフを二振り取り出し、逆手に構える。
「お前には残留記憶がほとんど無いはずだ、しかしお前が我らの創造神の御業から生み出された技術で作られたモノなのは間違いが無い。お前は仲間も連れずになぜここに来た?強烈な焦燥感に襲われて、ここに誘導されたのだよ」
その言葉を聞いて、もとかはかなり胸がムカつく感じを覚える。
それは、ザイツェフの言葉が真実である事を自分が知っているというおぼろげな記憶から来るものだと、もとかは理解をしていた。
「お前に誘導された?それにあたしには、親もいるし栗原家に生まれた一人娘…よ。適当な事を言わないで!」
焦燥そのままに、ナイフを振りかざして飛びかかる。
「ふんっ」
その刃はザイツェフの右腕に当たる前に、空中に出現した魔法の障壁に弾かれてしまう。
「やあっ!」
弾かれた反動を使って、バク転をして蹴りを放つその靴先から仕込まれた刃が出てザイツェフの喉を狙う。
「ははは、今回のお前は戦闘能力が高いな。面白い…が、もう邪魔だな」
その足をザイツェフが掴んで、そのまま振り回してもとかを積まれたコンテナに叩きつける。
「がぁっ」
崩れ落ちるもとかの首を掴み持ち上げる、そしてもとかのライトアーマーに手をかけるとそのまま下に引き裂いてしまう。
「う…。人間の力じゃない・・わね」
制服すらも破られて、下着が露出した状態に関わらずもとかが呟く。
「我々は特別だからな。まあ、おしゃべりは終わりだ」
ザイツェフの片手の拳に魔力が集まっていく、それが破壊のものなのはわかるが、酸欠に陥っているもとかは防御態勢を取れずに、それを見つめる事しか出来ない。
「お前が収集した情報は、情報を守りやすい子宮に蓄積されている。腹を裂けばお前は死ぬが、その死は次のループのスイッチに過ぎない。また、会おう…モトコ」
瞬間、ブチブチッという体内の様々なものを引きちぎる音が聞こえたのを認識した後、もとかの意識は途絶する。
「ふん、この個体がかなりのレベルの戦闘力を得るとは意外だったな。このループ周辺への調査の重要性を司教にお伝えするか」
ザイツェフは、もとかだったモノをさきほど箱から運び出した肉体と並べる。
もとかの肉体が置かれた時、見開かれたもとかのガラスのような目から一筋涙が落ちて行った。




