53 対別動隊戦
「ふふっ」
楓との通信を終えたレナから離れた瑠華は失笑を漏らしていた。
レナにくっついた形で通信機に耳を当てていたので、スピーカーから美夏と美冬の不満そうな声を聞き取っていた、その様子が面白かったのだ。
「楓お兄さんは、姉妹に好かれているのね」
人によっては家族に対しての強すぎる愛情の発露について嫌悪感を覚える者もいるが、瑠華は全く気にしない質なので楓達の雰囲気を微笑ましく感じている。
「では、どうします?姉さま」
「そうね、この場所は隠蔽には一番だけど射界(射撃できる範囲の事)が狭すぎるわ。反撃を受けるリスクを負っても楓お兄さんと第2の1番隊を支援するために移動しましょ」
「わかりました、飛行魔法を展開するので力を抜いてください。次の位置はどうします?」
すこし考えて、タブレットに前面の風景をカメラ機能で映し出す。
その一部分にポインターを当てて「ここ」とペン機能で記載する、それを見てレナは少し顔を曇らせる。
「そこは、目標位置から300メートルも無いですよ?旅団がアサルトライフルを持っていたら十分危険だと思うんですが?」
レナからすると、7.62ミリ弾を使う銃相手ではスナイパーが不利になる位置取りに見える。
「そうね、でもそれはあそこに敵の本隊が居た場合よね。この時点で1番隊が脱出できる状態って事は、少なくとも本隊はあそこに居ない。そして、連絡をうけて増援が来てるとしても合流前に倒しちゃえば大丈夫でしょ?だから、射界の広い場所で先に敵を発見して撃破する事が作戦よ」
ふふん、という風に薄い胸を張る瑠華。
「…わかりました。リスクは高いですけど、1番隊と特撃室を支援するならそれしか無さそうですね。では、行きますよっ!」
そうレナが瑠華の手を握ると、ふわっと空中に浮き30キロメートルほどのスピードで目的地に向かってレナと瑠華が飛翔する。
「周辺確認…。1番隊を確認、次は敵…」
飛行魔法の制御に集中しているレナと違い、瑠華はサブのスコープを使って空中からの情報を視覚で把握していく。
1番隊と敵拠点の方角を自分の脳に刻み込んで、射撃の準備を行っていく。
「着きました」
時間として1分程度の飛行で、瑠華達は廃墟ビルの屋上に到着する。
やや風が強く吹き付けており、瑠華はカーミラのバイポッドを収納して背嚢に銃身を委託する。
「レナちゃんは、周辺警戒。私は射撃準備をするわ。敵と思われる存在を見つけたら共有して」
そう瑠華が伏せてすぐに、レナが小さく叫ぶ。
「姉さま。東の方角からワゴン車が1台急速接近、サスペンションの動きが悪いので重量オーバーをしていると思われます」
「わかった」
すぐに背嚢とカーミラを移動させて、レナの言った方角へ銃口を向ける。
スコープにはレナの言っていたワゴン車が捉えられ、そのナンバーと特徴を確認する。
「レナちゃん、このナンバーと特徴って?」
「ええ、先日姉さまが臭気弾を撃ち込んだ車と一緒です」
「なんでそのまんま使っているの…。まあ敵のドジに感謝しましょ」
すぐに初弾を薬室に送り込んで照準を合わせる。
「こちら水月瑠華、レナのチームです。敵発見をしたので射撃開始」
通信を本部に向けて入れてからトリガーに指をかける。
『本部です。敵の詳細は?誤射は防いで下さい』
「水月レナです。敵は先日報告をした聖典旅団のワゴン車です。第2の1番隊に向かって急速接近しています」
『…わかりました。そのまま作戦を進めて下さい』
「了解」
そうレナが通信を切った瞬間、カーミラが火を噴く。轟音とともに巨大な銃弾が発射される。
すぐに銃弾がワゴン車の左部分に命中をする、対物ライフル弾を食らって普通のワゴン車が耐えられるわけが無い、一瞬で左半分が崩壊し車体が勢い良くスピンする。
そうして、裂けた車体から放り出されるボディーアーマーやヘルメットで武装をした人影。
「レナちゃん。観測よろしく。目標指定がくるまではあたしは任意で攻撃するわ」
「あのボディーアーマーは、かなり優秀な部類です。今の衝撃でも無事な者もいるでしょう」
土埃で視界が遮られている状態だが、車のスピンをした軌跡からある程度のアタリを付けた位置に双眼鏡を向けるレナ。カーミラが火を噴くごとに、それが悪化しているが外縁にいくつかのはっきりとした影が見えてくる。
「姉さま、俯角5度の付近に敵戦闘員です」
「分かった」
マガジンを交換して、瑠華は指示通りの場所に銃弾を送り込む。
スコープに何か液体が飛び散った様子が見える。その様子に少し口元をほころばせる瑠華の顔をみて、レナは一瞬ため息をつくが索敵と警戒に戻る。
「姉さま。何人か打ち漏らした模様。近接戦闘が考えられます」
「それは困るわねー。1番隊に連絡しましょ。あたし達だけでは数では不利だからね」
そう言って、周波数を1番隊に合わせて通信を入れる。
「こちら水月瑠華です。今そちらに向かっていた敵車両を破壊、数人を倒したけど打ち漏らしがこちらに向かってきている模様。対処を手伝ってくれませんか?」
『こちら1番隊だ。そちらの位置を教えてくれ、そして俺達が対応を始めたらこの敵拠点に進んでいる特殊遊撃室の支援をやってくれ』
「了解しました。あたし達はそちらから東に見えるタイル張りの廃ビルの屋上にいます。合流おねがいします」
そう通信機を切った瑠華は、カーミラを敵拠点に向けてサブアームのシグ・ザウエルを取り出して屋上の遮蔽物の影に隠れる。
レナは屋上への階段の建屋の屋根に上がり、こっちに来た敵を挟撃する形になる。
緊張に満ちた数分が過ぎた時に階下から銃声と魔法の発動音が聞こえ、HSSのボディーアーマーを着た1番隊が屋上へと現れる。
「よ!支援にきたぜ。敵は4名、全て無力化をしている」
1番隊の隊長の生徒が快活に挨拶をする。
「ありがとうですー」
「支援感謝します」
瑠華とレナが礼を言って、瑠華はすぐにカーミラを構える。
「こちらが支援できる事はありますか?」とレナ。
「ああ、銃弾がほとんど無い。9ミリ弾を持っているかな」
「はい、補給用に50発持っています。使っていただけるなら、私達は帰りが楽ですね」
そう言って、自分の背嚢から弾薬ケースを取り出して渡す。
「ヒュウ。助かる・・・。補給を終えたら俺達は敵拠点に戻って退路の確保をする、支援を頼んでもいいか?」
「はい、優先度は特殊遊撃室ですが、それでも?」
「ああ、問題ない。それじゃ、お前ら行くぞ」
そう隊長が指示を出すと、疲労の様子を少し見せていた隊員は少し皮肉を返しながら階段を下りて行く。
「行っちゃったね」
「ええ、私は観測より周辺警戒をしたいのですが、まかせていいですか?」
「うん、任されたよ。・・・っ!」
そう答えた瑠華が敵拠点の外壁が崩れたのを視認し、何かを見つけて射撃をする。
「姉さま、今のは⁉」
数秒遅れて、レナが強力な魔力の波動を検知する。
「わかんない、でも変な奴がいるみたいよ。レナちゃんはそのまま周辺警戒、あたしはあっちを狙うわ」
レナの視点からは瑠華のスカートと足しか見えないが有無を言わせない口調に頷いて、レナは双眼鏡を手に取ったのだった。




