50 特殊遊撃室出撃
「作戦開始ね」
如月家のダイニングテーブルについた美夏が、楓と美冬に宣言をする。
今日はしっかりと睡眠を取った美夏の顔色は先日よりかなり良い。
「うん、りょーかい」
そう言いながら制服の上にエプロンを着た美冬が、3人の席にハムエッグと味噌汁、ご飯を置いて行く。
「いただきます。で、今日は公欠を申請するのか?」
「神代団長から朝一の呼び出しがあるから、登校はするわよ。いつでも戦闘になっても良いように装備は整えるわよ。軍レベルの相手だから、手持ちの精神力補助用の魔石は使い切る事も考えて持っていくわ」
「マジか、せっかく貯めたのに」
「それで命が買えるならいいでしょうが。請求はきちんとHSSがギルドにしましょ」
そう言って、朝食に口を付ける美夏。
「出撃先は2カ所かぁ」
むぐむぐと朝食を片付けながら美冬が、タブレットの情報を見てぼやく。
「1つは再開発地域の中だけど、私達は入った事が無いよ?治安が悪いはずだけど」
「そこは、さっと入ってさっと出ればいいんじゃないかな。急襲をして何も無ければ良し、当たりだったら本部かギルドに報告をして増援を頼もう」
楓は全て自分達で解決しないと気が済まない、という子供にありがちな全能感とは無縁で使えるものを全て使ったうえで勝利をする事が一番だと思っている。
「ま、そう言う事。もし有力な敵と当たった時に勝てる判断が付かなかったら、撤退か防御をしつつ味方と合流するようにする事。それじゃ、準備をして学校に行くわよ」
そう美夏が立ち上がると、3人は慌ただしく登校の準備をし始めたのだった。
・・・
同日7:30、HSS本部に楓達3人は姿を現していた。
登校前に3人はいくつか準備を済ませていて、不測の事態を減らす努力をし終わったところだ。
すぐに団長室に呼ばれ、将直とマナとブリーフィングに入る、作戦の方針は決まっているので美夏が主に話を進めて敵の本拠地を発見した場合の対応と、支援を担当する捜査室についてといった細部の詰めが主になっていく。
全て終わったのが8時前、ちらほらと登校する生徒が見えてくる時間だったがギルドの作戦開始に合わせるために公休扱いにしてもらって、3人は最初の1か所目の目的地へとクロスバイクとローラーブレードで向かう。
その近くで突入前の準備をして、目的の雑居ビルを覗う。
「情報では、このビルの3階をぶち抜きで倉庫兼事務所にしているみたいよ。図面は古いけどこんな感じ」
そう美夏は図面をタブレットに表示をして楓と美冬に見せる。
「入り口は4カ所か、非常階段寄りから行くか?」
「そうね、踏み込むのは楓に任せる。あたし達は通路で警戒と支援をする。多分ブレイカーギルドが行動を起こしたら連絡が行って、連中は動くはずだから潜入作戦は捨てて制圧を目標にしましょ」
「倒した奴らは、ギルドが引き取るんだっけ」
「そう、さすがにHSSは学生の組織だからね。あたし達がこう動けているのは特例だから、回収はギルドに持ってもらうわ」
美夏の言葉に頷いて楓は口を開く。
「それじゃ、行きますか。二人とも油断するなよ」
・・・
雑居ビルの中は、かなり汚れやゴミが散乱していた。
えも言えない匂いがするので、美夏と美冬はマスクを着けて臭気を防いでいる。
楓は毒でなければ、臭気などは気にならない程度の訓練や経験を積んでいたが多少閉口していた。
生物の気配はほとんど無いが、階段やエレベーターは使われているようでその箇所だけは比較的きれいになっている。
そのまま、3人は4階まで屋内の階段を上がって行く。
取りこぼしが無いように、美夏は生命感知の魔法を使っているが4階は防御されているようだ。
「どうする?」と美冬。
「4階にかかっている魔法を撃ち消すわ、情報魔術をリンクするからその直後に美冬が感知魔法を発動して。楓は敵の脅威度が分かったら単独で行くか3人で行くかを教えて」
「「了解」」
2人が答えると、魔法のウィンドウが視覚の中に表示される。
「我が手よ魔法の障壁を打ち払いたまえ…広域魔法解除!」
「…我が目に全てを晒せ!生命感知!」
2人の魔法が続いて発動をする、まず魔法の結界と思われるものが美夏の魔法で打ち消されて効果を消滅させ、次に放たれた美冬の魔法で室内の生命反応が露わになった。
「中に3人か…それじゃ、俺だけ行ってくる」
援護位置に美夏と美冬を待機させてから、ドアノブを回すが鍵がかかっている。
無言で闇切丸を引き抜いて切れ味増加と硬化を起動して、ロックのある部分を切り裂く。
ギギッと軋んだ音をたてて外開きのドアが開いたところで、中からシュッという音を立ててクロスボウのボルトが壁に突き刺さる。
「っ!」
風切り音に反応をした楓は、半身をずらして避け中に踏み込む。
「こいつっ」
クロスボウを捨てて大型ナイフで切りかかって来る若い男の斬撃を、魔法が継続している闇切丸で受け止めて次の瞬間、ナイフの刃を粉砕する。
「なっ」
慌てる若い男の両肩、脇腹を峰打ちする。
「ぎゃっ!」
悲鳴を上げて、肋骨を折られて戦闘不能になった男が床に倒れる。
その隙を狙って、左右の荷物の影からタイミングを合わせて棒状のものが楓に襲い掛かる。
「!」
同じく闇切丸で受け止めようとした楓は、空気を焼く匂いを感じてバックステップをしてその攻撃範囲から逃れる。
物陰から現れた新手は、両方とも若い男で人相と崩れた服装を見ると、ヤクザといった反社組織の構成員だろう。
「違法改造のスタンバトンか」
そう呟いた楓に、片方の男がニヤリと笑って話しかけてくる。
「怖いかぁ?これはオーガでも一発で倒せるくらいの出力が出るんだぜ?そんな刀で対処できると思うなよ?」
その言葉が終わると共に、楓が無言で突きを放つ。
「無駄だ!」
手元にあるスイッチを押して、スタンバトンに電流を流しながら振りかぶった男の手首を、軌道を変えた闇切丸が易々と切り裂き、スタンバトンが手から零れ落ちた。
「がああああああ!」
斬られた腕を抑えつつ膝を突いて悲鳴を上げる男を無視して、楓の顔面を狙ったもう一人のスタンバトンを身を逸らして避ける。
体幹がそこまで鍛えられていないのだろう、態勢を崩した男の背中に峰打ちをお見舞いする。
「ぐぇっ」
そのまま床に叩きつけられた男が呻いて動こうとすると、剣先が目の前に突き付けられる。
「もう遅いけど。聞きたい事があるから答えろ」
自分より年下の少年にタメ口を叩かれて、怒りを込めて睨みつけるが揺らがない剣先を見てその気も萎える。
「無駄な事はせずに、俺の質問に答えろ」
その視線は少年というよりかなり冷え冷えとして、組織の上役に睨まれた時と同じような寒気を覚える。
「まず、ここは何をしているところだ?そしてお前達は何をしていた?」
「そ、それを言うと思うか?」
「話してくれないなら、勝手に調べるだけだ。話してくれたらそこに倒れている人の手当てもするし、ちゃんと救急車を呼ぶ」
それがイコール警察かブレイカーギルド行きであるという事も分かっていて、楓は平然と言っている。
既に相手が暴力という手段で応じているので、形式的な尋問が通用する事態とは思っていない。
こういう手合いには、力を誇示して口を割らせる方がいいと割り切っている。
「くそっ。俺達はここの倉庫番をしているんだよ」
「倉庫?何を仕舞っているんだ?」
「さあね、俺達は上から言われてここの番をしているだけだ。何が入っているかなんて聞いてないぜ」
「荷主は複数か単独かまでは分かるだろ?」
「それは…」
この質問は痛いところを突いたらしいが、そのまま口を堅く閉ざす。
これまでか、と楓は心を決めて通信機に向かってささやく。
「美冬、閃光を使ってくれ」
『了解』
その答えが返ってくると数秒、楓は目を閉じる。
完全な隙になるが、それに思いついて3人の男達が動く前に部屋の中に夥しい光が乱舞する。
「ま、まぶし…」
最後まで言おうとしたヤクザの男たちは、特別なパターンの光点滅で意識が飛ばされる。
光を認識する神経にオーバフローを起こさせて、気絶させる美冬の得意魔法の一つ。
「_____」
目を開けた楓は、細く呻きつつ倒れている3人をブレイカーギルド特製の鋼線入りの細いロープで拘束し、その目にはガムテープを張り付けて視界も奪う。
「内部クリア。二人とも入ってくれ、美冬は怪我人の応急処置、止血だけでいい」
『了解』
10秒もせずに3人が揃う。改めて部屋を見渡すとかなり広く20m×60m程度の広さで10m×10m程度の事務スペース以外は、天井までの高さの棚が所狭しと置いてあり、それらには荷物が積まれている。
「美夏、そこのPCは探れそうか?」
モニターがつけっぱなしのPCを指差す。
「うーん、パスワードが掛かっているから時間がかかりそうね。解析は本部に頼んで、荷物の調査をしたほうがいいわ」
「分かった、手分けしてやろう」
「はーい」と美冬も答える。
それを聞きながら楓は部屋の中から見つけた、長バールを手に怪しそうな木箱の開封を始めたのだった。




