48 その夜の如月家にて
暑いでござる。
「はあ、どうしようかしらね」
Tシャツにスウェットのパンツを身に着けた美夏が、リビングのテーブルの前で色々と考えを巡らせていた。
風呂から上がりたてのため、頭にはタオルを巻いて自分用のPCの画面を見つめている。
そこには、将直とHSS本部からの情報が表示されている。HSS本部からの情報は、今日の戦闘詳報であり多くの団員が見られるものだが、将直からの情報は公開範囲が限られている。
「これは、信頼されているって事かしらね」
そう呟いたあと自宅でしか掛けないノンフレームの眼鏡をかけて、もう一度情報を見直す。
「本日の戦闘詳報:大規模戦闘について。撃破をした来訪者は大中小を合わせて100以上。大型はサイクロプスを含んだ10体程度・・・。HSSの被害は、重傷が3名、中程度が15名、軽傷が20名で中程度のほとんどが治療済みね。この規模が地元に出たら、厄介だろうけどここは軍の支援が無くても学生とブレイカーだけでやれているのね」
マウスをクリックすると、HSS、ブレイカー、来訪者の動きが図で表示されていく。
「ふーむ」
しかし、すぐにそれを止めて一番の重要な将直からの情報を開く。
そこには、美夏達と戦う可能性があった来訪者の規模と、それを倒した武装集団の予想される武装、そしてその武装集団の目的が記されていた。
「エルフの妊婦の…拉致…っ!?」
それを見た瞬間、心の中にゴウッという音を立てて怨嗟の炎が吹き上がる。
エルフがこの世界に出現し、その差別された状態を変える契機になった事件があった。
それは、ドイツ連邦のシャイネン化粧品会社に治安部隊が踏み込んだ時に夥しいエルフ、エルフの胎児、赤子の死体の山が見つかった事件…当局は緘口令を敷いたがすぐにリークされエルフ差別主義者の傲慢で残酷な正体に世界の多くの国は震撼した。
その目的は、長寿の種族と呼ばれるエルフを分析をして永遠の美を求める富裕層への特殊な化粧品やサプリメントの供給、さらに老いを無くした新人類を生み出そうと人類との交配実験など、残虐な事が行われていた。
もちろん、日本でもその会社の日本法人があり警察特殊部隊が踏み込んだ時には、ほとんどの死体は焼却されていたが、同じことが起きていた事が分かった。
これを機にエルフ、そして魔法使いへの差別意識は先進国では減少したが、種族がエルフである人々には当事者でなくても無視できない事件として記憶に刻まれている。
「状況を考えると、同じことを考えているか。エルフの不老性に何かの利用価値を見出したというわけか」
心を落ち着けて、将直からの続きの文章を見る。
『HSSはエルフ居住区の防衛を厚めにする事に決めた、今晩から第3捜査室を中心にシフトを組んで防衛に当たる。特殊遊撃室には第二捜査室、ブレイカーとの共同作戦で武装集団…聖典旅団の本拠地と思われる箇所の捜索をして、手がかりをつかんでくれ』と書いてある。
「…ふー…」
すっかりと冷め切った紅茶を口にし、自分達がどのように動くかを考えて行く。
美夏、楓、美冬の姉弟の中で戦略を決めるのは美夏の役割だ、楓は戦術的なセンスは高いが戦略を考えるのはまだ美夏には及ばない。
美冬はどっちに特性があるか分からないので、美夏が両方を教えている状態。
「リソースではっきりとしているのは、私達と第二捜査室。ブレイカーはどのランクが出てくるかはわからないから今は要素に入れにくい。プラス要因は、捜索をする場所が絞られている事だ。
「美夏ねぇ。お疲れ様」
湯気を上げているティーカップが差し出される。
入浴していた美冬が気を利かせて、紅茶を淹れなおしてくれたのだ。
「ありがと」
「ううん、いつも任せちゃってごめんね」
「いいのよ。これは私の役割だから」
「うん。それで、方針は決まったの?」
「そおねぇ。楓にも同じ事を言うけどあの子は修行しに屋上だしね」
「どうも何かに入れ込んでいるみたいで、まだ帰ってこないのよ」
視線を上に向けながら美冬がぼやく。
「なにか集中しているみたいだから、今日は邪魔しないでおきましょ。それで、これからの方針は団長からの連絡にあったように聖典旅団の拠点の捜索。出来たら壊滅を目指すわ」
「うん、わかった。でも壊滅?」
「あの連中が、私達に接触をしてから数日だけど、それはあたし達に敵意があるものなのが分かったわ。そうなると、平和に暮らすには壊滅させるしかない。捜索をして、敵の規模が分かって潰せそうだったらやるわよ」
ちら、と美夏は厳重に封をされた戸棚を見る。その視線の意味を分かった美冬が少し楽しそうに笑う。
「久しぶりの予算度外視作戦?」
「そうね、しばらくちょっと制限をかけていたから…ね」
いたずらっぽい口調で肩をすくめるその仕草に、美冬がコロコロと笑う。
「楓にぃはちょっと渋い顔をするかもだけどね」
そう言って、エルフと魔法使いの少女は顔を見合わせて笑いあう。
「ただ、美冬のアレが必要になるかも知れない。嫌だったら任務の辞退もするわよ?」
「ううん、私の事は気にしないで。アレが必要になったら」
美冬は数秒間、自分の持つティーカップに視線を落として少し体を震わせた後。
「美夏ねぇと楓にぃが絶対に助けてくれるから。大丈夫よ」
「ん、分かった。それじゃあ…まずは聖典旅団の先兵を倒しましょ」
この決断が、世界中に根を張っていた宗教教団の崩壊の一歩になる事を今は誰も知らなかった。
キャラが増えたので、徐々にその情報も載せていきます。




