45 ブレイカーギルドに向かう途中にて
放課後、楓は教室を出ながら端末を確認していた。
本部からの指示は特に無いので、予定通り姉と妹と合流をしようと思っていたところ後ろから女子生徒の声がして振り返る。
「楓君、ちょっといいかな」
そこには、楓と同じく帰り支度をしていた小鳥遊ちせとアリシア・フォッシ、梶大雅、ラーニャ・アウルといったここ数日で仲良くなったクラスメイトが居た。
「ああ、皆で揃ってなんだ?」
「うん、ラーニャがブレイカーに興味があって岩戸市支部のギルドに行くんだけど。楓君も一緒にどうかなと思って」
「お疲れだと思うのですが、お願いできる?」とラーニャ。
「お、それはちょうどいいな。俺達もギルドに顔を出そうと思っていたんだ。姉と妹と一緒になるのに問題なければいいよ」
そう答えると、緊張気味だったラーニャの顔がパッと明るくなる。
「あ、ありがとう!それじゃ、皆で行こ?」
そうラーニャがクラスメイト達に振り向くとそれそれが頷く。
「それじゃ、行こうか」
「うん、お姉さん達を待たせるといけないからね。皆すぐ行くわよ」
どうやら、アリシアがこのグループを引っ張る役割のようだ、それを興味深く思いながら一同は美夏と美冬と合流をする。
「あれ、楓にぃ。クラスメイトさんも一緒なの?」
集合場所で、学校の端末を見ていた美冬が少し驚いた風で話しかけてくる。
画面には今日出られなかった授業のまとめが表示されていて、自主的に補習をしたようだ。
HSSの活動で授業に行けなくても、デジタル技術で生徒をカバーしている宝翔学園の特性ともいえる。
「やっほー、美冬ちゃん。今日は一緒させてもらうけどいいかな?」
「へっ!?あ、はい」
「急に砕けた風に話しかけないでくれ、妹が困っている」
テンションが高いアリシアを、手で抑えるジェスチャーをしながら楓が言う。
「楓にぃ、クラスメイト達と途中まで帰るの?」
ブレイカーギルドは市街地の中心にあるが、岩戸市駅はそこから少し外れた箇所にあるのでそこまでは一緒に行くと美冬は思ったらしい。
「いや、アーニャがブレイカーに興味があるから大雅達とギルドに一緒行くんだ。いいか?」
「うん、あたしも美夏ねぇも大丈夫だと思うよ」
そう話していると、長い耳をゆらゆらとさせながら歩いて来た美夏が合流する。
何か恐縮している風のアリシア達の言葉を聞いた美夏は、笑顔で同行を了解したのだった。
岩戸市のブレイカーギルドは、宝翔学園から徒歩で20分くらいの場所にある、電車組のアーニャ、ちせ、大雅は自転車を持っていないので、一同はおしゃべりをしながらギルドへ向かっていた。
「あの、ギルドの質問をしていい・・・ですか?」
と、アリシアがおずおずと言った風で楓に話しかける。
入学してから打ち解けている中ではあるが、今日は美夏と美冬がいるので生来の人見知りがまた目覚めてしまったようだ。
「ああ、何でもというわけじゃないけど、知っている限りは答えるよ」
楓がそれとなく美夏に視線を向けると、少し左の眉を上げた表情を見せる。
これは兄妹で決めているサインの一つで「警戒は任せない」という意味。
「色々あるんですけど。ブレイカーって色々なランクがありますよね、何故ですか?」
「まあ、最初は気になるよね。…ブレイカーには一番下のGランクからAランク。そしてそれ以上のランクでS、SS、SSSまでがあるんだ。S以上はいわゆる英雄と呼ばれる人が持つランクだから今は置いておく。何故、そこまでランク分けがあるのかだけど簡単に言うとブレイカーが組織された時にランク分けの幅が少なかったから、殉職者が多かったという事情があるんだよ」
「ええ、それは聞いていますけど。そんなにだったのですか?」
「残念ながら、ね。同時多発的に起きる来訪者の襲撃に公的な武装集団の自衛軍、警察が対応しきれなかった事が多かった。その被害を減らすためにHSSの活動を見た民間企業などが協力をして民間軍事組織を作った事がブレイカーギルドの最初なんだ。民間だから最初は手探りの面が多かったけど、当時の世界情勢はどこも戦力が必要な状態だったんだ。だからある程度戦闘力があると判断したブレイカーが戦いに投じられた。その結果、不十分な戦闘力のブレイカーの犠牲者が増えて行った」
「酷い・・・」
アリシアは顔色を失っているが、ブレイカーとして訓練を定期的に受けている面々は先輩ブレイカーから何度も聞かされている事なので、それほどの動揺は無い。
「犠牲者が1000人を超えた段階で、ブレイカーギルドはランク分けの改善とランクアップの基準を厳しくしたんだ。それで犠牲者は減って行き、今の状態になる」
「なるほど、そんな事があったのですね」
「ただ、それには軍事組織や一般人からも反発があってね」
と苦笑をする楓。
「反発、ですが?犠牲者を減らす事で組織を改善するのは当然だと思います」
「まあ、それが普通の感想だと思うんだけど。ブレイカーギルドはその基準で戦う事になったから、以前に比べると勇敢さが無くなったと言われたんだよ。軍も警察も便利にブレイカーギルドを使おうとしていたんじゃないかな」
「今の規模のブレイカーギルドにも、そんな過去があるのですね・・・」
「そうだね、あまり関わりの無い人にとっては知らない事なのはしょうがないと思う」
「ま、ワタシも死ぬためにギルドに入ったわけじゃないから。今のランク付けには感謝しているカナ」
と、ラーニャも話に加わる。
「それよか、アリシアはどんな方向のブレイカーになるんだ?方向性を決めておいた方が伸びが違うぜ」
ちょっと先輩風を吹かした風の大雅、それにすかさず突っ込むちせ。
「えー。そんな事言ってる大雅も『あーなんか、どこ目指せばいいかわかんねー!』って教室で待機していた時に頭抱えてたじゃない」
と小鳥遊ちせが軽く握った拳をこつん、と大雅にぶつける。
「だー!それ言うなよ。俺もブレイカーになりたいけど戦闘スタイルがわかんねーんだよ」
わなわなと両手を動かして抗議の声を上げる大雅。
「そうかなのか?俺から見ると大雅は打撃系が合っていると思うんだが?」
そう楓が素直な感想を言う。
「うう・・・俺は剣を使いたいんだよ」
ウソ泣きをしながら大雅が言う、結構うざいかもしれない。
「んーと、ちょっと意見いいかな。自分の求める戦闘スタイルと素質ってズレる事は結構あるのよ。ずっと続けてある程度のレベルに行く場合とそうじゃない場合もあるけど・・・。それまでに死ななければ、という条件はあるわよ」
少し聞き逃せない事があったのだろう、美夏が口を挟む。
「美夏ねぇ?」
「ま、私が言えることはこれくらいだけど。身に合わない戦闘スタイルを求めた場合、自分だけじゃなく周囲も被害を受ける場合がある、それだけは思っておいてね」
すっと目を細めて、美夏は大雅を見つめる。その場にいた全員は等しく、空気が少し張り詰めた事を感じていた。
「っと、厳しい事言ってごめんね。アリシアさんもまだ聞きたい事があるんじゃない?」
「そうですね、それではランクごとに求められる技術?経験?について聞かせてくれないかな?」
やや早口になっているのは、その空気を早く払いたいものあったのだろう。
アリシアが再び質問を口にする、ギルドまではあと半分の距離だが説明する時間はあるだろう。
そう楓が思っていると、美冬が回答役をするようだ。
「それについては、あたしが答えるネ。Gランクはギルドの基礎訓練を受けた状態かな、Fランクは小型のゴブリンを複数で倒せるくらい、Eランクは一人で小型来訪者に“確実に”勝てるくらいの腕が必要ネ。次のEランクは複数で中型来訪者を倒せる、部隊行動が出来るってなっているわ」
「それは、あくまで目安なのですか?」
「ある程度は定量化されている。功績や明らかにそのランクに居るのが惜しい場合は飛びランクをする場合もあるかナ。でもね、腕だけじゃいけないのよ」
「それは?」
そう問われた美冬は、自分の胸のあたりを親指で軽くとんとんと叩く。
「ココロよ。ランクに合ったきちんとした常識、品性などを持たない人はランクを上げられないのヨ。いくら戦闘力があっても、それだけの乱暴者はブレイカーとして不適格だしね」
「なるほど、しっかりしているんですね」
「へえ、俺もそこまでは知らなかったな。ためになるぜ」
「ある意味、暴力にリソースを割り振っている組織の方が強いかもしれないけど、ただの暴力集団になったら他のおかしい組織とは別になっちゃうしネ。もし、昇級時にそういう人がすり抜けても、どこかでボロがでちゃうのが実戦だから。まあ、そこまで粗野な人はいないと思うワ」
そこまで言って、言葉を切る美冬。
喉が渇いたのだろう、カバンからペットボトルを取り出して口を付ける。
「あとは、ギルドで説明を受けたりすれば詳しくわかると思うよ」
そう楓が指を指した先に、ブレイカーギルド岩戸市支部の中層ビルが見えてきたのだった。




