42 主戦場にて
楓達が神鎮の森の奥へ進んでいた頃、HSSの各隊と自警団ブレイカーギルドには本部からの作戦が伝えられていた、来訪者が多く出現をして主戦場となっている場所を包囲をして、宝翔学園方面の防衛部隊を徐々に下げて宝翔学園の正門付近に誘因するという作戦。
市街地の被害を避けたい自警団(大体が市民)と宝翔学園の防御力を把握しているブレイカーギルドはその作戦に了解の意思を示している。
自警団が薄い戦線には、学園から出撃した部隊が支援に行き包囲網の破れを防いでいる。
HSSが対応しにくい箇所には、ブレイカーがカバーをしている。
飛び地に出現をした来訪者に対しては、30名からなる空挺部隊が小隊単位で攻撃を仕掛けていく。
「将直、今のところ敵の誘因は大丈夫そう」
タブレットを見ていたマナが将直にそう報告をする。
「損害はどうだ?」
「HSSからは軽傷が6名、自警団は重傷1名、中程度が10人、軽傷は多数。ブレイカーからは被害情報無し」
「自警団には、HSSに前線を任せるように伝えよう。ブレイカーギルドはさすがだな、上手く足並みをそろえて包囲網を狭めてきてくれている」
「わかりました」
マナは通信機に将直からの指示を伝えてから、周囲の直掩の団員の緊張している様子を心配そうに見つめる。
その視線に気が付いて、将直が彼らを振り返る。
将直、マナの直掩にいるのは前線で敵を追い込んでいる団員とは違い、実戦経験が少なかったり、未体験の者…いわゆる新入りの多くがその担当になっていた。
彼ら彼女らはら3人1組の小隊に分けていて、その部隊数は10部隊。
それぞれの小隊は、3人の中から小隊長を1人出す事で戦術単位としている。
呼び名は簡単に1番隊~10番隊という呼び方で直接の指揮官が将直になっている。
通常であれば、指揮官を守るのは精強な人員が充てられるがHSSではその定石にはあてはまらない。
神代将直が団長に就任した当時は、5人1組の小隊で構成を構成していた。
それを将直が今の体制に変えた理由はいくつかあるが、その1つは成人もしていない少年少女に負担をかけない事だと説明されている。
将直に言わせると「俺達はまだ子供だ、それが生き死にの現場に立って戦うんだ。もちろん部隊の人員が怪我をしたり命を失う事もあるだろう。それを1人の小隊長に負担させたら壊れちまうよ」。
そう、説明を聞いたマナはすっと心の中にその言葉が納得という形で落ちたのを覚えている。
そしてこうも言っていた。
「本当は、こういう事は責任のある大人がやるもんだけどさ。どうもそれを俺達に押し付ける事が習慣になっている国なのは残念だ。やるしか無いなら今ある力を使って、大人達を巻き込んでやればいいんじゃないかな。だから、俺はここで戦うと決めた」
そうして、将直はこの2年ずっとそれを守って来た。その言葉を聞いたからマナ自身がその理想を守るためにここに居る。
「皆に告げる。予定ではあと20分程度でここに敵が雪崩れ込む。確認されているのは大型、中型来訪者は少なくとも30、小型のゴブリンなどは200を数えるはずだ」
その言葉にマナは我に返る、そして驚愕と恐怖の表情が直掩の団員に広がっていくのを感じ取る。
「だが、心配はいらない。そいつらは包囲部隊の活躍で大小の傷を負っている。そして、皆の前に居るのはHSS最強と言われる俺と副団長だ。多くは俺達が受け持つ、皆に頼みたい事はたった一つ」
すっと人差し指を立てて直掩部隊に見せる。自然と視線がその指に集まって行く。
「俺達が打ち漏らした敵を見つけ、倒してくれ。ここを抜けられると学園に入り込んでしまう。HSSとして気張ってくれ。以上」
そう言っても、まだ恐怖や不安の靄があたりを覆っている。
しかし、それには将直もマナも慣れっこだった。この戦闘が終わった時、自分達がなんで直掩に配置されたかを理解する団員は何人いるだろう?
その数によって、この先のHSSの動きも変わって来るはずだ。だから、なるべく多くの団員に気が付いて欲しいとマナは思っていた。
少しして、学園にほど近いところからゴブリンの耳障りな声やコボルドの唸り声、それに交じって大型の足音などが響いて来る。
「各員、タブレットを確認しろ。敵の位置と作戦をもう一度確認、それが終わったら自分の武器の確認をしておけよ。あとアーマーをちゃんと装備出来ているかも確認」
そう将直は腰に下げていた大太刀を引き抜いた。これは太刀より長い刀で刃の部分は1.4mもある異形の刀と言っていい。サブアームは50cmの脇差で、アーマーは団長専用のパワーアシスト付きの魔導鎧を装着している。
さらに左腕に透明な硬化樹脂製の中型(40cm×50cm)の盾をくくりつけている。
「そろそろ、行きます?」とマナが杖型MLPを構える。
「そうだな」
「レーダー班からの情報だと、今回は対魔法タイプが多めみたいです。照準のために私は一度ピンを打ちます」
「ああ、それで大規模破壊魔法をぶつけてくれ。そうしたら俺が切り込む」
「いつものですね」
「ああ、いつものだ」
そう答えて直掩部隊に振り向く。
「聞け、俺達はまもなく戦闘に入る。漏れた敵を倒す時は、いくら弱っていても1匹に対しては2人、2匹に対しては4人と絶対に数の優位を持ってあたってくれ。訓練と一緒の事をすれば大丈夫だ。生き残れよ!」
そう言い終わると同時に、マナが詠唱をして空に浮かびあがる。
20メートルほどの上空から、強力なピンを放つ、それに呼応したのか正門から来訪者の群れが雪崩れ込んでくる。
先程まで、狭いとは言っても幅20メートルほどの通りに押し込められていた来訪者達は、一気に視界が広がった学園の広場に到達した瞬間、鬱憤を晴らすかのように叫び声を上げて、将直達の方へ狂ったように向かってくる。
「万物の始原の力よ、万能を司る力よ…魔を打ち滅ぼす光の矢となれっ!」
呪文の詠唱が進んでいくと、周囲の者にもはっきりと感じられるように魔素がマナの周囲に集まって行く、魔法の素養がある者には細かい粒子が光りながらマナの周囲に超高密度の状態で安定している事がわかるだろう。
そして、杖を静かに敵の群れに向ける。
「バスターボルトッ!」
短い呪文がマナの唇から紡ぎ出された瞬間、無数の光の矢が敵の群れに突き刺さって行く。
扇状に広がった敵部隊の目掛けて赤い光の矢が飛び込んでいく、着弾と同時に小爆発が起きて来訪者達を混乱と流血の渦に巻き込んでいく、だがほとんど影響を受けずに突破してくる者もいる。
対魔法属性を持つ個体達だ。
これが一時期流行った魔法万能主義を打ち破る、来訪者のもつ特性の一つだった。
次に学園の屋上に伏せていた銃持ちの団員の支援射撃が、生き残った敵のうち戦闘力を残していた者に集中していく。
とはいえ、銃持ちの数は限られているのでそれを抜けてくるオーガ、ミノタウルス、トロルといった強敵が数で攻め寄ってくる。
「誘因射撃1式!」
将直が指示を出すと支援射撃が、来訪者の群れの左右に向けて集中する。
中央部分に敵が集まるその先に、将直が魔剣「屠龍」を抜き放って中段の構えを取っている。
「はあぁっ!!」
オーガ、ミノタウルスが振り下ろした棍棒、バトルアックスが横薙ぎに振るわれた屠龍に振れた瞬間、真っ二つになって行く。
武器を失い、リーチが一気に詰まった状態のミノタウルスの腹を深く切り裂き、そのままの勢いでオーガを切って捨ていく。
左右で絶命したオーガ達に目もくれずに次のトロル、オーガへと肉薄する将直。
袈裟懸けに切り込む魔剣を受け止めようとしたミノタウルスの大剣が半ばから粉砕され、そのまま胴を切り裂かれて絶命していく。
振り切った態勢の将直に、怪力と再生能力に長けているトロルが飛びかかって行くが、新たな魔法の矢が突き刺さり、その動きを鈍らせる。
「エンハンスブレイド!」
その隙に魔剣を起動し、魔法の刃を刀身から伸ばすと一気に左右に振り切る。
元々の刀身に加え、数秒の間4メートルの長さになった刃の風に多くの来訪者が真っ二つに切り裂かれていくが、トロルは即座に回復を始めている。
それを見た将直が今一度叫ぶ。
「ブレイク!!!」
瞬間、魔剣の傷から送り込まれた魔力が爆発しトロルを襲う。
肉の焼けるキツい匂いが立ち込める中、トロル達は傷口から身体が崩壊していく。
この時点で、報告にあった大型の来訪者のほとんどが命を失っているが、動きを止めずに残っているオーガとトロルの残りに向かって低い姿勢で走り寄る。
将直の足を狙って、水平に薙いで来た大剣の腹に屠龍を振り下ろしてアスファルトに叩きつける。
もう一度、屠龍を振り上げてその両腕を半ばから切り割る。
「ヒギャァァァ!・・・ッ」
苦鳴がすぐに将直の振るった屠龍に首を断ち切られて止まる。
「頃合いですね。1番隊~10番隊は残敵の掃討にかかって下さい。各小隊長は無理そうだと思ったら私のほうへ引き寄せしていいですから」
掃討戦に移れる状況になっている事を、慎重に判断をしていたマナが指示を出す。
「真なるエーテルよ、勇士達に守りの障壁を与えたまえ!アンチマテリアルシールド!」
動き始めている団員達の前面に、うっすらと見える六角形を組み合わせた障壁が生じる。
一気に30人へと支援魔法を使ったマナだが、その表情にはほとんど疲れが見えないのを、感嘆と少しの畏れを感じながら、直掩の団員が傷ついているゴブリン達へと向かって行く。
数体の生き残りのオーガを相手にしていた将直は、団員の動きに注視しつつオーガ達の足や腕を切りつけて戦闘力を削り、止めを刺すという方法で追いつめていく。
『団長、来訪者部隊は壊滅しました。各戦域では掃討戦に移行中』
そう本部のレーダー班から連絡を受けた時、将直は後方に居て攻撃魔法を撃ってきていたゴブリンソーサラーの一団を壊滅させたところだった。
「ふう」
そうして後方を見ると、新人達が苦労してゴブリンを殲滅している事を視認する。
怪我をしたり、返り血で汚れきっている者も多数いるが死者はいないようだ。
「こちら団長、了解した。これからおおざっぱに魔石や遺棄物の回収に入る。今回はかなりの数だから処理業者が入るから誤認しないように。また怪我人については救護班を組織してくれ、以上」
そう、敵を殲滅させた後も仕事が残っている。
来訪者の身体から発見される換金可能な魔石、遺棄された武器や鎧も魔法が付与されているものがあれば換金もできるし、重要な戦力として調整できる。
HSSは国や自治体の補助金があっても予算に余裕がないので、戦闘後の遺棄物の回収は重要な収益の柱になっている。
もちろん、戦闘を担った部隊は休息を入れるが回収作業には途中から加わる。
回収専門部隊を作ろうにも、戦闘力を重視する風潮ではそういった部隊への有形無形の差別意識が生まれてしまうので、実行には移せていない。
その一方で、それらの回収をメインにした民間業者が居るので懇意にしている数社に宝翔学園では、処理を委託している。
処理業者が作業をしている間、HSSや教職員は魔石以外に来訪者の体組織などから使えそうなものを回収するといった役割分担をしている。
来訪者の中にもあまり数が居ないものや、新種の個体がいれば研究のために学園内や国の機関に送って分析などをする事もある。
それは来訪者という、今まで地球上に居なかった存在への対抗策を探るうえでも重要な作業である。
「将直、お疲れ様」
指示を各所に飛ばしていた将直の傍に、ふわっと空からマナが舞い降りる。
着地の時に少し乱れた銀髪を手櫛で整えながら。
「何か気になった事でもあった?」
「ああ、損害が気になる。この戦線に死者は居なさそうだがな。少し休んだら回収に入るぞ」
屠龍を鞘に収めずに周囲の気配を探っている将直はマナに言う。
「そうね、でも1件面倒ごとが入っているわ。もとかさんからよ、エルフ居住区付近で怪しい行動をしていた聖典旅団の生徒と関係者を確保。その他に数名逃走よ」
「逃走?もとかがミスったのか?」
「どうやら、一番危ない連中は先に離脱をしていて、小暮君を拘束しようとしたら軍用のフラッシュグレネードを使われて逃走されたみたいよ。近くに使い魔のスルーシが居るから、私の目として接近させているわ」
「一番危ないというのは?」
「ええ、森のD―3にある広場で多数の来訪者が撃破されているのを、もとかさんと特撃室が発見。それらには銃や榴弾と思われる痕跡があったそうよ。それで、その集団はエルフ居住区に向かっていたらしいんだけど、如月美夏さんのディスペルで偽装を破られて逃走したみたい」
「銃持ちの連中がいる可能性があるわけか。追跡は出来ているか?」
「水月レナさんが追跡中、瑠華さんがそのフォローに入っているけど無理はしないように私から指示を出したわ」
「ああ、それで間違いない。本部から俺の名前で所轄の警察、ブレイカーギルドに情報を送っておいてくれ。俺達は、拘束した旅団を取り調べるからマナも同席してくれ。ここの引継ぎはティスと佐原に頼もう」
ブンッと屠龍を振り、刀身についた体液を払ってから鞘に収める。
「本部、こちら神代。これから取り調べのためそっちに戻る。回収の指揮はティス、佐原よろしく」
そう通信機に話した後、将直とマナは本部へと歩き始めたのだった。




