41 スニーキングミッションと逆襲
もとか達のやや斜め後ろを隠れながら進んでいる楓は、息苦しさを覚えていた。
これは物理的なものでは無く、精神的なものだと分かっている。
目の前の状況に集中しなくてはいけないと分かっていても、楓の脳裏に子供の時の苛烈な訓練の情景が蘇って来た。
スモークで視線が通りにくい市街地を模した訓練場の中、8歳の楓は刃引きされたコンバットナイフと実弾発射能力の無いシグ・ザウエルP220を手に進んでいた。
通りの遮蔽物から遮蔽物伝いに移動をしている楓の額には、びっしりと汗が浮いている。
視線が通らないストレスと、敵が潜んでいる状況は時間と共に楓の集中力、精神をゴリゴリと削って行った。
ある曲がり角から路地に入った瞬間、首にワイヤーが巻き付きそのまま吊り下げられてしまう。
とっさにナイフの柄をワイヤーにかませようとするが、間に合わなかった。
血流が止まり、カッと頭に灼熱感を覚えた後に地面に乱暴に転がされる。
「これで今日は5回死んだな。楓、それは美夏をそれだけ死の危険に晒したと同じなんだぞ?」
咳き込みながら、空気を貪っている楓の頭上から冷たい声が降って来る。
いつも飄々とした雰囲気の欠片も無い、父の蒼大の声だった。
「おいっ。如月少佐!子供にそこまで厳しくする事は無いだろう!?」
一緒に訓練をしていた自衛軍の父の部下が抗議の声を上げる。
「お前は強くならないといけない、美夏も美冬の事も────」
その声が急激に消えて行く。
(マスター!どうした!)
「っ!」
闇切丸の声で楓は一気に現実に帰る、目の前にはあの訓練所ではなく神鎮の森の藪が広がっている。
「ふぅ」
どうやら、もとかやこの先にいる集団にも気が付かれていないようだ。
過去のフラッシュバックで額に浮かんだ冷や汗をぬぐい、隠形を維持して藪の中を進んで行く。
そう進んでいると、左の方向から複数の声が聞こえて来たので姿勢を匍匐前進にして声がはっきりと聞こえる位置に移動をする。
念を入れて至近に気配を感じた所で、藪を視界を遮るカーテンにしながらその先を覗き込む。
(あいつは、三上圭と言ったっけ)
そこに居たのは、入学してからすぐに接触をしてきた聖典旅団の司祭従卒という妙な肩書を持つ男子生徒だった。
今は宝翔学園の制服ではなく、白を基調にした西洋の神官服のようなものを着て、鞘に収めた剣を装備している。
そして、もう一人顔も知らない男子生徒が一緒に居て何やら小声で話をしていた。
(何をするか分からないが、怪我をしないように取り押さえるか。怪しい事をしていた事も確かだし、俺達の印象は最悪だよな)
かなり雑な意思決定をするが、状況から目の前の2人は良くない事をやろうとしているのは確かだと思う。
彼我の距離は5メートルになっている、楓はサブアームの灼光の鯉口を切る。
この刀は、感知魔法を所持者が行使できる魔剣として鑑定されている。
しかし、現在の対来訪者戦では威力を重視する傾向が高いためこういった補助的な魔剣は重用されず生産もされる事も少なく、発見数も少ない状態という不人気な種類になってしまっている。
楓は自分の特殊能力で、自分の周囲約30メートル以内という制限はあるものの灼光を使っている間は感知魔法が使える状態になっていた。
(ブレード・オン)
キーワードを思念で送ると、灼光がブルっと身震いをした後に励起した事がわかる。
三上達の周囲には新たな生物反応は無いようだ、今はそれが分かればいい。
そして聖典旅団の2人がその場から移動を始めようと、もとか達の方向から逆に踵を返すところだった。
「っ」
しかしその足は、音も無く首に突き付けられた刃によって止められてしまう。
楓は匍匐の状態から、立ち上がると同時に三上へと下から刃を突き上げた姿勢になっていた。
そして2人を睨みつける。
「お、おま…」
そう三上が声を上げたところに、
「動くな、喋るな。武装を解除して指示に従え」
有無を言わせない口調で楓が言う。
「…」
「武装解除をしない場合は、敵と見なして対処する」
「わかった」
ガシャッ、ガシャンと音を立てて三上ともう一人の少年の剣が鞘ごと地面に落ちる。
「そのまま、両手を上げてこの道を進め。聞きたい事がたくさんある」
油断なく刃を突き付けながら、2人が動くまで視線を固定する楓。
視線をあちこちに向けて、抵抗を見せようとした三上に、
「俺は魔剣使いだ、この刀が普通の刀じゃないって事だよ。だったら、抵抗したらどうなるかわかるな?」
魔剣と言っても様々な効果を持つが、それを知らない場合は対処もなかなか出来ない。
看破されたら困るが、刃を突き付けられた状態でそれが出来る者は少ない。
それで三上の抵抗の意思がかなり折られたようだった。
「僕たちが何をしたんだって言うんだ?」
「黙って進め。お前もだ」
減らず口を叩く三上に対して、もう1人の少年は顔面を蒼白にして何も言えないようだ。
その2人を連れて、もとか達に合流できたのはその数分後の事だった。
「おかえり、楓君」
緊張感があまり無い風で、手を振って来るもとかに視線を向けて口を開く。
「もとか先輩、この先で怪しい動きをしていた2人を連れてきました、それで先輩達の前にいる3人組は誰なんですか?」
そう背後から声を掛けられて、振り向いた男子生徒は楓が数日前に会ったばかりの小暮だった。
三上と同じような服装をしているから、同じ穴の狢だろう。
「センパイ、こんな所に居るなんてどう言う事ですか?」
「ああ、楓君。それはあたしが今聞いていたところなのよ、でもはぐらかされてね。小暮先輩、この森に居るのは先輩達3人って言っていましたよね?奥から楓君が連れて来た2人がいるんですけど?それも1人はウチの生徒じゃなですね」
そう当てこすられた小暮の顔が紅潮をして、もとかへと振り向く。
「いや、彼らの事は私は知らない。無関係だ」
「そんな一緒の恰好をして、それは通りませんよ。そろそろ観念してくれませんか?この近くで壊滅していた多数の来訪者について何も知らない。エルフ居住区へは救援に向かったと言っていますが、同行者の事も嘘をついていた。もちろん、同行者の数は合わないのでHSSとしては看過出来ないですよ」
「我々は来訪者の襲撃に備えなくてはいけない、君達もそうする事が一番重要だろう?ここはお互いに役目を果たそうじゃないか」
抜け抜けと主張する小暮をじっと見ていたもとかは、軽くため息をつく。
「この周辺の来訪者の対応のほとんどは、強力な戦闘力をもつ何者かがやってくれました。これ以上の警戒より不審な事をしていた人物の拘束の方が、今は優先事項ですね。外部から人を引き込んで何をするつもりだったのか、事情を聞かせてもらいますよ」
「拘束する?法的な根拠も権限も無い君達にそんな事が出来るわけが無い。何をするつもりだったのか?そもそも証拠も無いだろう」
畳みかけるようなもとかの言葉に対して、法的な側面から抗弁する小暮。
「ふーん、法的根拠ならあるわよ。HSSが地元警察やブレイカーギルドから逮捕権を付与されている事は知らなかったの?エルフ居住区付近に不審な集団が居ると言う事を、警察もブレイカーギルドも許すわけないでしょ。既にウチのレーダーや感知魔法使いがあなた達が何かをしようとしていた事は捉えている。妨害の魔法はもう解除されているのよ」
「なんだと?」
「それを知らされていなかったなんて、体のいい囮にされたのかしらね。自分達で武装解除できなければ、ここからは強制的にやるわよ」
さすがにしびれを切らした様子のもとかが一歩足を踏み出す。
「くっ…防げ!」
そう小暮が命じると、その左側に居た聖典旅団の構成員が、神官服の袖からコロンと、棒状のものを地面に落とす。
不審な動きを察知した加藤が、もとかを庇う姿勢を取り藤原が小暮達に剣を構えて突撃する。
音はしなかったが、カッという擬音を感じるような凄まじい閃光がその場に居た者達の網膜を灼く。
もとか達が一時的に視覚を失う状態に陥れたのは、軍用の閃光グレネードのようだ、楓は不審な動きを見た瞬間目を閉じたので、その閃光を1秒程度見てしまったが視覚の影響は少ない。
視界がエメラルド色に染まっているが、効果時間いっぱい目をつむって耐えると同時に灼光を左右に大振りに振るう。
「ぎゃっ!」
「ぐぁっ!」
楓が刃を突き付けていた2人の悲鳴が、辺りに響くのを聞きながら目を開く。
エメラルド色の視界の中に、足を抑えて呻く三上達の姿を認めた後にもとか達の方を見ると小暮達が姿を消していた。
「美夏!追跡の感知魔法いけるか!?」
通信機にそう叫ぶと美夏から応答があった。
『了解、ギリギリまで行くけど…また妨害魔法を展開されてる』
ギリギリというのは、先程のディスペルで減った魔力があまり回復していない事を指し示す。
再び妨害魔法を使われたという事は、小暮とその仲間は魔法を使用するリソースを持っていたことになるので、武装解除を急げば良かったと楓は後悔をする。
「無理はしないでいいが、出来るだけ追跡を頼む」
そう通信を返した後、ザザッとノイズが入り通信機から瑠華の声が聞こえる。
『こちら瑠華。追跡はレナちゃんが引き継ぐから、本部の魔術レーダー班に情報共有をお願い。なお、あたしからは見えないのでレナちゃんが匍匐飛行で哨戒中』
「助かる!だが、連中は軍用の装備をしている可能性が高い。直接の接触をしないようにしてくれ。こっちは、閃光グレネードを食らっている」
『あーあの光がそうだったのね、おにーさんありがとう』
通信が切れた後、呻いている三上とその仲間に簡単な止血を施しつつ手持ちの細引き縄で拘束をしていく。
「もとか先輩、藤原先輩と加藤先輩も大丈夫ですか?」
「うう、くっそ!やられた」
閃光で軽いショック状態になっていた加藤が毒づく、急な閃光で深刻なショック症状になる場合もあるがどうやらもとか達が大丈夫なようだ。
ふらふらと、もとかは木を支えにして立ち上がる。
「逆襲されなくてよかったわ。それにしても、楓君はちゃんと確保できたのね」
「ああ、大したもんだ」と藤原も同調する。
「まず、こいつらを本部に移送したいのですけど取り戻しに来る可能性もあるから注意していきませんか?」
「それでいいと思うわ、まず本部に連絡を入れるから警戒をお願い。はあ、やられたわ。レナちゃんは無理しないといいけど。
そうボヤきながらもとかは通信機のスイッチを入れたのだった。




