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40 エルフ居住区近傍戦

 楓達は件の感知魔法の効果が発揮されにくくなっている地点へと進出していた。

視覚では異常のない森の中の風景が見えているが、そこに居る全員・・・特に美夏と美冬は異常をはっきりと感じていた。

「藪が多いから不意打ちに注意して」

もとかが先行する楓と藤原に声をかける。

神鎮の森の奥は下草だけではなく、低木が見通しを悪くしている。この状態が続けばもとかの言う通り、来訪者の不意打ちを受ける可能性がある。

「この森のマップは無いんですか?」

そう尋ねた楓に藤原が答える。

「ランドマークとしての地点の位置関係がわかるものはあるんだが、細かい箇所はカバー出来てないんだ。なにしろ来訪者が来ると地形が変わったりするからね」

どうやら、藤原は先輩風を吹かすタイプでは無いのだろう、いわゆるタメ口だがそこに威張るといった感情は全く無い。

「そうなのよ。第二(あたしたち)が情報収集をしているんだけど、状況の更新が早すぎて追いついてないのよ。この先は分かるわよ、確か30メートル先は広場になっているはず」

「了解です。藤原先輩と自分で偵察するので支援お願いします」

「ああ、任された。ただ先に行くのは俺にしてくれ」

と、自分の来ている鎧の装甲をこつんと叩く。その意図を分かった楓は藤原から少し後ろに位置をして追随する。

それなりに音を立てているので、来訪者が居た場合は気が付いているだろう。

大木の後ろに着いた藤原の逆側から楓も広場を覗き込む。

「こいつは…」

一瞬、呆然とした声を上げたのは藤原だが楓も同様だった。

「この付近の来訪者の本隊と思われる連中が、全滅している?」

そう呟いた楓が、ハッとして後ろ手でハンドサインを送る。

それを見た美夏が、もとか達を伴って傍に寄る。

広場には、ゴブリン、ゴブリンアーチャー、ゴブリンソーサラー、ホブゴブリン等の小型来訪者を始め、オーガが5体程度の死骸が転がっていた。

その多くは斬撃のような傷を負っている、数体は銃撃や何らかの爆発による致命傷を負って死骸となっている来訪者も見られた。

そして、この場には来訪者を撃破したはずの人影は全く見えない。

「本部、こちら第二の栗原。神鎮の森D-5の広場で多数の来訪者の死骸を発見、なお撃破者は不明。あたし達はそれらを不審集団として追跡を開始する。オーバー」

「この規模の来訪者を潰せる奴らが、この周辺にいる事が危険ね」

と通信を終えたもとかに話しかける美夏。

「あたしの判断に何も言わないのね。普通、驚く人がいるんだけど」

「まあ、慣れてるから。美冬、楓、周辺警戒お願い」

「りょーかい」

そう言って、美冬はポケットから単眼鏡を取り出して周囲の監視を始める。

「ここら辺に展開していたのは、騎士団と旅団ね。通常、HSSに先んじて撃破したのならその戦果を得意げに自慢してくるんだけど、この状況は不可解過ぎるわ。加藤君、追跡できるか痕跡を探って。藤原君と楓君はそれをフォロー。美夏さんと美冬ちゃんは引き続き周辺警戒をお願い。その不審集団がここから離れて行っている場合は、距離を稼がれる前に補足したいから急ぎましょ」

そう言って、もとかは広場を調べ始める。その顔つきは人懐っこい笑顔を見せているもとかとは違って、冷たさを感じる表情になって痕跡を探し求めている。

楓は加藤の後ろについて死んでいる来訪者の中で、死んだふりをしている個体が居ないかを確認をしていた。一匹のホブゴブリンの手から零れ落ちた様子の剣に目を向ける。

魔剣使いの感覚として、それが持っているのは何らかの能力を持つ魔剣である事がわかる。

(マスターは気が付いたようだな。触れるなら我を先にその剣に接触させてくれ)

闇切丸が楓に思念を送って来る、それに頷きながらそのホブゴブリンに近づく。

その剣は長さが1.5メートルほどの厚めの刀身を持つ大剣に属するタイプのものだった。

これをホブゴブリンの力で使われたら、まともに受けると普通の剣では折られるか良くても酷い刃こぼれで使用不能になるだろう。

その剣の柄に付いたホブゴブリンの体液をハンドタオルで拭って、楓は鯉口を切って少し刀身を出した闇切丸をその魔剣に触れさせる。

ブルっと闇切丸が震えた後、その刀身から楓の視覚にだけ見える青い光が魔剣を覆って行く。

魔剣、特に来訪者の持っているものは、地球で見つかるものに比べて人類に害を成す例がある。

それに対して人類は、綿密な魔法や科学的な検査によって安全を確認したものだけが再利用されるが、闇切丸には来訪者の持つ魔剣にこもる悪意(と、闇切丸は説明している)を感じ取る事が出来る能力を持っている。

(この剣は特に問題ない。呪いの類は無いだろう)

数秒間の後に、青い光が闇切丸に戻って来ると同時に思念が楓の脳裏に響く。

「わかった」

そう言って、楓はその魔剣の柄を握ってから試しに魔力を流し込んで、その特性を探る。

時間的な余裕の無い今の時点では、切れ味増加(シャープネス)の魔法がかかっている以外は分からない、それでも戦力になるはずだ。

「楓君、いきなりどうしたの?」

いきなり来訪者の持っていた剣を持ち上げた様子に、もとかが驚いた表情を向けてくる。

「急にすみません。これが魔剣だと分かったので思わず手に取っちゃいました」

「…結構鋭いのね。感知魔法が使えるの?」

「いえ、俺は魔剣使いでも低ランクなので存在がわかるくらいです。今わかるのは切切れ味増加(シャープネス)タイプの魔剣みたいです」

使います?という様に柄をもとかに差し出すが、当のもとかは首を振って辞退する。

「あたしの体格には大剣は無理ね。ま、武器については間に合っているから大丈夫。それより、加藤君の調査はどう?」

「複数の足跡を発見している。どうやら森の小道をさけてそのままエルフ居住区に向かっているようだが…距離が離れているのか気配は感じられない」

と、足跡が続いている先を指し示すとその先は、道なき道という様に下草が生い茂っているので移動に適していない状態である事がわかった。

「この位置から居住区までは400メートル程度、この中を移動しているとして…来訪者撃破にかかった時間を加味して考えるとあと数十メートルの距離まで迫っている事になるわね。嫌な予感がする」

「もとかさん、意見いい?」

そう言われて美夏を見たもとかは、その瞳が炯々と光っているのを幻視する。

「…ええ、どうぞ」

一瞬、気圧されてからそれに答える。

「このケース、過去の情報からいくつか思いつく事があるわ。結論から言うと、来訪者襲撃に紛れてエルフを狙う犯罪者の仕業よ」

「きっぱり言えるのはいいんだが、その根拠は?」

と藤原。

「根拠は、過去40年間の同様のエルフ誘拐事件の記録からの類推。誘拐事件のうち、20%のケースで同じものが見られる事。それに今の状況は使われている手口にぴったりと合致する。今は緊急時だから細かくは後でにして欲しいわ」

「過去の事件を記憶しているのか?すげぇな」

「美夏ねぇは、記憶力があってほとんどの歴史的な事柄を覚えているんです。それに俺達は助けられてきました。もとかさん、俺達で考えている対処方法があるのですがやっていいですか?時間はありませんよ」

「具体的に何をするの?」

「この付近を覆っている、感知阻害魔法を広域魔法解除(ディスペル)してから分かるように感知魔法を使います。予想が正しければエルフ居住区に向かっている連中を燻り出せるはず。そいつらの出方で対処を決めるでどう?」

「もし、エルフ居住区に危険が及びそうなのであれば躊躇う理由はないわね。許可するわ」

「じゃ、行きます。美夏はディスペルの後に感知魔法を全開で使って」

そう言って通信機に向かって美夏が口を開く。

「水月さん、これから神鎮の森の感知阻害魔法を解くわ。そっちのスコープでエルフ居住区方面から来る誰かが見えたら教えて」

『はいはーい、任せて。敵対してきたら支援射撃をするから射線に入らないようにしてねー』

通信機から瑠華の声が聞こえてくる。そして美夏は自分のMLPを構えて魔法を組み上げていく。

詠唱の前に楓と美冬の視線に情報魔法のウィンドウが展開される。

「霧を晴らし、引き裂く始原の光の精霊よ、其の力を持ち、全ての魔の力を掃いたまえ!」

杖型MLPの先から魔法を打ち破る力が周囲に満ちて行く、数秒後に霧のように辺りを覆っていた感知阻害魔法が一気に消滅する。

「我が目に見せろ、我が肌に感じさせよ!」

即座に美冬が感知魔法(ピン)を放つ、次の瞬間楓と美夏の情報魔法に、10名程度の人間の反応が表示されていく。そのうちの2人はもう一度魔法を使おうとしていたようだが、感知魔法を浴びたことでそれを中止した事まで分かった。

それをもとかに伝えると、もとかの表情が引き締まる。

「ありがと。全員は足跡の両脇の茂みに隠れつつ追跡。連中が別の進路を取る場合は回り込む」

「了解」ともとか達は向かって左側、楓達は右側の茂みに姿勢を低くしながら進んで行く。

50メートルを進んだ時に、美冬の展開している感知魔法に連中の変化を捉え、通信機に小声で報告をする。

「敵は二手に分かれた。4人が北に進路を変更、残り6人はこちらに来る」

「かなり匂うわね、美冬ちゃんは二手に分かれた敵をピンで追跡できる?」

「できますけど、移動しながらでは無理です」

感知魔法にしろ、集中力を使う魔法は他の行動をしながらの行使がやりにくい、その場合は移動を止めるなどをして魔法に集中せざるを得ない。

「特撃室はここで隠蔽しながら感知魔法で追跡をして、私達は進むわ。」

「了解、気を付けて」と美夏。魔力を使い過ぎたので小さいペットボトルに入った魔力を回復するポーション、通称マナポーションを開けて飲み込んでいる。

枯渇しつつあった魔力の回復を感じつつ、美夏は感知魔法の維持で手一杯の美冬にも同じようにマナポーションを飲ませていく。

「瑠華ちゃん、二手に分かれたうちの北上している連中は確認出来るか?」

『影になる部分が多いから厳しいです。移動進路は分かります?』

「細かい進路はわからないけど、D-3からC-3の境界線のあたりに居る感じよ。真っ直ぐに北上をして市街地に出るかも」と美冬。

『失礼します。レナです。その動きであれば市街地に支援部隊がいる可能性があります。姉さまはここ居て下さい。私が飛んで市街地の偵察をします』

『んー。分かった、1人だから絶対に無理をしないでね』

『了解です』

そう通信が切れてからすぐに、美冬の感知魔法の範囲内にレナの反応が出現する。

「レナさん、そこから北西方向、距離は至近に居るから注意してください」

美冬が情報を伝える。

トン、トンと指で通信機を叩いているような音がそれに答える。

至近距離なので、発声を抑制した結果だろう。

「もとか先輩、敵集団との接触まであと60メートルです」

さらに言葉を続けて、美冬がもとかへと通信を送る。

『了解』

もとか達は楓達の前から完全に姿を消している、そこでゆっくりと楓が身を起こす。

「美夏ねぇ、美冬を頼む。俺は隠形を使ってもとか先輩達をフォローする」

「そうね、ここからは特撃室(わたしたち)の判断で動くわ。楓はそのまま進出して、あたしと美冬はここで待機する」

「さんきゅ、二人とも気を付けて」

そう言って楓はもとか達の進んで行った方向へと速足で歩いて行く。

20秒後にその姿も気配も美夏と美冬から感じられなくなったのだった。

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