38 神鎮の森の楓達
『如月のお兄さん達、支援はいりますかー?』
ピピッという電子音の後、楓達が耳に装着している通信機から水月瑠華の声が聞こえてくる。
「こちら特撃室、支援はありがたいが君達への命令に反しないか?」
『それは大丈夫、私達は独自の判断で動けるから。この支援は純粋に如月のお兄さん達の戦線が危ないのを把握しているからだから気にしないでね』
また新たに電子音が聞こえて、もう一人の声が入ってくる。
『如月さん達へ補足です。そちらへは第2のもとかさんを含めて3名の支援団員が向かっています』
生真面目な口調は、瑠華の妹のレナのものだ。スポッターとして周囲の状況を把握しつつあるのだろう。
「わかった、そちらの支援頼む。そちらからは中型以上の来訪者は見えるか?」
『ええ、中型はミノタウルスが3体現出しています。また、大型の出現する予兆があります』
「楓、今は前面の敵が来次第叩いて。自警団の方もお願いできますか?」
「ああ、ただ俺達は居住区を守りたいのだが」
と男のエルフが答える、それに頷きつつ楓と美夏に続けて指示を出す。
「楓、美冬。私が敵の観測とそれに対しての作戦指示をするからそれに従って動いて。まずは、周囲の敵を叩きつつもとかさんと合流。水月さんへの支援要請も私がやるわ」
「了解」
作戦指示については、美夏が3人の中で一番優れている。ただ、その間は情報魔術に集中するため自衛行動がおろそかになるので、美冬が直掩に入る。
美夏を庇う位置に立ち、杖型のMNPを構える美冬の後ろで美夏は作戦を組み上げ始める。
タブレットの画面を見ると、徐々に敵を表す赤い光点が戦線の突端部になっている自分達に集まって来ているのが分かる。
その総数は15体程度で、別の集団はエルフ居住区を目指しているようだ。
戦場の霧を掃うために感知魔法を使いたいが、美夏は連続の魔法使用によって魔力減少に伴う疲労が蓄積しているのを感じつつある、魔力が枯渇した場合は、いわゆるオーバーヒートの状態になるため、魔法使いには様々な悪影響が心身に生じてしまう。それは魔法という能力を使う事が出来るメリットに対してのデメリットと言えなくもない。
美夏の視線の先には、新たに出現をしたホブゴブリンと切り結んでいる弟の姿がある、美夏の新しい指示があるまで現状維持を愚直に続けるだろう。
画面の隅には、味方を表す3つの青い光点が出現してこちらに向かっている事と、名前が表示されているので第二捜査室のもとかを中心にした支援部隊が近づいている事がわかる。
もとか達との距離、移動速度、敵の数と接敵予測時間の要素を脳内の計算式に入れて、作戦を素早く立てる。
「楓、美冬。このままエルフ居住区に向かって後退、自警団は先行して下さい。私達と仲間が遅滞行動をします。まず、防衛側の厚みを増やすことを念頭に動いて下さい」
そう美夏が指示をすると、エルフの自警団が後退を始める、その背に向かって新たに矢が射かけられる所を楓が矢を刀で切り落としてカバーを行う。
その間に、美冬が矢の発射地点のあたりに狙いをつけて、魔法の詠唱を始めていく。
「疾風よ、敵を切り裂け!」
そして姿を現したアーチャーゴブリンへ密度を増した空気の刃を打ち出して行く、その刃は正確にゴブリン系の急所である首や腹のあたりを切り裂く。
ブツッ、ブシュッというゴブリンの身体が切り裂かれる音がするごとに、それらを戦闘不能に追い込んでいる。
「楓、100メートルエルフ居住区へ退くわ」
そう言って、美夏と美冬は移動を開始する、そこへホブゴブリンを葬った楓が続く。
美夏の情報魔法の表示からは周囲から一時的に敵は居なくなったが、神経を研ぎ澄ましていく。
そうして、移動完了地点に着くとすぐに藪を掻き分けてもとか達が姿を現す。
「やほー。救援に来たわよ」
女性用のライトアーマーを、制服の上に着込んだもとかが手を振って来る。
その手には武器は無いが、付き従う団員の一人が鉈を持って藪を切り開いて来たようだ。
一人はもとかと同様のライトアーマーを装備した男子生徒、肩のアーマーには加藤と書かれている。
もう一人、鉈を持っている男子生徒のアーマーはもとか達のそれより、装甲が追加されているので重装備気味になっているようだ、そして肩の装甲には藤原と書かれている。
「助かります。これからエルフの自警団は居住区に向けて移動をしてもらうけど、このまま同行しようと思うの。それでいい?もとかさん」
「うーん、そうかぁ」
「何か問題でも?」
「この付近は、HSSが進出しているのは私達だけなの。それは聖典旅団と紅の騎士団が展開していたから防衛を期待していたんだけど、どうも彼らの動向が見えないのよね。だから、私は戦力の空白になっていると思われるこの地点に行きたいのよ」
そうもとかから言われて、新たな要素を思考の中に入れてタブレットの画面を数秒見つめる。
「わかったわ。では、エルフの自警団はこのまま居住区に戻ってもらいます、私達はもとかさんの言っている場所に行きましょう」
「しかし、なんでその空白地帯の情報がはっきりしないんですか?」
と楓がもとかに尋ねる。
「広域感知魔法を使っているんだけど、その付近の情報が不鮮明な状況なの。今は学園への誘因作戦をやっているけど、もし神鎮の森から有力な来訪者が出現した場合は要らない損害を受ける可能性がある、そこで特撃室の支援と一緒にそこを威力偵察したいのよ」
「それが本当であれば、妨害をしている来訪者か誰かがいるかもですね」
楓の脳裏に、故郷で来訪者と戦った記憶が浮かび上がる。
その中に、感知魔法を妨害するタイプの来訪者と戦った記憶があり味方が攪乱された挙句、かなりの損害を受けたこともある苦い思いが楓の胸中を灼く。
「ちなみに、特殊遊撃室と第2捜査室が合同で動いた場合はどちらに指揮権があるんです?」
交戦前にハッキリさせておきたい事を楓が尋ねる。
「この場合は、団長から命令を受けている第二にあるわね」
「分かりました、それではそちらの指示に従います」
「あ、でも交戦時の細かい動きについては所属部隊に任されるからね」
「それは良かったです。では動きましょう」
タブレットを仕舞った美夏が促す。
「私達は、このまま北上をして行く事になるわね。もし来訪者がいた場合は倒しつつ、戦力の空白地帯の戦場の霧を掃う事を目的とする」
「了解、楓は先行して」
「ああ」
「俺も一緒に行こう。室長、魔剣を使用する」
と藤原が楓の隣に立つ、重装なので不意な遭遇戦になった場合の被害を減らす役割をしているのだろう。
「許可するわ。それじゃ、行きましょうか」
そうもとかが号令をして、一行は小走りで移動を開始したのだった。
執筆ペースが乱れ気味なので、徐々に取り戻していきます。




