33 同日の会議室
特殊遊撃室から帰って来た柊と柚月は、保健室の近くの会議室で机を挟んで向き合っていた。
議題は数日前に柚月が柊に依頼をしていた、栗原もとかがループする夢を見る現象について同様の事例の追跡調査の結果を聞く事だ。
2人の目の前には紙の資料が置いてあり、さらに柊のノートパソコンの画面をプロジェクターで壁面に映し出している。
「お待たせしてすみません、柚月先生」
「いいえ、私がお願いした事ですし」
柊の謝罪に、ふんわりとした笑顔で答える柚月。
「早速、結論から言います。過去にあった同様の事例を調べたところ、その夢…ループに因んで循環夢と呼称しますが、記録上それを見たと言った人は全て消息不明になっています。調査できた件数は昭和以降は登記関連が整備されているので多いですね、なお個人的に気になったのでかなり遡って調べたところ、元禄年間に最古の記録が見つかりました」
「ちょっと待って下さい。元禄と言ったら江戸時代じゃないですか?本当にそんな時から起きていたと?」
さすがに意外な情報を伝えられて取り乱す柚月。
「ええ、日向神社や国立公文書館にも探りを入れた結果ですよ。古い情報については、色々と表現のブレはありましたが確度が高いものを抽出しています。当時は神隠しにあったのでは、という事で記録は終わっています。それでここ10年の範囲では岩戸市周辺では同様の事例が38件起きていて、循環夢を訴えた人は全て消息不明です。そして、38件のうち30件の場所では黒い剣士らしい姿が目撃されています。犯人かはともかく、何らかの事情を知っているかもしれませんね」
「何らかの事件の現場周辺で目撃されている、黒い大剣を背負った男性…。しかしその正体は誰も知らないという、ほとんど都市伝説となっている彼がこれに関係していると柊先生は考えているのですか?」
「今のところ、目撃例が多いので可能性を排除する事は出来ないと考えてますよ」
柊がさらにキーボードを叩くと、岩戸市と周辺の街の地図が表示される。その上に赤い光点が表示され、さらにウィンドウが表示されて住所、氏名、年齢、性別、消息不明時の日時が記されている。
「この情報を見ると、被害者それぞれに共通点はなさそうですね。警察は把握しているのかしら…」
「これは推測ですが、把握しているケースとそうではないケースはあると見ています。情報を追加します」
そう柊がキーを叩くと、新しい情報が消息不明者の情報に追加される。
そこには、各人の社会的地位の属性が表示されていた。
小学生を含めた学生と、中小企業の幹部、反社会的勢力の構成員、警察官とその範囲は広い。
「この属性のバラつきから見ると…何かのサンプリングが目的なのでは?と思えてきますね」
「ええ、俺もそう思います。特に86インパクト後では魔法使い、エルフでも同様の事例が増えているので、何かあると思わざるを得ないと思いますね。もしこれが何らかの組織が行っているのであれば、何らかの意図があるように見えます」
「この方々のもっと細かい情報はありませんか?例えば属性情報として、学生だったら成績優秀とかですが」
そう問われて柊は苦笑を浮かべる。
「これを調べ始めた時点では、そこまでは手が届かなかったので無いですね」
確かに無理もない、調査を依頼したのが2日前でここまでの情報を調べ上げただけでも凄い調査能力だと柚月は反省する。
「あっ。そうでした、すみません…」
「いえいえ、気にしないで下さい。ただ、調べてみればみるほどきな臭いのは確かです。それにこの傾向を考えると、栗原が消息不明になる可能性は高いと言えます」
柊が本題に話を戻すが、衝撃的な情報を得た柚月の顔色はすぐれない。
「まず、栗原さんが何かに巻き込まれる可能性がある、という前提に立って話を進めたいと思います。そのケースで私達に出来る事は、栗原さんをカウンセリングに来るように言って様子を確認するくらいかしら?」
その問いに、少し考え込んだ柊はある事を思いついて柚月に尋ねる。
「栗原にここに来るように進めたのは、塔依代でしたっけ?それであれば、塔依代かHSSが何かを掴んでいる可能性はありませんか?そうならHSSも巻き込んで栗原の保護作戦を展開できるかもしれませんね」
「!…確かに、この発端は塔依代さんでした。この件の次の動きとしては、私から直接塔依代さん、神代君に伝えます。柊先生の集めて頂いた情報は使ってもよろしいですか?」
「ええ、構いません。必要があれば俺も同行します。それに、栗原に会ったら俺の研究室に来るように伝えておいてください、働きかけをしてみますので」
「わかりました、それではまたよろしくお願いします」
資料を胸に抱いた柚月が礼を言って、会議室を出て行く。
それを見送った後、柊は付けっぱなしのプロジェクターの画像をじっと見つめている。
柚月には裏取りが出来ていないのでまだ見せていなかったが、循環夢の被害者(と敢えて柊は思っている)は今表示されている光点より多くなっていたはずだ。
宝翔学園の生徒が対象になった事が今まで無かったので、この事象に気が付く事が出来なかったが、事態は深刻だと思わざるを得ない。
「生徒達の手に余りそうだったら、教師としては手助けをする事は必要だよな。まずは、何かが起きる場所の予測の精度を高めてから、その次を考えよう」
柚月だけではなく、自分のこれからの行動の方向性について考えを巡らせる。
「それに黒い剣士か…。俺の情報網にもかからないのは不可解だな…」
ほどなくして片付けが終わった会議室を柊は後にして、自分の研究室へと足を向けたのだった。




