31 初めての任務
【改定部分】
小説タイトルを変更しました
7/29 誤字を修正しました。
購買(広大な敷地内に3つの購買が存在する)で飲み物を買って来た楓が戻って来た時には、美夏と美冬がかなり掃除を進めていた。
HSSの誰かが運び込んだもののうち、本部に渡せそうなものと自分達で使えそうなものの2種類に分けて置くことに決めたようだった。
後者については2人でぼろ布で拭いた後に、機能が生きているかを1つ1つ見極めてから、さらに使えるものと使えないものに分けている。
「二人ともお疲れ」と烏龍茶とカフェオレのポットボトルを机の上に置く。
「ありがと」
笑顔を見せて、美夏がカフェオレを受けとって飲み始める。
「ここを拠点とするには、何日かかかりそうだな」
雑然とした室内を見て楓はため息をつく。
その間に何も無ければいいな、と思いつつ自分はスポーツドリンクに口を付ける。
そう3人が弛緩をした時間を過ごしていると、美夏の携帯端末に着信が入る。
発信元を見ると、日向神社からだったので弟と妹にも聞かせるためにスピーカーモードにして通話に出る。
『もしもし、如月美夏の携帯でよろしいか?』
そうスピーカーから聞こえて来た声は、先日出会った黒巫女の霞のものだ。
相変わらずぶっきらぼうな話し方だな、と美夏が応答をする。
「ええ、如月美夏です。どのようなご用件でしょうか?」
『ああ、間違えていなくて良かった。宮司様より先日の手紙の回答を伝えるようにという事だったので私が連絡をしたんだ。まず、手紙の件だが日向神社とそちらの神鳴神社の連携については承認された。何かあった場合はウチの神社も協力する、君達はHSSに入ったのか?』
「ええ、そうです」
『そうか。それで母上の手紙にはウチで剣術の稽古をすると書いてあるのだが、弟が稽古をしたいという事でいいのか?』
「…楓?」
携帯端末から顔を離して、美夏が視線を送る。
「あー…。俺が母さんに稽古をする場所を教えて欲しいと聞いていたからそれの事だと思う。もちろん俺は問題ないよ」
「なるほどね。霞さんその認識で大丈夫です。それで稽古はどのようにやっているのですか?」
『ああ、基本的に月~金は朝稽古の形式で6時からやっている、終了時間はまちまちだが学校に合わせてもらっていい。もし、夕刻以降に稽古が必要であれば相談してくれ。土日は基本的に自主的にやっている』
「わかりました」
『実戦を経験しているようだが、ウチではまず木刀を使っての稽古だがいいか?』
「ええ、大丈夫です。早速明日から向かわせていいですか?」
『わかった、神人頭に伝えておこう。稽古は実戦形式だ覚悟して来てくれ』
その言葉を最後に通話が切れる。
「だってさ、楓。稽古の場所が見つかって良かったわね」
ニコリと楓に笑顔を向ける美夏。
「実戦形式って…。はあ、わかったよ。覚悟しておく」
弟が頭を抱えているように見えるがとりあえず、1つの問題は解決したので美夏は思考を切り替える。
「今日のところは、任務や依頼を確認しておこうかな」
「それって、HSSの?それともギルドの?」
美冬が汚れ切ったファイルをぼろ布でゴシゴシしながら尋ねる。
「今はHSSの方を優先にしようね、何かあったらギルドは言って来るでしょ」
ここ数日、能動的に動き過ぎたのでそこはギルドにぶん投げをする美夏。
「そうだな、そうするか…おや」
コンコンとドアのガラスをノックする音が聞こえ、楓がそっちを見るとエルフの女子生徒と楓の担任の柊、養護教諭の柚月の3人が立っていた。
さすがに目上の人を待たせるのはまずいので、楓が急いで扉を開ける。
「先生、どうしたんですか?そして、この子と柚月先生もなんで?」
「如月君、いきなりすみませんね」
と教室を同じように敬語で挨拶をする柊。クラスではまだ出会ってから数日だが生徒にもこの態度で接している姿を見ている。
「柊先生ですね。私は楓の姉の美夏と申します。弟がお世話になっております」
「あたしは、妹の美冬です。兄の担任の先生ですか?初めまして!」
姉と妹それぞれが挨拶をしてきたところで、美夏が再び口を開く。
「ここでは難ですので、屋内にどうぞ…散らかっていますが」
「ああ、それじゃ入らせてもらいます。柚月先生、百瀬さんも入ってください」
柊、柚月、百瀬と呼ばれたエルフの女子生徒が室内に入り、席につくと初めに柚月が口を開く。
「突然ごめんなさいね。先日、百瀬さんを助けてくれた事で来たのよ」
入学式の日に遭遇した、大規模な時空振動発生時に神鎮の森でゴブリンに襲われていたエルフの女子生徒は百瀬と言うんだーと楓が思いながら話の続きを待つ。
「あ、あの時は、ありがとうございましたっ」
柚月の言葉が終わると同時に、緊張した様子で百瀬が勢いよく頭を下げる。
あの時は血まみれだったのでわからなかったが、ショートカットの髪の色は薄い紫なのは魔素の影響を受けているのだろう。
顔立ちは少し幼い感じだで、それなりに整っている。
「それはどういたしまして。当然の事をしただけだから、気にしなくていいわ」
種族的には同族にあたる美夏が、その緊張をほぐすように微笑みながら言う。
「私は中等部3年の百瀬カナと言います。両親とエルフ居住区に住んでいます。あの時は薬草探しの課題をやっていて、早めに実体化した来訪者に遭遇したんです」
その時の様子を思い出したのだろう、ブルっと体を震わせた後に顔色が悪くなってくる。
「百瀬さん、落ち着いて。今は大丈夫だから」
柚月が小声で呪文を唱えると、手のひらに生じた光の塊が百瀬の額に吸い込まれて行く。
理性回復の魔法をかけて、平静さを取り戻した様子からPTSDのケアのために百瀬に柚月は付いてきたようだ。
「ふう…先生、すみません」
「大丈夫、気にしないでね。それで用件は3つあるの。まず1点目はお礼を言う事、2点目は百瀬さんの怪我を回復させた時の詳細を知りたいという事、3点目は先日の戦闘で黒い剣士を見たことがないか?を聞きに来たの」
「…用件はわかりました。そう言えば、柊先生はなぜこちらに?」
柚月からの質問の中で柊が来る意味は無いと疑問に思った楓が聞く。
「ああ、俺はこれから柚月先生と会議があるから一緒に来ました。それと自分のクラスの生徒がHSSに入ったから様子を見に来たというところです。
「あー…。もしかして、心配かけちゃいましたか?」
「正直言うと心配はしていますよ。俺もこの学校にはしばらく務めているからHSSの生徒が大変な役目に就いている事は知っています。HSSは独自性の高い組織ですが、相談事があれば先生を頼ってもいいですよ」
初日からあまりコミュニケーションをとっていなかった担任だがどうやら、この教師は面倒見がいいようだ。
「わかりました、その時はよろしくお願いします」
「…先生の質問についての回答を続けていいかしら?まず、1点目はさきほどお礼を頂いたので解決ですね。それでは2点目の件は…美冬、説明できる?」
と美夏は妹に話を向ける。
「うん、大丈夫だけど。先生、具体的に何を知りたいかを教えてもらえますか?私の認識と差異があると、説明がうまく行かない事があるので」
「そうね…それだったら、後日保健室でヒアリングできるかしら?」
「わかりました」
「ただ、1点だけ教えてもらえる?百瀬さんをここまで完全に治癒出来たのはなぜ?あの傷では良くても酷い傷跡が残るし、腱や神経の損傷も回復しないことが多いわ」
「ああ、それは」
と口を閉じて、美夏と楓をちらりと見る美冬に美夏は頷きを返す。
「あたしは、人類とエルフの体の構造を医学的な知識レベルで全て納めています。その為、治癒をする時には傷の状態から治す箇所と治癒魔法の効率的な使い方が出来ているという事です。あたし達の故郷はDゾーンだったので、負傷者の迅速な回復が求められていたので、地元の医師や父の知り合いの軍医に徹底的叩き込まれたんです」
少し伏し目になりながら美冬が答える。
「それは…すごいわね。なんとなく、あなたがわかってきたわ。また詳しく教えてね」
「はい」
「それと、最後の黒い剣士…でしたっけ?唐突な話題ですね」
カフェオレを啜っていた美夏が口を開く。
「ああ・・・まあ、そう思いますよね。この質問は出撃を経験している色々な生徒に聞いているんです。先生の研究の中で黒い大剣を持った男の剣士の目撃談が多い事に気が付いたので、その研究に関係がある可能性が高いので集めているという事です」
それを聞きながら、楓は百瀬と助けた戦いと駅の南での戦場の情景を思い出す…が、それに該当する姿は記憶には無い。それを楓は柊に伝える。
「そうか。もし見かけたら教えてください」
「了解です」
「あと、百瀬さんの任務は私からHSSに正式な依頼を出しているわ。特に君達にはそれを請けて欲しいんだけど、いいかしら?」
そう柚月が言うと、美夏の前のモニターにポップアップが出現したのでそれを注視する。
「発:HSS本部、宛:特殊遊撃室へ。エルフの誘拐事件の増加がみられるため、エルフ居住区まで対象者を護衛せよ…だって」
「指名の依頼ですね。美夏、美冬これは請けてもいいよな」
「大丈夫」
「楓にぃが賛成ならいいよ」
2人が異口同音に答えるのを見て楓は柚月に了解の頷きを返す。
「HSS特殊遊撃室、エルフ護衛任務を受諾します」
この時、正真正銘にHSS特殊遊撃室が結成された瞬間だと後世の宝翔学園録を編纂した歴史家達が異口同音に結論付けている瞬間だった。




