30 片づけると福が来る…?
HSS本部を出た3人は早速、あてがわれた小屋へと足を進めていた。
周囲は放課後らしく、部活に行く生徒や帰宅する者が入り乱れて活気に満ちている。
「そう言えば、まだ部活動の勧誘期間だっけ」と楓。
「うん、うちのクラスでもどこに入るかを話している人が居たよ。この学園は色々な部活があるんだね。魔法競技だけじゃなく純粋なスポーツをやっているみたいよ」
美冬が自分のクラスの様子を楽しそうに話す、その様子を見るとクラスになじめているようだ。
「ある程度、ここが平和な証拠ね」
美夏の記憶だと自分達の故郷やその周辺地域の学校は、来訪者に対抗するためとして一般的なスポーツや文化部といった部活はメジャーではなく、そのまま戦闘力に直結する部活がメインだった。
同じDゾーンでも、普通の青少年のやるような部活がある事自体が異例な事だ。
「でもさ、この様子を守るのがあたし達なんでしょ?実家にいた時と変わらないよ、やる事はね」
「そうだな、ただ一番重要な事は父さんへの手がかりを見つける事だから。それは忘れるなよ」
楓の脳裏には、3人を育てつつ実家の神社を守っている母親の栞がたまに見せる寂しげな表情が浮かんでいた。
あの表情は楓達がいくら活躍しても母親から消えないものだった、それを消せるのは自衛軍の作戦中に消息を絶った父の蒼大を栞に会わせる事しかないと楓達は思っている。
「あ、小屋が見えて来たわね…。うわ、結構汚れてるわ」
そう3人が小屋の前に来ると、長く使われていなかった事が分かるくらいに汚れ切った小屋だった。
大きさは全幅5m×全長4.5m×全高3m程度の1回建、壁は鋼板を使っていて屋根は波型の鋼板を使ったしっかりとしたユニットハウス形式。
外側は森が近い事もあり、蔦などの植物が生えていて壁も汚れきっているが、強度などには不安が無さそうだ。
窓もあるが、この形式の建物に珍しくシャッターが付いていて、中は覗う事はできない。
入り口は側面に片開きの引き戸があるのでここから入るようだ。
「ま、中も見てみようぜ」と楓が鍵を差し込んで解錠する。
ギギッと不快な音と立てながらアルミサッシにガラスをはめ込んだドアが開いて行く。
中はシャッターが閉じている事もあり、真っ暗だがすぐ近くに明かりのスイッチがあったので苦労する事が無くLED電灯が点く。
「うん、中もすごいね…」
どうやら特殊遊撃室が活動しなくなった以降から、物置に使われていたようだ。
「こんなに雑多に荷物入れなくていいのに…」
ブツブツ言いながら会議用の机の上に置かれた段ボールやファイルを触ると、厚く積もった埃が舞い上がり、美夏が咳き込む。
「こりゃ敵わないわ。まず、窓を開けて換気しましょ」
そう3人が手分けをして窓を開けると、空気がややマシになってきた。
「まずは片付けからね、埃はざっと掃うからちょっと外に退避して」
そう美冬が言いながら、魔法を詠唱し始める。
周囲の空気に動きが出て来たところを見ると、風で埃をある程度吹き飛ばすようだ。
「シルフよ、私の呼び声に応えよ。疾風の走路を作りたまえ!」
ゴウッと風が室内を荒れ狂い、舞い上がった埃で室内が見えなくなる。
数秒すると、埃がいくつかの渦となって窓に向かって排出されて、室内からほとんどの埃が無くなっていた。
「ありがとね、あと少しここに居てね」と、美冬は目の前に姿を現した半透明の風の精霊を労う。
「これで、ひとまずは入れるようになったな」
楓が手近な荷物を通路(と一旦決めた)からどけて行き、いくつかの荷物の品定めをしていく。
それを見ながら、美夏は貸与されたHSSのノートPCを作業机の上に据え付けて、それにディスプレイを4台繋いでマルチディスプレイにする。
しつこい埃がまだ残っているが、貸与PCは野外活動でも問題なく使える堅牢なものなので動作に問題無い。
「楓、美冬。私は本部に連絡を入れるから、ちょっと片付けを先にお願いね」
「わかった」
そう答えて、楓はまず導線を確保しようと積まれた荷物を一旦、別な場所に避け始めている。
「楓にぃ、とりあえず資料っぽい文書と、装備、魔法用品、その他で分けちゃう?」
「ああ、そうだな。結構魔法用品や装備が置いてあるもんだな…」
魔剣使いである楓は、魔法使いの美夏、美冬と同じく魔法を帯びた物質の見分けがつく。
「お、これは…?」
ガチャガチャと荷物を仕分けていると、奥まったところにあったパーティションの裏に一揃いのアーマーが置いてある事に気が付く。
人間の身体に合わせたプレートを多用していて、アニメなどで出てくるサイボーグの装甲のような見た目をしている。
プレートが薄い印象を受けるが、いくつかの部分にマウント金具があるので状況によって装甲を増やせる作りのようだ。
ただ、装甲にはヒビが入っている事と魔力がほとんど感じられないので、実戦で使うには整備しなければ使えないだろう。
また、いくつかのプレートには、国内メーカーや研究所のロゴが入っている。
「楓にぃ、どうしたの?あ、これって…」
そう美冬が鎧に杖を向けて、指向性の高い感知魔法の詠唱をする。
「識覚の叡智よ、霧のベールを貫け」
「どうだ?」
「うん、これは魔導鎧ね。使われている付与魔法は…壊れているからわからない」
「それは残念だな。使えれば父さんを探すのと、戦力アップに使えそうなんだけど…なんとかならないか」
そう、埃まみれのアーマーをぼろ布で軽く拭く楓。
「うちらだと、簡単な整備は出来るけど付与魔法を復旧するのは出来ないかな。一時的にはこれにバフを付与はいけそう…。でも本来の機能は使えないと思うわ」
戦闘力にはある程度の自信がある楓達だが、地元がDゾーンだった時には器物に永続的な魔法を付与する事より、仮初で付与をする魔法を先に覚える必要があったので、知識はあっても実用できない事が弱点となっている。
「美夏ねぇ、なんとかならないかな?」
「そおねぇ…。本部の整備員を回してもらうか、これ系の魔法を得意にしている生徒が居ればいいんだけど」
ヘッドセットを付けた美夏が、キーボードを高速タイピングしながら答える。
楓がディスプレイを見ると、左半分には楓と美冬がこの小屋で見つけた物品の一覧が表示されていて、メインのPCにはHSS本部にいるティスの顔が映っている。
どうやら、見つけた物品の取り扱いを主に打ち合わせていたようだ。
『かなり散らかっていてごめんね。資料に関しては、近日中に本部から人を出して仕分けるからそのまま置いて頂戴。装備については、無記名で所属がわからないものは、一旦そっちで使っていいわ』
「それは分かったけど、修理を私達がやり終えた瞬間に持っていくのは無しよ?」
『ああ、貸し剥がしねって奴ね今は農家で問題になっているんだっけ?それはさすがにやらないし、難癖付ける人が居たらすぐに伝えてね。まずは何を言われても本部と団長の名前を出して、絶対に渡さないようにね』
「了解、それじゃ私達の行動としてまとめるわね。1.時空振動に対しては、基本的に自分達の判断で迎撃をする。2.それ以外の行動については指示が無かったらこちらの判断で行う。3.ギルドやHSSの依頼を請けられそうなものがあれば請けてもいい。非番についてはHSSのローテーションに準ずるでOK?」
『それで大丈夫よ、団長からもそう言われているし』
「わかったわ、ありがとう」
そう言って、美夏は通信を切る。そのまま、体重を椅子に掛けて何やら考え込んでいる。
楓と美冬は、そういう時の美夏に話しかけない方がいい事を知っているので、美冬は追加の掃除道具を探しに、楓は購買の方に向かって飲み物などの買い出しに行ったのだった。
【補足資料】
魔法の付与について
・永続タイプ
指定した物体に、ある魔法の効果を永続的に付与するもの。
付与に使うエネルギー(魔力など)は大量に必要だが、1度付与が出来れば解除される事以外は簡単なキーワードで使用する事が出来る。
魔法使い、一般人問わず使用可能
・一時的な魔法付与について
永続的なものに比べて、はるかに少量のエネルギーで発動が出来る。
ただし、持続はほとんどせずに積極的に維持をしない場合は、5分持たない。
楓達は、地元での来訪者の出現頻度が高かったため、エネルギーを大量に使う永続的な魔法付与でエネルギーを使ってしまうより、一時的な付与を多用していた。
※いわゆるガス欠になってしまうので、継戦能力を保てなかったため。




