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29 特殊遊撃室結成

 翌日、行動方針を美夏に伝えられた楓は早速、手近なところから勧誘を始める事にした。

昼休み、クラスメイトのラーニャ・エウル、小鳥遊ちせ、梶大雅、アリシア・フォッシを誘って学食での昼食が終わった時に楓が事情を話ながら切り出した。

「で、あたし達がHSSに入るかって聞いているわけ?」

面倒半分、好奇心半分の答えを返したのはクラスメイトの小鳥遊ちせだった。

「そうなんだ。新しい捜査室だから人手が必要でね。幸いここに居るみんなはブレイカーだから頼りになると思っているんだ」

「チョットいいかしら。HSSに入るとしてもどれくらい拘束されるのカナ?私は部活もやりたいんだけど」とラーニャ。

「それについては、本部の人に聞いたんだけど完全にHSSに100%尽くす、という事は無いように出来る。基本的に時空振動が起きた時の迎撃は必須としても、それ以外は特にHSSに活動時間を拘束される事はしないスタンスらしい。ただ、指示があったりHSSに寄せられる依頼を受けた場合はそっちを優先にして欲しいらしい」

「へぇ、依頼も受け付けているのね。ギルドみたいに」

「こっちへの依頼はどれくらいの報酬のものがあるんだ?」と大雅。

「条件は色々とあるけど、ギルドと同じくらいの額の提示みたいだぜ。戦利品についても引き取りする態勢は整っているみたいだ」

「おお、それは楽だな」

「そう言えば、皆さんはブレイカーですけど。活動はどの程度やられているんですか?」

ちょっとおどおどした雰囲気で、アリシアが聞く。

「俺はあまり動けていないんだよな、ソロだと限界があるし。この間の時空振動の時はギルドの広域依頼で警戒活動しかしなかったし」と大雅。

ブレイカーギルドも馬鹿ではないので、脅威度が高い場所へランクが低い人員を向かわせる事はしない。生命を重視している事ではあるが、末端のランクの人員の実戦経験があまつ積めないという弊害をもたらせてしまっている。

「HSSに入れば、場合によっては実戦が起きる可能性が高まるのは確かなのネ?」

「それは間違い無い。戦闘になった場合は無理させるつもりはないが、命のやりとりはどうしても起きるのは確実だ」とラーニャの目を真っ直ぐに見つめて楓は答える。

「うーん…。確かにブレイカーなのに今までは何かやってきた…っていう実感がないわね」

「小鳥遊さんやアリシアさん場合は、実家の都合もあるんじゃないかな」

美夏から聞いたところによると、小鳥遊はいわゆる良家の出らしい。そしてアリシアは両親が著名な研究者のため、行動が制限されていそうだ。

「あら、ウチの事を知っているの?」

スッと目を細めるその様子は猫を思わせる。

「ほんのちょっとだけだよ。複合企業のお嬢様っていうのは正直驚いたけどな」

「あはは、そんな事を真正面から言った人は楓くらいだよ」

さっき見せた警戒の表情から一転して、笑顔を見せる様子は猫のようだなと楓は思った。

「まあ、戦闘になれば俺達兄妹がフォローする事は約束するから、興味とやる気があったら俺に連絡をするか本部まで来て欲しいんだ」

「まあ、考えておくぜ」

「そうね」

「面白そうカナ。後で連絡するネ」

「えっと、ちょっと両親に聞いてみてから…」

各々がそう答えた時に予鈴が鳴り、楓達は食器を下げに行った後に授業に向かったのだった。


・・・


放課後、楓は携帯端末のショートメールに美冬から『楓にぃ、たすけて』と心配になるメッセージが入ったので急ぎ足で本部に向かっていた。

そうして、本部に入ると美夏と美冬が仁王立ちで1人の生徒と睨み合っている状況だった。

受付カウンターを見ると、ティスはおらずショートカットの黒髪の気弱な雰囲気の女子生徒が、コワゴワとした表情で目の前の状況に困っている。

「あ、楓にぃ!」振り向いた美冬が安心した様に声を上げる。

「お待たせ。で、状況はどうなっているんだ?美夏ねぇ」

「んー?ちょっと言いがかりをつけられていてねー」

美夏は間延びをした口調をしているが、これは怒りを抑えている時の癖な事を楓は知っている。

ガチのトラブルだな、と心の中で呟いているとがっしりとした体格の高2の男子生徒が口を開く。

「言いがかり、ではないな。オレがしているのは第3捜査室へ妹さんを入れたいという意向を伝えただけじゃないか」

「なーにが意向を伝えただけよ、美冬が断ったのにしつこく食い下がっているじゃない」

「それは、第3に入るためのメリットをまだ理解していないようだから、改めて説明しているだけだろう?」

「少なくとも私達にはメリットは無いわね。聞いてると妹を動く回復剤としか見てないじゃない。だ・か・ら・別を当たってもらえない?」

美夏の尖った耳朶がほぼ水平になっているので、相当イライラとしている様子を見て取ると楓は美夏の前へ立つ。

「君は誰だ?俺は如月さんと話をしているんだ、邪魔をしないでくれないかな」

あからさまにムッとした(無理もない)様子で美夏と話していた第3捜査室の生徒が楓を睨みつける。

そんな脅しは、数えきれないほど修羅場をくぐって来た楓には全く通用しなかった。

「俺も如月だよ、センパイ」そう視線を合わせて低い声で答える。

「ああ、弟がいたな」

「姉と妹に何をしているんですか?しつこい勧誘は常識が無いと見られても仕方ないですよ?それに断られているのに、食い下がるのは交渉としては逆効果ですね」

冷静に問題点を指摘すると、センパイと当てこすられた男子生徒の顔が紅潮していく。

「ただいま。…あれ?吉永君は何してるの?」

ピリピリした雰囲気を吹き飛ばすように、明るい声が本部の入り口から発せられる。

そこには、ティスと佐原が紙の束とPCを抱えて本部に入って来たところだった。

「ああ、ティスか。俺は第3に新入生を勧誘しているところだったんだよ」

「ん?如月さん達はもう所属する捜査室が決まっているから勧誘は無駄よ?」

「それはこの2人には聞いているが、本当なのか?告知も無かったが?」

早口になって、ティスに食って掛かるような口調で吉永と呼ばれた生徒が尋ねる。

「ん?まあ、なんで如月さん達の事を知っていたかは置いておくとして…告知については、掲示がまだだったのよ。なにしろさっき印刷してきたばっかりだしね。はい、この紙に書いてあるわよ」

と、手に持っていた紙束から1枚の紙を取り出して吉永へ差し出す。

「ここに書いてあるように、如月さん達は特殊遊撃室に配属になっているの。団長直々に決めた事で、もう団長承認と本人の意思確認済みよ?」

「…本当なのか?」

「吉永先輩。第3に治癒魔法使いが慢性的に必要な事は理解しているんですけど、強引な事はやめて下さいと何度か言ってますよね?」

と、佐原もうんざりとした表情で言う。

その間、楓は(何回もなんだ)と、目の前の吉永の常識を疑い初めていた。

「それに、負傷者が多いのは無理な戦闘を続けているからではないのですか?ここ半年の戦闘記録を見ると、明らかに負傷者が増えているじゃないですか」

「ぐ…」

「さっきから私達に治癒魔法使いは負傷者を助ける義務があるとか、やりがいがあるとか言っていたのは、もしかして自分の指揮能力が低い事を棚に上げてウチの美冬を欲しがっていたって事?」

憮然とした表情を美夏が吉永に向ける。

「話にならないわね。もう私達は吉永君の部隊に入らないし、これ以上はつきまとわないでくれる?」

「いや、だがっ!」

未練がましく言いかける吉永の前に、美夏と美冬を守るような位置に楓が立つ。

「センパイ、そろそろ引いてもらえませんか?」

少し怒気を載せた声色で楓はまっすぐに吉永を見据えてバッサリと言う。

「……今日のところは引き下がるが、美冬さんは我々の捜査室に入るべきなんだ。無駄に人員を配置する事を俺は認めない」

気圧されたように、吉永は捨て台詞を放って本部を出て行く。

ほうっと誰かの吐息がどこからか漏れたので、相当緊迫感に満ちた一幕だったようだ。

「はあ…。ホントごめんね」

額に手を当てたティスが楓達に謝罪をする。

「ううん、ティスが悪いんじゃないし。それにしても何あれ?」

「話の流れからわかるかもしれないけど、彼は戦闘能力が一番高いと言われる第3捜査室の1部隊を率いる隊長で来訪者の撃破率は高いけど、それに比例して負傷者が多いんだよ」

佐原がPCを受付カウンターに置きながら言う。

「問題になっているなら、なんとかしないの?」と美夏。

「もちろん注意はしているんだけど、部隊員も同じような気質だから中々本人が分からないのよ」

「ふーん…。ねえ、もし学内や学外でしつこく付きまとわれたらどうすればいいかしら。相談をしたとしてもあの感じだと、根本解決にならないだろうし…。そう言えば撃破率が高いって言っていたわよね?」

「ええ、そうよ。今のところは月間では撃破率は10位以内をキープしている。ただ、ブレイカーランクはD以上には行けないのよ」

ブレイカーランクはブレイカーギルドが決めているランクで、ランクを上げるには昇級試験をパスしなくてはいけない。その中には、来訪者の撃破数だけではなく人柄も見られる。

どうやら、吉永はあの様子から人柄の部分でランクが上がらないのだろう。

「そう、あの自信を支えているのはその成績のようね…」

「問題は単純なんだけど、撃破率をキープ出来ている事で解決が難しいのよ」

ティスが受付のPCをいじりながらぼやく。

「だったら、その撃破率で上回ればあの先輩は黙るかも?」

髪をいじりつつ美冬が思いついたことを言う。

「それは良いな。HSSに入った事だし実績であの先輩に目にものを見せよう」

と、楓が美冬の頭をぽんぽんと撫でる。その楓の手の感触に、美冬は嬉しそうな表情を見せて楓に体を寄せる。

「…えーと、あなた達は兄妹なのよね?」

若干、引いた様子でティスが聞いて来るが、それに特に慌てることも無く楓は、

「そうですよ、変でしたか?」

と堂々と答える。

「美冬、楓それにくらいにしてね。それでティス、私達は特殊遊撃室に配属になったんだけど集まる部屋、出る必要があるミーティング、活動報告とかのやり方を教えてもらえない?」

楓にくっつきそうになっていた美冬を引きはがしながら美夏が尋ねた。

「そうね、その資料も用意したんだけどかいつまんで説明するわ。まず、部屋はそれぞれの捜査室に割り振られているんだけど、特殊遊撃室が久しぶりに復活したので前に使っていたところを用意してあるわ。場所は本部から離れていて、学園の北門の…神鎮の森のすぐそばの小屋を使ってもらう事になったわ」

「んー。本部と距離が離れているのは連絡とかは大丈夫なの?」

特に会議が本部であった場合、面倒だなーと美夏は思いながら聞く。

「通信関連は校内ネットワークがあるので不便は無いと思うわ。会議の時は悪いけどこっちに来てもらう事もあるだろうし、そっちの小屋でやる場合もあると思うわ」

「なるほどね、それでこの小屋を使う必要ってあるの?」

まだ納得していない雰囲気で美夏が追及を続ける。

「ええ、私は実際に特殊遊撃室が居た時期にはいなかったけど、そこは代々の特殊遊撃室が使っていた小屋なのよ。最初に特殊遊撃室が出来たの目的は、神鎮の森にあるエルフ居住区を重点的に守る事だったの。来訪者が出た時に神鎮の森方面の迎撃のラグを防ぐためにそこを使って欲しいのよ」

淀みなく答えるティスの様子に、徐々に納得の表情になっていく美夏。

傍で聞いていた楓、美冬もその説明に筋が通っているのを認めていた。

「美夏ねぇ。俺は問題無いぜ。ありがたくそこを使わせてもらおうじゃないか?」

ぽん、と美夏の肩に手を置いて楓が言う。

横では美冬もうんうん、と頷いている。

「わかったわ。ティス、ありがとね」

「納得してくれて良かった。これは小屋の鍵ね、管理は任せるから各自で持っていていいわ。それで…言いにくいんだけど…」

すまなそうにティスが言葉を続ける。

「何しろ、しばらく使っていなかったから、結構散らかっているからまずは片付けからやってもらいたいのよ」

ごめん!と言う風に両手を合わせるティス。

「気にしないで、実家の神社の掃除で慣れているから」

「ありがと!助かるわ。校内ネットワークの疎通は出来ているからね」

「あ、ティスさん。備品とかの取り扱いはどうすればいいんですか?手入れをしていないなら、古い備品があるだろうし」

ふと、その可能性に気が付いた楓が聞く。

「何か重要そうなものがあれば報告して。でも、中にあるものは使って大丈夫だわ。あ、これは特殊遊撃室の共用PCね」

と少し大型(20インチモニターサイズ)のノートPCをティスが渡してくる。

「わかりました。じゃあ早速行こうか、日が暮れる前に内部を確認したい」

「はーい」

「後の事は、この資料に書いてあるからわからない事があったら気軽に聞いてね」

そうティスの言葉を聞きながら、3人は本部を後にしたのだった。

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