28 自宅にて
下校をした3人は自宅に着き、少し慌ただしく夕食の席についていた。
テレビを周辺のニュースを扱っているチャンネルに合わせて、3人は夕食を進めていた。
「二日連続で、来訪者と戦うなんてね。ちょっと疲れたわ」
サラダをもそもそと食べていた美夏がぼやく。
「Dゾーンだから仕方ないんじゃ?地元も最初はそうだったし」と美冬。
美冬の前の皿はほとんど空っぽになっていて、食卓の上には魔法書を開いて何やら読んでいる。
「そうだな、まあ今日はHSSにも入れたし、無事帰ってこれたので良かったじゃないか」
「うーん、それにしてもハーピィも出てくるとはね。対空装備を楓は持たないとまずいね」
「ああ、銃器使用の許可をギルドにしているんだけど、どういう状態かわからないんだよね。ギルドのアプリを見ても『審議中』となっているだけだし」
「いい加減、日本も銃器アレルギーを治せばいいのに…」
「日本人の悪い癖なんじゃないかな」
「どういう事?」
「魔法があるから、それである程度の対空戦闘が出来ているからさ。ほら社会人の話で、人員が少ない状態で仕事をこなすことを続けていると、上司が人員過剰と思って現場の疲弊を考えずに人員補充をしないっていう事が多いってさ」
「ああ、確かにね。対空攻撃を魔法でやっているから銃器は今のところ必須じゃない、って考えている可能性があるって事ね」
「そそ。犠牲が出ているのに、大人はそれから目を逸らしているじゃないかな」
「ほんっと、そうだったらムカつくわね」綺麗な赤みがかった銀髪を両手でぐしゃぐしゃと乱して、美夏が憤然とした様子を見せる。
「当面は、他の銃使いのライセンスを持っている団員に聞いてみようと思うんだ。許可のうまい取り方を知っていたら助かるし」
そう言いながら、楓は自分の皿を流しに運ぶ。
「俺は外でトレーニングをしてくるよ。お風呂は先に入っちゃっていいから」
腰の武器用のホルスターに闇切丸と別の魔剣を差してから玄関へと向かう。
「わかったわよー。何かあったら携帯に連絡するからね」
・・・
バタン、とドアを閉めて楓は賃貸マンションの屋上へとエレベーターで向かう。
エレベーター建屋を出た先には、30m×50m程度の広場のような空間があり、貯水槽や空調設備がその脇に設置されている。
飛び降り自殺などを防ぐためだろうか、5mほどの頑丈な金属製のフェンスが屋上を囲っている。
周囲からの視線はあまり気にしないような環境になっているので、一旦それに満足してから闇切丸を引き抜いて正眼に構える。
『マスター。修行か?』
「ああ、そうだ。魔力を流すから周辺監視を頼む」
そう言っておいて、楓は自分の剣技の流派である理念神道流の型の練習を繰り返す。
神道流の流れを組む理念神道流の型は、50を超える数があり流派内の強さによって初伝、中伝、奥伝、神伝の中で教えられる型が異なる。
楓は中伝(この年齢ではまず到達しない)なので、20の型を知っており、それを一心不乱に繰り返していく。
1つ1つの型をする度に、型が目指す剣の動きを体に染み込ませながら剣を振るって行く。
「ふう…っ」
一息つくと、全身が汗まみれになっていることに気が付く。
時間を見ると1時間は集中していたようだ。
「しっかし、ウチの流派は対空攻撃が無いんだよなぁ…」
今日のハーピィとの戦闘を思い出して他の流派にはあるのかどうかはわからないが、ぼやきが口をつく。
『それは仕方無いだろう。少なくとも我はそのような使い手は見たことはない』
「そっかー」
『出来るとしても、宍戸流のような鎖鎌や宝蔵院流のような長尺ものでなければ厳しいのではないか?』
「うーん、銃が使えるまでは…。闇切丸」
『なんだ?』
「やっぱり、お前に紐みたいのを括り付けてぶん投げたいんだけど、いいかな」
『なにがやっぱり、だ。我を投げるなどは許さん』憮然とした思念が楓の脳裏に響く。
「だよなぁ…。剣を媒介に魔法を使えればいいんだけど、今のところそこまでは至ってないし。明日からは苦無を携帯するようにするか」
『そうしてくれ』まだ憮然とした思念が伝わってくる。
「わかったわかった、悪かったよ」
そう闇切丸と話していると、エレベーターのドアが開く。
「楓、そろそろ終わりにしないと。勉強もちゃんとやるのよ」と言いながら美夏は汗まみれの楓にタオルを渡す。
髪が軽く湿っているので、風呂上がりだろうか。部屋着の上にカーディガンを羽織った姿をしている。
その姿が月光を浴びて微かに発光しているように見え、危うい儚さを闇の中で感じさせている。
「うん?どうしたの?」
「…いや、なんでもないよ。タオルありがとう」
その儚さに、存在を確認しようとして手で触れたい衝動に駆られたが、美夏の声で我に返る。
「じゃ、戻りましょ。で、どう?」
エレベーターを待つ間、美夏が剣術の修行はどうだったかを聞いてきた。
「そうだなー。剣術のレベルを上げるには、こちらでも師匠を見つけないといけなさそうだよ。今のままだと、頭打ちになりそうな気がするんだ」
「そうなのね。上泉先生みたいな人が居ればいいけど」
「剣術の流派の流れは、もしかしたら日向神社が近いから頼んでみるのもいいかな、と思っている。前の手紙の返事をもらいにいくついでに聞いてみようと思う」
「それがいいんじゃない?交渉が苦手だったら、私が出ればいいしね」
エレベーターのドアが開いて、そのまま部屋に戻る2人。
「楓にぃ、美夏ねぇ。おかえりー」
もうネグリジェに着替えた美冬が笑いかけてくる。これから勉強をするようだ、手には
お気に入りのハーブティーをいつも入れている保温式の水筒を持っている。
「あー。楓にぃは汗びっちょびちょだから早くお風呂入ってよ、風邪ひくし」
「ああ、わかった」そう言って、楓は浴室へ向かって行く。
浴室に入って、さっぱりした楓が出て来た時は、30分ほど過ぎたころだった。
時間は10時に近いため明日の予習をしないといけないため自分の部屋へと向かう、そんな楓の姿をリビングから見ていた美夏は、手元の端末に再び目を落とす。
そこに書いてあるのは、自分達のこれからの行動予定のタイムライン、そしてこの街に来てからの関わった人物の相関図だった。
自分達に起きたことを、曖昧な記憶する事の危うさを知っている美夏は必ず1日の最後に、その資料をアップデートして、その日の内容を頭に入れてタイムラインを修正する事にしている。
こうする事で、自分達兄妹が目標に至るまでの方向修正や警戒すべき事柄に気が付く事も多い。特に弟と妹を導く立場として振舞っている自分にとっては必要な事だと理解している。
「今のところの地盤固めの進捗は、半分は過ぎたわね。あと解決するのは、ブレイカーギルドからの銃器使用許可の承認、私達の捜査室の体制構築、HSS内の変な内紛に気を付ける、あの変な騎士団の干渉を防ぐ…ね」
それらの要素を入力し、解決にかかる想定時間を入れると当初の目標からは2か月程度は遅くなる予想が出たのを見て嘆息する。
「はぁ…。こうなるわね」
じっとその表を見て考えを巡らせながら一口、ハーブティーを啜り1度思考をリセットする。
「軌道修正するなら、捜査室での動きが重要になりそうね。多分、名声を上げればギルドも無視が出来ないはずだし、HSSも私達の捜査室の重要性が分かれば守ってくれるはず。で、そうするには、やっぱり3人だときついわね。それなら、まだHSSに入っていない人の勧誘をすることもいいかも…よし、明日からは捜査室の構築と勧誘も含めた活動もしますか」
とりあえず、次の行動指針が決まった事でほっと美夏は安堵の息を吐いたのだった。
参考資料
兄妹の住んでいるマンションの設定
・5階建ての中層分譲マンション。70戸の部屋数があり、ほとんどがファミリー向け。
・3人が住んでいるのは4LDKSの部屋。
・屋上には自由に入れる。
・共用部は無駄なものは無く、24時間対応の管理人とエントランスロビーがあるくらい。




