27 HSS本部へ
3人は学園に逆戻りする形で、HSS本部へ向かって校内を歩いていた。
1度下校をした学園に戻るのは、なんというか疲労感が倍増する気がするなぁ、と美冬は思っていた。
楓はと言うと、何か考え込んでいるが口に出さないので、何について考えているかわからない。
あたしには、気兼ねなく言ってくれていいのに…と益体もない事を心の中で呟いているとHSS本部の入り口が見えて来た。
「こんにちはー」と、美冬が率先して中に入っていく。
昨日と違って、規模が小さい時空振動だったためかHSS本部の中は昨日ほど慌ただしくなく、詰めている人員は少ない。
「こんにちは、如月さん達。今日も活躍だったみたいね」
受付カウンターには、昨日と変わらずティスが座っていて微笑みを3人に向けていた。
「用件は何かしら?」
「俺達は、正式にHSSに入団するので、その手続きに来ました。書類とかが必要でしたら書きますよ、主に姉が」
「えー。あんたがやればいいじゃない」
「美夏ねぇが一番字が綺麗だからさ」さらっと美夏の抗議の声を流して、面倒な書類仕事を美夏に振る楓。
「しょうがないわねぇ」
「あはは、そんなに面倒な書類は無いわよ。入団届はこんな感じよ」
と、クラス、氏名、ブレイカーランク、魔法特性、戦闘での役割の欄、そしてHSSの規則に従うという事に同意するか否かのチェックボックスが書いてある簡素な書類を3人分ティスが差し出す。
「入団テストとかは無いの?」
「ブレイカーじゃない人や、ランクが一番下の場合はあるわね。あとは一定期間の訓練もやるわ。さすがに命をかける事になるから、きちんと訓練はやってから送り出すようにしているのよ」
「へぇ、しっかりしているのね。私達はどうなるの?」
「あなた達のランクなら、そのまま出撃できるわね。捜査室は…ああ、そっか神代君が言っていたトコに配属が決まっているからそこに入るはずよ」
「この入団届を出したら、すぐにHSSとして動く事になるのかしら?ちょっと私達が困っているのがこの街では、ブレイカーとHSSのどっちの立場を優先すればいいかがわからなくてね」
「それで言うと、あなた達の場合は団長の承認が先に出ているから入団届の提出と共にHSSに入ったことなるわ。そしてこの街での命令系統はHSSが優先になるわ。ブレイカーギルドとは協定を結んでいて、ブレイカーギルドが必須と判断をした作戦や依頼があればそっちに行く場合もあるわね」
「なんか、板挟みになりそうなんですけど」と楓。
「まあね、ただ優先権はHSSにあるから、判断に困った場合はこちらの作戦を優先してくれて構わないわ。あと、戦利品や研究用の来訪者の死骸の査定と報酬支払の窓口もやっているからね」
「かなり手広くやっているんですね」
来訪者の撃破報酬は、ブレイカーギルドで受け取るのがデフォルトだったがこっちでも戦利品の買い取りもしてくれるというわけだ。
「研究用の死骸って、この学園ではそんな研究もやってるの!?」
美冬が驚きの声を上げる。
「そうね、さすがにブレイカーギルドほどの大規模な解体所や研究室は無いけど、ミノタウルスくらいの大きさなら対応できるわね」
「凄いわね」
「戦利品や来訪者の研究、素材の販売は重要な私達の資金源だからね。ブレイカーギルドに持ち込んでもいいけど、こっちに回してもらえると助かるわ」
「なるほどねー。楓、美冬は入団届書けた?」
「ああ」
「できたよー」
と弟と妹から入団届を受け取り、自分のを含めてティスに提出する。
「確認するわね…うん、大丈夫そうね。これがHSSの腕章だから、基本的には付けておいて。あと、Iチップ付きの団員証もあるんだけど、それは明日には出来上がるので受け取りに来て。これは、HSSの規約だから読み込んでおいてね。これに反した行動をすると内規で処罰されるから」
「わかったわ。手続きはこれで終わり?」
「そうね、専用の捜査室に入るから、そっちの処理もしないとだけど今日は無理かな」
腕章を渡しながらティスが言う。
「どう?似合ってる?」左腕に腕章をつけた美夏が、クルリとその場で回って楓に聞く。
ふわっといい香りが楓の鼻孔をくすぐる。
「いいんじゃないかな、書いてある紋章もかっこいいな」
3人がそれぞれ、腕章を付け終わったのを見計らって、ティスが立ち上がる。
「これで、入団になったわね。HSSへようこそ」
その言葉に合わせて、その場にいた団員達が立ち上がって3人に向けて拍手をする。
「ど、どうもです」
突然の歓迎の拍手に照れた様子で、楓が頭を下げる。
「ティス、その3人はどこの捜査室に入るんだ?」と誰からか声がかかる。
「この3人は、団長の指示で特殊遊撃室に入る事になるわね。しばらく誰も配属がなかったところよ。佐原君」
「そりゃあ、異例だな」とティスと同じような事務方の生徒が驚いた声を上げる。
「ただ、新入団員を欲しがる奴がいるんじゃないか?そこはどうするんだろう」
「それってどういう事ですか?」と楓。
「ああ、どの捜査室も人員を欲しがっているから、新入団員が来ると争奪戦が起きる時があるんだ。そうだな…君達みたいに既に活躍しているのであれば自分の捜査室に入れたくなる人がいるんじゃないかな」
昨日の戦闘詳報らしき書類を見つつ、佐原が答える。
「こじれないようにしたいなぁ…。争奪戦ってどうなるんですか?」
「まずは、話し合いで解決を図るんだが、どうしても収まらない時は試合になる事が多い」
「試合って…」美冬が首を傾げる。
「HSSのルールに従って、個人もしくは団体戦形式で試合をして白黒つける方法だな」
「…武闘派みたいな事もするんですね」
「まあな」と肩をすくめる佐原。
「はあ、怪我とかしたら出撃が出来なくなるんじゃないんですか?」
「あら、いい所に気が付いたわね。もちろん、治癒魔法のフォローはするわ」
「早い話、試合ですっきりと決める事、そして後には引っ張らないようにする…という事ですね」
「そうね、まあ勝てばいいのよ。同じ用件で同じように試合はやれないようにしているから」
「じゃあ、しつこく付きまとわれる事は無くなるのね」と美夏。
「そうね、と」手元の通信機が鳴ったので、その受話器をティスが取る。
「はい、こちら本部です。はい・・・いますけど。今からですか?ええ、はい。わかりました」
受話器を通信機に戻して、ティスが戸惑い気味に美冬に顔を向ける。
「今、保健室の柚月先生から連絡が来たんだけど、明日、保健室に美冬さんに来て欲しいって言っていたわ」
「美夏ねぇ、どうしようか?」と美冬が聞く。
「明日ならいいんじゃない?時間の指定が無ければ、放課後に行きましょ」
「はーい。あ、楓にぃ。腕を治すからちょっとそこの椅子に座って」
「ああ、助かる」
そう言いながら、手近な椅子に楓と美冬が座る。
小声で呪文を唱えると、青白い光が美冬の手のひらから発せられてハーピィにやられた打ち身の箇所に、手のひらをかざしていく。
「あ、怪我していたのね」とティス。
「ええ、駅の南でハーピィの群れと交戦をした時に鈎爪でやられたのよ。まあ、対刃アンダーウエアを着ていたから打ち身で済んだけどね。
「随分と準備がいいのね…。あ、HSSでも基本的な装備は貸与できるから必要だったら言ってね。通信機は、今用意できるのは1機だけしかないから誰が持つ?」
「じゃあ、私が持つわ。数が足りないの?」と美夏。
「ううん、数はあるんだけど整備が追い付いてなくてね。完全動作が保証出来ている数が少ないのよ」
「勿体ないわね、良かったら私が見ようか?これでも地元で機械はいじっていたから」
「それは助かる!でも、今日は遅いし明日以降でいいわよ。あと、装備のカタログはこれだから、目を通しておいて」と小冊子をティスが差し出す。
「ありがと」それを受け取って、美夏が頷く。
「楓にぃ、腕はどう?」と美冬が聞く。
「うん、大丈夫そうだ」腕を回したり、力を入れて痛みが無いかを確認していた楓が笑顔を美冬に見せる。
「えへへ」
「治ったみたいね、それじゃそろそろ帰りましょ。私達はこれで上がるけど、シフトとかはどうなっているの?」
「まあ、それはおいおい決まると思うわ。しばらくは放課後に本部に顔を出してもらえる?」
「了解したわ。またね」
そう言って、3人は本部を出て行く。
「はあ、ああは言ったけど何も起きないといいけど」
「それはちょっと厳しそうだな。あの兄妹の戦闘力を見ると、どこかの捜査室が欲しがるはずだし」と佐原が楓達のプロフィールを、ティスのディスプレイに表示する。マメな性格の佐原が昨日の戦闘詳報にある来訪者の撃破数、今日の情報も追加している。
「もー。ちょっとは希望を持たせてよ。試合になると大変なんだから」
はぁっとため息をついて、ティスは頭を抱えたのだった。




