26 美夏と美冬が痺れを切らす→合流
岩戸駅南口広場、そこは宝翔学園のある北口と違って区画整理がされていない印象を得る場所だった。
駅前のロータリーはあるが、ロータリーに出入りする道が5本もある事が美夏がその印象を強くする。
周囲にはHSSの団員が終結しつつあり、ここを拠点に突然の時空振動に対応するようだ。
「うーん、ここでは私達は出る幕は無さそうね」
タブレットにブレイカーギルドのアプリで状況確認をしながら美夏はぼやく。
「それじゃあ、楓にぃと合流しない?今のところHSSの指揮下よりはブレイカーギルドの立場で動けばいいんじゃないかな」と美冬。
「そうね、楓の移動速度が落ちているから交戦中なのは確かだから移動しましょ」
今まで座っていた路上(ベンチは避難している一般人に譲っていた)から立ち上がり、スカートをはたく。
「アクセス・データマージ・ロケート」と情報魔術を美夏が展開する。
2人の視界の隅に簡単な地図と、楓のおおよその方向を示した矢印が表示される。
「それじゃいくよ。…我が望は斥力の力!惑星の重力より我を解放したまえ!ライト・ウェイト!」
美夏が杖を振って荷重軽減の魔法を美夏と自分にかける。
荷重軽減によって、体重が半分程度になった2人は通常よりかなり素早く疾走に移る。
すぐに耳が風を切る音を捉えるほどの速度になり、速度を上げていく。
適宜ピンを打ちながら、死角を消しつつ楓の居る位置へと進んでいく2人の目に、再開発地区から飛来する翼を持つ6体の来訪者の姿を捉える。
それらは、2人には気が付いておらずその近くの誰かを狙っているようだ。
「なんか、悪い予感がする」
「そうね、私も同じよ」
遠目では、ハーピィと呼ばれる半鳥半人の来訪者に見える。
飛行能力に加えて、鋭い鈎爪を持ち集団で獲物に襲い掛かる習性が知られているため、対空装備が無い場合は苦戦する事が多い。
多分、楓は対空装備を今日は持っていなかった筈なのであの集団が楓に接敵すると、まずい事になるのは間違い無い。
「!」
ハーピィの群れが急な動きを見せる、2人から離れる方向へと降下をしつつあるようだ。
急降下ではないのは、ハーピィの残虐性として知られる獲物を嬲るつもりだろう。
美夏がピンをその方向へ発信し、敵の対抗属性を観測して情報魔術に反映をする。
今回は運がよく特別物理攻撃と魔法攻撃に特化した敵はいないようだ。
「楓は考え無しに動いているとは考えにくいわね」
そうボソッと言った後に風切り音と少し遅れて発砲音が耳に届き、ハーピィの向かった方向から断末魔の叫びが聞こえてくる。
一瞬、楓かと思ったが甲高いものだったのでハーピィのものと判断をする。
「美夏ねぇ、あとちょっとで追いつく。どうする?」
数秒、頭脳をフル回転させた美夏は行動を決める。
「美冬、ファイアボルトは何発出せる?」
「今だと、最大で8が限界。ただ、魔力切れになる」
「じゃあ、3発まで使用して、照準は任せる」
「わかった!」
と、話しながら美冬が炎で形成された矢を順番に頭上に出現させ、自分に追随させていく。
そう話しているうちに、ハーピィが降下したと思われる地点からハーピィの鳴き声が聞こえてくる。
「楓!」
角を曲がるとそこは幅3メートルほどの路地になっており、向かって左手に空き地、右手は住宅の壁が迫っている。
そして、想像どおりハーピィの群れが楓に襲い掛かっている様子が眼前に広がる。
楓の様子は、腕の制服が爪で破られていてその下に着込んでいた対刃繊維を織り込んだアンダーウエアが覗いているが、楓はひるむこと無くカウンターをハーピィに当てていた。
数は1匹減っていて体がバラバラの状態で路上に散らばっている、多分さっきの銃撃で屠られたのだろうと美夏は見当をつける。
「レディ…ファイア!」
美冬が楓に飛びかかっているハーピィに向けて、1匹に対して1発のファイアボルトを発射する。
誘導方式を発射後は自動で着弾する設定にしたので、この距離では外すことは無い。
「ヒィィィィィ!」
顔や体を焼かれたハーピィが空中で、苦悶の悲鳴を上げていく。
「助かる!」
そのうち、高度が下がった1匹を楓の闇切丸が切り裂く。
「美夏、ウィンドカッターを西から東へ使ってくれ!」
「え、逆風じゃない」
「いいから!」
「わかったわよ。…風の精霊よ、我が刃となりて敵を切り裂け!」
楓の指示通りに美夏の手のひらから空気を凝縮させた風の刃が、逆風に威力を落としながらもハーピィの身体を切り裂いていく。
吹いていた自然の風と、魔法で作られた風、そしてハーピィの重量のそれぞれが干渉した結果
空中のハーピィが数秒、動きを完全に止めた状態になる。
そこへ2発目、3発目の銃弾が着弾する。
「…ッ」
悲鳴も上げずに、銃弾が着弾したハーピィが粉砕されていく。
「やぁぁっ!」
最後のハーピィが逃走をしようと背を向けたところに、闇切丸を振るい腿の部分をざっくりと切り裂いていく。
さらに、完全にバランスを崩したハーピィに向けて、再度ウィンドカッターが直撃しその異形の身体が道路へと落ちる。
ザクっとその身体に楓が闇切丸を突き立てて止めを刺す。
「オールクリアね」
ピンを打って、近くに来訪者が居ない事を確認した美夏が楓に笑いかける。
残心を終えた楓が闇切丸を鞘に納めてから、駆けつけてくれた2人に向き直る。
「助かったよ、ありがとうな」
「気にしないで、駅の方はHSSもブレイカーも展開していたから来ちゃった」
「楓にぃ、腕は平気?」
表情を曇らせた美冬が楓を見上げて言う。
「ああ、軽い打撲で済んでいる感じだな。後で治療を頼む」
「うん、任せて!」
楓に頼られた事に、表情をパッと明るくする美冬。
「ねえ、この銃撃は誰がやったかわかる?」
「ああ、近くにスナイパーが居て援護をしてくれたようだよ。先にゴブリンを殺った時に居るのがわかったので、俺はハーピィをこっちに引き寄せて来たんだ。先に倒したゴブリンの死体があったからハーピィが警戒すると思ったんだが、援護しやすいポイントに釣れたので結果は良かったかな」
「あんたねぇ、あの数は危険でしょうが」
説明を聞いた後、軽く楓の胸のあたりを小突く美夏、仕草とは別に美冬と同じように目には心配の色をたたえている。
「まあ、援護射撃が期待できたし駅の方向へ引っ張れればHSSやブレイカーと合流できると踏んだからさ。それに美夏ねぇと美冬も状況を見てくれると思ったし。期待通りに来てくれて助かったよ」
「それはどうも。まだあんたは例の許可は出ていないから、飛行型とはあまり戦わないでね」
「わかったよ」
そう答える楓を美夏は見るが、この程度の群れであれば1人でなんとかできるとは思っている。
しかし、幼少の頃から変わらず楓が傷つく事については心を灼くほどの焦りを覚える。
「大丈夫だよ、美夏ねぇ。俺は2人を守るために居るんだから、そうそうはやられないさ」
ポンポンと、美夏の頭を撫でで楓が背を向ける。それだけで、今まで自分の心を覆っていた焦りがスッと溶けていく。
「楓にぃ、美夏ねぇ。一旦学園に戻る?戦ってわかったんだけど、ブレイカーとHSSのどっちかの指揮下に入るかをはっきりしないと、動きにくい気がするの」
「そうだなー。今の時空振動警報が消えたら学園に戻るか、ちょっと遅くなりそうだから2人は体を休めておいてくれ。霊薬があれば使ってもいいから」
「うん」と姉と妹が路上に座って休息している間、楓は戦利品を集めたり報告用の画像などを撮って現場処理を進めていく。
スナイパーの倒した敵のものは、ここに置いたままなのは難なので「後で返す」という意味を持つ、電子的フラッグをブレイカーのアプリに表示しておく。
支援をしてくれたスナイパーがHSSであっても、ブレイカーであれば確認できるはずだ。
「この爪は装備の強化に使えそうだな」
ハーピィを解体しつつ、使えそうな部位を回収袋に入れていく。
それが終わるころ、防災無線のスピーカーから周囲の時空振動警報が解除された事が放送され、3人は宝翔学園へと戻る事にしたのだった。




