19 原点に立ち戻った楓と黒巫女
HSS入団がほぼ決まった3人は次の日は、かねてからの目的であった日向神社に向かっていた。
昨日のように、時空振動予測での確率は10%と低いため何も起きないはずだ、多分。
それでも最低限の警戒を怠らないように、先を行く姉と妹の背中を追いかけている楓だった。
今のところ、何も起きそうな感じではないのと周囲の警戒には美冬の硝子の目(眼球型の視覚補助魔法)を併用しているため、楓もいくらか気を抜いている。
3人が和気あいあいと裏参道を進んでいくと、昨日も遠目から見た石造りの小さめの鳥居が見えてくる。
「あそこから入るみたいね。裏参道だから、鳥居も抑え気味なのかな」
「かもね、まあ中は広いらしいぜ」
そう言いながら、3人は神域へ足を踏み入れる。
「きゃ…!」
美冬が上げた小さな悲鳴を聞いて、楓と美夏が慌てて振り返ると
「楓にぃ…。硝子の眼が潰された…」
美冬が右目を手で抑えて涙声で訴える。
「結界か?」美冬の手をどけて、右目に異常が無いかを確認する。
充血が見られる以外は、何も問題がないのを確認して、安堵の息をつく。
「うん、攻禍結界に近かった」
結界とはあるエリアを限定して、フィールドを展開する魔法の総称となる。
用途は色々とあるが、この神社に展開されているのは、怪しい異物を攻撃的に排除するものらしい。
「ウチでも、そこまでは使ってなかったが、警戒厳重だなぁ」
実家の神社の結界の事を思い出して感想を言う楓。実家の結界は段階的に強度が上がって行って、最後の段階で攻撃的な防衛を行うようになっている。
これは主に誤解による被害を防ぐという面を重視した結果だ。
「楓、ほらあれを見て」美夏がつんつんと楓の肩を指先でつっついてから、拝殿を指差す。
そこには、1人の巫女と黒装束の巫女がいた。2人とも3人を見つめている。
「私らに用事あるみたいね。逃げておく?」
「誤解を本のごとく積み重ねて、解決を困難にするような事は言わないように」
美夏をたしなめて、楓は先頭に立って2人の巫女に向かって歩き出す。
それに合わせて巫女達もこちらに向かってゆっくりと歩いて来る。
「大体、逃げるって言っても、あの人が黒巫女さんだったら、逃げきれないでしょ」
美冬が楓に同調する。
「ま、本物ならね」ゆったりと構えている風で、油断無く彼我の距離を測りつつ近づく楓。
その距離が3メートルを切る寸前に足を止める。
五人とも足を止めて、見つめあう構図になる。
間がもたなくなって、楓が口を開こうとした時。
「君は、何だな。慎重な性格なのか?」
黒巫女が言葉を発する、やや低めの声だが不思議と声の通りはいい。
「霞さん、いきなりそんな事を言うから、彼らは困ってるわよ?」
困った風で普通の巫女の方も口を開く、髪や肌の色素が無いくらいに真っ白で、琥珀色の瞳が唯一の色彩と言える。
「俺たちは、先日宝翔学園に入学したばかりの生徒と同時にHSSに入る予定の者です。母より手紙を預かっているのでこちらに参上しました」
隠すことも無いので、神社に来た目的を2人に告げる。
「ああ、君たちは学園の生徒だったのか。いや、ここにいる百合が結界に侵入しかけたガラスの目を感知したからな、その術者に硝子の目を使った理由を聞きたかっただけだ」
百合を守るように、さり気なく霞がその前に立つ。
すでに楓が見立てた霞の剣の間合いを割っている。
「そう構えないでくれ、何も捕まえようと言うわけじゃない」
「…わかりました。硝子の目を使っていたのは、周辺警戒用でした。この神社にそこまで強力な結界があるとは思わなかったので、妹が少し痛い目を見てしまったと言うわけです」
そう言って、バックパックから手紙を取り出す。
「これが、母より宮司様宛のを預っている手紙です。秋葉宮司へお渡し願います」
「あら、それはごめんなさい。…と、自己紹介がまだだったわね。私は加賀見百合、この神社の結界巫女を務めているわ」
そう言ってから、手紙を受け取り袖の中に入れる百合。
「確かに預かりました、宮司様へお渡し致しますね」
それに対して、目礼で謝意を示す楓。
「私は霞だ、苗字は役目上、明かせない」
「そりゃあ、黒巫女さんはそうよね」若干緊張がとれた口調で美夏が言う。
「…黒巫女が苗字を言えない事を知っているのか?」
「ま、実家が神社で、母さんが若い時に黒巫女をやっていたから、色々と聞いているんです」
「そそ、飛騨にある神鳴神社が私たちの実家なの」
初対面の緊張が解けた美冬が言う。
「神鳴神社だって?」
霞が考え込む様子を見せるのを、百合が不思議そうに見る。
「何かご存知なんですか?」
「いや、もしかして母上の黒巫女の時の名前は…?」
そう言いかけた時に、5人に向かって神社に勤める神人が1人歩いてくる。
神人の服装に太刀を佩いている、その身のこなしは隙が無い。
「百合殿、宮司がお呼びです。…いかがなされました?」
「あ、わかりましたわ。神鳴神社のみなさん、また色々と話しましょうね」
最初の警戒の表情から打って変わって、しとやかな笑みを浮かべて百合が会釈をする。
「霞さん、行きましょう」
「…わかった、では失礼する」
霞も百合に従って去って行こうとするが、足を止めて3人に向き直る。
「百合は、結界師として優秀だが結界の維持に体に負担をかけてしまう、ここに入る時は使用する術を、社務所で結界に認識させておいてくれないか?」
「りょーかいです、霞姐さま」
気安く右手を上げて応える美冬に微苦笑を返して、霞は百合達を追って行ったのだった。
■人の数の表記について
今後は人類、エルフ、魔法使いは〇人という表記に統合していきます。
※なお、キャラ描写の都合でそれ以外の呼称をする場合がありますが、レアケースです。