第1話 入学式での出会い
2055年4月12日月曜日 埼玉県岩戸市駅前からこの物語は始まる。
桜の花びらが、これから入学する宝翔学園のバスターミナルのベンチに座る楓の頬をかすめていった。
「春だねぇ」軽いあくびをして楓はつぶやく。
彼の名前は、草薙楓。背は170cmを少し超えたぐらいの体に、筋肉がしなやかについている。
容貌は普通よりややマシと言う程度だろう、少しクセのある黒髪の中に一筋の銀髪が混じっている事と切れ長気味の目が特徴と言えば特徴だ。
背嚢と言うくらいに頑丈そうなリュックを足元に置き、右手は黒漆に龍が金泥で彫り込まれている日本刀の柄に手をかけている。
これは魔法が世界に出現した後に確認された、魔道具と呼ばれる中で魔剣と呼ばれるカテゴリーに属する数多くの剣の中の一振りの闇切丸と名付けられた剣である。
魔剣を扱える技術を持つ人類は魔剣士と呼ばれて、来訪者との戦闘で重宝されるが魔法使いの一種とされているので、一般的な人類とは一線を引かれてしまっている。
「ねえ楓、その言い方はジジむさくない?」
楓の目線の下で、ピコピコと長く先の尖った耳が揺れている。
左手に座っているのは、楓の姉の美夏。
容貌はかなり可愛い部類に入るだろう、小柄な肢体をブレザー型の制服に包んでいる。
小柄な肢体にもかかわらず、制服を盛り上げる胸の膨らみは一般的それを超えるほどの大きさを見せていた。
腰まで伸ばしたまっすぐな髪の色は赤みがかった銀髪で無造作に後ろで一本結びにしている。
そして大きな紅色の瞳そして尖った耳朶を持っている。
その「人ではあり得ない」身体的特徴は彼女がエルフであることを示している。
エルフは86インパクト後に地球上に出現をした人型の種族だ。
彼ら彼女らは物語で言われているように、不老不死であるかは未だに不明だが「不老」の形質を持っている事は出現後60年が経ち、徐々にそれが分かりつつある。
この為、エルフは人類を超える種である恐れ、その形質に目を付けた人体実験の材料に使用するため、または純粋な生物学、医学の振興のための強制的な定期健診、人類種との婚姻の禁止など様々な制約と倫理に反する制約を人類社会は強いてきた。
その制約に対して人類社会では60年の時の中で様々な議論や戦火が交わされた。
世界がエルフ、魔法使いという異質の存在を抑圧、差別を強める流れになった時、宝翔学園が保護に立ち上がった結果、エルフと魔法使いは保護すべき亜人類としての立場を獲得した。
…数多くの犠牲の上に、だが。
「あはは、楓にいが渋い趣味なのは前からじゃん」
そう右から笑い声を上げたのは妹の美冬。
美夏より背がやや高く、ほっそりとした肢体をしている。
肩まで伸ばした髪の色はオレンジに近い茶髪をカチューシャ編み込みにし、冬の青空を想起させる青々とした意思の強さを感じる瞳を持つ美少女という印象。
「うっせ」
前にその事を二人に言った時に、何故かかなり詰められた記憶を呼び起こしつつ、不機嫌な声を返す。
美冬は美夏と同じく86インパクト後に出現されたとされる魔法使いと呼ばれる種族だ。こちらもエルフと同じように闘争の末に社会的地位を確立し、世界各地に魔法使い組合を形成してそれを守っている。
楓はそんな生まれながらにして、社会的ハンデを背負った姉と妹を持つ少年だった。
「俺は爺ちゃんのせいで、趣味がこんなになったんだよ」
渋い渋いと2人から言われているのは、祖父の影響で和風の趣味に傾倒している事に端を発する。
3人の父は今はおらず、家庭で多くの時間を祖父母と母と過ごしていた。
その父は魔導戦争と呼ばれる魔法使いへの集団ヒステリーによる個人、組織的な虐殺行為に端を発した世界戦争の折に自衛陸軍の1大隊を率いて首都防衛戦の最終局面となる丸の内攻防戦の時に行方不明になっている。
「まあ、楓がアイドルの追っかけやったり、ネイルに凝るなんて想像出来ないしね」
流行りの雑誌のページが表示されている電子ペーパーから目を上げて、美夏は楓を見つめる。
「全然、フォローになってないんだけど」
「フォローじゃないし」
「いまさらよね」
「うぐっ」
「はー。それにしても周りを見てもエルフや魔法使いっぽい人が多いね」
「世界で最初に、亜人種の保護を謳った学園だからな。いくらエルフと魔法使いが少数派とはいえ、こんなに集まっていると壮観だな…安全とはいえDゾーンの真っ只中なんだぞ。よくこんな集まったな」
「そおねー」
紅の瞳をバスターミナルの路上に向けた後、楓に戻して言う。
「毎日、起こるわけじゃないみたいだし、張り詰めていてもいい事ないんじゃない?」
「油断してやられるのが嫌なんだよ。俺は」
傍目には、可憐なエルフ、美少女の魔法使いとあまり冴えないふうの少年が言いあっているような構図だ。
否が応でも目立つ3人だが、初登校の日とあってその視線に気がつかないほど、3人は年相応に興奮を覚えていた。
「Dゾーンね、見た感じはそれほどAゾーンと違いが無いんじゃない?」
「…美夏。鈍いな」
「えっ。ちょっと!なんか失礼よ!」
やれやれと言った風の楓の言葉を受けて美夏が顔を紅潮させて抗議する。
「そーそー。人をバカにするなら根拠が無いとダメだよ。楓にい」
2人の美少女の視線を受けて、視線をバスロータリーに向ける。
そして軽く刀の鞘でアスファルトに覆われた地面を叩く。
「確かに大きな被害の痕跡は見られないけど、ここの部分だけでもこの音からかなり頻繁に修復されている事が分かる。微妙な色合いで分かるんだけど、あっちに見える電柱の5本くらいかな、真ん中から折れたところを修復しているんじゃないかな」
「ふうん…」
なにげない表情で説明する楓を、紅の瞳で見やる美夏。
「で、それで導かれる結論はなんなの?楓センセ」
「からかうなよ…。結論から言えば、ここは何度か大規模な来訪者の襲来を受けている。特にこのロータリーではオーガクラスの来訪者との戦闘が起きたと考えられる。だがそれらは撃退されて現場も修復もされている…と言うことはここの防衛体制と修復体制のレベルは高いんじゃないかな。防衛もそうだが、来訪者の襲撃で被害が出た箇所の修復が出来るという事は生活再建がしやすいから、人類の生存に適していないと言われるDゾーンのこの街でも人口が減少していない一因だと思うよ」
来訪者とは86インパクト後に現れた、人類に敵対する生物の総称で世界各地がこの被害を受けている。
その多くは様々な神話や物語で出て来る怪物の姿、行動をするものが多く名前はその物語から取られている事が多い。
それらに共通しているのは、人類、エルフに対しての強烈な敵愾心を持っている事だった。
「そう言われると、確かにね。テレビとかで見たDゾーンは、かなり滅んでたわ」
来訪者の襲来が起きるようになり、各国政府はその頻度により、地域の安全ランクをつけている。
AからFまでランクがあり、Dゾーンはかなりの頻度で来訪者が襲来するカテゴリーに入っている。
基本的にE、Fゾーンは襲来が多発するために住民は少なく、Dゾーンもあまり居住に適さないと言われる。
来訪者の出現は撃退できても、それにより家やインフラが破壊される事で、住民がいなくなった結果、来訪者が跋扈してしまった地域も多い。
「そう言う事、ここの人達のレベルは色々なスキルが高いと思う」
「総合力って事?楓にい」
「ああ、俺たちの故郷みたいな感じだな」
そう言った時、3人の頭上から声が降ってきた。
「鋭いね、君たちは」
3人が顔を向けると1人の少女が3人を覗き込む姿勢で、微笑みかけていた。
女子としては長身の部類に入るだろう。
肩まである青色の髪をポニーテールにしており、髪と同じ色の大きな瞳が笑みをたたえて3人を見ている。
容貌は闊達な美人と言う感じでプロポーションは良く、ブレザーを押し上げる膨らみは美夏と良い勝負だ。
春なのに暑いのかネクタイも付けずにワイシャツの第二ボタンまで開けて前かがみになっているので、楓の目には下着の端がチラチラと見えている。
そこに目を向けそうになるのを、自制心で抑えてその女生徒の目を見返す楓。
若干、左右からの視線が痛い(気づかれた)。
「わたしは栗原もとか。学園の高二よ」
少女は笑みを浮かべて自己紹介をしてから続ける。
「ここ、岩戸市の修復技術はかなりのものよ、その修復の頻度とレベルを一目で見抜くなんてやるじゃない。キミの言った様にここでは5日前にオーガを中心とした大型来訪者との戦闘があったのよ、まあサイクロプスも出て来たんだけどね。その時にサイクロプスの棍棒の一撃で電柱がボキボキに折られたのよ」
栗原もとかと名乗った生徒とは初対面だが、楓の事を褒めているようだ。
「褒めてもらってどうも。で、栗原さんはそんな事で声がけを?」
「おっと。警戒させちゃったかな?私は所属がHSSだから興味深い話をしていたから、ちょっとね」
「宝翔学園防衛機構…HSSの方がこんな話に興味を?」
「あら、ウチの組織の事は知ってるのね」
「ええ、有名ですから」
宝翔学園防衛機構…通称HSSは宝翔学園に対する、あらゆる攻撃行為に対しての防衛機構として内外に有名な組織だ。
運営のほとんどを学生が行っていて、機動力もあることから設立当初から近隣の自警団や警察と連携して学園を護り続けている。
また、国際的な民間自衛組織として作られたブレイカー協会が認定しているブレイカーとして活動をする生徒も居る事は広く知られている。
「君たち興味深い話をしていたのをそこで聞いちゃって興味を覚えたの。ほとんどの新入生はそんな話なんかしないしね」
「そんな珍しいですかね」
「まあね、それに私たちの保護対象のエルフさんと魔術師さんを連れているからね。私たちHSSの使命を知ってるでしょ?」
「ええ、宝翔学園が来訪者やエルフや魔術師への差別主義者に対抗するために作った学生主体の防衛機構ですよね」
「その通り。ま、君たちは目立つから声をかけたのよ。恋人同士なの?どっちが?」
もとかと名乗った少女が言った瞬間、楓の右腕を量感のある柔らかい感触が包み込む。
「私はこいつと姉弟なだけよ」
右腕を抱え込んだ美夏がキッパリと言う。
「そう、私と楓にいは、ただの兄妹ですよ?」
左腕は美冬に抱えられ、ほのかな柔らかい感触が左腕に当たる。
「だー!誤解を生むよーな事すんな!俺たちは家族だろうが!」
両腕を振りほどこうとするが、ガッチリとホールドされてしまっている。
「…仲がいいのね」
一瞬、目を見張ったもとかが、ややジト目気味に3人を見る。
「はぁ…。ただの姉と妹なんですけどね」
初対面の人に何回も説明してきた台詞を吐き出す。
「まあ、あなた達の関係は大体分かったわ、そろそろ入学式だから一緒しない?」
「え、いきなりいいんですか?初対面なんですけど?」
「あたしは気にしないでわよ。ま、ついでに学園まで案内しちゃうわよ」
「…わかりました。2人とも行くぞ」
両脇の姉妹に声を掛けると、2人はもとかを何かの仇のように見ている。
「楓にいに、女がアプローチ。ライバル出現の予感」
「同感ね美冬」
「…いい加減、行くぞ」
腕を揺すると、今度は素直に両腕が解放される。
周りの嫉妬まじりの視線に矢襖にされるのに耐えるのも限界になった楓は、強引に2人の腕を引き離して立ち上がる。
3人に向けられていた様々な視線も、それに伴ってその密度を減らしていった。
だが、それでもなお幾つかのシツコイ視線が、自分の姉妹に向けられているのには楓は気がついていた。
(やれやれ、また同じ事がココでも起きそうかねぇ)
楓は心中でため息をついたが、遠くに見える宝翔学園の校舎を見て自分の3つの目的を思い出す。
1つ目は行方不明の父を探す、そして行方不明を知らされた後から気丈に振舞っている母と再会させる事。
2つ目は祖父から託された自分の魔剣の闇切丸、それを封印していた悪しき者を探し出し殲滅する事。
3つ目はエルフ、魔法使いと言った現在の人類社会では未来を閉ざされやすい姉の妹の未来に待ち受けている全ての障害を排除して未来を拓く事。
その3つを実現するためにはこの学園生活を通して力をつける、そう決意を新たにして楓は宝翔学園への第一歩を踏み出したのだった。