君の元へ。
50!
『あー…あれそういう写真だったんだね…。葵ちゃんが無表情で楽しそうにピースしてるからてっきり仲良く自撮りしているのかと』
「然りげ無く何してんだ後輩」
まさかの賢くん人生6205回目のモテ期到来の大告白を受けたその日の夜。
俺は遠いところにいる幼馴染兼恋人と、本日起きた他愛無い出来事について釈明、もとい微笑ましく談笑していた。…無表情で楽しそう、というのは何なんだろうか。
『正直に言えばちょっとした冗談のつもりだったんだけど…、葵ちゃんの真面目さを甘く見てたかな?』
「…勘弁しろよ…。本当に肝が冷えたぞ…」
『ふふ。ごめんね賢くん』
画面の向こう側で、白い顔で申し訳なさそうに眉を曲げて微笑む志乃。
かと思ったのも束の間、今度は逆方向へと眉を曲げると、小さな画面に指を突きつけ、まるで子を叱る母の様な顔を浮かべる。
『でも、女の子の一世一代の告白をさらりと別の女の子に報告しちゃうのはどうかと思うな。そういうとこだよ?』
「む…」
まさしく仰るとおりなお言葉に、思わず肩を竦める。
「まあ、言わんとすることは分かるが、別にあれこれ語った訳でも無いし…それに」
『それに?』
…が、俺とて考え無しにプライバシーを語るつもりも無い。
「変に穿った情報を知って、今の志乃に負担がかかる方が俺には一大事だ。なら、さっさと誤解は解いた方が良い」
つまりは結局そういうこと。
あの子には大変申し訳無いことだが、今の俺にとって、一に志乃さん、二に志乃ちゃん。三、四も志乃ちん、五に志乃たんなのだから。
『………そういうとこだよ………』
何故かベッドに顔を押し付けて、もぞもぞもぞっていた志乃が何度か小さく咳払いをすると、改めて画面と向かい合う。まだ仄かに頬は赤いが、取り敢えずの平静は取り戻したらしい。『続きをどうぞ?』と細いお手々が先を促してくる。
お言葉、いやお手々に甘えて。
さて、こちらの近況報告が終わったなら、お次は攻守交代。
「…で、そっちはどうだ?…あー、…まさか、変な奴に、言い寄られてたり…」
まさか、患者にちょっかいを出す様な不審者がいるとは流石に思いたくないが、今の世の中、本当に何が起きるか分かりゃしない。
若干、口ごもりながら情けなく口を開いた俺に、志乃はいつもの様に笑みを浮かべると人差し指を唇に添え、あざとく小首を傾げた。
『んー…どうだろう?あ、でも、よく散歩に誘ってくれる人はいるかな?』
「何!?」
それはまさに恐れていた展開。寝耳に濁流。
儚い雰囲気に整った容姿。痩せ気味細すぎとはいえちゃんと出るとこ出たナイスバディ。そんなかわいこちゃんが病院で一人、可愛らしい顔を歪めて必死に病気と闘っているのだ。加えて傍に男の影は無い。
『薄幸って表現が似合いそうな人なんだけど。いつも緊張しててね?勇気を出そうと頑張ってる様子がいじらしいの』
「な……っ」
そんな女性に声をかけずにいられる男がいるだろうか。いや、いない。
あ、でも赤の他人で二十歳以上は普通にギルティだと思う。学生に手出そうとすんなし。
いや、今重要なのはそんなことじゃない。重要なのは、俺のし…人の恋人に手を出そうとする愚か者がいることだ。
こうしてはいられない。今すぐにでも家を飛び出し、志乃の下へと駆けつけ、俺達がいかにいちゃらぶいけいけばかっぽぅ(吐血)であることをば知らしめないとなるまい。
思わず膝に力を込めた俺を見るやいなや、画面の向こうで唇が吊り上がる。
『まあ、7歳の女の子なんだけど』
嬉しい、というよりかは、いやらしく。
「…………………あ、そ………………」
……まあ、そこから生まれる恋っていうのも、無くはない、から、なぁ。
将来的に
『お姉ちゃん…私、こんなに大きくなったんだよ?あの時の返事、聞かせてくれるよね?』
『だ、駄目だよ……っ。私なんてもう、アラサーなんだよ…?君にはもっと良い人がきっと……』
『お姉ちゃん以外いらない』
『あっ///……』
(※暗転、何かえちちなBGM)
てなる可能性が無いわけではないし。見てみたい気がしなくもないし。
何も言わず、身体を戻す。別にふとスクワットしたくなっただけだし動揺なんてしててないしし。
『…その子も少し重たい病気でね?…あんなに小さい子が頑張ってるんだもん。私だって負けられないよね?』
「………志乃」
画面越しでも変わらない、儚い笑みを浮かべる瞳の中に覗く、確かな決意。
そうだな。お前は見た目によらず、ずっと強い女の子だもんな。俺の心配なんて、余計なお世話だったのかもしれない。
「(……ふっ)」
ならせめて、愛する恋人が明日もリハビリを頑張れる様に、男らしく応援でもしてやろうか――――
『だから最近は、賢くんが緋南にパントマイムで負けた時の罰ゲームで歌った、魔法少女の超絶萌え萌えソング(振付有り)をBGMにリハビリ頑張ってるよ』
「どうしてそういうことするの…?」
『他の患者さん達にも好評なんだー』
「志乃ちゃん、そっち行く道中でうっかり人の心落っことしちゃった…??」
やっばい。俺の男らしさどころか、知らぬ間に尊厳もプライドもずたずたにされていた。
「…え?何?あの日の俺の醜態を、そちらさんで上映してんの??」
『うん、そうだよ。ね?小林さん?』
「………小林さん?」
『お隣の患者さん』
『……ん?あいあい、なぁに志乃ちゃん?え?この間の彼氏君の歌?あーあれ…ね?…中々に……
斬新で……
エキセントリックでぇ……
サイコぶっふぉっ!!!!!ちょwww思いだしちゃったwwwwwまwwwっwwwてwww息ww出来ないwwwww死wwwぬwww』
『やっぱり賢くんは皆を笑顔にするんだね?』
「小林さんにあの頃の優しい心を思い出してって言っておいて」
『はーいりょーかい』
それは賢くんが笑顔にしているんじゃなくて賢くんが笑いものにされてるだけだと思うんだけどね。まあいいさ。理由はどうあれ、闘病中の美人のお姉様をお一人笑顔に出来たと考えれば、この賢一、甘んじて恥を受け入れようではないか。
『ヒィーwwwwwヒィースwwwwwウェwwwwww』
「………」
…美人がしていい笑いじゃねえなぁ…。
『次は賢くんがエア夜食で緋南にちゃぶ台をひっくり返されて負けた時の超電波ソングをBGMにしようかと思うんだけど、どう?』
「やめてよぉ」
賢くんが何をしたっていうのさ。君の恋人はガラスのハートなんだよ?分かってる?そこんとこ。
『でも〜、ちょっと飽きちゃったからなぁー。ここらで新しい声が欲しい、かも?』
「………」
『例えば『あ』から始まる五文字とか?』
上を向いてわざとらしく考え込んでいた志乃の視線が、ちらりと横目でこちらを向いた。僅かに垣間見える瞳に宿る確かな悪戯心に、今更、志乃の狙いに気づく。俺の尊厳破壊はその為の下地でしかなかったらしい。二重に人の心を壊しにくるとか、今日も志乃ちゃんは強かだぜ。…いや、そうか?
「『ありがとう』、とか?」
『はいはいそーゆーとこだよー』
苦し紛れの俺の抵抗は、当然無論もちのろん、志乃様が予想出来ない訳も無く、素晴らしく雑に右から左へと流された。その間、2秒。
「…………………小林さんは?」
『小林さーん。いる?』
『ヒィーースwwwwヒューーwwwコヒュッカヒュッwwカ……………………………』
「小林ちょっとミュートにしてもらっていいっすかね?」
『大丈夫。今、先生に担架で運ばれていったから』
「大丈夫じゃなくない?」
一大事だと思うんですけどね。
まあ、志乃が特に慌てた様子も無いということは、向こうでは日常茶飯事なのかもしれない。今度、この幼馴染の友人関係について、しっかり教えてもらった方がいいかもしれない。
『けーんくんっ』
「……ぐ……っ」
お邪魔虫がいなくなったということは、そういうことな訳で。
『わくわく』
小さな画面の向こうで、志乃が楽しそうに頭を揺らし、俺の口が望む言葉を言祝ぐ瞬間を今か今かと待ち望んでいる。
「…くっ……い、一度しか言わんからなぁ……!しかと耳に刻みつけろよな!!」
『どきどき』
「――――志乃!」
「―――――」
「はい終わりもう言わない打ち止め売り切れ満員御礼!!」
『わーぱちぱちよく出来ましたー』
「うっせ」
言葉の適当さとは裏腹に、志乃の顔の喜色の満面っぷりときたら。
白い頬に仄かに紅を乗せて、くすくすと細い肩が揺れる。
『うん。これでまた一ヶ月は頑張れそうです』
さらりと言われたその言葉に、今度は俺の肩が揺れる。
「…一ヶ月?」
『一ヶ月』
「……一ヶ月」
『一ヶ月』
『だからまた一ヶ月後に充電させてね?』
……………。
「…一度しか言わんって言いましたけども?」
『あ、ごめん。何か電波悪いね。よく聞こえないや。あー、あー』
「嘘つけぇ!」
おばあちゃんさながら画面を叩く志乃の顔は変わらず笑顔のままだ。この時代、スマホを叩いて直そうとする人間が存在する訳無いだろうに。
『志乃ちゃーん、消灯のお時間ですよー』
『あ………、……はーい』
そして、俺が二の句を考える前に、画面の向こうのそのまた遠くから、女性が志乃を呼ぶ声が聞こえてきた。その瞬間、一瞬だけ志乃が浮かべた寂しそうな色が、この楽しい一時の終わりを告げている。
『…ごめん賢くん、時間みたい』
「……ああ」
今までとは打って変わった満面とは言い難い弱々しい微笑み。
今夜、最後に見る笑顔がこんなものとは、俺も少々物寂しい。
「志乃」
『ん?』
だから。
「俺はまだ充電してないんだが?」
『…………………』
珍しくも予想していなかったのか、真ん丸い目をぱちくりさせた志乃の顔が
少しずつほころび
笑みを深め
『賢一―――』
■
「―――さて」
今宵の談笑も終わったところで、端末の電源を落とすと、俺は凝り固まった肩を解した。気づけばそれなりに長いこと話し込んでしまっていたらしい。なのに、心はまだまだ話し足りないと感じてしまうのだから、我ながら欲張りなものだ。
後ろを振り向く。
志乃の画面からは死角となっていたであろうそこには、ちょっとした小旅行くらいの荷物がまとめられていた。
「…………」
一ヶ月、か。
どうやら、十何年も酷使し続けてきた俺の身体は、一ヶ月も長持ちする程、もう燃費が良くないらしい。それに、所詮は本物に限りなく近づけただけの音の波形。やはり生で聞き届けないことには。…後はまあ、一応、小林の安否確認くらいしてやるか。
「さてと」
遠くにいるとばかり思っていた賢くん様がいきなり登場したら、あの幼馴染殿はどんな反応をしてくれるだろうか。
泣くだろうか。
笑うだろうか。
どちらにしても、あの余裕綽々な笑顔を崩せることは間違い無い。
その瞬間を思い浮かべると、俺はご機嫌にほくそ笑むのだった。
『賢一』
『愛してるよ』
『必ず、君の元に帰るから』




