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幼馴染が強か  作者: ゆー
他愛ない日々
48/50

雨音響けば

「暑い」

「ね」

「熱い」

「ね」

「暑い熱い厚い篤いあついアツい亜津いA・TSU・I!!!!」

「ね〜」


猛暑を軽く飛び越えて酷暑、いやもはや焦熱地獄と化したこの世界で、俺はただひたすらに声を上げる。誰にも届かないと知りながら、どれだけ世界が残酷であろうとも、それでも上げずにはいられないのだ。

何か『あれ?俺、あつい連呼ネタ前にもやんなかったっけ?』とか思わなくもないけれど、多分、きっと気の所為だろう。どんなことも行動しなければ始まらないはずだから。そう、あついから、ついつい。全部あついあいつがいけないつ。

何が言いたいかというと、つまりは『姉ちゃん帰りにアイス買ってきて』。あ、爽やか系ね。濃いのはやめて。けれど、あの女からは未だに返事は無い。既読もつかない。世界と姉ちゃんは残酷である。


「暑いって言ったら余計暑くなっちゃうよ?」

「どれだけ平和を願ったところでこの世から争いは無くならないじゃないか!!」

「おっ。急展開」


暑いといって暑くなるというのなら、この世はとうの昔にえちちなちゃんねーで溢れ返ってるっちゅうねん。それが叶っていないというその事実こそが、この世に神はいないことの完璧な証明である。諸行無常(Q.E.D)


「けほ」

「ん?まだ寒いか?」


そして本当に神がいるのならば、こうして白い顔で寝込む幼馴染などこの世に存在しないのだ。

自分のベッドで横たわる志乃の咳を聞いて、俺は直ぐ様エアコンの温度を上げた。


「…大丈夫だよ、賢くん暑いんでしょう?」

「生憎と俺は生まれつき熱に耐性があってな」

「ふふ。話の開始地点をよくよく見直してほしい気がするけど、ありがとう」


だが、いくら身体が弱っていようが、暑さは体調関係なく襲い来る。それでいて身体は身体で不調を訴えてくるのだから、志乃の苦しみや如何に。…代わってやれるなら、どんなに。


「…ごめんちょっと汗拭くね」


そんな俺に気付くことなく、気にすること無く着ているパジャマの裾を捲り上げ、じんわりと濡れた細すぎるお腹を惜しげもなく晒し、そしてあられもなく見せつけながら汗を拭くちゃんしの。お前ほんまそういうとこやぞ。


「…ふう。………これ、暑さだけじゃないね」

「はい?」


腕を組んで真っ正面から威風堂々とガン見している俺に気づいているのかいないのか、呑気に汗を拭き終えると、志乃が何やら小さなお鼻をくんくんと動かし始める。


「うん、やっぱり………雨が降るよ」

「こいつ…!いつの間に能力者に……!」


確かにここ最近の空模様はゲリラっているが、だからといって、そんな的確に予想することなど只人に出来るはずがない。

雨が近くなると頭や身体が重い、というのはありがちではあるが、それが極まった先の新たな境地に我が幼馴染は至ったとでも言うのだろうか。先読みして体調を崩すとか不便にも程がある。


「でも太陽出てるぜ?」

「向こう側はね」

「暑いぜ?」

「湿気を感じるの」

「しっけ〜?」


こんな空気カラカラ太陽サンサンさわやかさんな晴ればれとしたビューティフルデイに〜?

やれやれ、いくらお嬢ちゃんに勘の鋭いところがあるとしたってそんな出任せ言わ―――












「雨だねー」

「雨だなぁ」


しとしとぴっちゃんしとぴっちゃん。心地良い雨音が耳を擽り始めて早数十分。

外を眺めて、心地良さそうに雨音に耳を傾ける志乃の入るベッドにもたれかかりながら、俺は無言で手に持っていた携帯を眺めた。

決して負けを認めない、何ともまぁつれない俺の態度に、けれども志乃は全く傷つく素振りも無く、ふふ、と声無き笑いをそっと漏らす。


「賢くん、雨好き?」

「…好きではないなぁ」

「そうだね。私が調子崩すもんね」

「好きです」

「そんな…ひどい…。私がこんなにも苦しんでいるのに」


途端に黙り込む俺の背後から聞こえる小さな咳の中に隠しきれていないくすくす。きっとさぞ楽しそうに笑っていらっしゃるのだろう。一体全体何が楽しいというのか分かりかねるが、彼女にとって嬉しい事が起きたのだろう、きっと。


「そういう志乃ちゃんは勿論?」

「好きだよ」

「あれぇ?」


何かがおかしい。こうしてベッドで寝込む羽目になるというのに。


「どうしてだと思う?」

「さぁ?」


…雨が降る朝、俺はまず志乃に電話をかける事が多い。

か、勘違いしないでよっ。別に心配しているとかそういう訳じゃないんだからね。ただのモーニングコールなんだからっ。いつも起こしに来てくれるからたまにはって、それだけなんだからねっ。


「正解は、君が来てくれるから」

「……………」


そして賢くんのきゃわいいツンデレは、コンビニの入口にアクセル全開で突っ込んでくるプリウスレベルのちゃんしのの素直さに秒で塗り替えられる。君たちは俺のツンデレと彼女のデレデレどっちが好き?ていうか、さっきまでの俺のツンデレまだ記憶に残ってる?よね?


「照れた?」

「照れてない」

「ざ〜んねん」


観念した様にため息をついて、携帯をクッションの上に放り投げると、俺は改めて志乃に向き直る。そこにあるのは、謎に笑顔な幼馴染のご尊顔。


「…そういうのって分かっとっても言わんもんじゃなか?」

「そう?私は何事も素直な方が嬉しいよ?」

「そっすか」

「ふふ。伝えられる時に伝えておかないとね」


ベッドの上から手を伸ばし、俺の頬をご機嫌に突く志乃を尻目に意識だけを背後に向ける。…重症じゃなかったことは大変安心できるのだが、あれよあれよと上がり込んでしまったが故に、ちょっとタイミングを逃してしまった。出来たらこのまま上手いこと流れて


「だからそこに隠してるプリンでも食べたいなぁ」

「………………」


くれる訳もないか。志乃ちゃん様ですもんね。俺の隠し事なんてあっという間に看破しますよね。この間なんて俺の部屋を抜き打ちで掃除して、俺が密かに隠していたちょっと肌色多めな漫画を机の上に丁寧に巻数揃えて並べておいてくれてたもんね。ありがとねあまりの気遣いに俺涙と汗止まらなかった。

やっぱ時代は電子なんだね。でも特典がさあ。どうせ開封すらしないんだけどさぁ。気づけばゴミになってるんだけどさぁ。


「買ってきてくれたんだね、ありがとう」

「ちげーし俺が帰って食べる用だし」

「え」

「………」

「ええ〜………」

「………どぞ」

「わーい」


女の涙に勝てる男などこの世には。別に泣いてないけど。

志乃に差し出したプリンは、彼女お気に入りのとあるお店で作られている数量限定の特別品。

今度こそ勘違いしないでよね通りがかったら偶然2個残ってただけなんだから。まじで。そこからの判断は早かったけどね。


「お金後で払うね」


そして、それは分かりきっていたお言葉。

『ただより怖いものは無し』、ではないが己の病弱さを気遣ってくれる優しさにつけ込む様な真似を、志乃は決して良しとしない。例え、それが長年の付き合いである幼馴染であろうとも。

全く、俺が会う度会う度キャビアを与えてくる妖怪足長おじさん・モードキャビアマンだったら一体どうするつもりなのかね?あっちゅうまに破産よそんなん。


「いいよ別に。見舞い、……じゃなくて俺が食いたかったついでだし」

「そっか。なら余計に払わなくちゃね」

「やっぱ見舞い用です」

「そうなんだ。お金後で払うね」

「無敵じゃねぇか!!」

「ひゅーナイスツッコミ。おひねり出さなきゃ」

「増えた!?」


このやり取りもいつものこと。


一通りの流れを完遂して満足した俺は、大きく息を吐いて、またその場にぐでーっとだらしなく崩れ落ちる。

後ろからは最早何度目かという、くすくすと可愛らしい笑い声。


「賢くん」

「んー?」

「私、雨、好きだよ」

「聞いたよ」


ピンポーン。


と、そこへ、相変わらず肩を揺らす志乃の振動を背中に感じていた俺の耳に届く、聞き馴染んだインターホンの音。

一度志乃と顔を見合わせ断りを入れ、窓から顔を出せば、見覚えのある顔が二人程、傘の下から顔を覗かせてこちらを見上げていた。…メッセージ通り、マジで来たよ。この雨の中わざわざ。…全く。


『おーい志乃ー。生きてるー?よね?おヒナがプリン買ってきたよー』

『え、朝比奈さんもプリン?…まずったな……僕もプリン買っちゃった………ていうか何でプリン……?』

『プリンなんて幾つあっても困らないでしょ。最悪全部バケツに突っ込んでハイパージャイアントプリンにすればいいプリ』

『見るも無残なクリーチャーが爆誕するだけだよ』

『名付けてプリーチャー?ぃよっナイスネーミング♪』

『賢一ー早く開けてーーー』


何を言っているのかはいまいち聞こえないが、掲げているビニールから察するに、お見舞いで美味しいスイーツでも買ってきたのだろう。いやぁ楽しみだな。人生これ気遣いのイケメンが買ってくるすうぅい〜つ。さぞ彩り豊かな華やかなモテ要素が詰まっていることだろう。


「良かったな。心配性が増えたぞ」

「うん。…やっぱり雨、大好き」

「そうか」


一度志乃の頭を撫でると、俺はさっさと部屋を後にし、そこからはゆるゆるとした足取りで玄関へと歩を進める。


「えへへ………皆、そういうとこだよね………」


また笑ってでもいるのだろう。背後から聞こえた微かに震えるその声に気付かない振りをして。

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