唯一無二のお返しは
「あ、これはどう?賢一」
「ん?……んー……うーーん……」
「駄目かぁ」
それは白い日を目前に控えたとある日のこと。
毎年恒例、満員御礼(?)の黄金色ならぬ焦茶色のお菓子を、無事、月城さんちの志乃ちゃんから贈呈していただいた俺は、この一ヶ月間、名前の通りにかしこな頭を捻りに捻って捻りすぎてトリプルアクセル決めるくらいに捻り続けていた。
何を?と思ったそこの諸君。独り身って悲しいね。
だよなぁ。と思ったそこの貴方。だよなぁ。
そう、バレンタインにかわい子ちゃんからチョコを受け取った漢は、お返しとして3倍以上の価値あるものを返礼として渡さなければ打首獄門に処されるという法が、我が国には存在するのだ。
苦節二十うん年。どうにかこうにか処刑を免れてきたこの賢一であるが、ついにネタ切れの時がやってきた。ぶっちゃけ五年くらい前から切れてた気がしなくもないけど、志乃は嬉しそうだったからセーフ。
そして今年。捻りに捻って捻くれてしまった俺は、ついに禁断のチート行為に手を染めてしまった。
「うーん。難しいね…」
世が世なら天下を取っていたであろう美丈夫、K・スターフィールドを場に召喚してしまったのだ。もし、二人で顔突き合わせて悩んでいるこの様子をネットに上げようものなら、俺は即この世界からBANされてしまうだろう。そしたら、皆はこれから賢くんのことBANくんって呼んでいいよ。
「僕はどうしても残らないものを送りがちだけど、賢一は月城さんだもんねぇ」
「月城さんだもんなぁ」
「何あげても喜びそう」
「それな」
俺が選んだものならば、路上の石でも飾りかねない危うさを秘めた月下美人。それがちゃん志乃。何て、難易度の高い女子なんでざましょ。手強すぎるだろ。え?お前限定でイージーモードだろうがって?分かってねーな。イージーってつまりハードだから。
「となると、アクセサリー系は定番だよね」
「時計、ブレスレット、ネックレス、指輪…はあるからいいとして…」
「でも、高すぎると寧ろ苦い顔しそうだね」
「それな!」
お返しが何だろうと喜ぶ。でも安っぽいものはあげたくない。でも高いものだと渋い顔。志乃が納得できるリーズナブルなお値段のものを見つけ出して、かつ俺が格好つけられるちょうどいい塩梅を探さなければならないということだ。何だその無理ゲー。
「「う〜〜〜〜〜〜〜ん………」」
共に悩んでくれる心までイケメンな繋きゅん。きゅんきゅんしちゃうね。
そんな彼が一番悩み抜いた贈り物を渡す相手が誰であるかを考えると、げんなりしちゃうね。
ついに意識し始めたのか、それとも無意識なのか知らんが、姉ちゃん最近こいつの話始めると長いんだよなぁ。絶対にこいつには教えてやらんけど。
「逆に賢一があげてないものって無いの?」
「思いつくものは恐らく一通りあげた。多分、ホワイトデーとか関係無しに」
「幼馴染の厄介な面が出たなぁ…」
全く持ってその通り。
悩みは尽きること無く、湧いてくる。
だが、その中にこそ、答えはあると、偉い人が言っていた。多分。きっと。恐らく。
「あまり見たことなくて…お高くなくて…それでいて受け取りやすそうなもの……これは、もう、…『あれ』だな。…唯一無二のオリジナリティを出すには『これ』しかない」
「『あれ』?『これ』とは?」
■
「と、言う訳で。作った」
「わお」
そして当日、自宅にて。
俺が差し出した包みを目をまん丸にして見つめる志乃は、上手い言葉が見つからないのか、完全にフリーズしている。まずは満足。
「賢くんってたまに行動力バグるよね」
「お前がいうか」
そちらさんこそ、突然町を出る、などというぶっちぎり破天荒をかましたくせに。
つまりは似たもの夫婦ということだ。いや夫婦じゃなかった同士ね同士。
「お納めください」
「はーい。巨匠様のお手並み拝見」
自分で言うのも何だが、俺は手先の器用さにはそれなりに自信はある。お祭りの型抜きでやり過ぎて出禁になったくらいには。年を経るごとにあの屋台の難易度上がるものだから、最早俺以外誰もクリア出来ない魔境と化してるしね。儲けを捨てて勝負に命を賭ける。こうなったらもう、どちらが折れるかの勝負よ。
「わ」
そんな中、志乃が包みから取り出したるは、月と太陽が象られた、これまた言うのも何だが中々お洒落なネックレス。メインはあくまで月で、太陽はそれに寄り添う様に主張弱めに存在している。
町で金物営んでいる爺さんに弟子入りして、ひたすらに試行錯誤と徹夜を繰り返して超ギリギリで完成した一点物である。
お友達価格でお値段もお手頃。まさに神アイデア。唯一の失敗は、寝不足すぎて死にそうなこと。
「…凄い」
「せやろ」
シンプルな称賛。真実、感嘆してくれていることが窺えて、大変嬉しい。
頑張った賢くんをもっと褒め称えていいのよ。
志乃がとある時期から常に身につけている首紐を徐ろに外す。
飾り気の無いシンプルイズな首紐。そこに唯一通してあるのは、一つの小さな指輪。
水仕事をしていた際に落としかけた事で、よくそうしているのだ。
その指輪をネックレスに通して一纏めにすると、志乃がそれを俺に手渡してくる。
別に突っ返された訳ではない。にこにことした嬉しそうな表情が、『お願いします』と言っているのを迅速かつ正確に読み取ると、俺は前から志乃の首に手を回してネックレスを装着させた。
「………ど、どう、かな?」
照れた顔ではにかみながら、志乃は首元を開けてこちらを覗き込んでくる。
「似合ってる。…流石は俺」
「もうっ。そういうとこだよ?」
つれない俺の余計な一言でお怒りを買ってしまったのか、志乃が頬を膨らませると、怒りの反則タックルを仕掛けてきた。痛みは全然無く、柔らかな温もりが俺の身体を包み込む。
首筋にぐりぐり擦り付けられるその頭は、小さく震えていた。
「…ありがとう、賢くん。ずーっと着けるね」
「おう」
「ふふ。これは記録更新、かな?」
「記録?」
覚えの無いその言葉に、つい身体を離して志乃を見る。いや、見ようとしたら、志乃が俺の身体を横たわらせた。寝不足で疲れ切った身体は、持ち主の言う事を聞いてくれない。哀れ、俺の頭は柔らかい太腿へと。
「記録って何だよ」
「『賢くんがホワイトデーにくれたお返しで嬉しかった度ランキング』」
「今までの1位は?」
「去年」
「その前は?」
「一昨年」
毎年、超新星が記録を塗り替えるのか。何て波乱万丈なタイトルなんだ。
「でも、今年は大差かも」
「つまり去年は若干不満だったと?」
「そうだね。去年はあげられなかったのに、くれたから」
去年まで志乃は、詳細こそ伏せるが闘病のあれこれでチョコを作る暇など無かった。
それはそれとして俺はお返しとしてプレゼントを贈らせていただいたのだが、その時の志乃の喜びとご不満と申し訳無さの入り混じった顔ときたら。久々に『勝った』と悦に浸れる瞬間だったでごわす。
「賢くん、私凄く嬉しい。…嬉しいけど、隈が凄いよ?」
「…いや、これはだな、プランBの歌舞伎の為の隈取であって」
「じゃあ黒じゃなくて赤でしょ」
せやね。
そう言っている間にも、瞼はどんどんと落ち始めて。
早くもうとうとし始めた俺にトドメを刺すかの様に、志乃は小さな掌で俺の視界を塞ぐと、優しく頭を撫でてくる。
「…今は休んで?…起きたらいっぱいお礼、するね?」
「…そのネックレスがお礼なんだが」
「じゃあそのお礼、いっぱいちょうだい?」
「……無限ループ…入っちまったか…」
まあ、でも、悪くないな。
お礼にお礼を。俺達の関係なんて、結局、それの繰り返しだ。
嬉しかったから、相手にも嬉しくなってほしくて。
楽しかったから、一緒に楽しみたくて。
喜びも、悲しみも、怒りも、全部一緒がよくて。
「お休み、賢くん」
その延長線で、恋人にまでなって。
満面の笑顔と共に落とされた唇の感触を名残惜しむ間もなく、俺の意識は闇へと落ちる。
夢の中でまで彼女に贈るプレゼントに悩む自分の姿が、とても滑稽だった。




