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幼馴染が強か  作者: ゆー
他愛ない日々
46/50

でりしゃすバレンタイン

「憂鬱だなぁ…」

「何が?」

「…チョコ貰うの…」

「ふ〜〜〜〜〜〜ん」


時はバレンタイン。

純情な男の子達が別に必要も無いのに心做しかそわそわする日(突然の辛辣)。


俺の横でクソデカ溜息をついているのは、このおめでたい日にアンニュイに黄昏る事を許される権利を生まれた時から有しているいけ好かない麺野郎、略してイケメンの星野繋くんである。源ではなく繋である。


「あそこで謎の儀式してる奴らの前で同じこと言ってみろよ」


そんな容姿に恵まれた彼にはどうやら自殺願望がある様なので、俺は教室の隅、10円チョコがピラミッドの様に積まれた魔法陣を輪になって囲んで『チョコチョコチョコチョコチョコチョ……』と、耳が腐りそうな呪文を唱え続けている一角を指差した。


「殺されるかなぁ」

「町中引回された後、張り付けにされて火炙りだろうな」

「あれ?うちそんな修羅の町だったっけ???」


そうだよ。


大変残念なことではあるが、ウチのクラスはモテる奴とモテない奴、どちらが上かと言われたら、後者なのだ。

根は良い奴らが多いのだが、彼氏としてはどうなのかと女子に聞けば、『それは別にいい』・『そこまでじゃない』・『なら女の子の方がいい』・『舌を噛み切る』等など。決して嫌われている訳では無いと思うけれど。……多分。


なので、持つ者は持たざる者の負の感情をその身に浴びせられることになる。

このクラスだと……お節介穂村と、どすっ恋関君辺りか。


「賢一だって僕側じゃないか」

「桁が違うだろうが一緒にすんな」


そして私、賢くん様はまさかの前者。友情・努力・勝利、そして愛。全てを兼ね備えた全知全能完璧主人公だから何もしなくても泰然自若と構えているだけで女性がやってきてしまう訳ですたい。




「賢くん」




ほら来た。ムッワァァと沸き立つこの賢くんのスケベすぎる雄のオーラに誘われて、今、可憐なる一匹の蝶が舞い降りてきましたよ。その手には、例年と変わらぬ洒落た包みが……


「プリント提出まだだよ?」

「………」

「賢くん?」

「ん、あ、はい。今書きます」


…あれ?おかしいな。いつもだったら、この日の志乃ちゃんはチョコの香りをホワホワと漂わせながら花も恥じらうハイパーご機嫌ニコニコ笑顔で顔を赤らめながらそっとチョコを手渡してくれる筈なのに(※一部願望が入っております)。


「あ、そうそう」

「!」

「はいこれ。緋南から」

「…………」


違うだろおぉ!?




とは言わない。賢くんはそんな事言わない。賢くんは主人公だからそんな三下じみた事は決して言わない。


手渡されたヒナ製のチョコの形をした何かを受け取れば、瞬間、全身が総毛立つ。

甘い甘いチョコレートが入っている筈なのに、この鼻をつく刺激臭は何なのか。

この間、あいつの家に集まった時、大量に積み重なった激辛スナックの袋はやはり見間違いではなかったのか。


「はい、星野くんの分も」

「嬉しいなぁ。朝比奈さんは髪の毛とか血液とか入れないから安心して受け取れるや」

「うっそだろお前」


確かに呪物は入れないけど、劇物入れんじゃねぇか。

場合によっては何らかの呪いが成立している可能性すらあるぞ。箱の中からクリーチャーとかキメラとか出てきてもおかしくない。


「ていうか、その本人は何処だよ」

「先生に呼び出されちゃった」

「何し…いや、学校にBC兵器持ち込めばそうなるか…」

「課題の提出を忘れていただけだよ…」


…とりあえず、これは最悪、星の字に処理してもらうとしてだ。

…というか、やけに袋がパンパンだな…。


まるでもう一人分、無理くりつめこんだみたいな…。



…………。



「しーの♪」

「………何かな?賢くん」

「君の分はぁ??」

「……………………………………………………」


ここで一つ。朝比奈緋南という女の子は、月城志乃という幼馴染をとてもとても大切に思っている。幼い頃から支え、支えられ、彼女の前では捻くれた性根が真っ直ぐになる程の信頼を寄せている。

そんな彼女が、大切な親友に『友チョコ』を贈らないはずが無いのだ。


やけに晴れやかな志乃。妙に詰め込まれた俺達の袋。答えはもう出ている。


「……私は、味見、とか、手伝った、から、無いんだ、うん。無いの。オイシカッタァ」

「本当に?」

「私のこの目を見てよ」

「じゃあこっち向けよ」


要するに、味見で心が折れた我が幼馴染は俺を生贄にする道を選んだらしい。

悲しいかな、世は優しさだけでは生き残れない。非情の道を選んだ彼女はもう二度と光射す道を歩けないのだ。


「そんなに美味しかったなら分けてやろうか?」

「賢くん!プリント!!」

「わぁったよぉ」


勢いで誤魔化せると思うなよ。呪ってやる。歩く度に子供が履いてる音が鳴る靴みたいな効果音が鳴る呪いかけてやる。


「(………)」


だが、それはそれとしてだ。


プリントを記入しつつ、澄ましたお顔の裏で考える。

ヒナチョコを手渡してきた志乃であるが、彼女自身のチョコは未だ影も形も無い。

これは一体全体どういうことか。



怒っている?←NO 少なくとも最近は怒らせる様な事はしていない。はず。

忘れている?←NO そもそも、これを渡してきて今日が何の日か分からないはずが無い。


照れている?←YES!YES!YES! 成程、そういうことか。それっきゃ無い。全くうちの幼馴染ときたら。



「志乃」

「うん?」

「そういうとこだぞ」

「うん???」


もう、照れ屋さんなんだから。

でもまあ仕方ないか。毎年当たり前のことだと逆に照れくさくなることって…あるよね!


………あるよね!!












「無かった」


放課後になり、帰路につき、ついに家に辿り着いてしまった。

家にいた姉ちゃんから『いつも賢くんと仲良くしてくれてありがとね』という余計すぎる台詞と共にお手製のチョコを手渡され、ほくほく顔で喜んでいた志乃とヒナ、真っ赤な顔で歓喜していた繋の姿はまだ記憶に新しい。


されども、その光景をもってして尚、志乃の手から俺にチョコレートが渡される事はついぞ無かった。


「…………はぁ………」


重い重い溜息をついてベッドに倒れ込む。


当たり前だと思っていた。いや、甘えていた。『幼馴染』という近すぎる関係性に。

人の想いは簡単に移ろってしまうものであることは、知っていた筈なのに。



『賢くん、ご飯よー』



下から、姉ちゃんが俺を呼ぶ声がする。

食欲など湧くはずも無いのだが、無用な心配をかけるわけにもいかない。

重たい足を何とか動かして、階段を降りる。ここまで気が乗らないのは、いつ以来だろうか。






「お邪魔してまーす」

「………ああ」


食卓にて待ち受けていたのは、エプロンを着けた件の幼馴染だった。

いつもの事だ。帰りが遅い両親に代わって、こうして彼女が俺達と食卓を囲むのは。

いつも通りだ。何も変わらない笑顔を浮かべて、志乃はそこにいる。


「…志乃」

「うん?どうしたの?そんな寂しそうなお顔して」

「……いや」


だが今だけは、その『いつも』が少し気まずかった。

志乃の顔を真っ直ぐ見る事が出来ない。 


言葉少なに食事を共にする。こんなにも美味しそうな料理なのに、味も覚えていない。口数の少ない俺達を、姉ちゃんだけが何が何やらといった様子で首を傾げていた。


「ごちそうさま」

「はい、お粗末様」


…ちんけなプライドなど、何もかもかなぐり捨てて頭を擦り付けて懇願でもするべきなのだろうか。『チョコをください』と。

たった一言、たった一言言うだけで、志乃は容易に首を縦に振るだろう。


だが、それに何の意味があるのだろうか。

想いの込もっていない空虚なチョコに、一体何の意味が。


………。



…………。





「……ふふ」






「ん?」

「あははははは!」


そんな俺の曇る心を吹き飛ばしたのは、他でもない志乃のおかしそうな笑い声だった。

思わず目を丸くして顔を上げた俺を、彼女は涙の浮かんだ瞼を擦りながら、未だ肩を震わせていた。


「……っふふふ。ごめんね賢くん。まさかそこまで落ち込むなんて思ってなかった」

「え」

「最初は本当にそんなつもりは無かったんだけど…つい、ね?」


落ち込む子供をあやす様に、志乃が頭を撫でてくる。

何が起きているのか、全くこれっぽっちも理解出来ていない俺を他所に、志乃が背中を向けてこの場を立ち去り、そしてすぐに戻って来た。

その手には、何やら小さなお皿が。




「はい。今年はチョコアイスに挑戦してみましたー」




「………」

「溶けちゃうから流石に学校には持っていけなかったんだよね」


差し出されたのは、綺麗にカットされたフルーツを添え、上からチョコのクリームソースがかけられた、お店で出てきそうなチョコアイス。


チョコの、アイス。


「はい、あーん」

「………」


未だ混乱冷めやらぬ頭で、言われるがまま差し出されたスプーンを口にした。

キンキンに冷えたアイスがちょうどいい具合に頭を冷やしてくれる。


「おいし?」


だが、冷えたそばから登ってくるのは、強烈な羞恥心。

言った通り、志乃にはそんなつもりは一切無かった様なので、それ即ち一人で勝手に掌で踊らされた気になって一人で勝手に落ち込んでいた己への。


「…おー…」

「目を見て言ってほしいなぁ?」

「ぐっ……!」


おのれ、昼の意趣返しか。

それはそれは活き活きとした顔で、こちらの顔を覗きこんでくる志乃から逃れる様にスプーンをひったくると、俺はアイスを乱暴にかきこんだ。

甘さと共にキーンと頭に奔る痛み。出来ることなら、このまま記憶も吹き飛ばしてくれればどんなに。


「おかわり!」

「はいはい」

「え?賢くん何か落ち込んでたの?お姉ちゃんとツイスターゲームでもする?」

「…落ち込んでねーし!!」


おかわりあるのかよ。

何も理解していない姉ちゃんはそのまま横に置いておいて、まさかの大盛りで戻って来た志乃から器を受け取ると、また大口を開けてかっ喰らった。


けれど、今度はしっかりと味わう様に。


……ああ、くそ。滅茶苦茶美味しい。頭いてー。




「…志乃!」

「はーい」

「お返しは楽しみにしてろよぉ!!」

「うん。毎年ドキドキしてるよ?」

「っ…そうですかぁ!!」


…とりあえず、今日見た事は皆しっかり忘れる様に。


賢くんは全知全能完璧主人公だから気になるあの子に振り回されて慌てふためく様なことは決してしない。


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