どきどきハロウィン?
「ハロウィン、かぁ」
彼の手で大きく印が描かれたカレンダーを眺める。楽しみでたまらない、といった感情が透けて見えるその筆圧に苦笑しながら私は小さく息をついた。
祭りに力を入れすぎている我らが故郷において、ハロウィンなどという騒ぐために生み出された様な行事見逃せるはずもなく。はしゃいでなんぼな日にはしゃぎたい町民。需要と供給が合わさってわっしょいわっしょいなのである。
つまりはウィン・ウィン。ハローウィン・ウィン。略してハロウィン……何言っているのかな私。
「こほん」
とどのつまり例に漏れず、その日はハロウィンフェスと言う催しで町がどんちゃんするのだけど。
誤解しないでいただきたいが、別に何か思うところがある、だなんてそんな重たい話ではない。私だってお祭りは好きだ。彼がいるなら尚更に。
けれども、こういったお祭り騒ぎに関しては、彼に一歩、いや三歩はリードされている自覚はある。
根っこからアウトドアな、喜び庭駆け回る系男子の彼と比べると、やはり長年こたつで丸くなる系女子だった私は、彼の後ろで彼のサポートに回る、というのが従来の基本スタンスであった。勿論、サポートなりに愉しませていただいたりはしているが。
「…今年はお店もやるしコスプレもするんだって、張り切ってたっけ」
聞けば、私が町を離れていた間、彼は基本的には祭りを催す側に回っていた為、楽しむ側で参加するのは久し振りなのだとか。
腐っても幼馴染。その裏に隠れた思いに気づかぬ私ではない。彼には謝罪の念と、それ以上にお礼の気持ちでいっぱいだ。
だからこそ、私も楽しみたいし、…楽しませてあげたい、と思う。
…別に最近ちょっと余裕を持ち始めている彼が少々お気に召さないとかそういう事では決してなくて、そう、せっかくだから、彼の度肝を抜くくらいのサプライズ、イタズラを。
「…うん」
まあ、色々言おうがつまるところ、やっぱり好きな人にはいつだって喜んでほしいよね、ということ。私は机に置いてあった携帯に手を伸ばすと、とある番号に電話をかける。
そこに表示された名は―――
■
「いや〜〜〜………うん。疲れたな!!」
「ふふ。そうだね」
かぼちゃが町を染め上げる、かぼちゃのかぼちゃによるかぼちゃのためのお祭りを存分に二人で楽しんで、ほくほくと満足そうな顔で笑う彼と共に、私達は家へと帰ってきていた。
「でも暫くかぼちゃは食べたくないな…」
「かぼちゃスイーツいっぱいだったね…」
クッキーにプリン、他etc…。町民が腕によりをかけて作り上げた色とりどりのお菓子を堪能して、時には子供達に配って、とても楽しい一時だった。
私も久し振りに故郷の空気にあてられて、胸が温かくなるくらいに。
「………」
未だお祭りの熱が冷めやらない彼の後ろで、私は被っていた鍔広の魔女の帽子を深く被り、顔を隠すと同時に落ち着かないその胸中をひた隠していた。
今、私が身に纏っているのはいつかと似たような、特に奇をてらったつもりもない、ありきたりな魔女の仮装。強いて言うなら二の腕が丸出しなことくらいだが、それも大きなマントで隠れてしまう。
「疲れたし、取り敢えず風呂入っちゃうか?」
「うん。あ、いや、…待って」
「ん?」
そして、彼が身に纏っているのはタキシード。吸血鬼の仮装、ということなのだろうが、常日頃殆ど見れる機会の無い彼の正装姿(オプション付き)に祭りの最中はずっと胸がきゅんきゅんしていたし、バレないところでカメラを連写していたりしていたのだが、取り敢えず今はそこは重要ではない。
「ね、賢くん。私のコスプレ、どう?」
「……ん?」
鍔を押さえて、見えない様にしているから分からないだろう。私の顔が仄かに赤く色づいていることも、これから私がどれだけ馬鹿な事を口走るつもりなのかも。
「似合ってる?」
「…おう、似合ってるぞ」
「………うん、ふふ。ありがと。…賢くんも格好いいよ」
照れくさそうな声色に、私の心臓がとくりと小さく跳ねる。
多分、私は何度言われても、何を言われても馬鹿みたいに喜んで舞い上がってしまうんだろう。何処までも単純で、心の底から彼にまいっている私は。
「……あの」
「あの、ね?」
「?」
そう。まいっている。まいっているのだから問題は無いのだ。これもハロウィンの細やかな可愛らしいイタズラの一つに過ぎないのだから私は何もおかしく思う必要など無いのだ。至って正常なのだ。
「今日の私、ちゃんと、全部、コスプレしてたり、するんだけど……」
「………」
「…確かめたりとか、したくない?」
頼りになる後輩に相談に乗ってもらって、何がとは決して言わないが魔女らしい妖艶なものに仕上がっていると思うのだ。『珍しく頼られたから』と、後輩の興がちょっとだけ乗りすぎていた上に、私も乗せられて次第にテンションおかしくなっていた気がしなくもないが、正常。きっと気に入ってもらえると思う。
※以下、当時の会話一部抜粋。
『凪沙。ちょっと背伸びするだけで大丈夫だからね?分かってるよね?』
『無論。この私のナギコレにかかれば次の日から志乃さんは『ドスケベの現人神』・『ーエロスの斉天大聖ー』と崇め奉られること間違い無し。お任せください、どんと』
『そっかぁ嫌だなぁ…』
『失礼。性天大精の方が』
『もっと嫌だなぁ………というか、葵ちゃんは?いたよね?』
『試着室に行きましたよ。私が見繕った黒いスケスケの紐を持って』
『後輩自由すぎるよぉ…』
以上、会話終わり。
………………気に入ってもらえる、と思う。思いたい。
こういうことに関しては、緋南よりもお姉ちゃんよりも、あの子だと思ったのだけど、間違ってはいなかったと、思う。多分、…恐らく………きっと………願わくば……………叶うことなら。
「……確かめたり、…してみない?」
「………」
そうでなければ、こんなにスースーと、大変心細く不安になる心地で1日を過ごした甲斐が無い。
「………………してほしい、です…」
不安に頭の中を支配されて、何も言わなくなってしまった彼の服の裾をつい引っ張ってしまう。そしてそのまま下から見上げてみる。別にあざとさを狙ったつもりも無かったのだが、効果は存分にあったらしい。
「…いいのか?」
だって、私を見つめる彼の瞳ときたら。
「…そういうとこだよ」
「……」
「確認なんて、いらないの。……ね?」
「…ああ」
私はイタズラの成功に、いや成功しすぎてしまったことに、心の底から安堵する。
心の中で後輩に感謝する暇もなく、すかさず強く私を抱き寄せる彼のたくましい腕に身も心も委ねながら、私達は熱に溺れていく。
そう、私達のハロウィンは、これから。
…明日、まともに動ければいいんだけど。




