04
いたのは、一人だった。
周囲に味方はなく、たったひとり、橋口がパソコンの前に立っていた。
「あぁ……なるほど。ようやく、合点がいきました。牧野軍曹は、彼らと別行動をしていたんですね」
「両手を上げろ」
銃口を向けられているにも関わらず、ひどく落ち着いた様子で、こちらに顔を向ける橋口は、ゆっくりと体をこちらに向け、手を上げた。
そこでようやく、視界を広く捉えれば、ガラスの向こう側に見える部屋にある、大きな機械。
「あの中に、Pがいるのか?」
「はい」
自分には止め方はわからない。
操作させるなら、橋口だが、彼女にもう一度操作をさせて問題ないかといえば、少し怪しい。
やはり、橋口を拘束し、杉原の言っていた緊急停止ボタンを探すべきか。
「ここに来たということは、MRIへP03を入れている理由がわかっているということですよね?」
「……Pの体に残ってるウイルスを殺そうとしてるんだろ」
小さく口元を持ち上げた橋口は、小さく頷いた。
「ウイルスが残っているという仮説を立ててから、ずっと考えていたんです。このままでは、あの貴重な実験体が理不尽に失われてしまいますから」
「Pが殺されないように、こんなことをしたのか?」
「P03はどちらでも……いえ、手に入るのならば、それに越したことはありませんが、P03は明らかに異端ですから、正直サンプルにはなりません」
つい、引き金に力が入りそうになるのを、意図的に抜く。
できる限り、橋口は殺害ではなく、確保したいというのは、本音だ。
現状において、ヴェノリュシオンたちの研究の第一人者は、この女だ。
今のP03を”異端”として、サンプルにならないと口にしたことも、最もヴェノリュシオンたちに近く、逐一情報を受けていた牧野が知らないことだ。
つまり、意図的に隠していることがある。
「異端というのは?」
「彼女は、俗にいう”超能力者”の類に分類されるのでしょう。科学で証明されないなにかです。
感情が視えるとか、感情を操るといった類は、感染した相手のみという条件があれば、フェロモンの関係かとも考えましたが……それでは証明できない超常現象がありましたから。
現段階では、特例を”超能力”として、別の凡庸性の高いサンプルを調べる方が先決です」
”ヴェノリュシオン”なんて、新人類の貴重なサンプル。
そうそう、手に入らないのだから。
そう、いつもと変わらず微笑む橋口に、牧野は、ひどく感情が冷え切るのを感じた。
最初からずっと、橋口は変わっていない。ただの研究対象として、ヴェノリュシオンたちを調べ尽くしたいだけで、そこに彼らの思いなどはない。
根本的に、動機が異なっている。目的が偶々、一致していただけ。
「そもそも、何が悪いというのですか?」
橋口は、自分をひどく冷たい視線で見つめる牧野へ問いかける。
「残酷や冷酷といわれる実験の積み重ねは、結果的に人類を発展させるために、必要不可欠なものでした。
しかし、それが倫理的に許されるものか、許されないものかという質問に対しては、その時代、その国の社会性に委ねられる。というのが答えでしょう。
故に、人は、何かを犠牲にする決議を取るのでしょう。人類が前進するために。
確かに、その決議を怠れば、それはただの嗜虐者。犯罪者となります。
しかし、正式な手順を踏み、決議を取り、命を尊び、人類の代表として、その手を汚し、彼らの犠牲から知識を獲得することができたのなら、それの何が悪だというのです?」
自分の行いが間違っていないと、疑ってすらいない言葉。
「貴方たち、兵士も同じでしょう。守るため、生きるため、そのために生きているものを殺す。同じではないですか」
そうだ。この狂った世界で生きるためには、自分が正しいのだと思い込んでいなければ、自分を命が失われる。
「どうして、人だけ蚊帳の外なんですか?」
仕方ない。
そう言わせるための言葉が羅列される中、牧野は冷たく言い放った。
「個人的な意見を聞いているんじゃない。少なくとも、現状、”正式な手順”を踏んではいない」
少しだけ、橋口の表情が曇った。
「P03の殺処分許可は、正式に受理されたわけではない」
つい先ほど、久留米から入った情報だ。
P03の殺処分許可は、事後承諾するための書類であり、未だにヴェノリュシオンたちの処分は見送られており、殺害する許可は、緊急事態を除き出ていない。
久留米にその書類を見せた上官も、今回の実験に際し、久留米がいては、立涌を送り込めないなどの問題があり、足止めのために見せたのだろう。
「ですが、P03をこのまま放置するのは、悪手です。最悪死んだとて、問題にならない、今こそ、これは行うべき――」
「そんなわけないだろッッ!!!!」
子供だ。何も知らない、ようやく外の世界を知ったばかりの子供だ。
それを、仕方ないとか、悪手とか、そんな理由で殺すのなら、とっくの昔に殺してる。
あの時、殺さず、言葉を交わして、手を取った時から、殺すなんて選択肢は存在しない。
「…………」
「両手を頭の後ろに組んで、膝をつけ」
心底呆れたとばかりに笑みを消した橋口は大人しく、命令に従おうと手を後ろに回した時だ。
無線から聞こえた叫びに、一瞬だけ目を逸らしてしまった。
その瞬間、橋口は振り返り、ボタンを乱暴に叩くと、止まっていたMRIが動き出した。




