03
立涌は、ゆっくりと部屋を見渡し、報告にあった通り、牧野の姿を確認し、小さく口角を上げる。
「牧野軍曹。貴官は、ヴェノリュシオンたちの監視を行っていたのでは?」
この場にヴェノリュシオンたちがいないことを確認するように、質問を投げかけるが、返事は返ってこない。
だが、立涌は沈黙する牧野の機嫌を悪くした様子はなく、少し顔を逸らすと、思案するように声を漏らす。
「任務を放棄し、駐屯地へ逃げ込むなど……やはり、ヴェノリュシオンたちは危険ということか」
虚偽の報告を咎めるわけではなく、ヴェノリュシオンたちの監視任務を放棄していることを咎めることでもなく、立涌は、医務室へ牧野が逃げ込んだことこそ、ヴェノリュシオンたちが危険な変異生物であることの証明であると、そう告げた。
「同じ姿形をしているのだ。情が生まれるのは理解しよう。だが、我々は変異したそれを殺さねば、被害は増え続けるのだ。だから、我々は殺すのだよ。例え、その相手が子供であっても。親しい上官であっても」
立涌の視線は、影山に向いていた。
「……はい?」
意味が理解できず、聞き返してしまう影山に、立涌は呆れたような視線を向けた後、牧野の方へ顎をやる。
「牧野軍曹は、深度2の遺伝子変異を起こしている。P03によってな」
そのことは、影山も知っている。
瀕死の重傷を負った牧野を助けたのが、P03だし、なんだったら、未だに復帰できていない腕を落とした仲間もP03によって、命を救われている。
腕を生やすようなことはなかったが、おそらく彼も深度2以上の変異を起こしているだろう。
「それはつまり、P03によって、操られる危険性を孕んでいるということだ。わかるか?」
パラサイト型と呼ばれるタイプの希少な変異体が存在する。
その変異体に感染すると、ウイルスの親株に感染している変異種の都合よく行動する個体となる。
無症状の感染よりもずっと危険な感染個体とされており、現在、セーフ区画で実験する許可すら出ていない。
「報告から、P03が同種のウイルスの感染者の動向を確認できることはわかっている。その上、顔の見えない人間の感情を把握し、P03の意思により肉体への干渉も可能。
実例はないとはいえ、それだけ揃えば、P03が、他の感染者を操ることができる可能性があることは、想像に易い」
だから、今すぐに牧野を殺すべきだと、そう告げる立涌に、牧野は触れている銃を抜けないでいた。
もし、この銃を抜いたなら、立涌の思い通りに事が進む。
だが、抜かずにこの場を凌ぐ方法も思いつかない。
「ほ、本当にP03が操ってるなら、それこそ心配いらないでしょ。アイツは、仲間を助けてくれた」
「アレは、ウイルスに脳を犯されたゾンビだ。助けたように見えただけで、奇跡的に、肉体の痙攣が起こした、ただの偶然」
人の皮を被ったウイルスの塊だと、揶揄する立涌に、牧野は浮かしかけた腰を浮かし、飛び掛かった。
「なっ――!?」
ただし、その先は、立涌ではなく、開かれたままだった扉だ。
数瞬前、静かに扉から入ってきた、川窪は立涌を後ろから捕まえると、首に腕を回し、絞め落とそうと力を入れる。
完全に油断していた奇襲に、立涌は両腕を使って抵抗するが、完全に入っており、ひとりで抜け出せる状態ではない。
「伏せろ!!」
牧野が扉を蹴り閉めながら、叫べば、直後、扉の向こうで弾が弾ける音。
影山も、すぐさま杉原をベッドの下へ、伏せさせると、ベッドを持ち上げ、窓から攻撃された時のための盾として立ち上げる。
「まったく、無茶するな……お前」
「仕方ないでしょう。中尉がいては、話になりません」
「つまり、外にいる奴は、話ができる奴らってか?」
確かに、立涌へ直接攻撃した時には、おそらく護衛としてついてきていたであろう隊員が一度発砲したが、それ以降、発砲はない。
医務室に、シェルターのようなぶ厚い壁は用意されていない。
戦闘用の銃火器でも持ってくれば、壁を貫通させることも、破壊も不可能ではない。だが、今のところ、その様子はない。
単純に、視界を塞いだことで、立涌への誤射を危惧している可能性もある。
「なにより、確認したいことがあったので」
「う゛、ぐ……」
顔を赤くし、徐々に抵抗も弱くなってきている立涌を、川窪は無理矢理、牧野の方へ体を向けさせる。
「ぇ……?」
自分の首を締め上げている川窪の腕と首の間に、何とか隙間を作れないかと、両手の指を必死に潜り込ませようとしている立涌に、杉原が驚いたように声を漏らし、牧野も数瞬遅れて、静かに目を丸くした。




