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第57話 永久就職(予定)

 そういえば供給室に来てからレオくんはずっと黙ったままだった。


「ほらっ、レオもなんかあるやろ?」

「カ、カナタくん、あまり強引には……」


 カナタくんがレオくんをわたしの前まで引きずり出してくる。

 レオくんとは、わたしの家に来たあの時から会っていなかったから、ケイレブくんほどではないけど久しぶりだった。どうして来なかったのか疑問ではあるが、どんな顔で迎え入れればいいか分からなかったから、わたしとしては有難かった。正直、今もどう接するのが正解か、答えは出ていない。


「レオ、くん……」


 わたしの前に来てもなお目線を合わせようとしないレオくんの顔を覗きこんだら、どこか寂しげな、それでいて拗ねているような、そんな複雑な表情をしていた。


「……俺に、言ってほしかったです」

「え?」

「辞めるの、相談してくれてもよかったのに」

「でも、レオくん、あれから家に来なかったので……」

「それはっ! その……」


 レオくんは徐々に声量が小さくなって口ごもってしまう。きっと、わたしと同じ気持ちだったのだろう。どんな顔で会えばいいか分からない、と。


「……すみません。それに、決めたのはつい先日なので……」

「……これからは、何かあったら必ず俺に相談してください」


 レオくんはそう言って、わたしの両手を自分の両手で優しく包んだ。みんながいる前でこういう行動をすると思っていなくて、カッと顔が熱くなる。


「あ、あのっ」

「……すみません」


 ゆっくりと彼の手が離れていく。言わないでも察してくれてよかったが、すでに行われたことに関しては取り消しができない。周りの――特にイーゴンくんの――疑問と期待とその他いろいろが混ざった視線が痛い。

 レオくんは何か考え込んでいるようで、少しの間沈黙が流れる。視線とレオくんとに挟まれていて、とても気まずい。


「……俺が卒業する前に、先生が先に学園から去ってしまいますね」

「え、あ、たしかにそうですね……っ」


 口を開いたと思ったら突然卒業という単語が出てきて少し混乱した。どうして今卒業の話が……と。3年のヒューゴくんが言うなら分かるが、レオくんはまだ2年生だ。不思議に思っていたが、ふと、レオくんが家に来た時のことが頭をよぎる。

 そういえば、卒業する時まで好きだったら……って約束をしたんだった。指切りをして。

 そのことを思い出して、赤みが落ち着いた顔に再び朱色が戻ってくる。


「卒業式の日、先生のこと、迎えに行くので、待っていてください」

「迎え、ですか? どうして――」


「先生との未来を歩むため、です」


「……へっ!?」


 な、なんか今、とんでもないことを、遠回しに言われたような……? いや、気のせい気のせい! そうに違いない!

 レオくんの言葉を流そうと思ったのに、レオくんが目の前に跪いてわたしの左手を取ったことで、その意図が正しかったことを証明されてしまう。そのまま、薬指に小さな口付けを落とされる。


「わぁ! ……んぐっ」

「こらこら、まだ邪魔しちゃあかんで」


 後ろがなんだか騒がしいけど、それどころじゃない。

 以前、オリバーさんにも似たようなことをされたけれど、あれはあくまで忠誠や尊敬の意味だった、と思う。でも、今、レオくんにされているこれは、どう見ても……。だって、薬指には――。


「……まだ、直接的なことは言いません。その時は、グレースさん、と呼ばせてください」

「レ、レオくん……! あのっ」


 レオくんのふるまいのすべてに慌てふためいてしまう。握られた左手が緊張と恥ずかしさとで震えているのが分かる。こんなことされるなんて思っていなかったから。


「ほら、先生。返事せぇへんと」

「返事ですか!? え、えっと……」


 急にカナタくんに話し掛けられ狼狽える。返事と言われても……。

 レオくんの言葉通り、まだ直接的なことは言われていない。だから、何を返せばいいのか……。レオくんは迎えに行くから待っていて、と言った。それなら、返す言葉は――。


「ずっと、待っていますね」

「っ!」

「わっ! レオくん……!」


 レオくんは立ち上がったと同時に、触れていたわたしの左手を引っ張って抱き寄せた。突然のことでなすすべもなく、すっぽりと胸の中に収まってしまった。カナタくんとイーゴンくんがはしゃいでいるのが聞こえてくる。けれど、今わたしの鼓膜を一番震わせているのは、レオくんの大きな鼓動だった。


「なんじゃなんじゃ、楽しそうじゃのぅ」

「り、理事長!?」


 予想外の人物に急いでレオくんの腕から離れると、心なしか不満そうな表情をした。

 供給室の入り口に目を向けると、理事長だけでなくルカ先生も一緒に立っていた。にこにこと満面の笑みの理事長に嫌な予感が働く。外れていてほしいと願いながら、おそるおそる伺う。


「あ、あの……まさか、全部廊下で……」

「もちろん、聞いておったぞ!」

「ああ……!」


 返ってきてほしくない答えが返ってきて、膝から崩れ落ちそうになる。な、なんということ……!


「……おめでとう、ござい、ます……」

「ルカ先生まで……!」


 純粋に祝福してくれていることは分かるが、羞恥心でいっぱいのわたしからしたら、みんなが面白がってからかっているように見えてしかたがない。

 今なら恥ずかしさで死んでしまうことができるかもしれない……。そんなことを思っていたら、レオくんと視線がぶつかる。彼は優しく愛おしそうに目を細めた。

 まだ死ぬことはできないなぁ。窓の向こうの黄昏れ始める空を眺めながらそう思った。

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