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第4話 女の勘と飛び去る龍。

 

 早朝。空は薄暗く、太陽はまだ登ってはいない。

 空気はどこか涼しげで、遠くからは鳥の鳴き声が聞こえてくる。


 そんな中、俺は一人畑に入って、土を耕していた。ここで作物を育てようと思うのだ。


 この家の庭には、そこそこの大きさの畑が作られている。昔も一時期、この畑で家庭菜園を行ったものだ。土の質がいいから、ここでは作物がよく育つのだ。


 俺は冒険者登録をするために街に行ったっきり、ここには戻ってきていなかったため、畑もしばらく使われることもなくなっていた。


 けれど、今回せっかく、ここに帰ってきたんだ。

 だから、また畑を使おうと思う。これが結構、楽しいのだ。


 まず、畑を起こすために農具を使って土を掘り返し、硬くなっていた地面を耕していく。そして、全体的に柔らかくなった土に、今度は肥料を撒いていく。この土にはそもそもが栄養があり、質も良いため、別に肥料を使わなくても問題はないのだが、どちらかといえば肥料を巻いた方が実りが良くなるのだ。これは経験談。試行錯誤の末に導き出した答えだ。


 そして育てるのは、あらかじめ街で買っておいた、植物の種。

 成長すれば、赤くて酸味のある実をつけるものや、緑色の細長い実をつけるものが出来上がるだろう。トマトやきゅうりに似ている野菜で、味もほぼ同じだ。


「とりあえず、午前中で半分ぐらいはやれるかな」


 軽く息を吐きながら、予定を立てる俺。


「せんぱい、朝ごはんができましたよ」


「お、ありがとう」


 窓から顔を出し、呼びかけてくれるシェラ。


 白ずんでいた空には、すでに太陽が登っている。時間でいえば午前7時ぐらいか。


 俺は作業を中断し、朝食を摂るために家の中に入った。


「美味そうだ」


「きっと、美味いですよっ」




 俺には、この世界でやりたいことがあった。


 そのうちの一つが、今朝から始めた家庭菜園だ。


 自給自足の生活。自分で育てたものを、自分で食す。


 ゆったりとした暮らしの中で、休み時には休んで動くときには動く。人間社会のストレスから離れた場所で、そんな生活をいつか送りたいと思っていた。


 だから、これだ。


 他にやりたかったことは、もう一つ。


 せっかく異世界に来ることができたんだ。だから冒険者になって、ほんの少しでもいいから注目されて、ほんの少しでもいいから信頼されて、それでもって尊敬もされて、自分の力を遺憾無く発揮して、という風なそんな生活を夢見たこともあった。

 だから、一旦、この山を離れて、街で冒険者になったんだがな。


 ……結局、ダメだったけど。


 想像とは全然違った。

 少なくとも、想像通りに行っていたら、今頃俺は王宮に呼ばれるほどの逸材になっていたはずだ。そして「ここまで目立つはずじゃぁなかったのにな……」なんて言って頭を掻きながら、これはこれで悪くないとまんざらでもない態度をとっているはずだ。


 そうはならなかったんだけどな。


 結局は妄想だ。願望でしかなかった。


 そして、自分にそれが似合わないというのも、もうなんとなく分かった。


 だから、別にいいさ。

 今の俺にはこの畑があって、願いの一つは叶っている。


 こんな生活も悪くない。むしろ、良すぎる気がする。これからはここでのんびりしていこう。たまには、街に降りて、冒険者家業もするのもいいと思っている。


「せーんぱいっ。おかわりいりますよね?」


「ありがとう」


「はいっ」


 おかわりをよそってくれるシェラ。

 今日の朝食は米だった。この世界にも米がある。昔、どこかの旅人が広めたとのことだった。

 それをふっくらと炊き上げてくれたのが、シェラ。この家にしばらく泊まることになった彼女が、今日の朝食を作ってくれた。


 昼食も作ってくれるとのことだった。至れり尽くせりだ。


「でも、作ってもらってばかりなのも悪いし、これからは当番制にするか」


「いえ、いいですよ。私、作りますので。お邪魔になっている立場ですもん。それぐらいさせてください」


「そうか。悪いな」


「はいっ」


 ここで好意を無碍にするのは、そっちの方が失礼だろう。俺はお言葉に甘えることにした。


「それに、せんぱいはなんかほっとけないんですよね。ちゃんと見ててあげないと、ご飯も適当に済ませて、平気で食べなさそうですし。心配です」


「そうかな……」


「絶対そうです。私が言うんだから、間違いないです」


「しょうがないんですから、もうっ」と言いながら、微笑みを見せてくれるシェラ。


「でも、心配といえば、クラウディアもそんな感じだよな」


「……ッ」


 クラウディア。よく食堂で鉢合わせして、一緒にご飯を食べた、金髪でソロの冒険者の彼女だ。

 この山に帰って来る前、最後に食堂で少しだけ会話をしたけれど、今頃は街で依頼を受けているんだろうな…。


「あの子はちゃんとご飯を食べているだろうか……」


「いやぁぁぁぁ〜〜!! あの女の話はしないでぇぇ!」


 ほんと、仲悪いな、おい。


 さっきまで笑顔だったシェラが、頭を掻きむしらんばかりにイライラしていた。


 逆も然り。

 あの子にこの子の話をすると、明らかに不機嫌になり、この子にあの子の話をすると明らかに不機嫌になるのだ。


 こっちからすれば、二人は似た者同士なんだけれど、そんなことを言って仕舞えば本人同士は「違う!」と断固否定するのだ。


「せんぱいはデリカシーというものがないですね」


「昨日、人のデリカシーを粉々に砕いたのは、誰だと思ってるんだ」


「うげっ。……まだ覚えてたんだ」


 忘れない。

 昨夜、俺のトラウマを掘り起こした罪は重い。

 思わせぶりな行動を取っておいて、こっちがちょろっと心を開けば、あれだ。


 まあでも、戒めにはなったから、結果オーライだ。


「昨日のことは本当に申し訳ございませんでした。それを踏まえた上で……他の女の話はしないでほしいです。せっかく、二人っきりでいられるのに……。私だけを見てほしい……」


 指をツンツン突き合わせて、もごもご言っているシェラ。

 俺はその姿を見ながら、食事を続けていく。


「でも、安心もできないんですよね」


「というと?」


「近い未来、この山に足を踏み入れる者たちが出ると思います。しかも、女の子……。私の中の女の勘が、警鐘を鳴らしています」


「考えすぎじゃないだろうか……」


「意外に、こういうの当たるんです」


 シェラは警戒をしているようだった。


 でも……果たして、この山にやってくる人なんているだろうか。

 ここは何もない山だ。誰かがやってくるとしても、それは冒険者ぐらいだろう。


 例えば依頼を受けて、やってくるとか。


「……私も、覚悟を決めないと」


 気を引き締めるように、何かを決意するシェラ。


 そんな何気ない日常の一幕。


 その後は特に問題が起きることもなく、俺は畑の状態を整えた後、手伝いを申し出てくれたシェラと一緒に作物の種を地面に植えていった。


「どれぐらいで、芽は出るんですか?」


「早いぞ。三日で芽が出て、一週間もすれば収穫だ。なんせ、ここの土は質がいいからな。


 俺も初めは驚いたものだ。


「楽しみですね」


「ああ」


 作業後、そこそこに土に汚れた俺たちは、畑のふちに並んで立ち、成長を楽しみにした。


 ……しかしその二日後。事件は起きた。

 そこにあったのは、変わり果てた畑の姿。


「荒らされてます……」


「変な、鱗粉がばら撒かれた形跡があるな」


 嫌な予感がして外に出てみればこれだ。

 綺麗に整えた畑が、ひどい有り様になっていた。土が根こそぎ、飛ばされた跡があるのだ。しかも、鱗粉のようなものが、その土に散りばめられているじゃないか。


 そして、遠くの空には小さな黒点が飛び去っていくのが見えた。


 あれは、龍だ。


「さっきここの真上を、何かが通っていきましたよね……。もしかしたら」


「かもしれないな」


 嘆いていてもしょうがない。畑の調子を戻すため、行動に取り掛かる。

 そして飛び去っていく龍の後ろ姿を見据えた。……すると、そいつはこちらの様子を確認するように、首だけで振り返った気がしたのだ。


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