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第2話 私、来てますよ?


 その場所は、山の中腹あたりに立っている家だった。


 開けた大地に、近くを流れている小川。


 しばらく手付かずで放置されていたこともあり、雑草が伸びっぱなしになっている。


 どこか寂れた雰囲気のあるその建物はこじんまりとしているも、ここに来ると帰ってきたという気持ちになって、懐かしくなる。


「もう一年ぶりになるのか……」


 ふと思い返してみる。随分間を開けてしまったことに気づく。


 ここは、以前世話になった恩人から譲り受けた場所である。


 ーー疲れた時は、ここに帰ってのんびりしなさい。ここはあなたの家なのですから。頼みましたよーー


 そう言って、ここを任せてくれた。


 だからここは俺にとって、思い入れのある場所でもある。


「さて、とりあえず換気をするか」


 家の中に入り、持っていた手荷物をベッドの上に置いた俺は、窓を開けていき、部屋の空気の入れ替えを行っていく。


 風が入ってきたことで、埃が舞うということはなかった。この小屋には経年劣化と抗菌作用などがあらかじめ施されているらしいため、清潔な状態が保たれるようになっているのだ。それでも、気分的に空気の入れ替えはやはり大事だろう。


 それで、家の中の拭き掃除は……いらなそうだな。全然綺麗だ。となると、外の掃除だな。


 俺は外に出ると、早速草取りに取り掛かることにした。


 穏やかな陽気を受けながら、一本一本草を抜いていく。抜いた草は採っておく。


 この草は、一応薬草だ。雑草と薬草の違いは、魔力を含んでいるか否かということ。

 魔力を含んでいれば薬草になり、そうでなければ雑草となる。


 それで、ちょうどこの家の周囲は薬草の群生地帯になっているらしい。

 土もなかなかに良い為、質のいい薬草が採れる。取り放題だ。


 昔はこの薬草を使って、ポーションなどを作ったりしたものだ。懐かしい。


 今でも作ろうと思えば、作れるはずだ。

 何回も作ったから、体がそれを覚えている。


 あと、俺はここで過ごした数年間で、鍛治とかもかじったことがある。

 おおぉっと? ダジャレじゃないぜ? ……だめだ……。一人で作業をすると、どうにも感情が変な方向へと向かってしまう。昔から、それこそ前世から一人でいることが多かったため、色々頭の中で完結することも多かった。そして、あいつニヤけてね? と距離を取られることも多かった。


 まあ、いい。別に急ぐことでもない。


 ここには、誰もいない。


 ゆっくり、作業していこうじゃないか。



 そして、昼頃から始めた作業は、日暮れ前には終わらせることができた。


「ふぅ」


 思ったよりも、汗をかいてしまった。

 嫌な汗ではない。むしろ、気持ちのいい汗だ。


 額に浮かんだ汗を腕で拭いつつ、心地よい満足感を感じながら、俺はひとっ風呂浴びようと家の中に戻ることにした。


 すると、玄関先でお出迎えがあった。


「お帰りなさい。せんぱい。お勤めご苦労様です」


「お。ありがと」


 待ってくれていたのは、栗色の髪がふわりとしている、可愛らしい女の子。


「ちゃんとお仕事できて、せんぱいは良い子ですね」


「うむ」


 しかし、この俺を出迎えるとは、なかなかできた奴じゃないか。

 感心感心。


「はい、タオル」


「うむ」


 受け取ったタオルで、俺は自分の身を綺麗にしていく。


 ……おや? 家の中から、何やら美味しそうな匂いがしてくるぞ?


「とりあえず、お風呂は沸かしておきました。ご飯はもう少しだけ時間がかかりそうですけど、先にどちらにしましょうか?」


「だったら、風呂からにしようかな」


「了解です」


 しかし、そこまでしてくれるのか。俺は幸せ者だな。

 気配りも100点。心遣いも満点だ。


「でも、体は自分で洗ってくださいね?」


「ははっ、そりゃそうだ」


「えへへっ」


 二人で笑い合うと、俺は風呂に向かった。

 脱衣所で服を脱ぎ、体を洗うと、湯船に浸かる。


 ざぶんと溢れ出したお湯。タイル張りの床を侵食していき、排水溝へと吸い込まれていった。


「……染み渡る……」


 背もたれにもたれかかった俺は、全身の力を抜く。


 鼻腔をくすぐるのは、柑橘系の香り。お、風呂の中に、柚子が浮かべられているぞ。なかなか乙じゃないか……。


 って、これ、みかんじゃねえか……!


「しかも、酸っぱいぞ……!」


 まるでレモンのような酸っぱさだ……。皮を剥いた俺は、その柚子だか、みかんだか、レモンだか、分からないそれを丸々一個完食した。


「せんぱい。今まで着てた服は、私の方で回収しておきますね」


「ありがと」


 ガラス張りのドアの向こう側から聞こえてきた声に返事をする。


 そして、少しお湯の中でゆっくりしたところで、ふと、俺は不思議に思った。


「……なんであの子がここにいるんだ?」


 謎だ。本来、誰もいないはずのこの場所に、いつの間にか来ているぞ……?


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