第13話 3年前のあの日のような…
それは約三年ほど前。
街を出て、西の方に位置する、ダンジョン内での出来事だった。
当時の俺はそのダンジョンへと潜っていた。
薄暗い通路に、飛び散る緑色の液体。下級悪魔レッサーデーモンの血だった。
群れで行動するその狡猾な魔物たちは、獲物の俺を仕留めようと、一斉に襲いかかってくる。先が分かれている小槍を手に握りながら、頭上に4体。背後に5体。
瞬間、天井に緑色の血飛沫が飛んだ。
鈍く地面に叩きつけられる音が、計9つ。飛びかかってきていたレッサーデーモンの血だ。
ごろごろと切られたその首は、通路に転がって、やがて本体同様に動かなくなった。
その中心に立っているのが当時の俺。
愛用していた長剣を構え直し、奥から集まってくる次の敵との戦いに備える。
『……っ』
手は震えていた。足も震えていた。
当時の俺は弱かった。実力にして今の10分の1以下の強さもなかったと思う。それを補うために、装備やポーションなどで能力の底上げをしていた。そうやって、弱いなりに必死にもがいて、魔物と渡り合えていたのだ。
そして魔物を倒し終えた俺は、ダンジョンの奥へと向かい、新たな魔物と戦い続ける。
『それにしても、魔物が多すぎる……』
倒しても倒しても、湧いてくる……。
そんなことを思いながら、魔物と戦っていた時だった。
無限に湧き出るレッサーデーモンとの戦闘中、俺の武器が何かにぶつかるような感覚がしたのだ。そして次の瞬間には、何かがバキリッと砕けるような音がした。
そして突如、揺れ始めたと思ったら、ダンジョンそのものが崩壊した。
崩れる天井。潰されるレッサーデーモンと俺。なんとか、地上へと逃れることができた俺だったが、その時には瀕死の重体を負うことになった。
結果、それ以来、俺はダンジョンという場所には近づかなくなった。
そして今回、訪れているのが、当時そんな苦い経験をしたその街だというわけだった。
* * * * *
「これで半分ぐらいは買えたかな」
俺は、残りの買うものを頭の中で思い出しながら、メモも見直した。
現在俺は買い物中である。ギルドでオリビアという少女から『ティラスの花』を買い取ってもらったから、懐は暖かい。結局あのあと彼女は2本、俺から買い取ってくれたため、その分の料金を払ってくれた。タダでも良かったのだが、話し合った結果相場での取り引きということになったのだ。
そしてギルドを後にした俺は、本来この街に来た目的だった、鍛治に必要な物資の調達をしているというわけだった。
街の中をあちこち歩き回り、その半分ぐらいは無事に入手した。
残りは、もう半分。……なのだが、こっちは少し厄介だった。
「申し訳ございません。その商品は先ほど売り切れてしまいました」
「そうですか……」
……ここもか。
お礼を言って、店から離れる。
なかなか売ってない……。
あちこち探し回ってみたのだが、見つからないものはどこに行っても見つからない。全部売り切れている。
予定なら、今頃すでに買い物は終わっているはずなのに、意外なところで行き詰まってしまった感がある。
せめて、研磨用のやつだけでも手に入れておきたいのだが……それこそ見つかる気配がない。
「ううむ」
ないものは仕方がないか。
いや……。
「こうなったら、自分で取りに行くか」
というわけで、俺は街を出ると、自分で取りに行くことにした。
お金はあるのだから、買った方が色々と楽だと思っていたのだが、しょうがない。横着せず、昔のように初心に返って、自分で取りに行こう。
向かうのは、街から出て左の方にある鉱山。
そこで、必要な物がいくつか見つかりそうな気がする。もちろん、研磨のやつもあるはずだ。
しばらくしてその場所に到着した。
3年前にこの街に来た時にも、鉱山への立ち入りは許可されていた。
だから今回もと思っていたのだが……。
「あー、ダメダメ。許可証がないと、通せないよ」
「なにっ」
俺は鉱山の管理をしていると思わしき人に止められていた。
「許可証というのはどこで取れるのでしょうか……」
「一番確実なのはギルドで一定の成果を出して貢献することだな。あとは領主様に許可を貰うかだ」
……三年前に来たときは、誰でも入れていたはずなのに。
「3年前? あの時は非常事態だったからだよ。あの時、西側のダンジョンでスタンピードが起こりそうだったからな。そのせいで付近のダンジョンでも何が起こるか分からないってんで、特別だったんだ。スタンピードに備えるために、色々足りてなかったからよ」
「スタンピード……」
知らなかった。そんなことが起ころうとしていたのか。
「危ないってんで、立ち入り禁止だったんだぜ?」
「立ち入り禁止……」
知らなかった。どおりで誰ともすれ違わなかったはずだ。
「とにかく、許可証がないと今はダメだな。まっ、例のダンジョンコアを破壊して、街を救ってくれたお方なら、喜んで領主様も許可を出すだろうな」
という、どうにもできそうになかったため、俺は引き返すことにした。
一応、ダンジョンの方なら今でも許可証がなくても入ることができるらしい。
ダンジョンはここから数キロ歩いた場所に一つ。さらにしばらく歩いた場所に二つほどあったはずだ。ダンジョンでは珍しい素材を手に入れることができるため、俺の欲しい物も手に入るかもしれない。どのダンジョンで何が手に入るのか。その情報は、他の冒険者から買うことができるらしい。
「今からダンジョンに潜る、か……。でも、ダンジョンは崩壊すると怖いしな……」
トラウマだ。
あと、ダンジョンは不確定要素が多数存在する。
確かに素材を求めて、一か八かで潜るのも手ではあるのだが……見つからず、時間だけを消費してしまうパターンもある。
「……研磨に使える石なら、西側に行けばありそうな気がするな」
……こうなったら、そこに行くか。西側……西側……。こっちは、だいぶ気は進まないけれど。
西側。
といえば……3年前に、崩落してそれに巻き込まれた俺が死にかけたダンジョンがあるところだからだ。
あの時は流石にダメかと思った。あれ以来、俺はダンジョンに近づくことすらなくなったぐらいだ。
「……いや、でも、これも必要なことか」
俺はそう考え直し、再び歩き出した。
見上げてみれば、今日は空が綺麗だった。
青々としている。天気も快晴だ。気持ちのいい陽気だとも思う。
けれど、そんな晴れ晴れとした天気とは裏腹に、気分はどちらかといえば曇っている……。
「はぁ……。おっと!」
俺は吐いたため息を捕まえて、リリースした。
危なかった。
運気が逃げるところだったぜ。
どうにも、今の俺の中から、前世の俺が顔を見せていた感があるな。
一人で、この広い世界の中を歩いていると、ふとした時にそんなことを思う時があるのだ。
あとやっぱり、3年前に死にかけた西側に向かっていることも原因なのかもしれない。
それと、当時はいつもこんな風に一人であちこち当てもなく、希望もなく、今のような実力もないなりに、歩くしかなかったため、今こうして一人で歩いていることで、無意識のうちにそれを思い出したのかもしれない。
けれどそういうのは、もう終わりだ。前世でも今世でも散々悩んだから、必要ない。
「さて。もうそろそろだ」
ほどなくして、西に位置するその場所へと到着した。
そこは、ひと気もなく、目立った建物もない、ゴツゴツとした石と岩が落ちている場所だった。
イメージ的には河原だ。川はないけれど。あの足場の悪そうな風景が想起される。
砂の茶色と、石の灰色が一面に広がっている。驚くほど静かな場所だ。
その中心に位置する地点。
そこには、地面が崩落したような大穴が空いている場所がある。
「……3年前にダンジョンがあった場所だ」
ここは、3年前にダンジョンが崩落した場所。
俺が潜っていた時に、崩れてしまい、重傷を負った場所。
俺の苦い思い出の聖地だ。
「ここだったんだよな……」
そんな複雑な気持ちに駆られていた時だった。
「……っと。この岩は魔物だったか」
俺は一歩、後ろに下がる。すると、近くの塊が動き、まるで突進するように迫ってきた。
だから俺はそれを躱し、すれ違いざまに腰に下げていた剣の柄の部分を、軽くぶつけた。瞬間、その岩に擬態していた魔物は粉々に粉砕された。
「武器は……無事か」
俺は腰にある剣を心配しながら確認した。
自作の剣だ。俺の力に耐えきれず、力を込めて振ってしまうと、壊れてしまう剣なのだが、これぐらいなら大丈夫なようだった。
抜かずに、柄の部分で叩く剣。
果たして、刃の部分が使われる日は来るのだろうか。
そんな風に俺はたまに岩に擬態している魔物の相手をしながら、目的の品を探した。運が良かったのだろう。それほど時間がかかることもなく、見つけることができた。
台形の鉱石。色は臙脂色。
鍛治で研磨に使用する鉱石。その中でも希少なやつだ。
それを短時間で発見するとは、さすがだ。自分でもびっくりだ。
「お、揺れている」
その時、ふと揺れを感じて、俺は一旦立ち止まった。
なんだなんだ。今揺れたぞ。地震だろうか。足元が崩落したりしないだろうな……。
「あっ」
その時、人の気配も感じて振り返った。すると、離れた場所から歩いてくる人の姿があった。
あっちも俺の存在に気づいているようだった。見覚えのある人物だった。
「さっきぶりね。あなたもここに来てたんだ」
銀髪の少女、オリビアである。ギルドで会った彼女だ。
もう会う機会もないだろうと思っていたのに、こんな所で会うとは。
「さっきはありがと。それで……そっか。研磨の石を探しにきたのね」
俺の手元を見て把握したようだ。
「って、おっ。それって珍しいやつじゃない。いいな。私も探し物に来たの。ちょっと必要な石があって」
「そうか……。でも、少し揺れがあるから、危ないかもしれない……」
「さっき揺れたわよね。最近、結構多いのよ。ほら、言った側から」
本当だ。また揺れた。
縦揺れ……いや、横揺れ……。違う。どっちにも揺れている。不規則だ。
「……でも、今日はいつもより揺れが強いかもしれないわ」
物騒だ。
なんだか嫌な予感がしてきたぞ。
「まるで三年前のあの日……ここのダンジョンが崩落した日みたい」
「あの日も、こんな風に揺れてたわ……」と、彼女も警戒したような顔をしていた。
フラグだと思った。
……その瞬間だった。
「ぐ……っ」
突如、轟く轟音。隆起する地面。そこから生えてきたのは一本の赤黒い腕。魔物の腕だった。腕を出したそいつは、這い出るようにして地上へと現れた。
「レッサーデーモン……。何で地面から……」
それを皮切りに、何体も。
結果、俺と彼女は包囲され、突如現れたそのレッサーデーモンを相手にすることになるのだった。




