大波注意報4
「うぅぅ。ここはどこだ?」
目を開けると、見慣れたミンギの執務室に置かれている長いすに寝かされていた。おでこには濡れたタオルが乗っていた。ミンギから爆弾発言を聞いてから以降の記憶がない。タオルを横の台に置いて身を起こす。
「誰か? 誰かいないの?」
呼んでも返事がない。誰もいないみたいだ。
そこで起き上がり、部屋を出る。
庭園の亭子へとむかった。
庭には川が流れて、日差しを受けきらきら光っている。
手を入れると、ひんやりと冷たい。
近場の枝から果物を二個もぎ取り手にもった。
(あら、先着がいたのね。なんの音? 笛かな? きれいな音だわ。どんな人が吹いているのかしら?)
そっと、身体をかがめ相手が見えるところまで地面すれすれにしゃがんだまま近づく。
髪に何か引っかかったが、気に留めない。姿が見えるぎりぎりで葉や枝で隠れた。
(わぁ、なんて綺麗な人なの。鼻筋が通っていて、男の人に見えなくもないけど華奢そうな感じだし。男なら目つきでわかるけど、優しそうな目だわ。きっと背の高い女性ね。一体誰なんだろ? きゃっ!)
覗きこもうと首を伸ばすと重心がずれてカンムは尻餅をついた。
声は発しなかったがドスンという音と葉が揺れたことで笛の音が止んだ。
「そこに誰かいるのですか?」
落ちつた声だった。
カンムがチラっと葉の間から確認するとまだきょろきょろと探している。
(ヤバ! 私、間抜けすぎる。このまま猫の鳴きまねでもする? それとも飛び出して走りさるべき? どうしよう? なんかこっち見ているし。ええい! この家の主なんだから堂々とすればいいのよね。隠れているままなんて馬鹿らしいじゃない。私はカンムよ!)
意を決して飛び出した。
「ごめんなさい。邪魔するつもりはなかったのだけど」
姿を見せたカンムはじっくりと頭から靴の先まで視線を動かす。
謎の笛吹き人は、身長が高くカンムの頭が肩ぐらいだ。
まさに、カンムのあこがれる理想が詰まった夢の容姿をしている。
薄い茶色の髪は艶やかで、睫毛が長く、パッチリとした瞳に鼻筋が通った白い肌。
上に上がった口元。まさに、美人という言葉がよく似合う。
「いいえ、大丈夫ですよ。そろそろ行かなくてはいけなので」
「きれいな音色ね。よかったらこれどうぞ。おいしいですよ。美しい笛のお礼です」
手に持っていた果物を服で拭き、差し出した。
「ありがとうございます。ところで髪に葉っぱが絡まっていますよ」
言われて気づき慌てて葉を取った。多分、髪はぼさぼさだろう。恥ずかしさのあまりカンムの頬が朱にそまる。
なかなかとれない葉に苦戦するカンムを見かねてなのか、笛人は笛を置いて手がカンムの髪に触る。もつれて葉と絡まった髪をひっぱらないように気をつけて取ってくれた。
「元気ですね。顔にも土が……。これをお使いください」
差し出された手ぬぐいを受け取った。
手ぬぐいには、羽が刺繍されていた。
「またお会いするとおもうので、それでは失礼します」
カンムは見とれたままその人が見えなくなるまで眺めていた。
(去っていったあの人は誰だったのだろう。そういや、名を伺うこと忘れた!! また会えるのかしら?)
「カンム様! こちらにいらしたのですか」
ぼーっと後ろ姿に見とれていたら、ライの大きな声に振り向いた。
ライはカンムを探しまわったようで額から汗を流していた。
「いったいどこにいたのよ?」
「顔合わせの準備をいていまして……。準備が整いましたので呼びに来ました。ですが、この格好はなんですか!? どろどろですね」
「あっ!! いつの間に。しょうがないでしょ。元気なことはいいことって言っているじゃないの」
しゃがんでいたせいで裾はどろどろで、袖には枝がくっついている。
ライはパンパンとカンムの服を叩いて大きな汚れを落とす。
「どのみち、斎宮でお会いするので召し変えて下さい。いつまでも子供のままじゃないんですから成長してくれないと、俺が安心できない」
はぁと溜息を吐かれ、とぼとぼと斎宮へ向かった。