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大波注意報3

 真っ赤になった頬をさすりながらライはカンムの向かい側に座り、ガタガタと馬車に揺られていた。

「あぁ、カンム様にたたかれた所がヒリヒリします。この大事な顔に傷が付いたらどうするのですか? 皆が悲しむでしょう」

「そんなこと知ったことじゃないわ。いったい誰が悲しむのよ」

「女官や、侍女たちですよ。一応人気あるんですからね」

「そんな侍女たちは、私が悪い男に引っかかる前に教育してあげるわ」

 カンムのライを見る目が冗談ではないとものがたっている。

「そんなこと言っているうちにつきましたよ。もう門が目の前ですし、カンム様」

 馬車の窓をあけカンムは久々に出た外を眺めた。

「ふーん。もう着いたの? やっぱり、宮は華やかだわ」

 カンムの住む斎宮からは馬車を走らせしばらくすると本殿である宮が現れる。大きさは多少大きいぐらいだが、豪華さはまるで違う。門からして細やかな金細工が施されている。だけど横にあるマッチョの像は必要ないと思う。カンムが就任したときには銅像を撤去することを公約に掲げている。

 中に入ると、『廟に来い』と張り紙の文字。文句も言えやしない。しかたがなく、廟へライと一緒に向かう。

(――もう十数年たったんだ。廟には、とうさまが生きていたときに、一度入っただけ入ったことがある。宮主と認められた者だけ入ることができて、ここで民の幸せを祈るはずよね。いずれは私の役目になるのね) 

「カンム? 来たの?」

廟の中からミンギの声がした。どこにいるのか知りたくても中に暗幕が張ってあり、日が差し込まず真っ暗でなにも見えない。

「ライもいるわよね? 近くの燭台に灯りをつけて」

 ライは言われた通りに灯りを灯す。やっと見えるようになり、久しぶりの廟をじっくりみた。湖の真ん中にミンギが立っていた。

 ミンギから視線をはずし、辺りを見たとたん言葉が見つからずにただ呆然とそこに立っていた。

「カンム様どうかなさいましたか?」

 ライの声で我に返った。

「えっ? えっと、ないもないわよ」

 カンムは慌てて返事をしたが、ライはなんだか心配そうな顔をしていたが、ただぼーっとしていただけだと分かって追求はしなかった。

「カンム、遅かったわね。いきなりだけど、『宮主』を継ぐ気持ちはある?」

 ミンギが何を言っているのか唐突で理解するのに少しかかったが、この質問は悩むことではない。昔から分かっていることだ。

「はい。ありますとも。でもそれだけのことで呼び出した訳でもないでしょう?」

 何をいまさら聞いているのかとカンムは不思議そうに首をかしげる。

 しかし、ミンギは、カンム自身から継ぐ意志をきいてほっとした。ここで、断られたら説得できる自信がない。

「この廟にきて何か気づいたことは?」

 じっくりとあたりを見回して、見ている光景を語りだした。

「窓が開いていて、暗幕がはってあります。それよりも、社がありません」

 ライはにっこりと微笑んだ。今聞きたい答えをカンムは一回で言い当てたからだ。

「正解よ。じゃ、お社に封印されていた『クィ』のことは知っているかしら?」

「それなら、昔かあさまが話していた鬼のことよね? でもそれって、古くから受け継がれている昔話でしょ?」

 カンムは「ああ」と声を漏らした。言い伝えにも似ている話なら聞いた事がある。この国の成り立ち故、暗唱ができるぐらい覚えさせられたのだ。

 話の始まりはお決まりの文句から始まる。


――むかし、むかし、まだトラがタバコをふかしていたころだ。

 人々は毎日幸せに暮らしていました。ある日、村に仮面をつけた男がやってきた。その男はいつも仮面をつけていて、はずした姿をみたことがない。

そして、何日かたったころ村では若い女がいなくなり始めた。誰か居場所を知らないか尋ねても誰もしらないと言う。

 困惑している村に、一人の女が訪ねてきた。髪が長くて、肩に槿の花の模様が描かれていた。

 その女は、姿が消えた娘は山の小屋にいると村人たちにおしえる。

「私が、いいというまで来てはいけません。仮面の男がさらったのです。私がたすけに行くのでそれまで待っていてください」

 そう言い残し、女は山へ消えた。

 二、三日たったころ、連れ去られたはずの娘たちが帰ってきた。村人は喜び、宴を開きました。村に幸せが戻ったのです。あの女はファンヌン様の生まれ代わりだったのだと村人たちは口々に言う。天界から村を救うために戻ってきてくださったのだと、山へ行った女を待ちましたが一向に降りてこない。村人は女の魂を祈る宴を開くと、女の魂を見送ったそうだ。

 あれから、仮面の男と女を見たものはいない。


ミンギは諭すように言った。

「カンム思い出して、あなたの肩に槿の花があるでしょう? それって、クィが逃げたのは関係があるのよ」

 笑顔で言ったミンギに対して、カンムはわなわなと震えだした。

(そんな馬鹿な話を信じろというの!? 大体、昔話ではどうやって封印したか言ってないじゃない! でも、かあさまが昔話信じているなんて驚いたわ)

「そんなこといったって、私にはなんの力もないわ。それに、宮主を継ぐことも関係ないでしょ?」

「ああ、それは宮主しか持てない武器があるのよ。この腕輪。槿の印をもつ者にしか真の力を使えないの」

 ミンギは袖をまくり、腕にはめている翡翠色でなんだかよく分からない模様をした腕輪を見せた。

「これが武器と伝わっているわ。今すぐ渡したいのだけど……。宮主にはいくつかのしきたりがあって、宮主候補にならなければ渡せないの。だから、カンムを宮主の次期後継者にしたわ」

「な、何を勝手に決めているんですか!? 他の当主や相手方との許可は頂きましたか? 宮主の気まぐれというので決めてないですよね」

 ミンギを睨んでも、にこにこと笑っている。カンムは大人しく聞いていたが、だんだん苛立ちが行動に表れてきた。

「別に了承はさっき得たわよ。宮主候補が宮主になる際、一番大切な儀式っていうか、慣わしがあるの。それはね……」

カンムはゴクリと息を呑む。

 ミンギは、パッチンと手を鳴らす。

「結婚することよ。だから準備しておきなさい。相手方が気に入らなかったらどうしようもないから、お菓子なし。食べたら夕食抜きとする。分かった?」

予想もしていなかったことに頭が真っ白になり何も考えることができない。目を見開いたまま何の反応もせずに、立ったままだった。

「大丈夫ですよ。お菓子ぐらい我慢できますよね? カンム様?」

 後ろで立っていたライが心配して声をかけた。しかし、反応がない。ゆすってみたがゆらゆらと燃える蝋燭の火のようにゆれるだけだ。今度は後ろにカンムを引っ張ると、立ったまま仰向けに床に倒れた。もうとっくに夢の国に旅立っていた。

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