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クィの復活

 闇に隠れながら月だけが僅かに照らす。お互いの顔は見えず気配だけが二つ。静かな沈黙のなか、地面を這うような声が響く。

「たった一人で来た愚かさは褒めてやる。だがファンヌン、これで終わりだと思うな。二人がそろわぬ限りまた蘇り、お前の身体は力に耐えきれず私を消せやしない」

 嘲笑うように鼻を鳴らし、高く凛とした意思をもつ女性の声が静かに語った。

「戯言を言わずとも分かっている。ファンヌン様の名を口にするな。私は力を受け継いだだけだ。まだ完全でないお前の封印を再びするぐらいなら身体は持つぞ。我が血は次の後継者に繋がる。封印が弱まったとしても私と同じ身体に刻まれた印をもつ夢視で見たあの子が倒してくれる。そのときはタングンの力を受け継ぐ子が現れてくれるはずだから」

 女は光の矢をつがえると弓を構え放つ力に姿を消されながらただ、「カンム」と名を呟き星が最後の力を出し切るように光る。一筋の星が流れると、新たな小さな光が力強くきらめいた。




 幾千と顔を見せた満月の夜。

 人が慌しく行き交い、にぎやかな宮でも、夜更けともなると宮自体が眠りについたように静かになり、人影はほとんどみえない。重要な部屋の何室かだけ兵士が扉の前で警護をしている。宮の塀付近の警護も二人一組で五組だけが広い外を歩いて回っている。夜の見回りは男がすることになっているが、侍女の夜勤も一組だけだがある。昼勤のものが点検をし忘れた際には夜勤のものが点検をしなければならない日課がある。廟の中に祭られている社に御札が貼られているか確認するのだ。

 薄暗い廊下を一つの明かりが照らしだした。

「あぁ、まだ春が過ぎたばかりなのに今日は暑いわ。しかも、火を見ているともっと暑くなる! 風もあまり吹いてないじゃない。こんな暑いのに私達に仕事を押し付けるなんて、やっていられないわ。施錠の点検は今晩の仕事じゃないはずなのに! 侍女の私たちを使うなんてひっどい。イニョンもそう思うでしょ?」

 隣で一緒に歩くイニョンの顔を蝋燭の明かりで照らして同意を求める。

「そんなこと言わずにヘジン。あと一つだから文句言わないで。こんな事を聞かれていたら、ユン女官長様にお叱りを受けるわよ。分かったらあきらめなさい」

 納得したのかヘジンは燭台を手元に戻す。

「分かったわよ。『口は災いのもとだから慎め』ってしつこいから。そういえば、今から行く廟って、変な噂があるのよ。ユン様に聞いたから確かよ。昔、ユン様が私たちと同じ侍女だったときなんだけど、昼間の点検をしたときに大事な日誌を忘れたから、お姉さま方に怒られないように寝ている夜中に廟に忍び込んで取ってこようとしたんだって。鍵を忍ばせてね」

「それでどうなったの?」

「戸が開き掛けた瞬間――、中にある社からドンドンと社の中から戸を開ける音がして、大声で人を呼んだんだって。『助けて!』って。かすかに戸の隙間が開いて、煙が出だしたのと同じころに先代の宮主様が来られて、社にお札をお貼りになられた。すると、さっきまでいた煙がなくなったらいしの。それから、社の中には『クィ』と呼ばれる鬼の種類が封印されているって先代宮主様から伺ったと聞いたわ」

「でも作り話なんじゃない? 寝ぼけていらっしゃったとか」

「ほんとうなんだってば! 最近も社から物音を聞いたっていう人が何人もいるのよ。宮に住まう幽霊が現れたんだって」

 廊下の角を曲がると火だけが宙に浮いて見えた。

「「ギャァァァァ! 出たー!」」

 二人は来た道を走って戻り、立ち止まると壁に寄り掛かると乱れた息を整えた。ヘジンは座り込む。

だんだん呼吸が落ち着いてくるとイニョンからしゃべりかけた。

「ほんとに幽霊かな?」

 一目散に逃げ出したイニョンだったが、面白かったのかもう一度行こうとヘジンを誘う。

「……しょうがないわよね。まだ仕事終わってないし。手をつないでいきましょう」

 ヘジンは立ち上がるとイニョンにへばりつきながら廟まで歩く。壁から頭だけをひょっこりとだし、周囲を確認する。しかし、まだ火はあった。

「まだあるよ。どうするイニョン?」

「ずっとあるって変じゃない? 人間かも」

 一歩ずつ近づくとボーっと人の形をした影が浮かんできた。影はだんだんとはっきり人の形をしている。

「こんばんは」

 立っている人にイニョンは声をかけた。

「こんばんは。お疲れ様です」

「うん? その声はミョンスさんですか?」

 ヘジンが聞くと、驚いたような様子で「えっ?」と短く呟いた。

「そうです。さきほどの悲鳴はヘジンさんだったですね。今、松明の明かりが消えてしまって、手元の燭台しかなくて。遠くからだと火だけしかみえないですよね」

ミョンスは苦笑交じりに言った。

 廟の中は、普段の様子と同じで、蝋燭で照らされており、兵士が一人見張りをしているだけだった。

 ほかにも人が居ることに,安堵したふたりは、ほっとしてまた喋りながら廟に向かう。

 ヘジンは、いつも食材を届けてくれるミョンスだと分かって声をかけた。

「お疲れさまです。今夜はお一人で見張りですか?」

「ええ、ヘジンさんたちも夜勤ですか。私の方は、相方が将軍に呼び出されてしまって」

「そういうことなら、相方さんもしばらくしたら帰って来られますよね?」

「そうですが……。なにか用事でも?」

 隣にいたイニョンが、すかさずに言う。

「あの、言いにくいのですが、私たち、廟の点検がありまして……。噂をご存じでしょ?噂を聞いてとても怖くて……。もし、よろしければ、一緒に来て下さいませんか?」

「そんなこと、イニョン言っちゃダメよ」

「でも、ヘジンも怖いんでしょ? 怖いときに形振り構えないわ」

「私は良いですよ。ところで何を点検するのですか? イニョンさん」

「それは、廟の中心の池に浮かんでいる『社』の札が貼られているのかを点検し、ユン様にご報告するのです。ついでに、窓の戸締まりぐらいなので数分もかかりません」

「そうですか。だったら呼び出されても安心だ。じゃ、戸の施錠をはずしますね」

 ガチャ、ガチャと、何錠にも掛けられた鍵をはずしていく。

「はいどうぞ。私は、後ろから付いて行くので安心して下さい。今、灯りをつけますね」

と、戸の近くにある灯篭に火を付けた。

 中を見ても、普段見ているのと同じ。水が流れていて池のようになり、円の中心には社が厳重に保管されている。

 ヘジンは手早く点検をすまし、出ていこうと入り口に向かった。

「大丈夫みたいね。イニョン、さあ行きましょう。ねえ?」

 しかしイニョンは、社を凝視したまま身動きせず、誘いにも応えない。イニョンは何かに導かれるように、ただゆっくり社に歩みよる。水の中にバシャバシャと入り衣類が濡れても構う様子がない。おかしいと思いヘジンはイニョンを止めに水の中に入った。靴に水が入り足を取られ、こけそうになりながらもイニョンを追いかけた。

「イニョンやめて! 何をするつもり? 社に近づいてはいけないと言われているでしょう。早く、他に人が来る前にでるのよ。罰せられるわよ」

 力いっぱいヘジンは両手を腰に回し、イニョンに離れまいと必死に抱きついたが力がたらず引きずられる。女性一人の力では、どうにもならない。

「ミョンスさん、早くこの子を止めて。殴ってもいいから早く!」

 あっけに取られていたミョンスも走りヘジンを手助けしようとイニョンの腕を掴んだ。

 イニョンは、華奢な外見からは想像もできない力で、二人がかりでひっぱってもスタスタと歩く。

 立ち止まりヘジンを睨みつける。

「うるさい。二人とも私の邪魔をするな!」

いつものイニョンの声ではない。イニョンを通じて違う誰かが話している。とても低くて冷たい声。腕をふり、二人とも壁に打ちつけた。

 どう考えても、女性の力ではあり得ない。投げ飛ばした後でも、ぶつぶつと『呼んでいる。助けなくては。助けなくては』と言っている。一緒に止めたミョンスは、頭を打って、気絶していた。ヘジンも体を強く打って、体の自由が利かない。

「ダメ。正気にもどって……イニョン。おね……が……い」

 願いはむなしくも泡となり消える。イニョンは社のお札を剥いでしまった。

開かれた社の中からは、隙間から黒い煙がもくもくと現れて、イニョンを包みこんだ。廟の外へと風が吹いているかのように煙は移動し、廟は松明の明かりも見えなくなり暗闇に閉じ込められたみたいだ。強い痛みに耐えきれずヘジンの意識もとぎれた。




しばらくし、もう一人の兵士が帰ってきた。

「やっと帰らしてもらえた。さみしかったよな、ミョンス。う、ううん。戸があっけ放しじゃねえか!」

 開いたままの廟に入り一番に壁には重いものが打ちつけられたようでへこんでいるのが目に付いた。目線を落とすと壁のすぐそばで倒れているミョンスと、ヘジンを見つける。何があったのか分からず二人の元に駆けつける。床には木屑が散らばっていた。社に目を向けると原形が分からないぐらいに破壊されている。うつむせになっているイジェのもとに行き、頬を叩いたが反応がない。ありったけの声で叫んだ。

「なにがあったんだ? だれか! だれか救護班と、宮主様を呼んでくれ!」




もうそこには、イニョンの姿は居なかった。

今夜のことは他言無用にされ、ごく数名しか知ることはなく、民たちには混乱を避けるため、隠されたままだった。


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