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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常

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31 香り立つ紫の丘で(1)

 立て続けに起こった想定外の事態によって構成メンバーが増えることとなったマギルマだが、ボスであるファンズは必ずしも喜ばしくそれを迎えているわけではなかった。

 何しろ、たったの数日ほどで防衛騎士団と市民革命団が消滅してしまったのだ。今まで様子見していた西部マフィアも明確にオドレイヤの手駒として行動を開始した以上、形ばかりの存在であったとしても、反オドレイヤ勢力が減少したのは痛い。

 だが、もともとは自分一人でもオドレイヤと雌雄を決する覚悟であったのだ。

 残念がることはあっても、絶望して悲観する彼ではない。


「ふふん、今こそ打倒オドレイヤを合言葉にして一致団結する時かもしれないね」


 これに追従するのは、マギルマの参謀である老齢のブリーダルだ。


「アヴェルレスを平和のもとへ解放するには都合のいい展開でしょうな。いくつもの組織が存在したままでは、オドレイヤを倒した後に混乱が発生していた可能性が高い。つまらない紛争を防ぐためには、戦争の構図が単純であるほどやりやすいものです」


「うむ、まさしくその通りだ」


 同意して頷いたファンズは愉快に笑い、参謀だけでなく執事の役目も務めるブリーダルが机の上に置いたティーカップを手に取って口へ運ぶ。

 のどを潤すパープルティーの独特な香りを味わってから、適度に満足した彼は立ち上がった。


「それで、ナツミが今どこにいるか知らないかな?」


「なんでも妹分のところへ行くとか」


「なるほどね、カズハのところか……」


 あっけなく飲み干されて空になったティーカップをファンズから受け取りながら、ブリーダルは微笑を浮かべる。


「我々も作戦の準備ができ次第、あちらへ向かいましょう。あまりにも待たせすぎると彼らの士気が下がりかねません」


「特別急襲部隊……。うまくいくといいが」


 彼が口にした特別急襲部隊とは、ある特別な作戦のために結成されたマギルマの一部隊である。戦争の趨勢を左右する可能性がある重要な作戦であり、部隊の隊長はファンズだ。

 その特別急襲部隊の集合場所では、すでにメンバーのほとんどが顔を合わせていた。

 まずはマギルマに雇われた用心棒のスウォラだ。


「しかし、まさか本当に治癒魔法だったとは……」


 彼は自分の両腕を眺めながら嘆息する。炎の魔法使いであるオビリアとの戦闘で負傷したはずの腕が治癒魔法によって完全に回復していたのだ。

 当然ながら、その治癒魔法をかけたのはアレスタである。


「使っておいて言うことではありませんが、実は俺にも本物の治癒魔法かどうかは判断がつかないんです。魔法のことに詳しそうなスウォラさんには何かわかりませんか?」


「いや、どうかな……。私にも君の魔力の正体がつかめないのだ」


「そうですか……」


「しかし、おそらく悪いものではない。実際に私の傷は治ったのだし、魔力の流れから判断する限りは後遺症もなさそうだ。効果としては治癒魔法そのものと言ってよいだろう」


 言われたアレスタはもちろん、これをそばで聞いていたイリシアとニックの二人も隠れて安心する。

 可能性は低いとしても、治癒魔法だと思っていたものが実は別の魔法であったなら大変なことになりかねない。


「なるほど、あなたたちを助けたのは治癒魔法だったのね」


 そう言って近づいてくるのはナツミだ。

 おそらく彼女なりの事情があったとはいえ、結果として裏切られた経験のあるアレスタは警戒を強める。

 こればかりは彼女と家族のように暮らしてきたカズハもそうだ。


「なんだ、またやるつもりか! 次はやられないぞ!」


 フーッと言って、威嚇する猫のように身構えている。

 それを見て慌てたアレスタとイリシアが彼女を左右から挟みこんで、ナツミに飛び掛からないよう落ち着かせた。こんなところで喧嘩されても困るのだ。この二人が険悪な雰囲気となって収拾がつかなくなっては作戦どころではない。


「安心してちょうだい。あたなが余計なことをしなければ、もう私からあなたたちを不意打ちすることもないわ」


 どこまで本気かわからないものの、一応はそう約束する彼女。

 それに、と言って、カズハに向かってこうも付け加える。


「すぐそばに治癒魔法の使い手がいるんじゃ、何度やってもあんたは歯向かってくるでしょうし」


「そうだそうだ! だからアタシのほうが強いんだぞ!」


「ちょっと待ってよカズハ、俺の治癒魔法に頼ること前提で立ち向かわないで!」


 そんな風に言い合ってばかりいて、なかなか同じチームの仲間とは思えないほど騒いでいた彼らだったが、そこへ場違いに落ち着いた雰囲気の男がやってきた。


「元気なのはいいが、大事な戦いの前に疲れては意味がない。ほら、落ち着くためにもパープルティーでも飲むかい?」


 隊長として即席のチームに参加するファンズである。自分がいない間の留守を任せるらしく、参謀であるブリーダルの姿はない。

 きつい香りのするパープルティーのおいしくない味を思い出したのか、見るからに「そんなのいらない」と言いたげなニックは顔をしかめた。その隣で同じような顔をしたのは、アホで有名なキルニアである。失敗ばかりで頼りない扱いをされがちな二人は気が合ったらしく、くだらない話をして作戦前の交友を温めていたのだ。

 仮にも元騎士と現役のマフィアでは仲良くするのもおかしな気がするけれど、それはそれとして放っておくことにしたアレスタだ。関わると面倒ごとに発展しかねない。


「ふふん、誰も飲まないようならティータイムはお預けにして出発しようか。カズハ、それで君が言っていた例のものは?」


「うん、ここに持ってる」


 そう答えて、カズハはそれを胸元から取り出した。

 地獄鳥の羽根飾りである。それはカズハの手の中でひらひらと揺れていた。

 興味深そうに目を丸くしたスウォラがそれを見て頷く。


「やはり。それは私にも見つけられない特殊な魔力の流れを感じて揺れている。しかもこれが不思議なことに、彼女の手に握られているときだけだ。指先から彼女の魔力が伝わることで羽根飾りの毛先を広げさせて、街全体の魔力の流れを読むことを可能にしているのだろう」


「アタシの魔力で……」


「そうだ。考えてみれば、私にも気配を察知できなかったほどのレベルで、強力に身を隠す魔法が使えることもある……。君は意外と、ただ者ではないのかもしれないな」


「へへ……」


 魔法についての達人に見えるスウォラに褒められたカズハは嬉しそうに笑っている。そうしていると無邪気な年頃の少女そのもので大変かわいらしい。

 そこへ、身内が褒められて機嫌のよさそうなファンズも加わった。


「理屈はわからぬとしても、カズハのおかげで我々はオドレイヤの秘密に接近することができるかもしれないんだ。彼女には感謝してもしきれないな。さすが私の妹だ」


 すかさずナツミが横から口を挟む。


「あまり調子のいいことを言わないで。どうせ図に乗って失敗するに決まっているんだから」


「なにをー!」


「待って待って、ちょっと落ち着いて!」


 またも飛び掛かりそうになったカズハを、またしてもアレスタとイリシアがなだめる。

 そんな彼らを少し離れた場所から眺めながら、ため息を漏らしたい気分でファンズは鼻を鳴らした。


「ふふん。……ともかく、カズハが手にした羽根飾りを案内板にして、どこかに隠された敵の魔力的な拠点を目指す。そのために集まってもらったわけだ」


 それこそが特別急襲部隊の作戦である。

 オドレイヤの強力な魔力の源となっているであろう、アヴェルレスに存在する特殊な魔力の流れ。その根幹となる施設なり魔術的装置なりを発見して、オドレイヤの弱体化を図る目的である。

 まずは場所を特定する。可能ならその場で破壊する。それだけのことができるメンバーを集めたのだし、それ以上の余計な人間は邪魔になりかねない。目的地はほぼ確実に敵の勢力圏の内側にあるため、時間や人数などに制限の多いカズハの魔法では失敗したときのリスクが高いため使いにくい。

 そのため、今回は別の魔法に頼る予定となっている。


「それで……本当に君も来るのかね?」


 不意にファンズから覚悟を問われたのは、マフィアと協力するのを拒絶していたナルブレイドである。


「人が大勢死んだんだ。今は口先ばかりの理想論より、意味のある現実論を選ぶことにした」


 それは一種の理想に対する妥協でもあったが、オドレイヤと戦うためにはマギルマに協力するしかないと決めた彼は己の選択を恥じなかった。

 現時点において、ファンズが指揮するマギルマはブラッドヴァンより何倍もマシだ。ならそのマシさを、自分が内側に入って少しでも維持するしかない。


「理想に生きる若者をこうも変えてしまうのだから、やはり人が死ぬことは悲しいものだね。ただ、今は新しい未来のために、その変化をありがたいものとして受け取っておくよ」


「口で言うほどには期待されていないことも知っているが、それはこちらの努力次第でいくらでも見返せるわけだな」


「ああ。いくらでもそうしてくれたまえ」


 これには言葉通りに彼に対する期待を上乗せしておいて、意気込むナルブレイドのもとを後にしたファンズは皆の先頭に立つ。

 場所はマギルマの数ある拠点の一つにほど近い広場。

 その大きな空間を前にして、ファンズは魔導書を手に呪文を唱え始めた。


「エンゲニュイア・ルルージェ・フライバニ!」


 統一言語が誕生する以前の古代語で唱えられた呪文に反応して、彼の持つ魔導書が光を放つ。

 ある一枚のページが勝手に破れて足元まで落ちると巨大な絨毯のように広がって、並び立つ彼らの前でふわふわと浮いた。


「さあ、全員乗ってくれたまえ。いくら監視の目があっても、空からなら敵の死角をつけるだろう」


 これはページの一枚を切り取って、空飛ぶ乗り物に変化させる魔法である。古びた魔導書なので飛行時間にも制限はあったが、持続的に空を飛べる魔法使いはアヴェルレスに限らず世界的にも極端に数が少ないため、敵地への急襲にはもってこいの魔法であった。

 アレスタ、イリシア、ニックというベアマークギルドの三人に、カロン盗賊団で育った家族であるカズハとファンズとナツミの三名。そしてアホで知られるキルニアと、対魔格闘術に秀でた用心棒のスウォラと、最後の一人には元防衛騎士団員のナルブレイド。

 合計九名の特別急襲部隊は空飛ぶページに乗って、羽根飾りが示すアヴェルレスの北部を目指して出発した。

 オドレイヤが根城とする、ブラッドヴァンの勢力圏へと。





 地上からは見えないように可能な限り高度を高くして空を飛ぶ一行は、北部の外れにある寂れた一帯にまでやってきた。


「まさか、あれか……?」


 その視線の先にあったのは魔術的な防御が施された要塞でもなければ、常人には足を踏み入れがたい複雑に入り組んだ地形でもなかった。

 そこは一面に広がった巨大な紫茶の栽培畑。

 なだらかなパープルティー・ヒルである。


「こんなところに重大な何かがあるようには見えないけれど」


 ぼそりとアレスタがつぶやいたように、事情を知らなければ牧歌的な風景にしか見えない。周囲には簡素な柵が張り巡らされている程度で、目に付くのは監視もかねて農作業をしているブラッドヴァンの構成員ばかりである。

 だから拍子抜けした彼らであったが、その油断があだになった。


「なっ、結界か! 不可視の衝撃を受けた! このまま墜落する! 全員、着地に備えろ!」


 紫の丘に上空から降り立とうと近づいた際、外部からの侵入を拒むように彼らを大きな衝撃が襲ったのである。

 それはパープルティー・ヒルを取り囲むように張られていた魔術的結界であった。

 結果、彼ら九人が乗っているページがぼろぼろと崩れていく。

 急降下するも間に合わず、地面に向かって落下する途中で完全にページがばらばらになってしまったものの、何とか全員が破れた紙片にしがみついて安全な着地に成功した。どこまでを安全に含めるかは人によって意見が分かれるであろうけれど、どんな傷でも命さえ無事ならアレスタの治癒魔法が強引に安全を引き寄せる。

 地上に降り立った彼らは侵入者に対する迎撃が来るのを警戒して、少しだけ距離を置いて散り散りに展開した。

 優れた防御手段が用意できている場合を除き、魔法が相手となる場合は一か所に固まらないほうがいい。一度にまとめて犠牲になってしまう危険性があるためだ。

 上り坂となっている丘を見れば、腰ほどの高さに育った紫茶の木が複数の列になってびっしりと植えられている。隠れるにはちょうどいいと身を低めて周囲をうかがうが、驚くほど反応がない。


「よし、行動開始だ。ひとまずカズハの案内に従って目的の物を探す。どこに進めばいいか方向だけでも言ってくれ!」


「あっちだ! 丘の上!」


 との声が聞こえてきたので、彼らは一斉に丘の上側へと顔を向けた。

 何かがあるのは間違いないにしても、パープルティー・ヒルの頂上付近には建物らしい建物も見当たらない。

 なだらかな丘の向こうに見える山や木々の他には、何も目立ったものなど……。

 だが、一つだけ意味深に存在するものがあった。

 丘の頂上に立つそれは一本の巨木。トネリコに似た樹木だ。


「ここまで来てようやくわかった! あれが我々の目指すべき、オドレイヤの魔力吸収システムの根幹に違いない! ユーゲニアの幻想樹だ!」


 確信を得たスウォラが全員に聞こえるように叫んだ。

 それを受け継いでファンズが声を張る。


「それでは諸君! きっとあるであろう待ち伏せに備え、それぞれ複数のルートに分かれてあれを目指そう! たどり着いたものが吹っ飛ばしてくれたまえ! 作戦完了か、あるいは失敗を判断した時点で、私は帰還用の魔法を強引に使用する! それでは互いの健闘を祈ろう!」


 そして特別急襲部隊の九名はいくつかのグループに分かれて進撃を開始した。

 一つ目のチームはベアマークギルドの三人にカズハを加えた四人だ。戦いのため鞘から引き抜いた二本の剣を左右の手に構えるイリシアを先頭にして、アレスタとニック、それからカズハの三人が周囲に注意しながら彼女を追いかける。

 いつどこから攻撃が飛んできても対処できるようにするためだったが、これはすぐに意味をなした。


「待って、イリシア! 危ない、足元だ!」


「任せて!」


 地を蹴って飛びのいたイリシアは、足を止めて身構える。

 すると、それは土を巻き上げて地面を突き破るように地上へと姿を現した。事前に避けていなければ彼女も無事では済まなかったろう。


「なんだあれ! 気持ち悪い!」


 ひー! とニックが絶叫すると、それを押しのけてカズハが叫ぶ。


「マフィアの連中が飼ってるモグラワニだ!」


 モグラワニ。

 それは地中を這いまわるのに適した大きな爪を持ち、太く鋭い無数の牙と、強い顎の力で獲物をかみ砕く大型のワニだ。

 一般的な成人男性よりも体長は一人分ほど大きく、体重はもっと何倍も重い。

 その身体に秘めた筋力は並みの人間など比べ物にならないほどだ。


「ワ、ワニィ? こんな怖いワニなんて、今まで一度も見たことない! マフィアって趣味悪いよ!」


「そいつはアタシだって頭をブンブン振りたくなるほど賛同だ! だけど気味悪がってばかりいないで、あんたも戦ったらどうだい! びっくりするくらい腰が引けてるよ!」


「もちろん、もちろん! ねぇアレスタ、僕が死にそうになったらちゃんと治癒してよね! あんなのの餌になって死ぬなんて、日記代わりにつけてる人生の悲惨なことリストでも一番ひどい!」


「死ぬのって大概どれでも一番悲惨になるよ! ほらほら、とにかくニックも頑張って! ここは俺の治癒魔法を信じてくれていいから!」


「あなたたち! いい加減に手伝って!」


 三人がやいのやいのと騒いでいる間にも、イリシアが一人で懸命にモグラワニを退治する。

 図体がでかく凶暴な性格だが攻撃は単調ということもあって、二刀流の剣術を振りかざすイリシアは魔物の群れを相手に単身でも無難に戦ってみせた。


「それにしても多いわね!」


 いったいどれだけ地中に潜んでいたのか、次から次へと出現する魔獣。よほど腹が減っていたのか、見つけた獲物に喜んで飛びついてくる。

 大丈夫そうに見えても些細な傷が致命傷のきっかけになってはならないと、テレシィを呼び出したアレスタも積極的にイリシアやニックへと治癒魔法をかけていく。

 ところが敵の数はなかなか減らない。退治する数より、騒ぎに呼び寄せられて集まってくるほうが多いのだ。

 前に出て戦う二人を中心にして、いつしか周囲はモグラワニの群れで埋め尽くされた。


「私も……っ!」


 と、ナイフを片手にイリシアたちの助勢に行こうとしたカズハの手をアレスタがつかんだ。

 地面を這う相手に剣を使うのは難しく、自分にはこっちのほうが似合うと、蛇の彫刻が目立つジャーロッドを構えながらカズハに言い聞かせる。


「カズハは無茶しないで! ここはイリシアとニック、そして俺に任せて! 君の出番はいつかちゃんとやってくるから!」


「アレスタの兄貴……!」


 カズハがメンバーに加えられたのは、直接的な戦闘要員のためではない。羽根飾りを使って魔力の流れを読むこともそうだが、万が一の際、姿を隠すヘブンリィ・ローブの効果を見込まれてのことだ。

 それに、戦い慣れしていない少女を危険にさらすわけにもいかないという、アレスタなりの常識的な判断もある。


「そう、ここは私たちに任せて!」


 頼もしく答えるイリシアはさすがに危なげなく戦っている。

 あまりに魔獣の数が多いので疲労は隠しきれなくなっているが、まだまだ余裕を感じさせている。


「僕を信じてって言ったところで説得力はないかもしれないけど! 見てよほら、それでも善処してるから!」


 そう答えるニックはがむしゃらに剣を振り回して確かに善処しているが、言葉とは裏腹に腰も引けていて苦戦しているようだ。たまには浅手の傷も負って、大げさに悲鳴を上げると泣きそうになっている。

 元騎士の二人に任せきりとはいかず、アレスタもカズハをかばいながら懸命に杖を振り回して加勢する。

 前線に出ている二人が負傷すれば、機を逃さず治癒魔法を忘れない。


「ああ、もう、わかった! アタシはみんなを信じて応援するぜ!」


 少しずつではあるが着実に、アレスタたちは前進した。





 アレスタたちの奮戦から少し離れたところでは、周囲に散らばった仲間を意識せず、防衛騎士団出身のナルブレイドが走っていた。一刻も早く目標へたどり着こうとしてスリップの魔法を断続的に自らに向かって発動させている彼には、他人を気遣うほどの余裕がないのだ。

 視界が狭まっている証拠でもあったが、幸いにも彼の周囲には凶暴なモグラワニの姿がない。

 このまま行けば彼が丘の頂上に一番乗りだ。


「くそっ!」


 そう思っていると茂みから飛び掛かってきた魔獣――ポチブルに襲われ、たまらず彼は倒れこんだ。

 なおも噛みついてくるポチブルをスリップの魔法で遠くに追いやろうとする彼だが、とっさのことでうまくいかない。ならばと剣を引き抜いたものの、地面の上で横になったままでは振りかざすこともできず、しつこく襲い掛かってくるポチブルを剣で抑え込むのでやっとだ。

 まずは立ち上がらなければ、魔獣を切り倒すこともできそうにない。


「ええい、どけ、どけ!」


 やわらかい土の上に仰向けに倒され、のしかかってくるポチブル。

 とがった牙がのどをかすめるし、鋭いツメが剣先のように肌を傷つける。

 これは結構ピンチではなかろうか。


「じゃれている場合ではなかろう」


 冗談ではなく半ば本気で死を覚悟したナルブレイドを救ったのは、軽々しくポチブルを蹴飛ばしたスウォラである。

 動きを邪魔する魔獣がいなくなり、飛び上がるように立ち上がったナルブレイドは顔についていた土を払う。


「あまりにもかわいくて、ついじゃれてしまった! けれど助かった!」


「助けたついでだ。そちらを頼む」


「もちろんだとも。人間を襲わぬよう、しつけはきちんとしないとな!」


 気が付けば二人の周りには数匹のポチブルが集まっていた。

 先ほどは一匹を相手に苦戦していたとはいえ、一度しっかり立ち上がってしまえばナルブレイドも弱くはない。スリップの魔法で魔獣を翻弄できるし、冷静に対処できれば剣で切り伏せることだって可能なのだ。

 もちろん熟練の魔法拳使いであるスウォラは言わずもがな。

 二人は立て続けに数匹を葬り去った。


「ワオオオオォッッ!」


 さすがに劣勢を感じたらしい一匹のポチブルが雄たけびを上げると、それを遠くから聞きつけたらしく、周囲から大量の足音が駆け寄ってくる。

 最悪なことに、数匹程度ではない。

 無駄に広大な丘のあちらこちらから、数十匹ものポチブルが集合しつつある。


「本格的に相手をせねばならんようだ。ひとまず前進を止めるのはどうかな?」


「逃げて後退するよりは賛成だ!」


 二人は背中を預け合って魔獣退治に備えた。





 さて、残る一つのグループは、キルニアを先頭にして走らせるファンズとナツミである。

 魔法で獣化せずともキルニアの足は速く、野生じみた勘は敵の発見も早い。微弱な風魔法を周囲に展開させてファンズの横を走るナツミも、突っ走る彼の先導を頼りにしていた。


「敵だ! ひとまず近くに数は五人、右に三人と左に二人だ!」


 それよりいくらか遅れて相手も気づく。


「なに! こんなところへ敵襲だと!」


 いつものように仕事で茶葉を摘んでいたブラッドヴァンの下っ端マフィアたちは驚愕した。

 アヴェルレスを取り囲む魔力吸収システムがあることなど知らぬ彼らは、自分たちが働いているパープルティー・ヒルは退屈な辺境でしかないと思っている。そんなところへ危険を冒して襲撃する奴がいるなんて思ってもみなかったし、それが敵対するマギルマのボスであったのだから自身の目を疑った。


「ならば茶摘みなど後回しだ!」


 しかしこれは彼らにとってチャンスでもあった。

 嗜好品でしかないパープルティーの世話と収穫などという退屈な閑職に回された彼らだが、ここでファンズの首級を上げれば出世は間違いなしである。

 俄然、やる気をみなぎらせたマフィアたち。

 一気呵成に得意魔法で挑みかかる。


「乱れ飛べ、鉄球!」


「燃え盛れ、火球!」


「凍てつけ、氷球!」


 これらの他にも多種多様な攻撃魔法が繰り出された。

 だがファンズの魔法体質であるアンチマジックがそれらを反射する。かざした手から防護壁のような波動が発生され、彼らの発動した下級魔法程度では、ファンズが生み出した耐魔の壁を突破することはできない。


「さて、これの調子も試してみるかな」


 実のところ、あまり攻撃魔法が得意ではないファンズ。強力ではあるが使用できる回数に制限のある魔導書だけでは不便だと、気兼ねなく扱える魔道具を用意してきていた。

 魔力を矢にして発射するクロスボウである。

 先を走る彼を追うナツミも得意の風魔法で対処する。飛んでくる敵の魔法を暴風で薙ぎ払ったり、こちらからは風の刃をお見舞いしたりする。

 やや獣化したキルニアも切り込み役として、どんどん二人の先へ進んでいく。仲間からも信用されにくい彼にしては珍しく、攻撃手段の魔道具として与えられた火炎の尾を引く草刈り鎌をブンブン振って突き進む。


「ふふん、このまま目的地まで行ければよいのだがね!」


 街の支配者たるオドレイヤに対抗する組織マギルマのボスだけあって、有象無象のマフィアなどファンズたちの相手ではない。ここが本当にオドレイヤにとっての重要拠点であるのかを疑うほど警戒が薄かったおかげでもある。

 もちろん、幹部クラスのマフィアがいないことやこれ見よがしの罠がなかったからこそ、今までこの一帯がブラッドヴァンそのものにさえ軽視されていたという事情もあるのだが。

 もし普段から警備が厳重であったなら、いかにも重大な秘密がありそうで、もっと早くにここを攻め込んでいた。それこそオドレイヤに反旗を翻そうと狙うマフィアたち自身の手によって。

 戦闘の合間にそんなことを考えていたファンズ。敵を蹴散らして駆け抜ける彼は小さな段差を乗り越えた時点で、勝ち誇るように空へ向かって腕を振り上げる。


「我々が一番乗りだ!」


 何をするにも雑なマフィアの仕事にしては美しく規則的に植えられていた紫茶の木もなくなり、ほとんど傾斜がなくなった頂上付近は青々とした草原が広がっていた。

 周囲を囲む厳重な柵もなければ、魔獣の姿も見当たらない。

 ここまで追いかけてくるマフィアの気配がないのは、丘の各所でアレスタやナルブレイドたちが奮闘してくれているおかげであろう。

 あとは幻想樹に向かって走るだけだ。


 ――ゴオオオオォォォ!!


 と、いきなり響いたのは耳をつんざく轟音。


「くそ、いったい何が起こった!」


 勝利を確信しつつあった彼らの目の前で、突如として青い光の竜巻が発生した。

 自然現象ではない。明らかに人為的な魔法だ。

 その光の内側に人影が現れる。


「なっはっは! 楽しいダンスパーティーに乗り遅れるところだったよ!」


 あまりにも愉快な声が響く。挑発的で、血に飢えた声だ。

 続けて、女性二人の嬌声が合わさる。


「余興は反逆者どもを最大火力で丸焼きにするショータイム!」


「まあ、素敵! 私ったら溶けちゃいそう!」


 そして最後に男性が一人。


「普段は隠れて遠くから魔法を使うこの私が直々に姿を現してやったのだ! ありがたく死んでくれ!」


 合計四人が出そろったところで、視界を埋めていた青い光は薄れて消えていく。


「やはり……来るとは思っていたが」


 魔道具のボウガンを抱え直しながらファンズは肩をすくめる。

 やはりここは重要拠点。

 オビリアとメイナに東部マフィアのボスであるエッゲルト・シーまでを引き連れたオドレイヤが、最後の最後に立ちはだかろうと、転移魔法によって登場したのだ。

 鮮やかなユーゲニア特有の夕焼け色に染まりながら、香ばしく燃え焦げる紫の丘へと。

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