30 市民革命団の斬首
防衛騎士団がブラッドヴァンによって壊滅した出来事は無法地帯アヴェルレスにあっても驚くべきことであって、この一報に触れた者はマフィアも市民も一様に心を騒がしくした。
騎士団といっても実体は既になく、とっくの昔に形骸化していた名ばかりの組織である。いざなくなったところで誰も寂しがらないが、それを見せしめのように破壊したオドレイヤの行動にこそ注目が集まった。
これまで見逃していた存在に対して制裁を加えるようになったのだ。
それが一体何をもたらすのか、この街に暮らす人々には想像が及ばない。あらゆる残酷な悪夢が現実のものとはならぬことを祈りつつ、ただ恐怖するのみだ。
否応なく市民の関心が高まったからというわけではないが、さすがに防衛騎士団の消滅を無視することはできないと、アヴェルレスにて緊急の議会が開かれた。いつもは怠慢とつまらないパフォーマンスばかりで任期を全うする老人たちのお遊戯会である。
「これにて閉会!」
と、すんなり議会は終わる。
話し合いの結果など、話し合う前から決まっているからだ。
即日で決定されたのは、壊滅した防衛騎士団の解散と、全市民に対して不用意な外出を自粛するようにとの要請である。
事実上、ほとんど意味のない宣言でしかない。
これで自分たちの仕事は終わりと、一定の成果を出した気分で満足する議員たち。仰々しく執り行われた茶番も終わり、議場を退出しようと我先に立ち上がった彼らであったが、その動きは次の瞬間あっけなく制止させられた。
「なっはっは! まだ重要な議題が残っているのだが、ご着席を願えるかな?」
「あの、それは……」
「ん?」
有無を言わさぬ圧力を前にして、飾り物に過ぎない議長は黙り込んだ。
すでに周りの議員たちは内心不服であろうが律儀に座り直している。
予告なく議会に乱入したオドレイヤは議場の中心から驚いた様子の老人たちを見回し、大きく頷いてから声を張り上げた。
「本日をもって、この議会を永久に解散する! 今後この街の運営は我々ブラッドヴァンにお任せいただこう!」
明朗なるオドレイヤの声色とは裏腹に、聴衆の間では動揺が広がった。
余生の安楽椅子とも揶揄される議会は、老人たちにとってしがみつきたい特権に他ならない。その大切な特権を、これほどまでに一方的な宣言で奪われてしまってはたまらないのだ。
ならば重要なのは、いかにオドレイヤへと有効な対案を出せるか。
それを集まった老人の誰もが懸命に考えながら、結局は誰も口を開けずにいる。
「なっはっは、いやもちろん無理矢理にとは言わない。ここで今から投票して決めようではないか」
解散するかどうかを多数決で判断すると民主主義的な手法を提案しているものの、彼は温情から言っているのではない。
所詮これも彼にとっては建前でしかないのだ。
「議会の永久解散に賛成の者は拍手を。反対は……そうだな、赤票を投じてもらおうか」
問われた彼らは自分の意思を表明するにあたって、迷うまでもなかった。
一人、また一人と、間を置かずして全会一致で拍手が響き渡る。
これで議会は解散。名実共にオドレイヤが街の支配者となるのだ。
本来なら誰も賛成したがらなかったろうが、この場では一人として反対できずとも無理はない。
赤票とは、すなわち死を意味するのだから。
前触れもなく議会が解散され、マフィアであるブラッドヴァンが政府機関にとって代わった事実は、彼らの広報機関によって即座に市民へと布告された。
あくまでも民主的な手続きに乗っ取って行われたと強調されてはいるが、もちろん街に暮らす誰一人として彼らの言葉を信じてはいない。
「いよいよ戦場のお膳立てが整ってきたか」
様々に入り混じった感情をにじませて唸ったのはピアナッツだ。魔法能力に乏しいながら、オドレイヤに挑むことを覚悟した市民革命団の副リーダーである。
場所は西部地域、市民革命団の本部施設に次ぐ大きさを誇る隠れ家だ。
本日、ここでは、新しく迎え入れることになった勇敢なるメンバーを集めての決起集会がひそやかに開かれていた。
「我々は今こそ攻勢に出る。このまま座していれば、オドレイヤによる支配は今より厳しいものとなろう。マフィアの作った暴力的な秩序によって我々の幸福が左右される暗黒時代を、どうして許容できようか」
と言えば、頼もしい返事がすぐに返ってくる。
「許容できない!」
「マフィアは消えろ!」
「我々こそ正義!」
「……うむ!」
士気の高さを受けてピアナッツは満足げだ。
はやる気持ちを抑えつつ、こぶしを握って一同を鼓舞する。
「われらの頼れるリーダーであるハルフルート率いる本隊が本格的な行動に出るまでの間、我々別働隊はこの西部地域において陽動作戦に出ることになった。無論、これまではそれも不可能だったろう。しかし今の我々には十分なだけの魔道具がある。これだけの仲間がいる。そして少なからず、勝利の目が見えてきている!」
「見える見える!」
調子のいい合いの手が聞こえてきて思わず笑いそうになったが、それを力に言葉を続ける。
「そう、見える! 具体的に勝つための道筋はこうだ。まず我々が一人残らず魔道具で武装して束になる。うろつくマフィアを取り囲む。各個撃破を繰り返す。あまりにも敵が強ければ逃げる。ただこれだけのこと!」
魔力を蓄える精神果樹園を開くことのできる魔法使いでなくとも、便利な魔道具さえあれば魔法を駆使して戦える。
それを今こそ証明するのだ。
「さて、全員に魔道具は行き渡っているかな? 最低でも一つ、ものによっては二つ以上を。足りなければ、すぐにでも申し出てくれ」
尋ねてみたが、誰からも返事はない。上手く扱えるか心配になったのか、全員が自分に渡された魔道具をいじっている。もともとは普通の市民であるためか、ほとんどの人間が戦闘用の魔道具を初めて扱うので、不安と期待に落ち着きを無くしつつあった。
気が急いて暴発させないでくれよ、と心の中でピアナッツは苦笑する。
ただ、それでも臆病風に吹かれて動けないよりはずっといい。
「よし、準備ができたなら出撃しよう。何事も拙速を重んじる我々だ!」
「おお!」
威勢のいい雄たけびを合図に全員が立ち上がる。
だが、そこへ水を差すように叫び声が上がった。
「待ってくれ! 泥水だ!」
「……は? 泥水だと?」
何を言われたのか理解できずピアナッツは顔をゆがめたが、騒いでいる男の口から説明されるより早く、すぐに事態を把握することになった。
演説をするため部屋の一番奥に立っている彼の足元にまで、きちんと閉まっているはずの入口から泥水が流れ込んできたのだ。
しかも勢いは止まらないらしく、どんどん水かさが上がってくる。
「くそ、なんてタイミングの悪い。雨は降っていなかったはずだが、どこかの水道管でも破裂したのか?」
それにしては濁っていて、あまりに汚い泥水だ。しかし鼻を衝くような悪臭はしないので、汚水というわけでもなさそうだ。
そこまで考えて彼はピンときた。
ここは西部地区なのだ。気づかないほうがどうかしている。
「待て、もしかしてこれは……!」
危機を察した彼の焦燥感は致命的に遅かった。
部屋の中央、不自然に盛り上がった泥水の中から一人の男が飛び出したのだ。
「ジャーン、ジャジャーン!」
ド派手に両手を広げて、泥水を飛び散らせる壮年の男。
彼こそは西部マフィアのボス、その名もジャン・ジャルジャンである。
「泥水の魔法使い、ジャン・ジャルジャンだ! 全員ここから逃げろ!」
この場を指揮するピアナッツは全員に聞こえるように叫んだ。
下っ端の構成員ならばともかく、部下を複数持つマフィアのボスともなれば魔法にも長けており、いくら多勢でも素人が魔道具を使った程度で勝てる相手ではない。
ジャン・ジャルジャンをボスとする西部マフィアはブラッドヴァンの下部組織だが、だからといって弱い相手でもないのだ。
「はー、はっはぁ! 逃がすわけなどなーい!」
場違いなほどに愉快な声で笑ったジャン・ジャルジャンは再び両手を広げ、その場で縄なしの縄跳びをするようにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
訳の分からない行動だが、逃げるなら今を置いて他にない。
そう考えた彼らではあったけれど、前に進もうとして持ち上げようとした足が動かせず、思わずつんのめって床に倒れこんだ。先ほどまでは液体だったはずが、いつの間にか部分的に凝固していた泥水に足をつかまれたのだ。
きっとジャン・ジャルジャンの魔法に違いない。
「なんでもいい、何か魔道具を使え!」
とっさに叫んだピアナッツ。ここを切り抜けるにはそれしかない。
いきなりの襲撃に混乱していることもあって、もはや誰がどの魔道具を持っているのかもわからず、部下に向かって具体的な指示を出すことはできなかった。
とはいえ、血気にはやる市民が集まった革命団は彼だけが頭を持っているわけではない。
「俺のを使います! 気を付けてください!」
一人の青年が声を上げ、それまで大事そうに抱えていた四角い箱を泥水の中に投げ込んだ。
その箱は泥水に沈んだと同時にブォーンと激しい音を立てると、部屋全体が崩れそうなほど激しく震え始めたではないか。
これは振動発生機だ。
物理的な動作ではなく、魔力によって周囲を激しく揺らす魔道具である。
彼らを足止めするように凝固していた泥が強烈な振動で粉々となって崩れ去り、どろどろの液状に戻っていく。
「でかした! 今度こそ逃げろ!」
カチコチに固まった泥による拘束を解かれ、自由になった足を前方へと動かす革命団員たち。すでに膝の高さまである大量の泥水に足を取られそうになるものの、がむしゃらになって足を動かし続けるしかない。
外から泥水が流れ込んだ際に開いたらしい扉から、彼らは一人ずつ次々と外に向かって駆け出した。
「おーおー、なんたることだ」
揺れる大地に足を取られ、情けなく尻餅をついて倒れ込んでいたジャン・ジャルジャンは悔しがりながら舌打ちを漏らした。
ただし、我先に走り去っていく革命団員たちを見送る羽目になったとはいえ、たった一人だけ置き去りにされた彼は焦っていなかった。
むしろ余裕をにじませ、顔に跳ね返った泥水を舌でなめながら目を細める。
「どこまでも逃げるがいい。逃げる獲物を殺していくハンティングは大好物だ」
絶対的に追う側であるからこそ言えるセリフである。
肺を膨らませるほど息を大きく吸い込んで、頭のてっぺんまで潜るように身を伏せた彼は泥水の中に溶け込んだ。この泥水は、ただ単純に泥で濁った水というわけではない。彼の魔法によって生み出された特別な泥水だ。
術者である彼が潜り込んだ泥水は意思を持った濁流となって、ばらばらになって逃げる獲物を追いかける。
瞬く間に追い付かれては一人、また一人と足元をすくわれる。
すくわれれば飲み込まれる。
泥水の中で全身の動きを封じられ、魔道具で反撃する余裕もない。
「ええい、来るな来るな!」
まれに戦う余裕のある骨太の革命団員がいたとしても、立ち向かう彼らの決意とは裏腹に相手が悪かった。これがもし下っ端のマフィアが相手であったなら、勇ましく戦う彼らも少なくない戦果を挙げたことだろう。
ところがジャン・ジャルジャンの魔法は驚異的で強かった。
激しい雨で堤防が決壊して生じた濁流のように流れ込んできた泥水から、人間くらいの大きさに固形化した泥の塊が飛び出してきて襲い掛かる。
それは泥で作られた無数の兵士たち。魔力で動く泥人形だ。
対抗する革命団も強力な打撃力を発揮する魔導鉄パイプで殴りつけるが、壊せども壊せども、次から次へと終わりなく新しい泥人形が現れては襲ってくる。しかも時間とともに一度に出現する量が増えていく。
多勢に無勢。戦闘訓練も十分でない彼らは、着実に一人ずつ倒されては息絶える。
あわや全滅か。
しかし幸運にも一人だけ生き延びた男がいた。
「なんということなのだ、これは……!」
すでに壊滅状態となった別動隊の隊長を務めていたピアナッツである。
それは彼が死んでいった者たちよりも幸運であったことに加えて、たまたま逃走に適した魔道具を所持していたおかげであった。すさまじい速度で走る「生きた木馬」と呼ばれる、折り畳み式の魔道具だ。
一番最初に敵の姿を目にした瞬間に自分たちが劣勢と判断した彼はそれを用いて、一度も止まることなく全速力で本拠地を目指したのだ。
あまりに酷使したせいか、たどり着いたところで魔道具は壊れた。
「ええい、かまわん!」
もつれそうになる足を鼓舞しつつ、本拠地の扉を雑に開け放った彼は大声で呼びかける。
「我々別動隊は西部マフィアのジャン・ジャルジャンに襲撃を受けた! ほとんど全滅の痛ましい大打撃だ! きっと奴らは本格的に我々をつぶすために動き出したのだ!」
危急存亡の事態を本部に伝えることこそ、生き延びた彼の使命であると信じた。
しかし内側から返事が戻ってくるより早く、すぐ背後から返答があった。
「そーだとも!」
「……なっ!」
そこに立っていたのはジャン・ジャルジャンである。
顔まで泥に汚れて濡れた状態で立つ彼は濁った泥水をボトボトと滴らせながら、驚きを隠せないでいるピアナッツを睨み据える。
「これまでは君たちの存在を意図的に見逃していた私だが、よーやく腹を決めさせてもらった。この街の戦争はオドレイヤ様が勝つ! そーして私は覇者となった彼の尻馬に乗る! そのために手土産となる戦果が必要なのだよ! 反逆者である君たちの首が!」
ジャン・ジャルジャンが言うように、これまで西部マフィアは市民革命団の存在を意図的に無視していたところがある。
それは市民革命団が恐れるに足りない弱小組織だと侮っていたこともあるが、実のところ、何らかの手段で彼らが力をつけてオドレイヤを倒してくれないかと期待していた部分もあった。野心に燃えるジャン・ジャルジャンにしても、街に君臨するオドレイヤの存在は邪魔だったのだ。
ところが真なる街の支配者として動き始めたオドレイヤは、それまで静観していた西部マフィアに対して旗色を問うてきた。個人的な野心はともかく、多くの部下を従えるボスである彼は組織としての身の振り方を決断しなければならなかった。
そこで彼は迷いながらも判断したのだ。
裏切りかねないマフィアたち、ファンズが率いるマギルマ、そして市民革命団……。
オドレイヤに立ち向かう存在は数あれど、現時点ではブラッドヴァンが圧倒的に有利である、と。
そのように決断したからには、もはやオドレイヤに敵対するものを生かしておく義理はない。
「覚悟していただけーるかな?」
安全な逃げ場所と対抗する手段を失ったピアナッツはがくがくと足が震えている。
「な、なぜ? いったいどうしてここが……」
「それはもちろん君の足跡をたどったのだけーれども?」
いくら敵に追われて焦っていたとはいえ、逃げるピアナッツも馬鹿ではないから簡単に追跡できるような足跡は残していない。だが相手は魔法の泥水を駆使する魔法使いなのだ。
ジャン・ジャルジャンにとって、一度でも自分の泥水に浸ったピアナッツの見えざる足跡を追うことなどたやすかった。
「仕方ない! ここで終わるとしても、ただでは終わらぬ!」
諦め半分で覚悟を決めたピアナッツは懐から何かを取り出した。球体よりは細長く、こぶし大の魔道具だ。片側の先端についている短い紐を引き抜くと、シューシューと音を立てて小刻みに震え始める。
魔力的な爆発を引き起こす小型の手投げ弾である。
「ふーむ。それを最後まで隠し持っていたことだけは褒めてあげよーじゃないか」
防御のためか、ジャン・ジャルジャンを中心にしてジャバジャバと泥水が溢れ出す。
今まで彼を半透明の薄い膜で覆っていた泥水は膨れ上がるように流出を始めて、すぐ正面にいるピアナッツごと手投げ弾を包み込んだ。
「最後の最後まで使わずにいた……。つまーり、どうせ使っても私には意味がないとわかっていた証拠だかーらね」
ピアナッツは閉じ込められた泥水の塊の中で爆散した。
衝撃のほとんどは打ち消され、ほんのわずかに飛び散った泥水だけがジャルジャンの顔をしかめさせた。
「さて、それでは本日のメインディッシュといこーじゃないか!」
誰にともなく宣言したジャン・ジャルジャンは彼の得意魔法を最大限の威力で発動する。
直後、市民革命団の本拠地を荒れ狂う泥水が埋め尽くした。ところどころでは盛り上がった泥水の塊が、あたかも意志を持った獣のように暴れまわる。
その結果、敵の襲来を察して隠れ潜んでいた革命団員たちも一人残らず命を奪い取られた。
レベルの高い魔法使いと、魔法の使えぬ人間たちの戦いは、魔道具を用いてさえ、これほどまでに圧倒的。
生死を分ける戦闘はあっけなく、ほんのわずかな時間で決着がついた。
いや、ジャン・ジャルジャンに関して述べるなら、わずかな時間で勝敗をつけなければならなかった。
「かは……っ! ついに枯れたのか。しかーし、なんとか間に合った!」
攻撃にも防御にも大活躍の泥水魔法だが、欠点のない完璧な魔法ではない。
精神果樹園に魔力としてため込んでいる泥水には限度がある。
つまり魔法には量的な制限があるのだ。
「ここが引き上げ時ということかーね。しばらくはじっとさせてもらおうか」
そして枯れた魔力を再び充填するには、使用した分に応じて長時間の休息を必要とする。万全の状態となった彼が再び動き出すには時間がかかるだろう。
だからこそ彼は一度の戦闘で敵を徹底的に壊滅させなければならず、功を焦っていたという側面もあるのだが、それは革命団にとって迷惑な話でしかなかったであろう。
ともかく革命団本部をつぶしたことで満足したジャン・ジャルジャンは引き上げる。
いちいち敵の顔を確認しない彼は知らなかったが、革命団のリーダーであるハルフルートはピアナッツとは別の本隊を率いて本部を離れており、このときは不在であったため難を逃れた。
そして、その本隊にこそアレスタたちは合流していたのだ。
「なんてことだ! ああ、なんということなのだ……!」
しばらくして本部に戻り、そこで革命団の壊滅を知ったハルフルートは地面に膝をついて慟哭した。
ピアナッツたち別動隊だけでなく、本部に残っていた革命団員たちも全滅してしまったのだ。
責任あるリーダーとして、仲間である彼らを信頼して大切に思っていた彼の涙と怒りは止まらない。
「もしここに俺たちがいれば、どうにかできたんだろうか……? それとも、やっぱり何も変わらなかったんだろうか?」
防衛騎士団に引き続き、革命団への襲撃にも間に合わなかったアレスタは無力感に包まれた。彼の治癒魔法は負傷者を助けられるものの、死者を復活させることまではできない。
しばらく泣くままにしていたが、やがて涙を拭いて立ち上がったハルフルートは振り返って宣言した。
「決めた。我々はマギルマに合流する」
「え? でも……」
「実は以前から誘われていたのだ……。こうなってしまったからには市民革命団を再建することなど不可能だろう。これからも変わらずオドレイヤに立ち向かうためには、もはやマギルマに協力するしかない。……君たちはどう思うかね? 彼らは信用に値するか?」
「それは……」
敵か、味方か。
判断材料が足りない故に、この場での即答を避けるアレスタ。
そこへカズハが寄ってきて、言葉を濁らせる彼の代わりに答えた。
「一つだけ確実に信用できる点で言えば、マギルマがオドレイヤの敵であることだけは疑いようがない。その点については誰よりも強力な味方だ」
そして彼女はこうも付け加えた。
「それに……実は少しだけ相談したいことがあるんだ。一度、マギルマに会って話がしたい」
「……だったら、そうだね。俺たちも彼らと一緒にマギルマと合流しよう」
こうしてハルフルートをはじめとする市民革命団の残存勢力はマギルマに吸収されることになった。
それと同時に、革命団に協力していたアレスタたちもマギルマに合流する。
戦いの情勢は「オドレイヤ対マギルマ」のアヴェルレス解放戦争へと、たくさんの血をまき散らしながら急速に発展していった。




